第29話 この気持ち、キミに届いてほしい

「守るって、そんな大袈裟……」


 笑い飛ばそうとしたのに、うまく笑えない。動かした頬の筋肉がぎこちない。

 気持ちを切り替えたはずなのに、母に裏切られたという悲しみはそう簡単には抜けないらしい。

 涙腺が緩みそうになって、慌てて背中を向けた。


「謝るのは、私のほうだよ。水都はなにも悪くない。私が、うまくやれなかったから……」


 泣き顔を見られたくなくて背中を向けたというのに、声が震えてしまった。涙がポロッとこぼれて、頬を伝う。

 慌ててごまかす。


「あははっ。目にゴミが入ったみたい」


 明るく笑い飛ばして、素早く涙を拭う。今度はうまく笑うことができた。


「僕の前では、泣いていいよ」

「……っ!!」


 暖かなものが、背中を覆った。息が止まりそうになる。

 すぐ近くで聞こえる水都の呼吸。胸元に回された水都の腕。背中に感じる水都の体温。


 ──水都に、抱きしめられている……。


「あ、あのっ!」

「なに?」


(耳の近くで、水都の声がするっ!! ドキドキしすぎて、苦しい!!)


 大好きな人に、後ろから抱きしめられる。そんな憧れのシチュエーションが自分の身に起こっているなんて、信じられない。

 息がうまく吸えない。クラクラとする頭で、(なにか話さなちゃ!)と忙しなく考える。


「こ、こういうこと、ほ、ほかの人にもしているの?」

「こういうことって?」

「だ、だきしめる的な……」

「まさか。ゆらりちゃんが初めて」

「嘘だ!」

「なんで?」

「だって……昔、見たもん。彼女と歩いているところ」


 水都からの返事はない。


(そうか。やっぱりあの子は、彼女なんだ……)


 私は水都の手を払うと、五歩ぐらい足を進めてから振り返った。

 水都の背後にある社。その社の横に生えている大きな杉の木が、風にサワサワと揺れている。


「彼女がいるのに、どうしてこんなことをするの?」

「えーっと……彼女いたことないけど……。なにを見たの?」


 困惑している水都。その表情は、嘘をついているようには見えない。

 もしかして、水都が沈黙したのは彼女がいるのを当てられた気まずさからではなく、意味がわからなくて黙り込んだだけなのでは……?


「ごめんなさい! 勘違いしていたかも。中学校のときにね、水都がハーフっぽい綺麗な女の子と歩いているのを見たから……。同じ学校の制服だったし、仲良く腕を組んでいたから、彼女かと……」

「あぁ、うん。それ、勘違い。彼女じゃない。ただのクラスメート。スキンシップが激しい人で、すっごく迷惑だった」


 水都はふてくされた顔をした。


「僕が触れたいのは……」

「ん?」

「……なんでもない。それよりも否定しておきたいんだけど、彼女いたことないし、今もいないから」

「そうなんだ」


 意外だ。モテるのに、彼女がいたことがないなんて。


「恋愛に興味がないの?」

「そういうわけじゃないけど……」

「じゃあ、どうして? 水都なら、可愛い女の子と付き合えるのに」

「…………」


 水都は唇をぎゅっと結んだ。それから、怒ったような口ぶりで質問を寄越した。


「ゆらりちゃんは、僕が誰かと付き合っても平気なの?」

「え? えっと……そういうわけでは……。彼女がいないのが意外だったから、聞いてみただけなんだけど……」

「反対に聞くけど、ゆらりちゃんは彼氏いる?」

「ううん。いない」

「好きな人は?」

「あ……っと、それは……ナイショ……」

「内緒ってことは、好きな人、いるんだ?」


 私が好きなのは、水都。

 でもそれを、本人に言うわけにはいかない。それでは、告白になってしまう。

 水都はもしかして、私を好きなんじゃ……と思う気持ちはある。けれど、不安がつきまとう。

「ごめん。友達としての好きだから」と言われてしまったら、あと二年半の高校生活が苦しくなってしまう。

 ようやく仲直りできたのに、この幸せを壊したくない。


「教えなーい!」

「…………」


 冗談っぽく笑ったのに、水都は表情を消して無言になった。

 仲直りしたというのに、気まずい空気が漂う。


 

 水都と別れた後、私は家に帰りながら、SNSを更新した。


【ゆり@yurarinko・1分前

 悲しいことと嬉しいことがあった1日だった。人って、よくわからない】


 水都と仲直りできたのに、ぎこちなく別れた。水都は怒っているようだった。

 悲しみが連鎖して、昔のことを思い出す。

 母から、「スマホ見ているんだから、話しかけないで。空気読んでよ!」と怒鳴られたことがあった。

 私は空気が読めないから、水都の気に触ることを言ってしまったのだろう。


 涙がせり上がってきて、アパートの前にある駐車場で顔を覆った。


「嫌われたら、どうしよう……」


 私はどうすればよかったのだろう。好きなのは水都だって、言えばよかった?

 でも、怖くて言えなかった。


 時間を見るためにスマホを開くと、【ん】さんからコメントが来ている。


【ゆり@yurarinko・15分前

 嬉しいことと悲しいことがあった1日だった。人って、よくわからない】

 ↓

【ん@supenosaurusu・10分前

 ごめん。僕が触れたいのは、キミだけです】


 スマホの画面が涙で歪む。

 相手が誰なのかわかったうえで、私たちは【つぶラン】でコメントのやり取りをしている。

 そのことが、はっきりとわかった。


【ん@supenosaurusu・15分前

 ごめん。僕が触れたいのは、キミだけです】

 ↓

【ゆり@yurarinko・5分前

 私は鈍感だし空気が読めないし可愛くないけれど、それでもいいの?】

 ↓

【ん@supenosaurusu・3分前

 僕は過敏すぎるし空気を読みすぎるから、ちょうどいいです。これ以上可愛くならないでください。ライバルが増えると困る】

 ↓

【ゆり@yurarinko・1分前

 ありがとう(୨୧•͈ᴗ•͈)◞ᵗʱᵃᵑᵏઽ 仲直りできて嬉しい! 離れていた8年の溝、埋めていこうね】

 ↓

【ん@supenosaurusu・30秒前

 うん!!】




 

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