第15話 猫(後編) 不思議の国とカナメ
気が付くと俺は、今日のゲーム「巻き戻しの国のアリス」の中にいた。
……あれ、視聴者さんへの挨拶とか済ませたっけ。ともかく、もうゲームは始まり、俺は画面の中で小さな女の子の首になっている。
『じゃあね、アリス。なんとかうまくやることだよ』
頭の上で声がしたので、俺は首を上げた。「にやにや」という擬音が良く似合いそうな顔があり、それがやがて猫の顔になった。確か「不思議の国のアリス」のチェシャ猫というキャラクターだ。
「と、いうわけでハートの女王に首を斬られてしまったアリスはここから巻き戻って胴体とくっつき、体を元の大きさに戻し、裁判所を出て行くことになります。最初のパズルゲームは、流石に簡単そうですね」
俺は画面を見ながら実況する。同じ柄のトランプを四枚以上固めて消す、よくある消しパズルだ。まずはトランプの兵隊を追い払うらしい。
——さあ、行きましょう。
今度は頭の中で笑いの無い声がした。これは聞き覚えがある声だ。
——首だけで動き回るのって、数百年ぶりだから要領も忘れちゃった。ここから先は青木さんが動かしてくれる?
「え?」
——あの、ちょっとすみません、流石に本名はNGで……
なんでこの子は俺の本名を知ってるんだ。俺は戸惑いのあまり、思わず声に出しかけた。暫く混乱したまま時間が過ぎて、ようやく少なくとも誰の声だか気が付いた。
——君、要さん?
——そう。私、要石宵子。今アリスの中にいるの。
正直、誰だかわかったが、それだけだ。俺は画面も気にしながら、彼女のことを思い出そうとした。霊能力者(仮称)で、俺がゲームの世界に引きずり込まれてることも、ゲームの中で俺と喋ってる人たちのことも知っているらしい。
……と、パズルが解けたようだ。
「最初は簡単ですね。次はバラバラになった手紙を繋ぎ合わせるジグソーパズルか。このゲームみたいに、一本で複数の種類のパズルが出てくるのは飽きが来なくていいですね」
【色々ある上に各ゲームのルール説明がないせいで法則性が中々掴めない】
説明が足りないのも、インディーズゲームには時々あることだ。そう考えると今までプレイした作品の中でも、チュートリアルを入れてくれるゲームは親切だったな。
「『ヴィオちゃん先生』さん、ありがとうございます。確かに、俺が以前実況したパズルゲームの『サンサーラスパイダー』は、パズル画面で何をすればいいのか突き止めるまで大分苦労しましたね。まさか台所の水漏れを放置してキノコを生やすのが正解なんてわかんないよ」
——あれ、私もダウンロードしてみたけど難しかった。そうだ、本題に入らなきゃ。
霊能力者(仮)もゲームするんだ。まあ当たり前か、中学生だもんな。俺はそんなことを思いながら、彼女の話を聞くことにした。
——昨日の貴方の実況が私達の間でちょっとした騒動になったの。まさかあの場に干渉できる者が現われる上に、
「干渉する」?「成り代わる」? 唐突な単語から推測するに、何者かが要石宵子の邪魔をする気でいるらしいが、俺はそもそもこの子の正体もまだ知らない。
それならと、昨日の
……いや、一つだけ思い出せた。「お前も、遥か彼方より驕った考えでお前の運命を縛る者に抗おうとは思わないのか。」と、そう言われた。あの時は工藤の祟りの話だと思ったけど、もしかして要石宵子を「遥か彼方より縛る者」だと言っていたんだろうか?
正直、彼女が悪い者だとは思えない。これがゲームなら、後で裏切るキャラらしい匂わせがあったかどうかとか、推測を立てることもできるのだが、残念ながら俺は現実でその判断ができるほど人生経験を積んでいない。
さて、悩んでいても画面の中の世界は進み続ける。俺は片目を閉じた。次のパズルもそう難しくはなかったようで、後は最後のピースを嵌めるだけだ。
「これでバラバラになった手紙も元に戻りました。不思議の国のアリス、小学生の頃読んだ記憶はあるんですが、確かこの女王がことあるごとに人を死刑にしようとするんですよね。庭に植えた薔薇の色が白かったから、庭師が女王に見つかる前にペンキで赤く塗り直そうとしたけど結局バレて死刑とか。そんなシーンもその内出てくるんでしょうか。さて、次のパズルは……」
と、喋っていると、俺の目の前で白ウサギの時計が爆発した。そして俺が小さくなり、相対的にウサギの台詞が巨大化した。次はこの巨大な障害物と化した文字の中から、時計のパーツを探すらしい。と、言葉で表すと実に変だが、実際こういうことが起きているのだ。金色に光る時計の文字盤の「VI」がウサギの台詞の末尾の「ね」の一画目と二画目の交点の内下にある方に挟まっているのが見える。
引き続き画面の様子を見たが、変化はない。どうやら俺が実際に身体を(首だけだが)動かして取りに行く必要があるらしい。
——
——そうなのか。確か君がやろうとしてるのって、幽霊を一旦ゲームの中に放り込んでショックを与えてから、仏教的な意味で転生させることなんだよな。良いことじゃないかと思うんだけど、それに敵対したがる勢力って、いるものなのか? 幽霊を操って悪事を働く組織があるとか?
刎ねられたアリスの首と同化した俺は、頭の中で要と会話しつつ「VI」に近寄った。「VI」は光りながら俺に吸い寄せられ、何処かに消えた。この調子で「I」から「XII」の残りの十一文字を集めればいいようだ。
——そういう者も幾らでもいるけど、妖術師ならわざわざ私達に干渉しなくても
——俺にできる事はありそう?
——貴方は魔法とか幻力とか持ってない。変な目に遭わないように私が守らないといけない。
そうか……。それは残念だが、納得しかないな。俺は超能力者じゃないし、今まで幽霊に逢うような怪奇体験をした覚えもない。強いて言うならこの「ゲーム」のきっかけになった和尚に出会ったのが初めてだ。邪悪な妖術師と戦うことになるなら、俺は間違いなく役に立たない。
そんなことを考えながら、俺は立体化した文字と文字の間、相対的に巨大化した白ウサギの服の袖などに引っかかっている数字たちを探す。探しながら喋る。
「さっき、アリスの台詞に『元の姿より随分小さくなっちゃったじゃない!』ってありましたが、元の童話でも確かアリスは大きくなったり小さくなったりを繰り返すんですよね」
【登場人物もある程度は元の童話どおり】
「『ヴィオちゃん先生』さん、どうもです。アニメもありますよね、保育え……博士のラボの中で組み立てられながら見た気はするんですが、全然覚えてないな」
——このヴィオって人、観えてるんだ?
要の声が鋭くなった。獲物を見つけた猫のような調子だ。『ヴィオちゃん先生』はこのシリーズが始まってからずっとコメントをくれている視聴者さんだが、今までに変なコメントは無かったように思う。俺には相変わらず話が読めないが、霊能力者(仮称)にとっては引っ掛かるような点があるのか。
さて、最後の数字「XII」まで見つかったが、加えて時計の針も探し出す必要があるらしい。次はどんなパズルを……と、ここで巨大な猫の顔面(客観的にはアリスが小さくなり過ぎたのだが)が目の前にぬっと突き出した。チェシャ猫だ。
「うにゃ~~~~~~~~ご」
ニッ、と笑った猫の歯と歯の間に光るものがある。金の針だ。石化が回復できるぞ……じゃなく、俺が針に近づくと、今まで集めた数字たちがくるくると回り、時計が組み立てられた。
続いて針が勢いよく左回りに何度も回転するエフェクトと共に、処刑台に転がっていたアリスの胴体が独りでに動き出した。それと同時に、俺の視界がぼやけ始めた。今日はこれで終わりみたいだな。
「はい、というわけで本日の体験版はここまでのようです。御視聴ありがとうございました」
——また明日ね。青木さん。
……実況中は、Vtuber名で呼んでほしいんだけどな。
Trial of NAMA ~どのゲームにも生首が出る~ ミド @UR-30351ns-Ws
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