第29話 断りにくい!

「お兄様、実習の攻略を一緒に考えていただきたいのですが! やっぱり武器でしょうか、武器と言うか魔道具!」

 わたしが夕食の場でお兄様に詰め寄ると、耳の穴に小指を突っ込みながら厭そうに目を細めた彼、イグナーツ・クレーデル。明らかにわたしの声が大きすぎたらしい。

 わたしはその時、テーブルに両手をついて叫んでいるという格好だったので、すぐに椅子に腰を下ろして呼吸を整えた。

「ええと、不特定多数の男子がいるような場所で、不特定多数の男子と組んで実習をするなんて考えたくないので、一瞬で終わらせたいんです。それでですね、最近、ユリシーズ様と一緒に魔道具の研究を始めまして……その、わたしでも使える武器が欲しいなって思ったんです。ほら、少し前にわたし、剣を習いたいって言いましたよね? そこで、男子が振り回している大きな剣じゃなくて、短剣だったらどうかって考えて。それで、攻撃力アップした短剣を作ろうかなって」

「はいはい」

 そこで、お兄様は深いため息をこぼして、同じテーブルについているお父様に視線を投げる。お父様は食事前ということもあって、顔周りの毛を綺麗に剃っていたから、目をキラキラさせているのがはっきり見えた。

「そうかディアナ、解ったぞ! 武器を作るための材料が欲しいんだな!? 何を狩ってくればいい!? 魔鉱石か、白銀石か、それとも魔石か魔物の核か、ドラゴンの爪か、ファイヤーボアの牙か石蜘蛛の毛か? その他、何でもお前が必要なだけ持ってくるぞ!?」


 ――話が早い。


 うん、それも言おうと思ってた。材料は本当に重要だけど、ドラゴンとかそんな仰々しいのはいらないよ?

 わたしはそこで、こっそり持ち帰っていた試作品――ユリシーズ様に教えてもらって作った、短剣をテーブルの上に置いた。

 見た目はお洒落。女性が持つのにちょうどいい柄の太さと刃の長さ。細かい彫刻が入った鞘の部分は銀色に輝いていて、実用するよりも鑑賞するのに適したような造りだった。

 これ、造るのめちゃくちゃ簡単なんだよね。そこら辺で手に入る安い素材で作れるから、魔道具作成の初歩中の初歩とも言える品だ。


 でもね!

 これ、ゲームの中で見たことのある形なんだ。

 このゲームにはガチャがあって、キャラクターカードの他に武器、防具、スキルカード、飛竜、合成用素材、料理、その他もろもろ、何でも出てくる。それを合成してレベルアップしていくわけだ。

 その中の短剣の中の一つ。それがこれで、同じカードが出たらそれを合成してレベルがカンストすると、『限界突破』と呼ばれる過程に進める。よくあるシステムだよね。

 例えばレベルカンストした時の攻撃力が1000だった場合、限界突破したら1100にすることができるわけだ。


「これ、小さくて扱いやすいからレベルを上げたいんです。この短剣にはスキルスロットが二つついてるから、何かいいスキルを覚えさせれば充分強くなると思うし……」

「スキルか、確かにな」

 そこで、お兄様が短剣を手にしてまじまじとそれを見つめた。「しかし、よくお前、二つ覚えさせることができるって解るな? 一年生なんだから、鑑定魔法ってまだ習ってないだろう?」

「それは、ええと先輩……ユリシーズ様に教えてもらいました!」

 わたしはそう嘘を返しながら、背中に冷や汗を流しつつ曖昧に笑った。

 そういえば、このスキルスロットもゲームの知識だった。そして、ゲーム補正なのか何なのか解らないけど、わたし、ディアナ・クレーデルは鑑定魔法を使わなくても『見え』てしまうんだよね。その武器や防具の強さ、耐久性、持っている能力やスキルとか何でも。


 これがチートか。

 ありがとう、チート。

 もっと能力を開花させてくれてもいいんだよ、チート。知らんけど。


 それはさておき、わたしがお父様とお兄様に合成用素材をおねだり完了すると同時に、それまでじっと静かにその場に座っていたお母様が口を開いた。

「お話に一区切りついたみたいだから、ここからはわたしがディアナとの意思確認をしたいのだけど」

 と、前置きしたお母様は、テーブルの上に一通の封書らしきものを滑らせた。

 ちょうど晩ご飯の料理の皿が並び始めたところで、美味しそうなスープの香りが漂う空間に、何となく厭な空気が流れるのが解った。

「ええと……何?」

 わたしが首を傾げながらその封書を手に取り、すでに開かれている中身を取り出したのだけど。


「あなたへの婚約の申し込み、どうしたい?」

 お母様が唇の端を持ち上げて笑みの形を作ったのが見える。そして、お父様が「断ろうか?」と肩の筋肉をぴくぴく震わせているのも解る。

「無理じゃね?」

 お兄様はコンソメスープの皿にスプーンを突っ込み、ぼそりと言う。「ディアナの男性恐怖症はそう簡単には治らんだろー」

「そそそそそ、そうですねっ」

 わたしはおたおたしつつ、その中身を取り出し、お相手の素性を確認。


 ――ウォルター・ファインズ。


 わたしの推しのウォルター様の名前が見えたけれど、ちょっとこれは信じられないというか信じたくないというか。


 何で!?


 いや、ある意味予想できたのかな?

 ウォルター様はわたしに不思議なくらい好意を持ってくれている。


 でも、婚約!?

 お付き合いをすっ飛ばして婚約!?


 わたしがぐるぐると必死に答えのない問いを頭の中で巡らせている間に、お母様とお父様の会話が進んでいたらしい。

 婚約に賛成のお母様と、反対のお父様。

「ちょっと調べさせたけれど、お相手は真面目な男の子のようよ? 前向きに考えてもいいんじゃないかしら」

「駄目だ駄目だ駄目だ、このワシより強い男じゃないと許さん!」

「ワシってあなた……」

「よし、まずは拳で語り合おうじゃないか! その男を呼んでこい! テイラー!」

「はい、旦那様」

「ちょっと待って、相手はまだ子供なんだから」

「ワシの娘に婚約を申し込んだ時点で子供じゃねえ!」

 興奮したせいなのか、せっかくお父様が綺麗に刈り込んだ毛がわさわさ生えてきて、その場に巨大な毛玉が出来上がったけれど、まあ、それはどうでもいい。お父様の興奮が静まるまで、お母様が何やら言葉を投げかけていることもわたしの耳には入ってこない。


「伯爵家のお坊ちゃんかあ」

 お兄様はわたしの手の中にあった封書を取り、中身を見てニヤリと笑っている。「うちみたいな貴族とは名ばかりの家門には、もったいないくらいの相手だけどなあ。ま、ディアナじゃ無理じゃね? 貴族としてのマナーも何も、ずっと引きこもっていて何も習得してないじゃん」

「う、うん。無理ですよね……」

 わたしが震える声でそう返しつつ、ぐったりと肩を落とし、さらには料理の皿を脇に避けて額をテーブルに押し当てて。


 どうしよう、どうやって断ろう。


 そう悩みながら、本当に断ってもいいのかと、ちょっとだけ前世の記憶が待ったをかける。わたしの中のズルい部分が、計算を始めているんだ。ウォルター様以上のいい条件の相手と、今後出会えるかどうか、って。

 断りたいけど、本当に断っていいのか。

 そうだ、わたしは本当にズルい。損得を考えてしまう、厭な女の子だ。


 ――ユリシーズ様はこれを聞いたらどう思うのかなあ。


 なんて考えてしまった自分がいることも自覚していた。

 正直に言えば、ウォルター様とはいい友人のままでいたいな、と思う。だって、婚約者になったら、わたしがウォルター様以外の男性とは仲良く友人関係を築くなんて無理でしょ? ユリシーズ様と放課後、魔道具の研究だったり雑談だったりもできなくなるんじゃないかな、って考えると――。


 やっぱり、何があっても断ろう。

 わたしはそこで、息苦しさを感じながら頭を上げた。

 お兄様はずっとわたしを観察していたらしい。テーブルに頬杖をついたまま、彼は言った。

「結論は出たか?」

「……出ました」

 わたしはつい、唇を尖らせながら応えた。「断ります。わたしの夢は、引きこもりのパン屋さんかお菓子屋さんになることだから」


 それで早速、翌日、学園に行った時に彼にこっそり話しかけて断ろうとしたのだけれど。

「婚約の話、考えてくれた?」

 先制攻撃をしかけてくるみたいなタイミングで、ウォルター様はAクラスの真ん中でそう言ったものだから、ちょっとした騒ぎになってしまった。

 授業が始まる前、先生もまだ姿を見せていない時間だったけれど、それなりに生徒の姿があったものだから――。

「おお、とうとう申し込んだのか!」

 と、ウォルター様の肩をバシバシ叩く男子生徒と、「嘘でしょぉぉぉ」と落ち込んだ様子を見せる女子生徒と、何が何だか解らないままに「おめでとう!」と声をかけてくる生徒たちが入り乱れてしまって。


 ――超絶、断りにくい! のおおおおお!


わたしはその場にしゃがみ込んで顔を両手で覆ってしまっていた。クラスメイトたちはわたしが恥ずかしがっていると見えたらしいけど、違うから! 全然違うからぁぁぁ!


「やるじゃなーい、ディアナちゃんってば」

 と、午後のチーム戦でミランダに揶揄われ、アリシアには「本当に大丈夫なの?」と心配された。

 うん、全然大丈夫じゃないよね。


 しかも。


 放課後、わたしはユリシーズ様の研究室にいつものように立ち寄ったのだけれど。わたしを出迎えてくれたユリシーズ様は、尻尾をぐねぐね揺らしながら開口一番にこう言ったのだ。

「おめでとうというべきなのか?」


 どうしよう、何が何だか解らないけど、泣きたい。

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