第32話 『箱庭ダンジョン1』



 完璧な安全が約束されるはずの『箱庭』の中で見つけたダンジョンは、頭が真っ白になる程の衝撃を俺に与えたが、乱れた感情はすぐに鎮静化される。

 たぶん精神のステータスが上がった効果だ。メンタルを補正してくれるアクセサリーは今も良い仕事をしてくれている。

 その割にムネエソには効果が薄かったが……。やっぱあれ、絶対あの目に混乱とか恐慌とか付与するような効果ついてるだろ。


 冷静さを取り戻した俺は、その場でザっと部屋の中を観察する。何故こんな場所にダンジョン(仮)があるのか、この『箱庭』は本当に安全なのかを知る手がかりを探したが、この部屋にはダンジョンの門と積まれた武器以外の物は見当たらない。どうやらダンジョンへの出入りと、あのゴーレムの待機所としての役割しかない部屋のようだ。

 全く手がかりが見当たらないことを確認し、唇を噛んだ。次の行動に少し悩む。

 地下の別の部屋や、資料のありそうな一階の研究室や図書館に行きたいが、このまま無防備にダンジョンを放置していいのか。

 部屋のドアは頑丈そうにも見えないし、とてもではないがモンスターの進行を妨げることはできないだろう。中の様子を伺って安全かどうか最低限確認してから離れるべきではないか。しかし最低限の安全とは?

 この門が本物のダンジョンの入り口だったとしたら、中にはモンスターがうようよしているだろう。フィクションで出てくるダンジョンというのは、深く潜れば潜るほど強いモンスターが出てくるのが定石だ。出入り口付近のモンスターの脅威度が低く、ムネエソゴーレムでも問題なく討伐できる程度の強さであることが確認できたとして、奥にそれ以上の強さを持ったモンスターが居るのなら、それで安全ということにはならない。

 ならば何を持って最低限の安全を定義すればいいのか。

 昼間大学に出現したダンジョンは、ダンジョンの外に出たモンスターは数秒で消滅した。あの現象がここでも起こるなら、モンスターはダンジョン外に出られないものとして、一定の安全を確保できていると考えてもいいのではないか。

 それを確認するには、ダンジョン内に入ってモンスターを誘い出すか、生け捕りにする必要があるんだが……。

 いずれにせよちょっと筋力と体力、あと敏捷あたりのステータス補強しとくか。

 マーケットボードで+100の指輪を購入して指に嵌めた所で、ふいに、耳がジャリっという砂の鳴る音を拾った。

 意識を耳に集中させると、再び同じ音が聞こえる。門の奥からだ。


 一定のリズムを刻みながら近づいてくる音に、メイスの柄をギュッと握りしめ部屋の入口まで後退する……つもりが、予想外のスピードが出て廊下の壁に背中から激突する羽目になった。敏捷値にも身体操作は効いてるはずなんだが、100も上昇すると加減がなかなか難しい。

 さて、身を隠すべきか……いや、この『箱庭』には先輩も居るのだ。万が一敵であればここで迎え撃った方がいい。

 『箱庭』のマスターキーの登録者である俺に万一のことがあった場合、魔力登録の一番古い子鍵がマスターキーに変化する。つまり先輩の持つ子鍵だ。ここら辺の仕様は先輩に伝え損ねていたが、子鍵に変化があれば異変に気付くだろう。恐らく先輩であればマスターキーの持ち主である俺の身に何か起こったことまで察してくれるはず。そうなれば先輩も『箱庭』の外に逃げて……くれるか?心配して探しにきちゃうんじゃね?

 あー……どうしよ、ここで迎え撃つより先輩のとこまで走ってって一緒に『箱庭』脱出した方がいいような気がしてきた……。

 でもなぁ、今逃げちゃうとそのままこの『箱庭』放棄することになっちゃいそうだし、何が出てくるにしても、俺が何もできず一撃で死ぬようなことになる可能性は低いと思う。これが本物のダンジョンなら、モンスターが飛び出してきた瞬間霧散する可能性の方が高いし。

 やっぱりここで何が出てくるのか確認しよう。もし敵わなそうな相手だったら、全力で走って逃げるか……いや、鍵使って一度アパートに戻ればいいのか。それなら図書館に直接転移して先輩の回収もできる。

 一瞬でそれだけ考えた俺は、両手にメイスと鍵を構え、門の奥から近づいてくる何かをじっと待ち構えた。

 魔力を探ってみるが、脅威を覚えるほどの魔力は感じない。ザッザッと規則正しいリズムを刻む足音は、恐らく一体分。既に大分近くまで来ている。

 じっと暗闇の奥を見つめる。足音が大きくなるにつれ、ぼんやりと白く見えてくる人型。あ、もしかしてあれって……。


「※§ΔΣ※θ‰!!!!?!?」


 ぬっと暗闇から浮かび上がったムネエソの虚ろな目に、俺は声にならない叫び声を上げ、鍵を使うことも忘れて壁と仲良しになった。出てくる前に気付いてたのに、ホラー映画さながらの恐怖ビジュアルに耐えられなかったのだ。




 門から出てきたムネエソゴーレムはそのまま部屋を出ると、廊下の壁に貼り付いている俺を気にする様子もなく隣室のドアの奥に消えていった。それを見届けてその場にへたり込む。

 ダンジョンの奥からは再びザッザッという足音が聞こえてくるが、俺はもう学習した。よくよく考えれば、モンスターがあんな軍隊の行進みたいな足音響かせて出てくるわけねーわ。

 ムネエソゴーレムが、今度は2体並んで門から出てくるのを顔を直視しないように確認しながら、よろよろと立ち上がる。2体と入れ違うように隣室に入っていった最初のゴーレムが戻ってきたので、静止するよう片手を上げると、正しく理解したのかその場で立ち止まった。


「えーっと、悪いんだけど、ちょっとこの門見張っててもらえる?モンスターとか出てきた場合、討伐……ってできるか?」


 俺の言葉を少し首を傾げるような態勢で聞いていたゴーレムは、任せろとでも言うようにトンっと自分の胸を叩いた。

 え、意外とかわ……かわ……いや、愛嬌あんじゃん。

 にしても、さっきから普通に日本語通じてるな。夢の中ではカイム君達の交わす異世界言語の会話を、謎機能が同時通訳してくれる感じで聞いてるんだが、まさかこのゴーレムも夢仕様の謎通訳や言語翻訳スキル持ってたりするのか?それか、言葉でなく感情や思念を感じ取ってるとか?

 まあ、考えた所で答えの分からない疑問に時間を取るのは止めて、ムネエソゴーレム1号が見張りをしてくれている間にさっさと用事を済ませてしまおう。

 まずは先輩にダンジョンのことを知らせに行くか?いや、さっきから戻ってきたゴーレム達の入っていく隣室も気になるな。こっちを確認してから先輩のところに顔を出そう。

 タイミングよく新たなゴーレムが戻って来たので、ちょっと同伴させてもらう。特に声をかけるでもなく後ろから着いて行ったんだが、こいつら声や態度で明確に用事があると示さないと、ちっともこっちに関心を示さない。

 ゴーレムに続いて入室した隣室は、壁一面に棚の設置してある倉庫のような場所だった。床と天井に魔力を感じてよく観察すると、厨房のパントリーに刻んであったものとよく似た魔法陣が確認できた。

 立ち止まって部屋を見渡している間に着いてきたゴーレムが棚の方へ行ってしまったので、慌てて追いかける。棚の前に立ったゴーレムは、武器を持っていない方の手を何も置いていない棚板の上にかざした。そのまま手のひらを滑らせるようにスライドさせると、まるで手品のように、手のひらが通った後の棚板の上にゴツゴツとしたピンポン玉サイズの塊が出現していく。


「え!?……あ、もしかして、ストレージ?持ってるのか?」


 声に反応してこちらを振り向いたゴーレムが、ひとつ頷いて俺の質問に答える。ゴーレムがこちらを見た瞬間思わず肩が揺れたが、耐性がついてきたのか目が合っても悲鳴を堪えることができた。……あ、ちょっとあんまり見つめないで貰えますか。用事終わったんでお仕事戻ってどうぞ。

 ゴーレムが出した塊を一つつまんで観察してみると、表面は歪にでこぼこしているが、光を照り返す鈍い銀色は鉄のように見える。鉄鉱石……いや、石成分無いなこれ、まんま鉄の塊だわ。このまま丸ごと溶かして使えるやつ。

 棚板の上で手のひらを2往復ほどさせたゴーレムが、別の棚へ移動していったのを追いかけると、今度は赤く色づいた石――魔石の並んだ棚の前に立った。先ほどと同じように手をスライドさせて、魔石を棚に足していく。


 武器を携えダンジョンに潜っていったゴーレムが、戻ってきてストレージからアイテムを放出して再びダンジョンに潜っていく。ストレージはドロップアイテムの一時保管庫であるというのが俺と先輩の見解だ。つまりこれらのアイテムは、ゴーレム自身が狩ったモンスターの落としたアイテムということだ。

 ……ってことはなに、こいつら全自動でモンスター狩って素材集めしてくれてるってこと?え?凄くない?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る