IMFが繰り返す「財政再建急がずに」、潜む甘さと危うさ

IMFが繰り返す「財政再建急がずに」、潜む甘さと危うさ
10月12日、IMFは東京での一連の年次総会行事で、経済を下支えするため、急激な財政再建を避けるよう呼びかけを強めている。写真はラガルド専務理事(2012年 ロイター/Yuriko Nakao)
[東京 12日 ロイター] 国際通貨基金(IMF)は東京での一連の年次総会行事で、経済を下支えするため、急激な財政再建を避けるよう呼びかけを強めている。一部の識者は、中長期視点での改革を目指して成長と財政再建の両立を訴えるIMF理論を評価する一方で、やすきに流れやすい財政ガバナンスを踏まえれば、認識の甘さを含んでいると指摘する。
財政再建の遅れに拍車をかけ、低成長から脱却できない危うさもはらむ。特に日本の視点からは、財政出動を繰り返してここまで債務が積みあがった事情を鑑みれば、財政再建への取り組みの重要性を強調する意見が強い。
<流動性の罠で金融政策効かず、財政削減影響が増幅>
「財政削減は漸進主義で」──IMFは今回の一連の行事で繰り返しこう提言した。世界的な経済学者でもあるブランシャール経済顧問は、財政構造改革をマラソンに例え、出足はゆっくりと経済情勢に合わせて見直しも必要だと説明。9日発表されたIMF財政報告でも「経済成長がIMFの見通しを大きく下回るようであれば、機動的に動ける国は13年の財政調整のペースを落とすべき」だと言及した。
背景には、各国の利下げ競争に拍車がかかり、金融政策の効果が一段と期待しにくくなったこともある。「先進国では流動性の罠に陥っている国があり、金融政策にはあまり期待できない。このため、財政削減の負の乗数効果は通常より大きくなっている」(ブランシャール氏)という事情がある。IMFの試算では、一定の財政再建が成長率を押し下げる度合いは最近になって、従来よりも大きくなっている。
<日本の財政削減、短期的にも厳しく見る必要>
財政削減は漸進主義で、との考え方の枠組みには、日本も組み入れられているようだ。
もちろん中期的な視点では、一層の改革が求められている。「財政報告」では10%への消費増税だけでは不十分であり、債務残高を減少方向に転換するには、今後10年間にGDPの5%にあたる追加的な財政調整が必要だと指摘、一段の措置が必要との認識が示された。
一方で短期的な視点からは「日本は非常な低金利であるために財政再建を急いで進める必要はそれほどない。中期的な対応は必要だが、消費増税法成立という重要な最初のステップが踏まれた」との見解が示された。世界最大の公的債務残高を抱え、かつ財政再建への政治家の意志が薄弱なこの国へのメッセージにしては厳しさに欠け、肩透かしを食ったとの印象も広がっている。
アジア開発銀行研究所の河合正弘所長は「IMFが10%への消費増税が簡単に実現するとの前提に立っているなら認識が甘いかもしれない」と手厳しい。「政治家は来年の景気次第で増税を先延ばしする可能性がある」ためだ。
もっともこの点はブランシャール氏も、欧米の政治家と並んで日本の政治家についても、財務削減の実行力に懸念があることに言及している。
河合所長は短期的な財政削減にも厳しい提言が必要だとみている。「復興予算がばらまきになり、現状は財政拡大中だ。基礎的財政収支改善目標の達成も遅れている」と指摘。「いったん膨らんだ財政規模はそう簡単に急に削減できるものでない。IMFがわざわざ言わずとも、そのペースは常に遅れがちになっている現実を踏まえてのメッセージが欲しかった」としている。
<枠組み重視のIMF理論、政治家の実行力が課題>
中尾武彦財務官も、成長と財政再建の両立に軸足を移しているIMFの考え方に対しパネル討論で日本の視点から警告を発した。「成長は確かに重要だが、日本はバブル崩壊後、財政支出をかなりいろいろ試し続けてきた結果、今の状況を招いてしまった」と述べ、必ずしも成長重視で財政再建の手を緩める考え方に賛同しなかった。
IMFは数多くの債務危機について知見を集めてきた組織ではあるが、「どうしても机上の空論になりがち」(日本の政策当局者)ともみられている。
シャフィク副専務理事は、市場の信認確保のために各国は中期的な目標と財政監視のための独立機構を設置することが有効だと提言した。これに対し中尾財務官は「ルールを作っても運用するのは政治家。ガバナンスやリーダーシップが重要」と指摘。河合所長も「ルールは最低限の条件に過ぎず、市場の信認を得るために肝心なのは実行力」だとみる。
政治家は常に成長に軸足を置きたがるのが現実。IMFもその点を念頭に財政報告では「財政再建を急がずにとは言っても中期的な財政再建は怠るべからず」と但し書きを付けた。
(ロイターニュース 中川泉;編集 石田仁志)

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