ライトノベルの読者年齢が上がっているとよく言われる。中心読者は30代である、と。
筆者も何人かの編集者にヒアリングしてみたが「昔と比べると中高生読者は減った」「平均年齢が上がった」と現場でも言われているようだ。
それではラノベはもう10代に読まれなくなったのかというと、これが微妙なところだ。
中高生のラノベ受容、知られざる実態
異世界ファンタジーなどのジャンルは基本的に年齢が上にスライドした一方、2011年から19年まで刊行された渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(ガガガ文庫。通称「俺ガイル」)以降の青春ラブコメものや、2019年から刊行が開始された二丸修一『幼なじみが絶対に負けないラブコメ』(電撃文庫)などの幼なじみもののラブコメは比較的若い読者が付いていると言われている。
もうひとつ、TVアニメ化されて話題になると中高生にも“下りてくる”(広まる)ことが多い。
アニメ化以前には20~40代が中核読者だった伏瀬『転生したらスライムだった件』(GCノベルス)や丸山くがね『オーバーロード』(KADOKAWA)も、アニメが爆発的な人気を呼ぶと、毎日新聞社と全国学校図書館協議会が小中高校生を対象に行う「学校読書調査」の読んだ本ランキングや、トーハンが発表している「『朝の読書』で読まれた本」に顔を出している。
もっとも、2010年代初頭までは10代が中核的な読者であり、アニメ化によって20代以上にも広がるというものだったのだから、原作のコア読者とアニメ化によって届く層が逆転しているのだが。
ここで興味深い事実がある。
『俺ガイル』は、宝島社が毎年刊行し、投票形式で年間ランキングを決めるムック『このライトノベルがすごい!』で3年にわたって1位を取って殿堂入りを果たし、シリーズ累計発行部数が1000万を超えているにもかかわらず、学校読書調査や「『朝の読書』で読まれた本」のランキングには、ほとんど顔を出したことがない。
2017年に行われた第63回学校読書調査の高校2年生男子の6位(調査対象者519人中4人が読んだと回答)に入った一度きりである。
なお、『ソードアート・オンライン』(電撃文庫)や西尾維新の「物語」シリーズ(講談社)は刊行当初から約10年にわたってランクインし続けている。
また、入れ替わってはいったが2010年代にランクインしたことのある作品として、『デート・ア・ライブ』、『この素晴らしい世界に祝福を!』(以上富士見ファンタジア文庫)、『ノーゲーム・ノーライフ』、『Re:ゼロから始める異世界生活』、『ようこそ実力主義の教室へ』(以上、MF文庫J)などがある。
ライト文芸やボカロ小説(ボーカロイド楽曲を原作とした小説)のような広義のライトノベルまで含めれば『ビブリア古書堂の事件手帖』『かくりよの宿販』『神様の御用人』、有川浩作品、『悪ノ娘』『カゲロウデイズ』『告白予行練習』、フリーゲーム『青鬼』のノベライズも人気作品として入っている。
学校読書調査は毎年各3000~4000人の中学生、高校生の男女(各学年男女各500人前後)を対象にして「5月1か月間で読んだ本」について尋ねており、中学生ではそのうち5、6人、高校生では2、3人に読まれればトップ20に入る。中学生500人に1人、高校生1000人に1人読んでいれば入る。
にもかかわらず『俺ガイル』は一度だけ、しかも一学年にしか入らず、しかし、累計1000万部超のヒットなのだ。ということは、高校生より上の年齢を中心に読まれていたのだろうと考えざるをえない。
もちろん、シリーズが長期化すれば読者の平均年齢は上がる。だが『ソードアート・オンライン』(『SAO』)や「物語」シリーズが2010年代以降ずっと中学生を新規読者として獲得してきたことと比べると、青春ラブコメといういかにも中高生が好きそうなものに一見思えるジャンルにもかかわらず「下への広がらなさ」が際立っている。
たとえば2015年のデビュー以来、学校読書調査や朝読ランキングで複数年にわたって圧倒的に人気の住野よると比べれば、「中高生に支持されている」とはこれらの調査の結果からは言いがたい。
筆頭格と言うべき『俺ガイル』でそうなのだから、後続の2016年から刊行されている『弱キャラ友崎くん』、19年から刊行されている『千歳くんはラムネ瓶のなか』(ガガガ文庫)などもやはり『このラノ』の年間ランキングには入っても朝読や学校読書調査にはランクインしていない――もっとも、『友崎くん』はTVアニメ化がこれからであることを考えると状況が変わる可能性もあるものの。
知り合いのラノベ編集者に「青春ラブコメものは若い読者も入ってきていると言うけれども中学生もいるのか?」と聞いてみると「中学生は少ないんじゃないかな。高校生、大学生以上のほうが多い」と言っていた(ただし本稿執筆にあたりヒアリングした編集者は4人だけであり、その点は差し引いて聞いてほしい)。
では、一体なぜ中学生が取れないのか。
2010年前後の人気ラブコメと比べると、近年のラブコメものの人気作では主人公がこじらせていたり、ヒロイン側も頭脳戦・心理戦を展開したりといったことがままある。
たとえば『友崎くん』はゲーマーでぼっちの主人公が、クラスメイトから教えを受けて人生をゲームに見立て、自己啓発本(ないしナンパ指南書)的なコミュニケーションのノウハウを実践して学校で居場所や存在感を得ていく話だ。
昔のラブコメラノベは軽く読めるものが多かったが、2010年代後半以降は甘いだけでなく、ビターなテイストのものも増えている。
2010年前後のラブコメでは、極論すると、学校で変な部活を作ってバカをやったあとで女子の暗い過去を聞いてピンチから救うことを何人か繰り返せばハーレム状態ができあがっていた。
かつては小説を読み慣れていなくても、面倒な自意識を抱えていなくても楽しめる作品が流行っていたことに比べると、近作では登場人物たちのバカでも鈍感でもなく頭が良くなっている。
人間関係も複雑になり、対象年齢が上がっている傾向にあるように感じる(もっとも、当時も90年代ラノベと比べると、内容が難しく、分厚くなっていると言われてはいたが……)。
アニメ化による流入を除くと10代を新規に獲得している数少ないジャンルと言われるラブコメでさえ、最低年齢は高校生、実質それ以上になっていると思われる。
2010年代を通じてライトノベルは、四六判やB6判ソフトカバーで刊行されるウェブ小説書籍化(中核読者は20~40代)、一般文芸に寄せたライト文芸(主な読者層は20代以上の女性)のレーベルを次々に創刊し、上の年齢に向けて積極的に拡張してきた。
その流れは富士見ファンタジア文庫のような既存のライトノベルレーベルにも及び、なろう系作品が文庫ラノベでも刊行され、また、社会人が主人公やヒロインという明らかに大学生以上の読者を狙った作品も増えた。
その一方で、従来は「中高生向け」を少なくとも建前としてきたレーベルでさえ、ローティーンやミドルティーンに向けて積極的に作ろうという動きは、ボカロ小説を除けばあまり見られず、そのボカロ小説は2010年代半ばには失速してしった。
ニワトリが先かタマゴが先かで言えば、ラノベのほうが中高生から離れていったのが先だろう。結果、中高生がラノベから離れたのではないか。
「子どもの本離れ」が原因ではない
「少子化だから」とか「スマホが普及して無料の娯楽が増えて本離れが進んだから」中高生がラノベから離れた、ないし相対的にそう見えるのでは、という意見に筆者は与しない。
文庫のライトノベル市場は、2012年が統計を取り始めて以来のピークで284億円、2019年には143億円と半減(出版科学研究所調べ)。そもそも文庫本市場は落ち込みが激しいが、文庫全体の落ち込みよりハイペースで文庫ラノベ市場は縮小している。
一方、10代の人口は2012年には1192万人、2019年は1117万人。減ったのは6%だ。
では可処分所得が減ったからでは? と思うかもしれない。中高生の書籍代に関する統計はないので統計局家計調査の「2人以上勤労世帯」の書籍代を用いると2012年は3800円、2019年は3016円と約2割減に留まっている。人口減と書籍代減を掛け合わせても2012年から26%減。
文庫ラノベ市場の落ち込みの理由を深掘りしようとすると本題から逸れるので立ち入らないが、少子化のペースと文庫ラノベ市場の落ち込みのペースの不一致ぶりを鑑みると「少子化で中高生読者が減ったから、相対的に中高生がラノベを読まなくなったように見える」論には賛同しかねる。
なお、人口減と書籍代減というマクロトレンドがあるにもかかわらず、対照的に児童書市場は2012年は780億円、19年は880億円と増加している。
その要因は拙著『いま、子どもの本が売れる理由』(筑摩書房)で詳述したが、背景のひとつには官民あげての読書推進活動や学校教育における図書館活用の推進がある。
その影響をもっとも大きく受けたのは小学生だが、次いで中学生も影響を受け、高校生に関しても2000年代以降に「本離れ」したという統計的事実はない。
学校読書調査で行われる小中高校生の平均読書冊数、不読率(1冊も本を読まない人の割合)は、90年代後半に史上最悪となるも、2000年代にV字回復を遂げ、高校生はこの10年はほぼ横ばい、中学生の平均読書冊数に関しては微増している。
さらに前述のとおり、朝読ランキングや学校読書調査のランキングからラノベが消え去ったわけではない。
朝読に関しては読者の実数が公表されていないので経年での増減は不明だが、2010年代に入っても継続的にラノベのタイトルは挙がっている。
学校読書調査はランキングの順位のみならず何人がその本を読んだかも発表しているが、ランクインするタイトル数を見ても1タイトルあたりの読書した人数を見ても、2000年代と比較してラノベが減った印象はない。
もっとも、97年調査では神坂一『スレイヤーズ!』(富士見ファンタジア文庫)が中高生男女を問わず圧倒的に読まれており(ブーム時の『ハリー・ポッター』並み)、それと比べると控えめな数字にはなっているが、2018年、19年調査でも『SAO』『よう実』『Re:ゼロ』「物語」シリーズなどがランクインしている。つまり中高生がラノベ作品に関心を失い、読書欲をなくしたようには見えない。
中高生側にラノベ離れの主たる理由を見いだすことは難しいのだ。
結局、何が起きていたのか
結局、中高生はラノベを読んでいるのか読んでいないのかややこしいと思うかもしれないが、まとめるとこういうことだ。
・中高生が本離れしているという事実はない。学校読書調査や朝読のランキングを見ると「映像化作品」かつ「中高生でも楽しめる内容」のラノベは変わらず10代に支持されている
・ラブコメ以外のジャンルは年齢が下の層がなかなか新規に入ってこない。ラブコメも中学生は厳しい
・アニメ化された比較的新しいシリーズと並んで『SAO』や「物語」シリーズのような(図書館にも入っている)10年選手が中高生には特に支持されている
ここから推論してみよう。
お小遣いが少なくハズレを引きたくない中高生は、すでに話題になっていて、かつ、自分が興味を惹かれるものをまず買う。新作にはあまり手を出さない。特に社会人以上の登場人物が主役のものは買わない。
新作が売れなくなると、新シリーズの初版部数が減っていく。ますます既存の人気作が目立つようになる。売れる作品と売れない作品の人気の二極化が加速し、中高生のメジャー作品志向がさらに強まり、需要がかつて以上に特定作品に集中する。
一方、大人の読者(大量に購買する、いわゆるラノベ読み)は人気作もそれ以外も買うものの、大人向けと中高生向けなら大人向けのほうに食指は伸びやすい。すると、比較的売れる新シリーズの読者の平均読者年齢は高くなる。結果、版元も作家も中高生向けにはますます新作を作らなくなる。こうして新規タイトルを中心に「中高生のラノベ離れ」がより進む。
つまり、中高生のラノベ需要自体は大きく減ったわけではないのに、供給側が大人向けと比較して中学生でも楽しめる新作を以前ほど積極的に作らなくなった。またはローティーンやミドルティーンに対して積極的に売り出すしくみをつくらなかった/つくれなかった。それによって、一部の映像化作品を除く新作・中堅作品(特にラブコメ以外)を中高生が読まなくなった。こういうサイクルが回り始めたがために、今や年齢が低い読者ほど「最近は少ない」「前より減った」と現場で感じられている――ということではないか。
批判したいわけでも嘆きたいわけでもないが「ラノベの中学生離れ」はこの10年での大きな変化である。