「いつの日かAIは自我を持ち、人類を排除するのではないか―」2024年のノーベル物理学賞を受賞した天才・ヒントンの警告を、物理学者・田口善弘は真っ向から否定する。
理由は単純だ。人工知能(AI)と人間の知能は本質的に異なるからである。しかし、そもそも「知能」とは何なのだろうか。その謎を解くには、「知能」という概念を再定義し、人間とAIの知能の「違い」を探求しなくてはならない。生成AIをめぐる混沌とした現状を物理学者が鮮やかに読み解く田口氏の著書『知能とはなにか』より、一部抜粋・再編集してお届けする。
『人類は「コンピュータの発明」を目の当たりにして“勘違い”をしてしまった…複雑な演算を単純化する技術を「知能に応用」しようと試みた研究者の期待外れな結末』より続く。
コンピューターは電子回路に限らない
ただ、後知恵で考えると、ここには大変な論理の飛躍があったように思う。それはハードとソフトの分離可能性である。
実はコンピュータの同義語が電子計算機という名前になってしまっているのは一種の誤謬である。なぜなら、コンピュータは別に電子回路で作らないといけないわけではないからだ。実際、いまの計算機は半導体を用いて作られているが、初期の電子計算機は真空管という全く別のデバイスを用いて作られていた。
真空管というのはいまではすっかり見なくなってしまったが、私が子供だったころはどこの家庭でも見かけるありふれた電子部品だった。テレビ(といってもいまの液晶テレビじゃなく一昔前のブラウン管テレビ)の裏側の板を外すと中には真空管がいっぱい刺さった回路板が鎮座していたものだ。
家に真空管(図表1-4)が1本もないという家はおそらく、テレビもラジオもステレオ(昔は音楽を聴くのにかなり大掛かりな装置が必要でそれをステレオと呼んでいた)もない家だけだっただろう。
真空管は概略を述べると電子的に電流の大きさを制御する部品である。一定の電圧下で流れる電流を制御するにはオームの法則を援用して回路の電気抵抗をコントロールすればいいのであるが、電気抵抗は簡単には制御できず、どうしても物理的な構成を変えないといけないという問題があり、電気的な制御だけでやろうとすると無理がある。
真空管はこの点、真空を移動する電子の流れを、外から電場をかけて制御する方法で、これだったら簡単に電流の量を制御できる(これ以上に詳しい説明は横道にそれ過ぎるので興味があったら類書をご覧いただきたい)。