狭山市駅と入間市駅の駅名に市が入っている理由について 狭山市駅が狭山駅として開業しなかった理由 狭山駅の呼称は大阪狭山市で使用済みであるため 現入間市駅が入間駅として開業しなかった理由 入間川駅(同時)との混同を避けるため という推定でよいでしょうか? 歴史 1895年 現在の狭山市駅が入間川駅として開業 1898年 狭山駅(所在地:大阪狭山市)が開業 1915年 現在の入間市駅が豊岡町駅として開業 1917年 現在の大阪狭山市駅が河内半田駅として開業 2000年 河内半田駅が大阪狭山市駅に改称 下記はWikipedia より抜粋引用しました。 開業順に並べました。 記 狭山市駅 1895年(明治28年)3月21日 - 入間川駅(いるまがわえき)として開業[1]。元は川越鉄道の駅で、西武鉄道全駅の中で国分寺駅、小川駅、東村山駅(旧久米川仮駅)に次いで古い。同時に開業した駅には所沢駅、入曽駅、川越駅(現・本川越駅)がある。 狭山駅 1898年(明治31年) 1月30日 - 高野鉄道の開業と同時にその終着駅として設置。 入間市駅 1915年(大正4年)4月15日 - 豊岡町駅(とよおかまちえき)として開業。 1967年(昭和42年)4月1日 - 入間市駅に改称。 大阪狭山市駅 1917年(大正6年)7月5日 - 大阪高野鉄道の狭山駅 - 滝谷駅間に河内半田駅として新設。 2000年(平成12年)12月23日 - 大阪狭山市駅に改称。

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ベストアンサー

違います。 これは「狭山市」「入間市」という市の名前が「人工地名」(=地形的要因や歴史的経緯とは無関係に後付けでついた地名)であって、自治体単位である「市」も含めて初めて地域の地名として成立する名前だからです。 簡単に言えば「狭山市」も「入間市」も、その地名はその地域の地名ではないってことなんです。 これを個々に説明しましょう。 まず「狭山市」駅ですが、基本的な問題として「狭山市は『狭山』ではない」という点に留意して頂きたく思います。 現在の「狭山市」近辺で元来「狭山」と言われる地域は、村山貯水池(多摩湖)と山口貯水池(狭山湖)がある丘陵地とその周辺です。その地域は現在の市町名で示すと埼玉県所沢市南部、入間市南東部、東京都東大和市北部、武蔵村山市北部、西多摩郡瑞穂町北東部であって、現在の「狭山市」はこの元来の狭山と呼ばれるエリアに全く掛かっていないのです。 かつて東京都に「狭山村」という自治体がありましたが、これは現在の東大和市北部の地域に当たります。 この「狭山」という地名は山に囲まれた狭い土地という意味で、平坦地ばかりの現「狭山市」がこれに合致しません。 この元来の「狭山」と呼ばれる土地は、その気候風土と地形を利用した茶の栽培が盛んで、この地でとれた茶が「狭山茶」として有名なのです。ですが明治以降の日本の近代化で茶の消費量が伸びると、「山に囲まれた狭い土地」である狭山だけでは茶の生産が間に合わず、その生産地が南北の平坦地へ拡がり、特に北側の平坦地は主力生産地の座を本来の狭山から奪うほどでした(これとは別に、東京都東大和市や武蔵村山市でも狭山茶が栽培されています)。 戦後、入間川沿いの町村が合併して市制施行となる際に、この地域が狭山茶の主力生産地という理由で「狭山市」を名乗るようになったのです。 この経緯を見ると「狭山市」が「狭山」ではないの「狭山市」と名乗っているのがおわかりいただけると思います。このためにつまり本来の「狭山」と呼ばれる地域と区別するために、狭山市域を指す場合は「市」をつけないと地名として成立しないのです。 西武鉄道が市名を駅名にする際(入間川駅を改名)、この辺りを考慮したのです。西武鉄道は本来の「狭山」と呼ばれる地域にも路線網を延ばしていますし、特に「西武狭山線」という路線が「狭山市」の市域外にあります。 続いて「入間市」駅ですが、「入間」という名前は「入間市」だけに留まらないとても広い範囲を示す地域名である事に留意していただきたいです。 「入間市」の「入間」は「埼玉県入間郡」の「入間」であって、現在も入間市から離れた「三芳町」「越生町」「毛呂山町」の3町が公式に名乗っている地名でもあります。それだけではなく、川越市を中心とした埼玉県内の広い範囲が「入間地方」であって、「入間市」のそのほんの僅かな地域に過ぎません。 この「入間」と呼ばれる地域名を具体的に言うと、前述の3町の他、川越市・所沢市・飯能市・狭山市・入間市・富士見市・坂戸市・鶴ヶ島市・日高市・ふじみ野市・東京都瑞穂町の一部という広大なエリアになります。 現在の入間市駅周辺の古くからの地名は「豊岡」で、町名も駅名も「豊岡町」でした。戦後、「豊岡町」と周囲の町村が合併して市制施行する際、新しい市名を一般公募しました。 その結果で第一位になった候補名は「豊岡市」だったのですが、これは兵庫県に豊岡市があるために回避されました。第二位の候補名は旧国名の「武蔵市」でしたが、これも「東京都武蔵野市」と混同される可能性があると回避され、第三位の候補名で郡名であって地域名であった「入間市」が採用されたのです。 このため、「入間市」の市域を指すためには自治体単位の「市」をつけた「入間市」としなければ、「入間郡」という広大な地域名と区別がつかないという事態になりました。もちろん西武鉄道が「豊岡町」の駅名を変更する際も、この点が考慮されたのです。言うまでもなく西武鉄道は広大な「入間郡」にも線路を延ばしていて、混同される可能性があるからです。 同様の例として西武拝島線の「東大和市」駅があります。 この「東大和市」という地名も「人工地名」で、自治体単位の「市」を含めないとその地域を指す地名として成立しないのです。 「東大和市」の「大和」というのは、市内にそのような地名や地域名があるのではなく「縁起地名」なのです。 この地域は戦前に周囲の村が合併して町制施行となったのですが、その際に合併した村が「大きく和を結ぶ」という願いを込めて「大和町」と名付けられたのです。この名前が戦後の市制施行で引き継がれましたが、神奈川県大和市と重複するので「東大和市」とされたのです。 このため、西武鉄道が青梅橋駅を改名する際に自治体単位をつけた「東大和市」駅になったのです。

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大変詳しいご回答ありがとうございました。 入間郡の範囲と入間市の誕生経緯については知っていましたが、本来の狭山と狭山市のエリアが別であること勉強になりました。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

大変詳しくご教示頂き勉強になりました。 ありがとうございました。

お礼日時:2022/10/31 18:13

その他の回答(2件)

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2022/10/30 22:51

大阪狭山市駅になる前は「狭山遊園」って駅名やったけど? 狭山遊園が潰れたから、こんな駅名になった。 隣の駅が「狭山駅」で紛らわしい。 それはそうと、同じ名前の駅名なんて全国にあちこちありますよ。

過去の回答だと市の駅であることを明確にするためだそうです。 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14138050084 ちなみに東大和市駅の由来を調べたら大和という地名が全国にあるからだそうです 「市の駅であることを明確にする」という意味では似てますね。