2016年12月、青森県八戸市に開業した「八戸ブックセンター」。全国でも珍しい“公設・公営書店”、つまり、行政が直営する書店なのです。開業9年目を迎えた現在、ここを目指してくる本好きの存在が、まちの活性化にもつながっているとのこと。このアイデアがいかに実現し、そして継続可能となっているのか。その背景といまを、八戸市役所のご担当の方にいろいろお聞きしました。
こんな書店をお役所がつくれるのか?!
こんにちは。「八戸ブックセンター」(以下、ブックセンター)にはじめてうかがいますが、店内に入った瞬間に、あ、ここは本好きな人がやっているな、と感じて、うれしくなりました。
音喜多信嗣さん(以下、音喜多):ありがとうございます。まずはこちらの「読書会ルーム」にお入りください。ここでお話をさせていただきます。
あ、書棚が扉になっていて、その奥に隠し部屋がある! お屋敷モノの映画みたいな仕掛けで、ワクワクします。
音喜多:ここはその名の通り読書会用のスペースで、うちが主催する会だけでなく、読書会であればどなたでも無料で使えるようになっています。書棚扉を閉め切れば静かな雰囲気にもできるし、逆に開放してにぎやかさを出すこともできるんです。
店内はハンモックがあったり、書棚の奥に執筆向けの「カンヅメブース」が設けられていたり、楽しいコーナーがいろいろあるんですね。八戸出身の作家、三浦哲郎ゆかりの小座敷は、文豪気分の読書席になっています。
音喜多:私たちはここで本を売っていますが、「公設・公営の書店機能を持ち合わせた施設」というとらえ方をしていて、来店した方が本に親しむことを第一に考えています。約95坪の店内に、約1万冊の本があり、多様なジャンルをセレクト・ブックストア的に並べています。テーマ別に興味が広がり、本との偶然の出合いができるように意図しているんです。店内のいろいろなコーナーで、本が自由に読めることも特色の一つですね。
こういっては何ですが、お役所がつくった店とは、まったく思えません。市の直営という全国的にも珍しいケースで、ホームページには「視察申込」というボタンがあります。きっと、これまでに何回も聞かれたことでしょうが、この新しいモデルは、どのような背景で生まれたのでしょうか。
音喜多:最初のスタートは、いかにも役所っぽいのですが、2015年度に市が制定した「第6次八戸市総合計画(計画期間は16~20年)」になります。八戸市の小林眞・前市長が政策公約として「本のまち八戸の推進」を掲げており、その戦略プロジェクトの一つとして、子どもから大人まで、本に親しめる事業を進めることになったのです。
たしかにいかにもお役所的な立て付けですが、アウトプットが市営の書店というのは、かなり意表を突く展開です。
音喜多:総合計画というのは行政組織としてのきっかけで、それ以前からまちの書店の減少や、人々の本離れは、文化的・商業的な課題として、役所でもずっと意識はしていました。
八戸市は人口が約21万人。臨海部では水産業、工業、内陸は農業という基盤があり、東北新幹線の「八戸駅」は観光の起点になっています。地方の中では、相対的に力を保っているほうかと思います。
音喜多:県庁所在地の青森市(人口約26万人)と比べると八戸は面積が半分以下で、きゅっとコンパクトな市です。人口減少の時代には、そのコンパクトなところが利点になって、だからまだ頑張っていられるのかな、と思うところはあります。
「売れ筋」ではない本も手に入るように
最近まで、まちには10軒以上の書店があったそうですね。
音喜多:八戸には23年までは12軒の本屋さんがあり、それぞれに頑張っていました。ただ新型コロナ禍を機に、創業96年という老舗の「木村書店」さんが店じまいをされ、昨年はイトーヨーカドーの中にあった書店さんも閉店されました。時代の流れの中で、まちがさびれてきていることは確かで、中心部の活性も行政の課題としてあります。
いま頑張っている書店さんも、個性を維持する以上に、生き残るためには売れ筋本を扱わざるを得ず、どこも品ぞろえが似ていくことは、商売上しょうがない。そんな中で、それとは違う本の文化も残していくべきだ、という考え方が市にはありました。
八戸には、もともと読書好きな風土があるのでしょうか。
音喜多:実は、そこはよく分かりません。でも、市内には読書会を催している団体が10以上あるんです。そういった活動は50年ぐらいの歴史があって、市民レベルで本を読む素地はあると思います。
ブックセンターは16年12月の開業ですが、政策としてはその前から始まっていた。単純な疑問ですが、「本にまつわる施設をつくるなら、図書館を拡充すればいい」という話にはならなかったのですか。
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