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和光大学に関するunyounyoのブックマーク (3)

  • 小山田圭吾における人間の研究 - 孤立無援のブログ

    ミュージシャンのコーネリアスこと、小山田圭吾ですけど。 雑誌のインタービューによりますと、彼は、和光大学付属の小・中・高校時代に、いじめる側の生徒だったようです。 「ロッキンオン・ジャパン」(1994年1月号。編集長は山崎洋一郎)の小山田圭吾2万字インタビューによると。 「あとやっぱりうちはいじめがほんとすごかったなあ」 ●でも、いじめた方だって言ったじゃん。 「うん。いじめてた。けっこう今考えるとほんとすっごいヒドいことをしてたわ。この場を借りてお詫びします(笑)。だって、けっこうほんとキツいことしてたよ」 ●やっちゃいけないことを。 「うん。もう人の道に反してること。だってもうほんとに全裸にしてグルグルに紐を巻いてオナニーさしてさ。ウンコを喰わしたりさ。ウンコ喰わした上にバックドロップしたりさ」 ●(大笑)いや、こないだカエルの死体云々っつってたけど『こんなもんじゃねぇだろうなあ』と俺

    小山田圭吾における人間の研究 - 孤立無援のブログ
    unyounyo
    unyounyo 2014/01/03
    オザケンと組んでた人か。
  • 「知らないこと」は「必要ないこと」か

    「知らないこと」は「必要ないこと」か ロバート・リケット◎文学科助教授 はじめに 他者・他民族への理解は、たとえ小さなことであっても、「知る」ことからはじまります。その一歩さえ踏み出せない、いや踏み出させない「われわれ」。 「わたくし」を包摂する「われわれ」、「われわれ」 の中で揺れ動いている「わたくし」、「わたくし」の中の「われわれ」。人生をほぼ半分に、日アメリカに分けて生きてきた僕は、「わたくし」と「われわれ」を区別する難しさをつくづく感じます。 しかし、事情によって、場合によって、両者の区切り方によって、「われわれ」に入らない、あるいは入れてもらえない「わたくし」もいます。障害、性別、人種、民族、国籍などとなると、この線がよりはっきりと引かれます。 民族と国家の場合には、国家のあり方や社会・経済体制にも、もちろん原因がありますが、それ以上に、他民族への抑圧を通して形成されてきた自

    unyounyo
    unyounyo 2011/09/10
    マジョリティの「民族意識の無さ」が抑圧するもの。
  • 占領期における地域社会と在日朝鮮人―地方史から見えてくるもの……ロバート・リケット

    はじめに 現代において「占領」や「進駐軍」は、ことば自体も過去のものとなり、「今」とは関係ないように思える人も多いだろう。戦争直後の民主改革は教科書にも記述されているし、一般知識となっている。だが、その時代には未知の部分が多い。 一五年ほど前、外国人登録・出入国管理制度への反対運動が、外国人登録証明書の大量切り替えにあたって大きなうねりを見せた。戦後約四○年間、全外国人の八割以上を占めていた在日朝鮮人たちは、この管理制度によって警察の取り締まりの対象となり、社会的に異質者の烙印を押されてきた。同じく在日外国人である私も、反対運動の視点から同制度の指紋押捺義務、登録書の常時携帯、重罰主義などの由来をさぐっていった。そのときに知ったことは、外国人をとりまく司法体制が「占領中」に日米当局双方の密接な協力の下でつくられたものだということだった。そして現在にいたっては、それが、明治時代から一貫し

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