2015-08-24 8. 白い象のような波(一) ウィトゲンシュタインの彼女と僕は、僕の地元である鵠沼海岸の濁った海を眺めている。九月。海水浴シーズンを終え、ペットボトルやたばこの吸い殻やコンドームなど、想像しうる限りのゴミを堆積させた砂浜はおよそロマンティックなムードとは程遠いもので、それでも僕が景観的にも心情的にも何一つ望ましくないこの海に彼女を連れてきたのは、それが僕にとって最も愛着のある景色だったからに他ならない。取り残されたサーファーたちが遠くに見える白い象のような波の背中を追っていく。 「白い象のような丘、という小説を思い出した」 僕はぽつりと口を開く。 「遠くに丘を望みながら、乗合馬車かなんかを待つ一組の男女が諍いをしている。正確には諍いではなく、終わってしまったなにかトリヴィアルなことについて小さな言い争いをしているらしい。彼は『君のしたいようにすればいいんだ』みたいにい