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市民に関するnijuusannmiriのブックマーク (73)

  • たぶんあなたは採用しない「3つの投票方法」(finalvent)|ポリタス 衆院選2017――それでも選ぶとしたら

    比例で「民主」とだけ書いたってかまわない 今回の衆院選挙について、政局とかイデオロギーとかではなく、なにか別の方向からの考え方はないだろうか、と考えていた。すごく嫌われる考え方だろうと初めから理解はしているが、思いついたことがある。シンプルな3つの投票原則である。 まず、投票について別の考え方はないだろうか、と考えるきっかけは、積極的棄権を呼びかけるニュースを見かけたことだった。それも納得できる考え方の1つではないだろうかと思ったのだ。 選挙といえば、「必ず投票に行きましょう」といかにも上から目線で言われるものだが、それが常に正しいというものでもない。例えば、12月1日にカタルーニャで実施された、独立を問う住民投票もそうだ。投票者の9割が独立を支持した。それだけ見れば熱狂的な独立支持だし、なんというか立憲民主党に寄せるネット民の期待を連想させるようでもある。だが、棄権は6割近かった。棄権に

    たぶんあなたは採用しない「3つの投票方法」(finalvent)|ポリタス 衆院選2017――それでも選ぶとしたら
    nijuusannmiri
    nijuusannmiri 2017/10/21
    「失敗から学んだっていいんだぜ」いいんだぜ。
  • [書評] 超一極集中社会アメリカの暴走 (小林由美): 極東ブログ

    昨日の書評カテゴリーの記事で、僕は日の産業や技術を少し悲観的に見ていると書き、その理由は別の書評カテゴリーの記事で書くつもりでいることを書いた。これがそれになる。『超一極集中社会アメリカの暴走』(参照)という3月に出たである。 表題は内容をよく表しているといっていい。現在の米国では、富が超一極集中しているという事実について、この分野にいる著者らしいデータを元にした議論が進められている。私たち日人の多くは、米国社会で富の一極集中が起こり、その暴走の派生として、サンダース候補ブームやトランプ政権支持のような異常とも言える事態が起きたことは知っている。しかし、その内実の仕組みについては、識者はある程度知っているが、日社会としてはあまり知られているとは言えないだろう。書は、その仕組みが広範囲にわたって示されている。 扱われる分野は多岐になり、そのぶん、個々の技術についての考察については、

    [書評] 超一極集中社会アメリカの暴走 (小林由美): 極東ブログ
  • 曾野綾子(85)が夫・三浦朱門(90)を自宅介護する話に関連して: 極東ブログ

    週刊誌が比較的安価にオンラインで読めるようになって、週刊現代といった雑誌もざっと目を通すようになった。週刊ポストのほうに曾野綾子の連載があるのは知っていたが、週刊現代のほうにもあるのを見つけ、そしてそのテーマが夫・三浦朱門の介護であるのを知って少し興味をもった。彼ももう90歳でボケてもいいころではあるが、彼の友人の阿川弘之などは90歳でも明晰だったなとか思い出し、調べ直すと、阿川はボケはないものの90歳で介護が必要になっていた。まあ、そういうものだろう。 曾野綾子自身は85歳で、先の文章を読んでもまだ気迫がある。というか、ちょっとありすぎるかなと、先日の同コラム『自宅で夫を介護する』の第3回で思った。 話は表題通り、夫・朱門を自宅で介護するというものだ。率直なところ、それは無理じゃないかなあと思った。タレント兼エコノミストの森永卓郎も当初自宅で親の介護をしようとしたが断念した話をどこかで読

    曾野綾子(85)が夫・三浦朱門(90)を自宅介護する話に関連して: 極東ブログ
    nijuusannmiri
    nijuusannmiri 2016/10/06
    「ネットはそうした字面の選択というだけの修辞の側面に基づく話題が多くなってきているように思える」/「長期の高齢者介護」の「「不可能」な地点」もとっくに見えていて、必死に先延ばししようとしている段階。
  • [映画] パリ20区、僕たちのクラス(Entre les murs): 極東ブログ

    以前から見ようと思って留意していたフランス映画「パリ20区、僕たちのクラス(Entre les murs)」を見た。邦題からも察せられるように教育をテーマにした映画である。日公開は2010年だが、元のフランスでは2008年の作品なので、現時点からすると少し古い時代になったかもしれない。が、教育環境にはそう大きな変化もないのだろうと思う。 物語は、と切り出してみて、さしたる物語はない。むしろ、ドキュメンタリー作品であるかのように見える。実は、そこにこの作品の映画としての真価があるのだが、それでも、物語っぽい部分を追ってみよう。 場所はパリ20区の中学校。パリの街はルーブル美術館のある1区から渦巻き状に区番号が振ってあって、20区が最後になる。つまり、パリのはずれということだが、その意味合いは、「ボンリュー(banlieue)」に近く、ボンリューというのは訳語は「郊外」だが、よく「ボンリュー

    [映画] パリ20区、僕たちのクラス(Entre les murs): 極東ブログ
    nijuusannmiri
    nijuusannmiri 2016/06/24
    「日本の民主主義は欺瞞に満ちている。そしてこの映画を見ると、フランス式の民主主義も困難が多いにせよ、日本的な欺瞞は少ないと確信できた」
  • 《Nuit debout》(ヌイ・デブー)のような運動が日本にもあってよいんじゃないかと思った: 極東ブログ

    昨年は日でも、メディアに映る範囲だが、国会前で行われるデモは盛んであるかに見えた。デモが盛んに行われるのは正常な民主主義国家のあり方なので、基的に好ましいことだが、私自身はというと、そのデモにはあまり関心はもてないでいた。主張に同調し得るものがあまりなかったからである。また、そのやりかたが画一的に見えたのも、あまり興味の持てない点であった。 人それぞれなので、私のような人がいるものも、また正常な民主主義国家のあり方である。ただ私としては、すべてのデモに関心がないわけでもない。むしろフランスのデモのあり方には関心をもっていたし、4月に入ってからの、《Nuit debout》(ヌイ・デブー:起きている夜)という運動と関連のデモには特に関心をもっていた。 《Nuit debout》では、若者たちを含め、多数の市民がパリ中心の共和国広場に集まり、深夜までの討論するという集会である。パリから、他

    《Nuit debout》(ヌイ・デブー)のような運動が日本にもあってよいんじゃないかと思った: 極東ブログ
    nijuusannmiri
    nijuusannmiri 2016/05/27
    へー。「それでも、各種意見に特に強いるものなく、議論の参加も自由だし、とにかく、市民が言いたいことをできるだけ公平に言って話合おうという雰囲気は感じられた」
  • 教職員の政治活動に罰則 自民、特例法改正案、秋の臨時国会にも提出(1/2ページ)

    自民党は9日、今夏の参院選から選挙権年齢が「18歳以上」に引き下げられることを踏まえ、公立高校の教職員の政治活動を禁じる教育公務員特例法を改正し、罰則規定を設ける方針を固めた。早ければ今秋の臨時国会に改正案を提出する。同法は「政党または政治的目的のために、政治的行為をしてはならない」とする国家公務員法を準用する規定を定めているが、罰則がないため、事実上の「野放し状態」(同党幹部)と指摘されていた。 改正案では、政治的行為の制限に違反した教職員に対し、「3年以下の懲役又は100万円以下の罰金」程度の罰則を科することを想定している。 また、私立学校でも政治的中立性を確保する必要があるとして私立校教職員への規制も検討する。これまで「国も自治体も、私立には口出ししない風潮があった」(同党文教関係議員)とされるが、高校生の場合は全国で約3割が私立に通学する実情がある。

    教職員の政治活動に罰則 自民、特例法改正案、秋の臨時国会にも提出(1/2ページ)
    nijuusannmiri
    nijuusannmiri 2016/05/10
    だから、この「政治活動」が何を意味するのか、この記事からはよく分からない。「選挙活動」のこと?
  • テレビ報道の自由と中立性はどう確保したらいいのか?

    新聞や書籍に特段の「中立性」は求められません。そんなことを要求したら言論弾圧になってしまいます。ネットの場合はもっと自由で、物理的に遮断しない限り情報は限りなく拡散します。 一方で電波媒体、とりわけテレビに関しては「中立性が要求され」ます。これは、日の電波行政が「原則禁止である高出力電波の発信を免許、つまり『免じて許す』という国家の判断」に依拠しているからかもしれません。大昔の「逓信省」以来の統制システムというわけです。 ですが、この「電波については一定の規制をする」というのは、必ずしも日や、一部の独裁国ばかりではなく、世界共通の考え方でもあるようです。例えば、電波、特にテレビの持つ影響力は非常に大きいので、クーデターや革命を狙う軍事集団は、そのターゲットとして放送局を狙うわけですし、これに対して既存の秩序を守ろうとする側も、放送局に籠城して国際社会にSOSを訴えたりします。 そうした

    テレビ報道の自由と中立性はどう確保したらいいのか?
    nijuusannmiri
    nijuusannmiri 2016/04/15
    「つまり、投票日が近づいて有権者がより真剣に選択を行う時期になると、反対に意思決定に必要な価値判断のチョイスに関わる情報が遮断されてしまうのです」
  • フランスの保育ママ「ヌヌ−」: 極東ブログ

    西村・プペ・カリン『フランス人ママ記者、東京で子育てする』で、日仏での、妊娠から育児についての比較考察がり、それはとても面白かった。なかでも、フランスの保育ママ「ヌヌ−」については、いわゆる調査研究書とは異なる、日にも詳しいいちフランス人女性の視点から描かれていてとても示唆深くもあった。 パリにあふれるヌヌ−事情 バカンスでフランスに帰り、パリの街角を歩いていると、わたしは東京では絶対に見ない光景にいつも驚かされる。 あきらかに50歳を超えた女性が、髪の色や肌の色がバラバラの3人の子供を連れている。こういう場面を目にするのは嬉しい。なぜなら、すぐさまこの女性はこの子どもの母親ではなく、ヌヌ−だとわかるからだ。 ヌヌ−(アシスタント・マテルネル)とは、他人の子どもの面倒をみてくれる女性で、フランスでは当たり前の存在なのだ。 東京同様、パリでも保育所問題は深刻だ。 しかし、多くの若いフラン人

    フランスの保育ママ「ヌヌ−」: 極東ブログ
    nijuusannmiri
    nijuusannmiri 2016/04/08
    「これを延長して考えれば、日本も国際化として移民労働者を入れる際には、こうしたヌヌ−の共通資格も議論されるようになるだろう」この辺が現実的なブレイクポイントになるかのね。
  • 実際、保育園に落ちたらどうするか?: 極東ブログ

    実際、保育園に落ちたらどうするか? この話題の経験談的な側面は当初自著に含める項目のつもりだったが書籍全体のバランスを考えて落とした経緯がある。他にも家事分担のコツのような話題も考えていたが落とした。また何か機会があれば書籍として書きたいものだと思いつつ、ブログに書くような話題でもない。そうこうしているうちに時は過ぎてしまった。が、よい機会でもあるので、現時点で少し整理してというか、思い起こしつつ書いてみたい。あまり正確ではないかもしれないし、なんの役にも立たないかもしれないが。 保育園落ちて「日死ね」という気持ちになるのはわかるという人は多いだろうし、それはその文脈の議論があるだろう。ただ、他方、現実的に保育園に落ちた子供をどう対応するかという現実的な問いは依然残る。 今回、そうした現実対応の話題が出てくるのか、とざっと見ていたが、見ていた範囲では見かけなかったように思う。いくつかざっ

    実際、保育園に落ちたらどうするか?: 極東ブログ
    nijuusannmiri
    nijuusannmiri 2016/04/06
    「保育園に落ちたら、地域の実情を探り、その過程で各方面に助けを求める声をあげよう。そのなかで保育を助け合う仲間ができたら、そこを足場に地域行政に改善を求めよう」
  • 脱文脈化ということ: 極東ブログ

    昨日、一昨日と、書いてみました的な話題だったが、はてなのinumashさんが二つともう読んでくださって(ありがとう!)、昨日のには、こうしたコメントをされていた。まあ、こう。 inumash こうやってごく基的な経緯すら把握していないくせになんぞ深刻ぶった顔で的外れな分析ばかりしてるから、「ブログを10年以上も続けてきた」にもかかわらず貴方の声に動かされる人間が出てこなかったんでしょうね。 愉快だった。読み違えしているかなと思えるのは一点、「深刻ぶった」というくらいで、どうも「バブー」のベタは受けなかったようだ。つまり、他の指摘は当たっていると思った。二つある。 一つは「こうやってごく基的な経緯すら把握していないくせに」である。まあ、それでいいと思う。他のはてなーず(「女子ーず」みたいだな)のコメントに、「私はシャルリだ」の背景もわからんのか爺、みたいのもあった。 どう理解されているか

    脱文脈化ということ: 極東ブログ
  • 「保育園落ちたの私だ」ということはどういう意味だろうか: 極東ブログ

    ツイッターで「保育園落ちたの私だ」というタグを見たとき、その後ろに「ばぶー」とかつくのかと思った。そうではなかった。「私の子供を保育園に預けることができなかった」という意味だと理解したのは、しばらくしてからだった。それから、ゼロ歳児を保育園に預けるのは大変だろうなと思った。なぜ、そう思ったかについては後に回したい。 この話題でそうこうしているうちに、「保育園落ちたの私だ」という国会前デモがあることを知り、少し奇妙な違和感を覚えた。これも後で触れると思う。ただ、当然、反感とかではない。市民がどのような示威活動をするのも自由であるからだ。 それから、その文脈の報道に接して「女性」という言葉がよく現れることにまた少し奇妙な違和感を覚えた。これもまた後で。その前に、そうした文脈の一つを上げておくと、たとえば表題に「母親ら」とある次のような記事である。毎日新聞「母親ら、改善求め厚労相に署名提出」(参

    「保育園落ちたの私だ」ということはどういう意味だろうか: 極東ブログ
    nijuusannmiri
    nijuusannmiri 2016/04/03
    「「保育園落ちたの私だ」という言明は発言者の特権性のない市民としての課題であるということだ」
  • 「保育園落ちたの私だ」ということはどういう意味だろうか: 極東ブログ

    nijuusannmiri
    nijuusannmiri 2016/04/03
    「「保育園落ちたの私だ」という言明は発言者の特権性のない市民としての課題であるということだ」
  • 「日本死ね」と言うべきだっただろうか?: 極東ブログ

    すでに旧聞になると思う。というか、そうなるのを待っていた面もあるし、考えていたらそうなってしまったという面もある。話題は、れいの、と言ってもいいだろう、「保育園落ちた 日死ね!」ということだが、私が気になっていたのは、「日死ね」という表現だった。そう言うべきだったのだろうか? 言葉狩りがしたいわけではないが、これが仮に「中国死ね」や「韓国死ね」という表現であったら、ヘイトスピーチになるのではないか。なのになぜ、「日死ね」ならそういう問題にならないのだろうかと疑問に思ったのである。 おそらく日人なら「日死ね」と言ってよいという暗黙の前提があるのではないだろうか。だとすればそこで疑問が続く、日人なら「日死ね」と言ってよいのだろうか? あるいは、日人なら「日死ね」と言えるという特権のような意識があるとすれば、それは何に由来するのだろう? その特権を支える正義はなんなのだろう? 

    「日本死ね」と言うべきだっただろうか?: 極東ブログ
    nijuusannmiri
    nijuusannmiri 2016/04/02
    「私たち市民は、市民の言葉を大切にするがゆえに、私たちの市民が政府を作り上げる。つまり、作為の契機をもっている」
  • ヘイトスピーチ抑止、条例案可決へ…大阪市議会 : 政治 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

    民族差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)の抑止を目指し、大阪市が市議会に提案した全国初の条例案が、早ければ15日にも可決・成立する公算が大きくなった。 議会側には慎重意見もあったが、市長与党で最大会派の大阪維新の会が提示した修正案に対して共産などが賛成する方向で調整を始め、過半数を確保できる見通しとなった。 条例案は、橋下徹前市長が昨年5月に提案。学識者による審査会の調査に基づき、ヘイトスピーチを行ったと認定した者の氏名や団体名を公表するほか、被害者が訴訟を起こす場合に必要な費用を貸し付けるとしていた。 だが、市議会では、市長が審査会委員を決めることに異論が噴出。訴訟費用貸し付けについても「訴える側だけに貸し付けるのは不公平」との指摘があり、継続審議になっていた。

    ヘイトスピーチ抑止、条例案可決へ…大阪市議会 : 政治 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
  • 内容は腰砕けだった、オバマの「銃規制案」

    今週オバマは乱射事件の被害者や遺族をホワイトハウスに招いて、涙ながらに銃規制を訴えたのだが Carlos Barria-REUTERS 今週5日、新年早々にオバマ大統領はホワイトハウスに「乱射事件の被害者と遺族」を招いて、彼らに語りかける形を取りながら全国へ向けてテレビ会見を行いました。その際に「涙を浮かべながら銃の悲劇を繰り返すな」と訴える大統領の姿は、大きく報道されています。 ですが、この「オバマ銃規制案」の内容は「全くの腰砕け」としか言いようのないものです。 まず今回の提案は3点あるというのですが、具体的には「銃見市(ガンショー)やネット販売などでの銃購入者の身元確認の徹底を『業者』に義務付ける」、「違法な銃取引に対する取り締まりの徹底」、「保険適用の拡大など精神疾患に対する治療の充実」というのがその内容です。 要するに「銃規制」ということでは、1つ目の「購入時の身元チェックの強化

    内容は腰砕けだった、オバマの「銃規制案」
    nijuusannmiri
    nijuusannmiri 2016/01/08
    「いずれにしても、今回の会見と「大統領令」の発令で、おそらくオバマ政権としての「銃」への取り組みは「終わり」になると思われます。だとすれば、その成果は極めてお粗末だったとしか言いようがありません」
  • 高等言語教育研究所の第 19 回「言語教育研究会」における手話通訳について / 愛知県立大学長 高島 忠義

    nijuusannmiri
    nijuusannmiri 2015/12/30
    「手話通訳者の配置につい ては、広く一般を対象とした「公開講座」では要望に応じて配置しますが、主 に学内の教員を対象とした少人数の研究会に関しては、ケース・バイ・ケース で判断することとしました
  • さらば工藤会 元組員の決意「堅気の今が幸せ」:朝日新聞デジタル

    市民に対する襲撃事件が相次いだ福岡県で、指定暴力団工藤会系組員の離脱が続いている。県警の支援で離脱した元組員の一人が、朝日新聞の取材に工藤会の資金稼ぎの実態や決別の経緯を語った。 出合いはマージャン店 12月中旬、州の地方都市。40代の元組員は工事現場で黙々と道路の補修工事に当たっていた。 仕事を終え、待ち合わせ場所に姿を見せると、組員時代に更新した運転免許証を取り出して記者に見せた。相手を威圧するような鋭い目つき。目の前にいる柔和な表情とは別人のようだ。 工藤会との出合いは、堅気の仕事に就いていた20代の頃にさかのぼる。 行きつけだった北九州市内のマージャン店で、工藤会系の組長と親しくなった。一晩に数百万円を賭け、飲み屋ではホステスや取り巻きの組員に数万円のチップを渡す。身近に暴力団の存在がある地域。もともとあこがれはあったが、初めて見た物の「豪快さにひかれた」という。 見込まれて組

    さらば工藤会 元組員の決意「堅気の今が幸せ」:朝日新聞デジタル
    nijuusannmiri
    nijuusannmiri 2015/12/27
    「「ヤクザは人気商売」と元組員。ヤクザを利用する堅気もいた」
  • 「闇のキャンディーズ」問題で問われなかったかに見えたこと: 極東ブログ

    昨日のエントリーを書いたあと、ちょっとためらいの気持ちが残った。というか、あえて書かない部分があった。書かなくてもわかる人もいるかもしれないが、とも少しは思ったが、まあそういう期待どころか、実際には書くといっそう混乱を招きそうにも思えた。まあ、だからお前なんかブログ書くなと言われるわけでもあるが、さて。 しかしエントリーを改めてその部分を簡単に書くと、「闇のキャンディーズ」さんも佐野研二郎氏と同様の意味あいで(参照)「詰め腹」だったのではないかと思っていたのだった。 率直なところまだためらう気持ちはあるが(その理由はたぶん今回はあえて書かないつもりだが)、それでも想定通りの誤解がぞろぞろと自分に向けられてくるようでもあり、しかしだからといって書いても理解が進むわけではないだろうとは思う。くだくだ、と。でも、少し書いておこう。 まず、簡単な疑問を一つ。 「闇のキャンディーズ」さんは「新潟日報

  • 変わる家族:同姓義務、日本だけ 再婚禁止期間、世界は廃止の流れ - 毎日新聞

    夫婦同姓と女性だけに離婚後6カ月間の再婚禁止を定めた民法の家族を巡る2規定は、1898年に制定された明治民法に由来する。100年以上前にできた法律が今も家族の形を縛っている形だ。16日に最高裁大法廷が憲法判断を示す見通しだが、海外では同種規定の見直しが進む。 家族の姓を巡る法律には国の歴史文化が反映されている。別姓制度を設ける国は多く、夫婦の姓をつなげた「結合姓」を認める国もある。法律で同姓を義務づけている国は世界を見渡しても日しかないとされる。 男女平等の観点から見直す国も増えている。原則夫婦同姓だったドイツは、夫婦が合意できなければ夫の姓を名乗ると決めていたが、連邦憲法裁判所が「に夫の姓を強制するのは違憲」と判断し、1993年に別姓を認める法改正をした。 この記事は有料記事です。 残り278文字(全文615文字)

    変わる家族:同姓義務、日本だけ 再婚禁止期間、世界は廃止の流れ - 毎日新聞
  • Facebookはイスラム教徒のために闘う ザッカーバーグ氏が宣言【コメント全文】

    NEW DELHI, INDIA - OCTOBER 9: Co-founder and chief executive of Facebook Mark Zuckerberg gestures as he announces the Internet.org Innovation Challenge in India on October 9, 2014 in New Delhi, India. Zuckerberg is on a two-day visit to India aimed at promoting the internet.org app, which allows people in underdeveloped areas to access basic online services. (Photo by Arun Sharma/Hindustan Times v

    Facebookはイスラム教徒のために闘う ザッカーバーグ氏が宣言【コメント全文】
    nijuusannmiri
    nijuusannmiri 2015/12/13
    「ユダヤ人である私は、両親から全てのコミュニティーに対する攻撃に立ち向かわなければいけないと教えられました。それが自分に向けられたものではなくても、誰かの自由に対する攻撃はいつか全ての人を苦しめ(略」
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