lynx   »   [go: up one dir, main page]

タグ

哲学に関するRikerikeのブックマーク (7)

  • 「正義」の反対は「別の正義」なのか 「屁理屈」の横行に抗う哲学者:朝日新聞

    近ごろ世間ではやるもの、フェイクニュースに特殊詐欺、「公正」「正義」がさっぱり通じぬこの世の中、どうすりゃ渡っていけるのよ、とほほと途方に暮れてたところ、西の方にはいるらしい、「公正」「正義」を〝乗…

    「正義」の反対は「別の正義」なのか 「屁理屈」の横行に抗う哲学者:朝日新聞
    Rikerike
    Rikerike 2025/04/17
    でもSNSとかであげる声ばかり聞いて、リアルで足のついている市政の声を聞かなかったからこそ、リベラルは負けたわけで……勝てば官軍、負ければ賊軍だと、屁理屈だって言われても……
  • 『ミッキー17』映画化は成功したのか? ポン・ジュノらしさと2つの問題点

    残酷な債権者に追われるミッキー・バーンズは地球脱出を図り、「エクスペンダブル」(使い捨て人間)として惑星移住船に乗りこむ。実験対象となって、何度も死んでは生き返るのが彼の仕事だ。移住船のリーダーは、宗教右派と結託している政治家ケネス・マーシャル。何度も死ぬうちに17号となったミッキーだが、ある日手違いから、まだ死んでいないのに18号が複製されてしまう。「マルティプル」(重複存在)は重罪で、見つかればふたりとも死刑だ。はたしてミッキーの運命は——? 『ミッキー17』はポン・ジュノ監督作品中、おそらく最も軽やかな気持ちで観ることができる映画だろう。とはいえもちろん今回も、彼のほぼ全作を貫く、深刻な階級格差の問題は取り上げられている。ひたすら底辺仕事を押しつけられ、人間扱いもされない主人公ミッキーには同情せずにいられないし、自分自身の生活のさまざまな面を彼に投影する観客も多いだろう。また、ポン・

    『ミッキー17』映画化は成功したのか? ポン・ジュノらしさと2つの問題点
    Rikerike
    Rikerike 2025/04/12
    ミッキーくんに理解ある彼女がいるし、まだ優しい世界だと思うけどなぁ……
  • 日本で「自分の気に入らないことに耐性のない人々」が増えている「ほんとうの理由」(住吉 雅美)

    価値観が移り変わる激動の時代だからこそ、いま、私たちの「当たり前」を根から問い直すことが求められています。 法哲学者・住吉雅美さんが、常識を揺さぶる「答えのない問い」について、ユーモアを交えながら考えます。 ※記事は住吉雅美『あぶない法哲学』(講談社現代新書)から抜粋・編集したものです。 裁判のメリット・デメリット人間集団の中での揉め事を解決する方法には、現在のような裁判制度がない時代からさまざまなものがあった。紛争解決の方法はじつは事柄の性質に即して多種多様なのであり、法的解決というのはそれらの中のたったひとつの選択肢でしかない。 にもかかわらず、この訴訟という方法のみを唯一正しいとみて、これをありとあらゆる領域の問題解決に拡張させる考え方、これこそ、法化のもつ病理的側面なのである。 紛争解決のために裁判に訴えることには、利点もあればもちろん欠点もある。まず利点をみてみよう。古代中世

    日本で「自分の気に入らないことに耐性のない人々」が増えている「ほんとうの理由」(住吉 雅美)
    Rikerike
    Rikerike 2025/03/16
    法的手段で訴えるのは気軽にやるべきではないだろうけど、晒し上げみたいなネット私刑もよくはないと思うんだよね……
  • 人は人と出会うべきなのか|斎藤環(精神科医)

    「というのも、各々は直接的に他者のうちに自分を知るからであり…しかもそれによって、各々が、他者もまた同じように彼の他者の内に自分を知るのだ」(ヘーゲル『イェーナ体系構想』法政大学出版局) 「臨場性」はなぜ必要か コロナ禍の中で、心から消滅して欲しいと思ったのは「ハンコ」である。 大学が入構自粛になっているのに、ハンコを押すためだけに出勤することの徒労感。そういえばうちの大学では、会議からはほぼ完全に紙資料が駆逐されて、タブレットで会議資料を閲覧することになりはしたけれど、「ワープロで作成しプリントアウトした紙資料に押印したものをスキャンしてPDF化」という純和風デジタイズが横行しており、電子署名などまだまだ imagine the future の彼方——内輪ネタですみません——というありさまだ。というか、そもそも現政権におかれましてはIT担当大臣が日はんこ議連議長を兼任、という漫画のよ

    人は人と出会うべきなのか|斎藤環(精神科医)
    Rikerike
    Rikerike 2020/05/31
    他者との出会いによってなんらかの変化の兆しが見えることがある。まぁそれはオンラインでもできるけど、反応が必ず返ってくるとは限らないから直接会うよりも希薄なんだよね
  • 誰もいない森で倒れた木は、音を出したか? | コラム・レポート | アーティエンス

    「もし今、私たちの知らない遠く離れた地の誰も居ない森で、一の木が倒れたとします。 その際に、その木は“音を出して”倒れたのでしょうか。」 アイルランド国教会のジョージ・バークリー主教(1685~1753)は、ある日こんなことを人々に投げかけました。──皆さんでしたら、この問いにどう応えるでしょうか。 普通に考えれば、「木は“音を出して”倒れた」という答えが返ってきますよね。 ですが、バークリー主教だけでなく、少なくない数の哲学者や心理学者は、この問いに対して「木は “音を出していない” 」と答えます。さて、それはどういうことでしょうか。 キーワードは、「認知」という言葉です。 誰も居ない森では、倒れた木の音について、だれも認知することはできません。 そして、バークリー主教は「(それが)存在するということは、(誰かがそれを)認知をすることである」という言葉を残しました。つまりは、「存在は、

    誰もいない森で倒れた木は、音を出したか? | コラム・レポート | アーティエンス
    Rikerike
    Rikerike 2018/05/20
    手塚治虫の赤の他人や、世にも奇妙な物語のロンドンは作られていないみたいなお話
  • 鶏が先か、卵が先か - Wikipedia

    14世紀の『健康全書』の挿絵 「鶏が先か、卵が先か」(にわとりがさきか、たまごがさきか)という因果性のジレンマは、平たく言えば「ニワトリとタマゴのどちらが先にできたのか」という問題である。昔の哲学者にとってこの疑問は、生命とこの世界全体がどのように始まったのかという疑問に行き着くものだった[1]。 教養的な文脈で「鶏が先か、卵が先か」と述べるとき、それは互いに循環する原因と結果の端緒を同定しようとする無益さを指摘しているのである。その観点には、この問いが持つ最も根源的な性質が横たわっている。文字通りの解答はある意味明白であり、初めて鶏の卵を産んだ鶏以外の一個体(またはその卵の父親を含む二個体)が鶏の存在を規定したと言える。しかしメタファーとしての視点に立つと、この問いはジレンマにつながる形而上学的問題をはらんでいる。そのメタファーとしての意味をよりよく理解するために、問いは次のように言い換

    鶏が先か、卵が先か - Wikipedia
    Rikerike
    Rikerike 2012/07/15
    生命誕生レベルにまで遡れば、無性生殖→有性生殖→卵だから「鶏(と言うより親)」が先なんだろうけど、鶏という種に限れば「卵」が先ってことになるのか…
  • 海外で語られていた「神さまの力って今はこんな感じ? 」 : らばQ

    海外で語られていた「神さまの力って今はこんな感じ? 」 一神教の宗教では、神は全知全能の存在であることが多く、神話や伝承を見れば数々の奇跡を発揮していることがわかります。 しかし時代の流れと共に「神の力」も移り変わりがあるようで、それを曲線グラフで表したものが海外サイトで人気を呼んでいました。ご覧ください。 古代の奇跡に比べて、現在の奇跡はなんて地味なのでしょうか……。 意味がわからないと言う方のために説明すると、近年欧米では焼きあがったトーストなどに「キリスト像やマリア像が浮かび上がってる!」とネットオークションに出品されることが多いのです。 数年前に、キリストに見えるシミが高額で売れたなんて事があったため、それ以来イエス様やマリア様に見えるものはとりあえずオークションに出品してみたくなるようです。 トーストにジーザス。 アイロンにジーザス。 もちろん最近では値段がつくことはめったに無い

    海外で語られていた「神さまの力って今はこんな感じ? 」 : らばQ
    Rikerike
    Rikerike 2012/02/21
    「この次の段階では、神は単なる我々の想像による絵空事となるであろう。」と言うことは最早我々に神の概念が失われるってことだな
  • 1
Лучший частный хостинг