はてなキーワード: 留守番とは
実に16年ぶりだった。
5月4日〜5月5日の1泊2日、朝7時出発で翌日の23時帰宅。
「まあ、半分叶えば嬉しいな」くらいのギチギチな予定表を作ってしまった。
実際半分くらいはこなすが、残り半分は「時間が余ったらいくつか回れるか…」くらいのつもりだった。
行きたかった店が偶然空いていたり、道が空いていたりして、むしろ予定よりも早く目的地に着く程の、トラブルも怪我もない旅になった。
私は昔から旅をするときは新しいパンツ(下着)を履いたり着替えとして持っていくというマイルールがある。
気を引き締める意図と、
事故に遭ったり等、緊急搬送された時にヨレパンだと恥ずかしいからという理由だ。
旅行から無事帰り、きていた衣類や着替えに使った衣類を即洗濯し、乾燥機に入れた。
そして翌日(GW最終日)の風呂上がりの際、ふたたび綺麗になったパンツを履いた。
ブチブチっ!と。
パンツよ。この旅の間、私を守ってくれたのか?
乗り換えがスムーズだったのも、
探していたお土産が一発で見つかったのも、
行きたかった飲食店が空いていた(私が食事を始めたあたりで混み始めた)のも、
パンツ、お前のおかげだったのか?
家族は「いや、3枚500円の安物だし」「乾燥機で弱ってたんじゃない?」と言うが
私は今回だけはパンツの力を信じたい。
君が守ってくれたから私は久々の旅を最大限に楽しめたのだろう。
ありがとう、そして、さようなら、まだ新しかったはずのパンツ。
心より愛をこめて。
あと、「一人旅?いいじゃん行きなよコッチも趣味に熱中して留守番するから、ペットの世話は任せときな」言って快く送り出してくれた家族にも、最大の愛込めて。
近頃思うのだけど、現代の東京での暮らしは、幼児から社会性が必要。
自ら納得いくまで試して、実験して、なぜそうしなくちゃいけないかを体験から学ぶような悠長なことは言ってられない。
それを徹底しないと生きていけない。
どこにいって遊ぶって、今時路上で遊べるほど道路は安全じゃないだろう?
四の五の言わずに黙って交通ルールに従えという路上を抜けたところで、自由な世界は待ってない。
ドラえもんの世界なら、空き地に集合するのは見知った顔だけだが、今の東京で暮らすと、公園や公民館は初対面同士だ。
遊具や玩具は「設計したオトナが想定した正しい使い方」で遊ぶ必要があり、初対面同士で譲り合う必要があり、順番を守る必要もある。
もちろん、泣かしたり泣かされたりをすることもしてはいけない。
なにが
「子供の好奇心を伸ばしましょう!どろんこになって遊びましょう!失敗しても見守りましょう!」
だ。
ふざけるな。
歯の詰め物がとれ、急遽かかりつけではないところで治療してもらった。
当日対応してくださり感謝していたが、その歯科クリニック定休日が私の仕事休みと重なっているため、通院を続けることは難しい旨を事前ににお伝えした。
そのため、プラスチックを詰めようとしたら、虫歯の大きさからしてすぐ取れますと言われたので、相談してあと一度通院すれば治療が完了するというオールジルコニア66,000円を入れた。
治療完了後、まさかの歯科衛生士からマウスピースを作らない場合、破損時の保証はありません。
えっ?と思いながらとあと何回来れば良いか相談したら2回とのことで、両親に子供を預けてマウスピースを作ることにした。
その5日後、受付の方から継続的にクリーニングも保証の条件ですと留守番を頂きました。
さすがに、通えないと伝えてジルコニアを提案した際に保証がつかないことの説明ないことをどう思うか確認しました。
受付はただひたすら謝り院長に確認しますとのことで、当たり前ですが、ミスしたのは受付ではないので、院長から説明のお手紙を頂くようにお願いして終わりました。
子どもの数は減っている。しかし、放課後に学童に通う小学生は、10年間で89万人から151万人に激増した。いろんな理由はあるが、最大の理由は、金を稼がないと、生活や子どもの教育がたちゆかないからだ。
自分は2007年度生まれの子どもと2017年度生まれの子どもを育てながら、自宅を職場にしているが、この10年間の激変がヤバすぎて震える。
下の子が小学校に入学してまもなく1年。ここ数カ月、親が仕事で忙しい小1の子どもが居場所を求めてうちにしょっちゅうピンポンを鳴らす。1人だけじゃない。誘い合わせて2人3人とやってくる。
うちのベルを鳴らすのは、両親ともにフルタイム核家族の子、両親フルタイムで祖母が育児担当の子、ひとり親家庭の子だ。子どもたちは放課後に行く場所がなく、自宅に親がおらず、うちが断ると、また別の家のドアを、その家が断るとまた別の家のドアを叩いている。
プライバシー保護のため、10年前にはあった連絡網はなくなったので、その子たちの親の連絡先は知らない。
一時期、連日のピンポンラッシュがあり、子どもが遊びたがって何度か受け入れてしまったが、今は理由をつけて断っている。「約束なく1人で来ちゃダメ」と言ったら、「約束をした」と嘘をつくようになったから、叱ったこともある。
でも、すごく暗い気持ちになる。
なにせ、1つのクラスに3人もいるんだぜ、親がフルタイムで働いていて、放課後に子供だけで暗くなるまで出歩いている小1が。
なんで学童に毎日行かせないのか?そんな疑問が生じるかもしれない。
学童の利用児童の数が多いエリアでは、すし詰め状態で過ごす子どもたちの安全を守るために、たくさんのルールが設けられているところが少なくない。学童の職員はものすごくがんばってくれているけれど、子どもの増加に人の手が追いついていない。
その子たちが学童に毎日行かない理由としては、こんな理由があると思う。
・学童に登録はしてる。でも、子どもが行きたくないという日には、留守番させる日もある。高学年のきょうだいがいる場合、兄や姉にまかせて学童を休ませる日がある
・残業で学童に迎えが間に合わない日には、明るいうちに学童から子どもだけで帰宅させている
思うんだけど、急速な共働き化で、育児界隈の荒れ地化進んでないか?
夫婦2人で働けば、経済的な不安は軽減するだろう。でも、両親フルタイムで19時自宅とか、家庭まわらないと思うんだわ、実際。夕方の家事山積みだし。
いざとなったら、離婚という逃げ道があることも必要だ。配偶者の存在がストレスになって体を壊す人もいるし。でも、離婚して、ワンオペで働きながら子ども育てるの、おばあっちゃんとかいないと子どもにしわ寄せがいく。
そして別にいいんだ、おばあちゃんに育児丸投げしたって。主婦スキルの高いおばあちゃん、本当に頼りになるし。でも、おばあちゃんたち、たいてい元気な子どもを追いかける体力ないんだわ。昔、夫に育児を丸投げされていたおばあちゃんが、今度は孫の育児丸投げされているケース見ると、ちょっと気の毒なこともある。
なにがいいたいかって、「子どもは一定の年齢になるまで、“きちんと世話をしてくれて、話を聞いてくれる、体を動かせる大人”が絶対に必要だ」ということだ。フェミニストは怒るかもしれないけど、この事実だけは変えられない。
なにも「専業主婦が必要だ」って言ってるんじゃない。でも、子どもを特別扱いしてくれる「大人」が、必要なんだ。
母親じゃなくてもいい。父親でもシッターでもピンシャンしているおばあちゃんでも、信頼できる大人なら、誰でもいい。
大勢を一度に見ている学童の先生や習いごとの先生は、身の周りの世話をすることはできないし、1人の子を特別扱いすることなんてできない。
思えば、2014年ころの小1はもう少しのんびりしていた。2010年代に共働き家庭が急激に増え、2015年に時の政権が「女性活躍だ!」と言い出して、保育園の枠が足りなくなり2016年には「保育園落ちた!日本死ね」のブログが大きな話題を呼んだ。
今、多くの母親は、仕事も家事も育児もがんばってる。でも、父親の働き方はほとんど変わらない。日本の企業は、長く濃く、できれば安く働く人を求めている。16時まで働いて、余裕をもって暮らせる働き方ができる職場は、あっても少ない。
母親は「子持ち様」とか白い目で見られないように他の社員より早く帰れる非正規になるか、同僚や地域の人に行くしわ寄せに目をつむってがんばって金を稼ぐか、おばあちゃんに丸投げするか、面倒だから世間の「働いていないくせに」という眼差しに耐えながら専業主婦でいるか、どの道を選んだって、つらい。
マジで、子どもを育てるのには金も手間も時間も心もいるからら、働く親に手間と時間をあげてくれ。忙しいと心が死ぬ。企業は、育児中の父親と母親を定時に帰してやってくれ。そして、育児は「稼げない無償の仕事」とバカにしないでくれ。
そして、放置するよりも学童のほうがずっとずっと安全だから、低学年の子を放置している親は、子どもがゴネても学童行かせてくれ。学童に適応できない子もいるかもしれないから、官でも民でも、そういう子がほっとできる場所を作ってくれ。
うちは発達障害をもっているので、ちょっと特殊かもしれないけど、回る気がしない。
特別支援学校のバスはくるものの、バス停までの1㎞少々、登校と下校に合わせてどちらかが付き合わなければいけない。
これをずっとなのか?中3までずっと?
定型はいいよなって思ったのだけど、アメリカだと子供を一人で歩かせるとかありえないらしく、学校とかスクールバスのバス停までは送迎が普通らしい。
しかし、辛い。
送迎を終えて9時、そっから仕事に行って、3時までに帰宅できるように、2時半には会社を出るような生活ができるんだろうか?
普通の小学生なら学童保育が可能だが、うちの子にはどう考えても無理だ。
放課後等デイサービスという障害児の場合の学童保育のようなものがあって、特別支援学校からそこまで送迎してくれたりするけれど、学童保育以上に空きがない。
あったところで、どこでもいいということにもならないのも辛い。
一人で留守番なんて怖くてさせられないからやっぱり放課後等デイサービスに預かってもらえないことにはどうしようもない。
今のところ、放課後等デイサービスに空きがあるのが月に8日くらいになりそう。
大丈夫か?
長男6歳、次男4歳で、二人とも知的障害を伴う自閉スペクトラム症と診断されている。
長男と次男で、知的障害の度合いも自閉スペクトラム症の度合いもだいぶ違います。
それに、自閉症スペクトラムも知的障害も、単純に重い軽いというものではありません。
ある分野では定型発達児よりも発達が進んでいたり、反対にある分野では遅れていたりする、「デコボコ」で、ケースバイケースです。
自閉症スペクトラムがなんなのかというよりも、定型発達とはなんなのかを考えさせられます。
2~3歳くらいの時の長男は、どんなに強く言っても、叩かれても、つねられても、引きませんでした。
カンカン照りでも、次男が頭から血を流していても、散歩をやめさせてくれませんでした。
ママにものすごい勢いで怒られ、叩かれ、強情な長男でさえ泣いて怯えますが、楽しいことを見つけると次の瞬間でもキャッキャするのです。
欲しくなってしまった玩具や食品の購入を拒否されても、絶対に引きません。
力づくで店から連れ出されても、どんなに強い言葉を浴びても、ほっぺや耳を引っ張られる痛みに涙しても、買って貰うまで耐えきり、買って貰えさえすればニコニコです。
長男に対して、妻は。話を聞かない、反省しない、と非常に不満を持ってます。
対照的に、次男は怒られてることは理解しても、なにに怒られてるのかわからない子です。
3歳の頃、お風呂上りにリビングでおしっこをジョボジョボしてしまって、怒られるとひどく泣きじゃくりましたが、としても、全く悪びれもせず次の日も同じ様にジョボジョボでした。
外出を拒否されたとき、欲しい玩具の購入を却下されたとき、次男は泣きじゃくります。
仕方ないから外出してあげようとしても、玩具を買ってあげても、拒否された、叱られたという事実が大きすぎて、回復しません。
次男は、上手くいかないとき、要求が通らないとき、身体的に不快な時、モノやヒトに当たります。
暑いとか喉がかわいたとか眠いとか、そういう理由で壁を殴ったり蹴ったりします。
妻に似てるような気がします。
妻はよく「私のほうが大変!」あるいは、「私はこういう気持ちにさせられた」という論陣を張ります。
そういうときに私が
「まずは問題を解決すること、次に効率性、問題を解決した後に公平性に着手すべきだよ」
「こういう気持ちにさせられたということは相手が悪いというロジックだと、それでは常に訴えた側が正しいことになってしまう。
お互いの譲れる部分譲れない部分を聞いて落としどころを見つけるべきでは?」
と諭すのですが、自分が大変な時に楽をしてる人をみるのが許せないとか、自分が不幸なときに幸せそうな人を憎んでしまうとか、そういう思考を捨てることができない人です。
なので、上手くいかないとき、気分を害されたとき、不機嫌になるし、それを表にだします。
次男の場合はまだ幼児、しかも知能の発達も遅れているので、暑いとか眠いとか、そういう身体的な不快を、モノやヒトにぶつけるのです。
少し、話が回り道しましたが、そんな時に長男が理不尽に殴られたり蹴られたりします。
しかし、驚くべきことに、長男は多少泣くことはあっても、基本的に反撃しないんです。
遊びを中断させられたとき、欲しい玩具を買って貰えないときはあんなに強情に粘るのに、理不尽に殴られたり蹴られたりしても、逃げるだけです。
ある日など、自分の顔に思いっきり踵を入れた暴れる弟に対して、弟の涙を拭きに近寄りさらに蹴られてました。
こう書くと、長男は仏、次男はどうしようもないヤバいやつかのようですが、次男のほうがはるかに御しやすいです。
質問に答える知能はなくとも、名前を呼ぶだけで反応してくれると助かります。
なにに怒られてるかわからなくても、あるいは大きな声に反応して行動を中断してくれるだけで、ずいぶん楽です。
最近、4歳にしてトイレができるようになり、オムツが外れました。
トイレで排泄するたびに褒め、パンツを履かせて褒めを繰り返したら、トイレを覚えました。
年上の子たちを真似て、リュックを背負ったり、靴を履いたり、知恵遅れなりに背伸びします。
長男は褒めても効きません。
長男のほうがいつも笑顔で、何かを達成するたびに喜びの叫びをあげ、飛び跳ね、あるいは「ドヤっ!」ってみせにきますが、興味がないことで褒められても、全く響かない。オムツを履かせないでいれば勝手にトイレで用を足すけれど、ガンとして布のパンツは拒否です。
みんながやってるから自分もしたい!、出来るようになりたい!という感情もほとんどない。
次男がお留守番で、長男と妻がこっそり出かけなくちゃいけないようなシーンで、長男と妻が帰宅すると、次男は怒り狂います。
「俺を置いてどこに行ったんだ!」
長男はヒトの気持ちがわからないのかと思ってましたが、最近、妻が怒ってるのを見て「angry」と言いながら、指で持ち上がった眉毛を作ります。
妻が怒ってることはわかってるのです。
さらに、「smile」といって、指で妻の口角をもちあげたりします。
妻が怒ってるのをわかってる。自分がなにをしてしまったのかもわかってる。なのに、「笑え」とやるわけです。
説明が遅れましたが、長男はまだ単語しか喋れません。時々、頑張って2語文が出る程度です。
そして、語彙の半分くらい英語です。
私も妻も日本生まれ日本在住で、日本語しか喋れないし周りに英語をしゃべる人もいませんが、なぜか英語です。
やはり言葉を覚えるには、
②他人の音声に注意を向ける
「ダメ」という単語は理解できない月齢でも、強く「ダメ」と言われたら、その熱量にけおされてやめるものです。
長男はその能力がないので、家族が喋ってる日本語より、YouTubeから流れる英語を覚えてるんです。
英語でなら100まで数えられるようで、足し算なんかも理解してるようです。
そういうゲームで遊んでるのをみてそう判断してるだけで、質問に答えたりドリルを解いたりはしてくれません。
ピクミンやマリオで、様々な謎解きをクリアできてるので、言語とか共感とか以外は同じ6歳児相当な気がします。
さてさて、長くなりましたが、自閉スペクトラム症の長男は、ある種、悟りに近いともいえるような気がします。
クリスマスなのに恋人が居ないという人は、誰かを好きだから一緒に居たいではなく、周りが楽しそうにしてるのに自分が楽しくないから、そのギャップに苦しんですわけです。
みな、いい大学に行きたいと願いますが、いい大学とはなにかというと、偏差値が高い、つまり人気の大学であると考えがちです。
結局、自分が行きたい大学ではなく、みんなが行きたい大学に自分も行きたいということです。
他人と比べて優越感に浸ったり、他人と比べて惨めになったり、嫉妬したりして、忙しく生きているわけです。
その根底には、他人が欲しがってるものは自分も欲しくなるという、感情の同化があるわけです。
相手が反省したかどうかも、相手がどれだけ精神的に落ち込んだかで判断しがちです。
自分が不幸な時に幸せそうにしている人々を憎く感じるのは、自分の不幸が共有されないことに対する抗議です。
もちろん、大人はそれを口に出したらしませんが、うちの次男のようにまだ幼いと、暑いとか眠いとか、そういう不快という感情さえ他人に共有させようとして、暴力をふるいます。
どう思われたいとか、どういう気持ちになって欲しいとか、勝ち負けがない(少ない)から、嫉妬したり、危害を加えてくる相手にやり返したりしない。
普通なら、やり返して、年上の腕力で屈服させないと気が済まないところ、弟の涙を拭きにいく。
長男の知的障害は、言語と社会性の遅れからそう診断されてるのですが、狂ってるのは長男ではなく、定型発達の我々のほうなんじゃないかと思います。
子が生まれて1.5年が経った。
金はなんとかなっているのだが、とにかく作業リソースが足りない。
平日は帰宅即子のごはん+自分の夕飯同時並行、食べ終わったら風呂、寝かしつけで終わる頃には21時過ぎ。もちろんもっとハードな生活をしている人もいるだろうがこれをフェイル無く毎日し続けるのは非常に緊張感を強いられる。退勤後に気分転換もなく即行で子の世話に移行しなければならないので結局ずっと労働しているような気持ち。子が具合悪くなったりするとすぐ崩壊するし。
たまに全休でも取って楽しようにも朝の保育園登園で起床時間は変わらないので、面倒で休みをとっても半休にしている(今日がそれ)
ひとりのじっくり動ける時間がほしいタイプなのでそれがないのがきつい、というのが続いている。
出身が地方で親も年が離れてるので、親から「昔は近所の人(親戚でもなんでもない)が風呂入れておいてくれたり夕飯出してくれたりして助かったワ」という話を聞くと、気持ち的には絶対そういう方が楽だよな~~~~~~と強く思う。
今は23区民なのでさまざまな保育・生活サービスは間違いなく充実しているけど、それは全部家庭外のサービスであって、こっちからそれにのっからないとその恩恵に与れない。事前登録とか申し込みといった手間も多い。
どんなに行政サービスが充実してても今晩の風呂や数時間の留守番をその日急に頼めるわけではないからだ。
これはおそらく子育てに限った話じゃないんだけど、どんなにサービスが充実していっても福祉自体が本当に必要な人に福祉の方から歩み寄ってくれるってことってまずないんだろうなって思った。現代の都市部が家庭同士で家庭の様子を共有できる構成になっていない以上、この傾向ってずっと続くんだと思う。
子が生まれて1.5年が経った。
金はなんとかなっているのだが、とにかく作業リソースが足りない。
平日は帰宅即子のごはん+自分の夕飯同時並行、食べ終わったら風呂、寝かしつけで終わる頃には21時過ぎ。もちろんもっとハードな生活をしている人もいるだろうがこれをフェイル無く毎日し続けるのは非常に緊張感を強いられる。退勤後に気分転換もなく即行で子の世話に移行しなければならないので結局ずっと労働しているような気持ち。子が具合悪くなったりするとすぐ崩壊するし。
たまに全休でも取って楽しようにも朝の保育園登園で起床時間は変わらないので、面倒で休みをとっても半休にしている(今日がそれ)
ひとりのじっくり動ける時間がほしいタイプなのでそれがないのがきつい、というのが続いている。
出身が地方で親も年が離れてるので、親から「昔は近所の人(親戚でもなんでもない)が風呂入れておいてくれたり夕飯出してくれたりして助かったワ」という話を聞くと、気持ち的には絶対そういう方が楽だよな~~~~~~と強く思う。
今は23区民なのでさまざまな保育・生活サービスは間違いなく充実しているけど、それは全部家庭外のサービスであって、こっちからそれにのっからないとその恩恵に与れない。事前登録とか申し込みといった手間も多い。
どんなに行政サービスが充実してても今晩の風呂や数時間の留守番をその日急に頼めるわけではないからだ。
これはおそらく子育てに限った話じゃないんだけど、どんなにサービスが充実していっても福祉自体が本当に必要な人に福祉の方から歩み寄ってくれるってことってまずないんだろうなって思った。現代の都市部が家庭同士で家庭の様子を共有できる構成になっていない以上、この傾向ってずっと続くんだと思う。
もうだいぶ経つけど、彼女がうけた傷をたいしたことないっていう人が世の中たくさんいるんだと悲しくなったので……
亡くなったのはだいぶ前だけど、従姉妹ちゃんは20代前半で亡くなった。
私より年下で、私が中学?高校?くらいの頃から気づけば親戚の集まりに来なくなっていた。
事故?かなにかでけがして入院してておばさんたちも大変なのよ、と何かごまかす感じで親に言われて、質問は受け付けないという雰囲気でただならなさを感じたのは覚えている。
その後もずっと親戚の集まりにも来ず、引きこもりらしい扱いになっていたので
聞いてはいけない雰囲気から私は勝手に学校でいじめられてその延長でケガをしたか、もしくは自殺未遂をしてしまったのでは、と思っていた。
おばさん(従姉妹ちゃんの母、私の母の妹)とおじさん(従姉妹ちゃんの父)は親戚の集まりとか法事で会うことはあった。
私が大学生の頃か、社会人になりたてくらいのときに祖母が亡くなった。
別の親戚のおばさん(従姉妹ちゃんの母ではない)が、通夜のあとみんなが食事してるときに会場の外の廊下でしゃがみ込んでた。
私は多分トイレ行こうとしてたのかな。
そのおばさんはお酒飲めない人だったのでもしかして飲まされて気分が悪くなったのかと思って声をかけたらハンカチで口元抑えながら泣いてた。
私はてっきりおばあちゃんが亡くなったことで泣いてるのだと思って、背中さすりながら向こうで風にあたります?気分悪いです?誰か呼びましょうか?みたいな声をかけたと思う。
ちょっと落ち着いたそのおばさんが、「従姉妹ちゃんのこと考えたらもう悔しくて悔してくて…」と言ってまた泣き出した。
通夜と葬儀には従姉妹ちゃんとその母は来てなくて、おじさん(従姉妹ちゃん父)だけが来てた。
私はこのときまで従姉妹ちゃんはいじめが辛かったんだなあという勝手な解釈をしてたので「大変みたいですもんね…」みたいな雑な相槌をうってたらおばさんが
「あんなひどいことされて、あの子の人生めちゃめちゃで、親にも会えないしまともに生きていかれないじゃないの」みたいに言いだして
そんなにひどいいじめだったのか…?会えないってなに?と思いながら適当に話を合わせてたら本当の理由を聞くことになった。適当に話し合わせて聞いてただけだったから断片的ではあったけど事実の概要は知ったという感じ。おばさんはそのとき私が成人だったから知ってると思って知ってる前提の会話をしたんだろうと思う。
そのとき初めて知ったのは、従姉妹ちゃんはいじめではなく性犯罪の被害に遭ってたということだった。
具体的な話も少しだけ聞いたけどここには書かない。
初めて聞いたとき怒りと悔しさで震えるとはこういうことかと思った。
被害は従姉妹ちゃんが小学生の時で、おそらく怪我して入院して…と正月に来なかった頃なんだと思う。
男の人を見るだけで恐怖で過呼吸や引きつけのような発作を起こしてパニックになり、父親とすら一緒に過ごせない。
学校も先生や生徒に男の子(男性)かいるからいけないというかそもそも家から出れない。
知らなかったけどおじさんは従姉妹ちゃんのために実は近くに安アパート借りてそっちで生活してたらしい。たぶんうちの両親は知ってたんだと思う。
カウンセリングか通院かはしてたらしいけど、もうずっと家の中で静かに過ごすしかない状態だったらしく、通夜のときに酒が入ったおじさんが「娘がおばあちゃんの葬式にも来れない」ということをこぼして、おばさんが涙をこらえきれなくなって廊下で泣いてたということだった。
このときには多少パニック発作?のようなものは落ち着いてたみたいだけど、ひどいときは宅配や水道業者とかの家に来る見知らぬ男性、家の外から聞こえる近所の男の人の声だけでもおばさん(従姉妹ちゃんの母)にしがみついて泣き叫んだりしてたらしい。
このおばさんは従姉妹ちゃんちの割と近くに住んでたので、従姉妹ちゃんちに度々行ってお手伝い(従姉妹ちゃん母が出かけないといけない時に従姉妹ちゃんと留守番したりとか)してたらしい。うちの母も姉妹だからよく相談受けてたけど私が未成年だったし内容もショッキング過ぎたので言わないようにしてたらしい。
あとで何がきっかけか分からんけどうちの親も「あ、この子従姉妹ちゃんのこと知ったんやな」というのを察して知ってる前提で少し会話することがあった。
一度だけ、この葬式のあとに泣いてたおばさんと出かけたことがあって、その後に従姉妹ちゃんちへ行ったことがある。
私も女で親族とは言え、長らく会ってないほぼ他人に近い人では従姉妹ちゃんを刺激してしまわないかと思ったけど、おばさんが行こうと言うならまあ大丈夫なんだろうと思って手土産のお菓子を持って行った。
天気が良くて、縁側みたいなところで日にあたりながら久しぶりだね、大きくなったねって当たり障りのないことだけ話してお菓子を隣りに座って食べた。
かなり痩せていて覇気がなく、まだ幼い子供のように見えるけど、同時にすごく疲れて老けても見える不思議な雰囲気だった。
その時に会ったのが最後で、その数年後に亡くなったことを聞いた。
自死だったらしい。
あの時泣いてたおばさんは葬儀ではより一層大泣きだった。
おばあちゃんの葬式の時に事実を聞いてから、生まれてきて10歳かそこらの小学生のときに被害に遭った従姉妹ちゃんの人生は何だったんだろう、性被害を受けて苦しむだけのためにその後の時間が使われて、そんなことのための人生だったのか?何だったんだって、今でも性犯罪のニュース見るたびに従姉妹ちゃんを思い出して胸が苦しくなる。
聞いただけの私がこれだけ苦しくなるなら被害に遭った人はどれだけ苦しいんだろう、辛いんだろうって思う。
たいしたことなんてない。
大勢のチー牛にこれから生涯使えるオカズを提供したことで恩赦を受けられますように
https://www.sankei.com/article/20230216-TVXOOTU7ANPD3FRZ3XUCCWMBPU/
当時フルタイムで仕事をしていた祖母は「外でごはんを食べよう」と告げてでんわを切った。
駅前で待ち合わせた孫の表情は暗かった。普段は抱き着いて「お帰り」と喜ぶのに…。
店に入ってもいつもの明るさは影を潜め、違和感はますます募った。「学校で何かあった?」。
こう尋ねると、店内にもかかわらず大声で泣き出した。
「怖かった…。家の中に男の人が入ってきて…」
号泣しながら話す孫の様子を見て、どんな被害に遭ったか瞬時に悟った。注文をキャンセルし、店の外に出た。
「悪い人は捕まえてもらわなあかんから、警察に行こう。ばあちゃんも一緒にいるから」
事情聴取や病院での検査…。終わったのは午前0時を回っていた。
孫は疲れた様子だったが、気丈に自分の言葉で府警の捜査員に被害状況を伝えた。
住人かと思って「こんにちは」とあいさつをし、自宅の鍵を取り出してドアを開けた。
目隠しをされ、カーテンを閉める音が聞こえた。
そう答えると、「話したら殺す」と脅されてわいせつな行為をされた-。
孫は被告にこう尋ねたという。
「わたし、殺されるんですか」「物はとられませんか」
一人で留守番をさせなければよかった。
「嫌悪感や怒り、言葉では言い表せない感情で胸が苦しくなった」と振り返る。
https://www.sankei.com/article/20250114-2UOHP4EIDZNXDDHHDZPUZCO32Q/
大学生だった被告は、電気工事業者を装って小学生女児宅に侵入。
泣いて嫌がる女児を「黙らなお前殺すぞ」と脅し、暴行を加え、けがをさせた。
写真も撮影し、「(被害を)一言でもいったら友達に見せる」などと口止めした。
被告はこの犯行に踏み切る前に約1カ月半にわたって、女児や家族の外出や帰宅の時間を確認。
犯行後には女児に「ずっと見ているから」などと言い残したといい、
法廷では、女児の母親が「何年も犯人が逮捕されず、その言葉がずっとのしかかっていた」と苦悩を述べた供述調書も読み上げられた。
https://www.sankei.com/article/20230119-QFLWUTUREVP3NP5JV5HCEJYZWY/
「成人女性だと抵抗されて警察に通報されるかもしれないという考えがあり、小学生の女児を狙った」と容疑を認めている。
柳本容疑者は平成28年以降、6年以上にわたって帰宅途中の小学生の女児を狙った犯行を重ねており、府警は計10人の被害を裏付けた。
コメ多くてびびってる、病院に行かないといけないの?そんなにひどいのがわかんない
とりいそぎ気になったことで
俺は働いてる、兄と同居してるわけじゃない、兄とは違う土地に住んでる
友達は引っ越して今いないが昔友人達とベイマックスを見た時にお兄さんが死んだところでいい話だって拍手したらドン引かれて、あこういうのダメなんだって思ったことがある、別に死んだのが本当にいいと思ったわけじゃないんだけど茶化してしまった
それ以降は何も言わないようにしてた
家族で感動系のテレビ見た時にはそれしてしまう、別にそれで家族に何か言われたことはない
てか、まじでわかんないんだけど、家族なのに何かを演じる?役割?必要があるのか?
父は父で母は母で兄は兄で姉は姉で俺は俺だろ
なんでそんな他人行儀な感じになる必要性があるのか?兄姉は他人行儀になったからうまくいってるのか?
遠方に住む兄と近場に住む姉がいる。
兄も姉も結婚しているが子供はいないのでそれぞれだけ帰省してくる。
両親も健在。
俺は遠方で一人暮らししている。
家族に対していちいち悪態をついたり、楽しんでいる時に腐したり、察してほしくて無言になるのやめたいのにやめられない。助けてほしい。
以前父にいつまでそんな子供みたいな態度とってんだって怒られたが、ごめんもわかったも言えなかった。
あの時の家族の空気感を思い出すと今もゾッとする。俺だけが悪い、みたいになって。
最近は俺なりに頑張ってはいて、姉がこれさーって話しかけてきた時や兄に俺のことについて聞かれた時に、わざとふざけたり揶揄ったり、あーはいはい(会話終わり)みたいな態度しないようにして、同じテンションで会話できるように努力してはいる。最近はわざとらしく寝たふりをして相手に察せさせるのは我慢してやめている。
でもどうしても、時々やってしまう。今回の帰省でも俺は別に行かなくてもいいんだけど(本当は行きたい)をやってしまって、じゃあお前は留守番なと父に言われてひとり留守番した時があった。
兄や姉も昔はそういう態度だったが、気付いたら普通に両親達と会話できるようになっていた。
俺も姉とだけ、兄とだけ、とかであれば、まだいいのだが、家族が揃ってる、両親がいる、みたいなパターンだとそうなってしまう。
あと俺だけが知らない話が、帰省みたいな揃った時に出るようなことがあるとイライラして無言とか、嫌な返事の仕方をしてしまう。姉の結婚もそうで、兄も母も父も知っていたのに俺だけは帰省の時にそういえばさーみたいな感じで言われてめちゃくちゃむかついた。だからあの時にすごい嫌味なことを言った気がする。兄と姉と母だけでカフェとか行って、でもそれは俺にも声かけられてるけどめんどいとか忙しいからとかで断ってる時の話で、そういう時にした話をみんないる時にされるのもむかつく。この前兄姉と○○食べてねーみたいなの。
兄は普段朝早い仕事の人で、帰省するとどうしても夜型になるから大変だーみたいなこと言われた時に、俺たしかそれは兄がちゃんとしてないからじゃん笑帰省のせいにすんなよ笑、みたいなことを言ったんだよ。お前は気を遣ってないし空気読んでないからわかんないんだよ、って言われてむかついたこともあった。
なんかつらつら書いたけど、まじでどうしたらいいのかわかんないんだよ。具体的に書いた方がいいと思って書いたけど、読み返しても何が起きてんのかよくわかんないな。
なんかお菓子とかもらうじゃん、今はお腹空いてないから後ででいいよとか俺はいいやって普通に言えばいいのに、いらんとかなにそれ笑って返しちゃうんだよ。そしたらその場が白けてさ、断った俺が悪い感じになる、わかってるのにそうなる。
たとえばみんなで○○行きたいって話になるじゃん、兄は普通にその日は予定あるから無理だわーって言えるし、姉はそれよりもこっちがいいな、とか言えるのに俺は興味ない(興味ある)とかまじで無理だから!って言っちゃうんだよ。
みんなどうやって家族と関わってるんだよ、教えてほしい。
兄と母が、あいつあのまま大人になるなら仮に両親いなくなった時に面倒見るのきついから縁切るかも、って話してるの聞いちゃって、それもなんかイライラする。家族だろ。
子供が小学校通い始めたので、正社員になって頑張って働き始めたら結果的に貧困になった。
頭悪いからよく分かってないけど、市の制度的に?まず病院が有料になった。
収入の少ないシングルマザーは親子共に無料だったんだけど、全て有料に。
あとシングルマザーだったら補助金?みたいなのが少し出るんだけどそれもなくなった。
子供は学童に預けてるけど、収入上がったせいでその料金も上がった。
派遣だと給料安いけど、その方が仕事も楽だし、金銭的にも楽になる。
子供が大きくなって一人で留守番できるくらいになったら正社員になるつもり。
なんだか国に「シングルマザーはそんなに働かなくてもいいよ」って言われてる気分。
まあ、優しい国だとは思うんだけど、頑張って働く方がマイナスになるってのは制度としてどうなの?とは思う。
(追記)
みなさんコメントありがとうございます。
多分自治体が貧乏(借金があるみたいです)なので福祉があまり充実していないのもあると思います。
引越しも考えたけど、子供の人間関係もあるし、引っ越しは難しいかなと思っています。
正社員で高い給料のところで働けばプラスなんだろうけど、そんなスキルもないし、残業あると迎えに行けなくなるし、シングルマザーで雇ってくれる会社って(田舎ということもあり)少ないから、やっぱり給料低い会社しか残らない感じです。