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「投票所」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 投票所とは

2025-05-16

anond:20250516080815

ポスターを刷れるのも投票所を開けるのも税金があるからでーす

税金は払っているのでフリーではありませーんはい論破っパ

anond:20250516080815

書き直して何かネタになってるわけでもないし、他人を使ったオナニーすな。

書き直す前

選挙に行かない人、まさにフリーライダーでしょ...... 選挙に行くっていう数十分〜数時間(投票所が遠い場合)の時間すら捻出しないでこのまま居心地良く日本で暮らそうとか甘いんだよ...投票しない人がいるせいでこんな世の中になってる。

選挙に行かない人、まさにフリーライダーでしょ...... 選挙に行くっていう数十分〜数時間(投票所が遠い場合)の時間すら捻出しないでこのまま居心地良く日本で暮らそうとか甘いんだよ...投票しない人がいるせいでこんな世の中になってる。

投票所まで徒歩5分のところに住んでた時は選挙行かないやつゴミくらいに思ってたけど、今の気持ちとしては日本選挙ゴミ

選挙行かないくせにブツブツ文句言ってる人

なんて人生イージーモードなんだろう

せっかくの権利自分蔑ろにして、文句言うだけ言う

文句言える力あるなら立候補すりゃいいのに

2025-05-08

兵庫県知事に向けてのネガティブキャンペーンが再開したことに対しての雑感

はてな匿名ダイアリーで、前回の兵庫県知事選挙(令和6年度兵庫県知事選挙)について記録を残したものとして、雑感を残しておきたいと思う。

まりネガティブだと感じて一度は投稿せずに消したが、根強くキャンペーンが続くので、多少なりとも意味があるだろうと再度書き直した。

まず最初スタンスを示しておくが、自分新聞をはじめとするマスメディアは、社会の公器として、社会をより良くするために責任を持って欲しいと思っている。

明確に、社会の鏡ではなく、社会の鑑であるべきであると思っている。読者が快哉を叫ぶような記事を書くべきではなく、煙たがられても正論を説き、批判されても実利をとってほしい。

そのため、「アンケートで、辞任すべきであるという声が多い」として、辞任を迫るのは明確に誤りであると、きちんと解説記事を書くことこそが必要なのではないか

責任の取り方というのは辞めることではなく、起こってならないことは再発しないように整えることだ。

最初に、兵庫県民や斉藤支持者をカルト陰謀論者とするコメントについて

安易あいまい定義単語を使うべきではない。それはレッテル貼り印象操作しかならず、思い込みを強化するだけだ。

(おそらく善意もしくは悪意なく行なっているだろうことから個別具体例は挙げないが)そういったカルト呼ばわりするポストの延長線上に立花孝志がいることは忘れないで欲しい。

あれだけの騒ぎになって行われた兵庫県知事選挙投票率55.65%が示すものは、「大半の有権者は無関心だった」であり、本質的には「日本人選挙に関心が無い」ということくらいしか言えない。

不支持割合が多いことと、投票行動に変化がないことについて

まず少しだけ選挙について解説必要になる。結論だけ言えば「選挙は概ね始まった時には終わっており、風が吹くのは例外である」となる。

選挙は、組織票地盤重要であり、浮動票トッピングしかない

日本選挙においては、組織票支持団体業界団体など)と、地盤後援会地域でのネットワーク)とが、必要条件であり、これ無しにはスタートラインにすらつけない。

選挙について漠然高校文化祭の出し物を決めるような、その場で手を挙げて多数決で最多得票数を得たものが選ばれるというイメージが語られることがあるが、正しくない。

イメージとしては、出し物を決める投票を行う遥か前から文化部派と運動部派と委員長派に分かれており、よほどのことがない限り、最も大きい派閥提案が通る。

提案のものはさほど重要ではなく、組織化されているか地盤があるかが重要であって、最後にその提案の魅力で浮動票が動く。この浮動票の動向を選挙用語で、「風」と呼ぶ。

兵庫県知事選挙の振り返りについて

さて、その意味で前回の知事選挙は、概ね順当な結果に落ち着いたと言える。

まり、離反者が出るほどの情報は出揃っていない段階での選挙なので、斉藤陣営組織票地盤も手堅く持っており、あとは浮動票だけであった。

翻って対抗とされていた稲村陣営は、野党系の支持を受けてはいたが、一本化されておらず、どこまで浮動票を取り込めるか、という点であった。

最終的な開票結果が斉藤陣営111万票に対して、稲村陣営98万票というのは、言っては悪いが、善戦した方ではないかと思う。

不支持割合が高いのに、投票したことを後悔しない人が多い理由について

アンケート調査方法問題があり恣意的から、と書くと身もふたもないので少し解説をする。

例えば、該当アンケートあなたが「パワハラ容認できますか?」と聞かれれば「容認できない、不支持だ」とするだろう。

同様に「パワハラ認定された斉藤知事は辞職すべきですか?」と聞かれれば「辞職した方が良い」と回答する人も多いと思う。

では、先ほどの組織票地盤の話を思い出して欲しい。

いわば、属している組織後援会を裏切る(離反する)決断を取れるかどうか、というのが投票行動の変化である

そして、一番最初の「大半の日本国民にとって選挙には関心がない」というのも思い出して欲しい。

無作為アンケートをとると、その概ね半分以上(通常の知事選挙は40%程度の投票率しかない)は、選挙に行かない。無関心である

これらが組み合わさると、「投票には行かないが憤る人」や「アンケートでは憤るが実際には支持(投票)する人」が生まれる。

アンケート恣意的と書いたのは、「では斉藤知事責任をとって、給与返上をすべきですか?」と聞いていないからだ。

問題を起こした人物がいる、その人物責任取るべきである、辞任 or 継続 という形式だと、人は辞任を選ぶ。

例外的な場合について

組織票割れ場合地盤が弱い場合、突発的に浮動票の得票率が高くなった場合に、風が吹いて盤面がひっくり返ることがある。

ただ、そうした場合でも概ね10%程度の変動であり、強固な地盤がある場合にこれを覆すのは容易なことではない。

ネガティブキャンペーンについて

私が最初に「マスメディア社会の鑑であって欲しい」と書いたのはこのためで、兵庫県内の状況を冷静に見ると、もはや辞任を迫るフェーズは終わってしまった。

そのため、このマスメディアによるネガティブキャンペーンは、社会の鏡として、読者のニーズに応えているにすぎない。端的に言えばニュースバリューがあるだけである

今後、パワーハラスメントを再発させないためにどのようなことが行われると表明されており、それがどう実行されているのか、どう確認できるかを監視するのが重要であり、

また、公益通報保護制度はどのように運用されるのか、その信頼が失われたとして、如何にして信頼を取り戻していくのかを監視して報道するのが社会の公器としてのあり方ではないか

まさに前回報道合戦を繰り広げたために起きた、拙速と言うしかない不信任決議がどのような結果を招いたのか、思い出して欲しい。

(前回の選挙後の雑感にも書いたが、内部告発文書の裏どりと解説を行い、議会結論を待つ様に諌める姿勢を取るべきではなかったのか思う)

そうした地味な報道ニュースバリューとしては読者のニーズに乏しいのかもしれないが、スキャンダラス報道をするのは週刊誌だけで良い。

まとめに代えて、なぜ雑感を書いたのか

長々と書いてお前は斉藤支持者なのだろうと言われるかもしれないが、前回の投票先は記載しない。

全ての選挙における秘密はこれを侵してはならないと憲法にも記載されている。防衛的な文章を書くためだけに使用して良いような軽いものではない。

私は、兵庫県知事公約達成率を公表しているのは支持するが、達成度合いが曖昧なのは問題だと感じている。

若者支援を打ち出しているのは支持できるが、では井戸県政と比べてどうかと言われれば、まだ進捗は芳しくないと思う。

詰まるところ、支持不支持や辞任続投というのは大雑把にすぎるのだ。給与返上たから禊が済んだとも思わないし、複雑な物事を単純に解決しようとしすぎるのは良くない。

マスメディアは、もっと真剣に、握りつぶされない内部通報告発者をどうすれば守れるのかを徹底的に調査報道して欲しい。

そして一番重要なのだが、もしここまで読んでくれたのだとしたら、あなたの住んでいる街はどうだろうか?

都内に住んでいるのだとするなら、都知事が今月何をしたか知っているだろうか?市に住んでいるとして、今月の市議会は何を話していただろうか?

斉藤支持者はカルトだという投稿いいねをつける前に、兵庫県民は変わらないと書く前に、あなたの住む街について無関心ではないだろうか?

「XX県の人間は、YYという問題認識できない愚か者だ」と急に指摘された時、知らなかったでは政治に無関心すぎる。

兵庫県政を憂いてくれるのはありがたいが、スナック感覚スキャンダルをつまむだけなら止めた方が良い。

スキャンダラス民意で誰かが動くと、同じ理屈で先鋭化した集団がどこかに向かうのを止められなくなる。

どの陣営にとっても必要なのは再発防止であって、魔女狩りではないはずだ。

蛇足

繰り返しになるが、選挙は概ね始まった時には終わっているのだ。報道次第でどうにでもなる風だと思われているのには、理由がある。

投票したい候補がいないのかもしれないが、ここは理想楽園ではなく、現実日本で、出されたカードから選ぶことしかできない。

棄権しても良いが、白紙委任状を提出していることは忘れないで欲しい。

自分カードとして打って出る権利存在するが、地盤看板鞄が無ければ実質的には意味を持たない。

同じように白票投票所に入れにいく権利はあるが、現実選挙戦では、システム理解していない表明にしかならない。

今日から自分の住む地域推し政党を決めろとは言わないから、せめて自分の暮らす地方自治体が何をしているか、何を課題と感じているかは、知っておいて欲しい。

他山の石として欲しい。

2025-05-06

ツイフェミ支持者の反論 → 二段煽り

反論:「あなたたち男尊女卑加害者言い訳だ!」

煽り返し:「言い訳社会女性有権者あなた達の味方をやめてるけど?」


反論:「萌え絵女性差別象徴!」

煽り返し:「象徴二次元絵に敗北した三次元運動って皮肉すぎない?」


反論:「痴漢冤罪なんてレアケース!」

煽り返し:「レア冤罪被害者人生は“レア”では救われない。」


反論:「表現の自由より女性安全大事!」

煽り返し:「その表現を守った女性クリエイター達があなた達にNOと言ってるけど?」


反論:「政治の場で女性差別を変えたい!」

煽り返し:「変えたい? 投票所で支持が集まってから言って。」



反論:「ネット男性女性攻撃してる!」

煽り返し:「男性だけ? あなた達を批判してる女性も“男扱い”ですか?」



反論:「逆差別という言葉自体男性社会の嘘!」

煽り返し:「なら、なぜ女性支持率が減ったの? 説明できる?」

SEALDsとは何だったのか

民主主義担い手? いいえ、マイクパフォーマンス担い手。」

若者政治意識覚醒と言われたが、選挙では存在感ゼロ。」

SNS英雄投票所の亡霊。」

路上から国を変える? 国は動かず、SEALDsは消えた。」

政治の声を上げた若者たち……次の世代はその名前すら知らない。」

安保法制反対の象徴法制は通過。象徴解散。」

自由平和のために→ネット永久ネタ扱い。」

革命を語った若者歴史に残ったのは冷笑。」

2025-03-16

選挙行ったらめちゃくちゃ人がいて体感30分以上待たされたんだけど

なんで期日前投票しないで日曜投票すんの?

期日前だったらすぐ入れるし待たされることもない。

当日に来るのが偉いと思っているのか、期日前を知らないのか、夏休み最後の日に宿題するタイプの人なのか、ラーメン屋と間違えて並んでるのか。

どちらにしろアホしかいないのだから当日は投票所を閉鎖して期日前のみにするべきである

2025-03-12

引越ししたら選挙が面倒だった件

引っ越ししたばっかで荷物片付けとかで死にそうなのに、選挙があるって気づいた。『忙しいけど投票くらい行くか!』って思ったら、新しい住所じゃ無理って。え、どうしよう、めっちゃめんどくさいことになったんだけど。

投票するには住民票移しても3ヶ月住んでないとダメな仕組みで、2月引っ越した私は前の住所地でやらないといけなかった。初めて知ったわ。で、調べたら引き続き県内に住んでいることの証明持って期日前投票するか、当日証明持って前の投票所に行くか、不在者投票(これもだいぶ面倒)かって方法しかないみたい。

結局、新しい住所の役所証明取って期日前投票に挑戦した。住民票とか免許証じゃダメで別の証明必要って聞いて役所行ったけど、窓口の人も『えーと…』って感じでさ。何人かに聞いてようやく分かる人がいて証明ゲットした。で、遠い期日前投票所まで頑張って行ったけど受付の人も『え、これなに?』みたいになって、結局責任者みたいな人が出てきた。めっちゃ疲れた

引っ越しでヘトヘトなのに証明集めから投票まで頑張った自分ちょっといかもって思った。こんなめんどくさいなら、マイナンバースマホ投票とかできたら楽だよね。忙しくてもサクッと済むのにさ。そしたら投票率も上がったりするんじゃないのかね。

同じタイミング引越ししてるもいるだろうし、ほかの人たちってこんな時どうしてるんだろ。

2025-02-20

この十年、選挙投票先をランダムに・サイコロで決めている

私はこの約十年間、市町村議会選挙知事選挙・衆参院選挙を問わず、あらゆる選挙投票先を、ランダムに決めている。

文字通りサイコロを使って(候補者が七人以上の場合ちょっと複雑になるけど)、とにかく自分意志であるとかを介在させないようにやっている。

(一方で最高裁判事国民審査は全部バツを付けているがちょっとこれは別の話にしたい)

なぜこのようなことをしているのかの発端は、前の自民民主政権交代劇の際に、「無党派層」というもの存在というか意義?について、考える機会があったからだ。

私は大学ゼミで、戦前男子普選の時代に「無党派層」というもの勢力としてあまり認知されなかった、と学んだ。

(↑かなりはしょっているが、つまりそれらが育つ前に社会が硬直化し戦争突入してしまったのと、地域社会や院外団活動関係で○○党の支持をやめたら××党の支持者になるしかないみたいな短絡さがあったらしい。これも本題じゃない)

選挙権を行使する機会を得たばかりの私にとって、「無党派って一体、どういう立場なのだろう?」と常々考えていた。無党派って、本当に「党派」じゃないのか?みたいな。

報道職場労組、近所付き合い、フットサルジムサークル……もろもろの影響を受ける中で「無党派」というのはただ「選挙に行く気がないか投票所の門をくぐった瞬間何かの党派空気で入った人」を指す言葉しかない。

党名を隠して政策だけでアンケートを取ると、共産党が一位になったという結果がどこかであったらしいが、しかしその結果を知ると、「共産党?うーんやっぱり自民党」みたいな行動を取る人がいるわけである

あるいは単に「負ける候補者に入れたくないか都知事選では石原に入れるし、2009年選挙では民主党に入れる」みたいな人もいる。

筋金入りの、自党が優位であろうが劣勢であろうが投票し続ける支持者をのぞいて、選挙に本当に「意志」を見出せるのか?その様な選挙が何十年と続いて日本は良くなっているのか?

良く分からない。その分からなさを理解するために、試しにやり始めたのがきっかなのだ

やり方は前述の通り、本当にランダムである。私の場合選挙公報に番号振ってサイコロを使い決めるだけだ。

具体的な党名は出さないが、泡沫というか「無党派層」が入れなさそうな党に「入れることになった」(ランダムなのでこういう表現ができる)こともあれば、勝ち馬議員に入れることになったこともある。

私の選挙区は、勢力があまり拮抗しておらず、ある党や議員が優位を保っている。この勢力基準に考えると、数万票単位の優位さに、私の「ランダムな一票」が加勢するのか・抵抗するのかみたいな問題になってしまっている。

まりランダム投票行動は選挙区によっても意義がかなり変わってくる。

日本ではなくアメリカになるが、前の大統領選挙でも、カマラトランプの双方の選挙パフォーマンスを見るたびに支持候補を変える人々や、「隠れトランプ」(おそらく「隠れハリス」も)支持者など、

選挙活動にほぼランダムと言っていい影響を与える人が・・・言ってしまえば、「選挙に行く日の朝、最後テレビネットで見た顔の候補者の方に入れる」人が何百万人といるのだ。

私の選挙行動はそれを意図的にやっているかたちである

私は個人的に、皆さんには、制度的に意味のない白票であるとか、「支持政党なし」のような党名ハックではなく(ランダム投票先であれば仕方ないが)、

自分意思を介さない、何か人為的ではない要素や乱数による「ランダム投票活動」をお勧めしたい。この活動が何万票という力を持った時に、はじめて「選挙」の意義や「無党派層」の価値というものがわかってくると思えるからだ。

そして議員が、「自分存在乱数の上の存在しかない」ことを意識すれば、よりマシな政治活動を行うようになるのではないかとも思っている。そう考えながら、私は今後の投票にも臨んでいく。

もし私と同じようにランダム投票活動であるとか、何か珍しい(?)決め方をしている人がいたら、是非教えてください。

2025-01-20

投票所で暴れてる人たちがいた

voteだけに

2024-11-24

anond:20241124150507

いつかどこかのニュース劇場とか野球場とかを投票所にしたら投票率が上がった、みたいな話を聞いたような

2024-11-21

投票個人権利だ、妨害するな

個人選挙に行くことを妨害する行為は、日本国憲法法律に明確に反する可能性があります。以下にその理由解説します。

 

1. 憲法上の権利侵害

日本国憲法第15条

公務員の選定や罷免についての規定で、「すべて公務員は全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とあり、国民選挙権が保障されています

日本国憲法第44条

選挙権は法律の定める資格に基づいて平等に与えられるべきものとされています

• **日本国憲法第15条(主権者権利)や第43条(国会議員代表性)**などに基づき、選挙権の行使民主主義を支える基本的権利です。この権利妨害することは、憲法保障する基本的政治参加権利侵害する行為とみなされます

 

2. 公職選挙法に基づく違法性

公職選挙法第225条(選挙自由妨害罪)

選挙自由妨害する目的脅迫暴行詐欺、その他の方法を用いる行為処罰対象となります。この条文は、個人自由投票する権利保護するためのものです。

公職選挙法第223条(投票妨害罪)

投票所への妨害投票行為を直接妨げる行為処罰されます

たとえば、家族他人投票に行くことを言葉妨害するだけでなく、投票所への移動を物理的に阻止した場合などは、上記法律違反する可能性があります

 

3. 社会的倫理民主主義原則

選挙権は、民主主義社会における基本的権利であると同時に責務でもあります。これを妨害する行為は、たとえ法的処罰を受けなくても、民主主義原則を揺るがす行為として批判されるべきです。

 

4. 具体的なケースにおける対応

脅迫暴力を伴う妨害:

明確に法律違反となり、刑事罰対象になります

言葉による説得や圧力:

明らかな自由妨害と認められる場合は、法律違反に問われる可能性があります

• 間接的な妨害スケジュール妨害など):

直接的な妨害行為ではない場合、法的には問題になりにくいですが、選挙権の行使意図的妨害する目的が認められる場合違法となる可能性があります

 

結論

個人選挙に行くことを妨害する行為は、憲法公職選挙法に反する可能性が高いです。具体的な行為がどの程度の妨害にあたるかによりますが、民主主義基本的権利侵害する行為として、社会的にも法律的にも厳しい非難を受けるでしょう。

2024-11-20

シロクマ先生記事の書き方は、齋藤知事パワハラと同じである

インテリ層の良くない部分が出ているので、あえて名指しで批判する。

シロクマ先生の書き方は良くないです。今すぐに謝罪して記載を改めるべきです。どんな人間馬鹿にされたことは敏感に感じ取ります

もしも本当に、心の底から馬鹿にするつもりも嘲るつもりも無かったのであれば、全ての比喩表現を直接的な表現に改めて、その上でどのように受け取られる可能性があるか考えてみてください。

シロクマ先生の以下の記事は、齋藤知事パワハラと全く同じです。

追記

皮肉が良くないと受け取られてしまったため、本記事趣旨追記します。

まとめると、「選挙民を馬鹿にし、自己批判は無く、現状を嘆き、陰謀論で締める」のは、インテリ層の振る舞いとして最悪なので即刻止めるべき、です。

シロクマ先生記事が、善意から皮肉と言う形で選挙民に気づきを促すという趣旨で書かれていたとしても、それは理路として齋藤知事パワハラと同じ構造を持つ、

"良い民意"を持つシロクマ先生が、"悪い民意"を持ってしまった相手を変えてあげようという意図をもって記事を書いたのであれば、その手法は、パワハラ正当化する構造と同じですよ、という指摘です。(そんな意図ではない、そういう文脈ではない、よく読めばわかるはずだという反論をされないために、具体的に個別例を挙げています

皮肉からは悪意を感じ取るのが通常の感性ですし、悪意を感じ取った相手嫌悪感を覚えることはあっても好意を持つことはありません。その結果、より立花氏に優位になる記事になっていますよ、という意味です。こういう記事表現の積み重ねが、立花氏の活動を補助しています

皮肉とは、「悪意ある民意との記載にそうだそうだと同調するキミら(私も含む)は、動画コメントした彼ら彼女らよりも選挙に至るプロセス理解していただろうか?」という、自己批判もしくは悪い感情を持っているぞと伝えたい相手(例えば齋藤兵庫県知事)にするべきです。

追記ここまで。

シロクマ先生記事のうち、記載を改めるべき箇所

インターネット民主主義が加速して良かったですね

ビバ! デモクラシー

https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20241119/1732024800

斎藤氏はパワハラ疑惑を巡る認識を問われると、「よい県政をしていきたいという中で業務上指導や注意を厳しくしたことはあった。これがハラスメントに当たるかは第三者委員会などで審議されることになる」と語った。

https://mainichi.jp/articles/20241119/k00/00m/010/159000c

小学生を含めて(個人的感覚では、不満を表明できるのは小学三年生前後)、悪意には非常に敏感です。どのような言葉遣いであっても馬鹿にされたかどうかは瞬時に理解します。

インターネット民主主義が加速して良かったですね」という「良かったですね」という物言いは、対象を嘲る言い方です。自覚が無いのであれば今すぐに改めるべきです。

以下、具体的に指摘します。

民主主義が三度の飯より好きな人には、ともあれ好ましい選挙だったのではないだろうか。

「今回の選挙は、民主主義を正しく反映したと言えるのではないだろうか」という書き方ではいけなかったでしょうか。

なぜ、「民主主義が三度の飯より好きな人には」と、民主主義を好ましいと思う人を「三度の飯より好きな人"には"」という表現にして限定しまたか

今回の選挙結果を、揶揄する意図が無いのであれば即刻改めるべき表現です。

他の支持者との一体感体験やすい仕組みのおかげで、「いいね」や「シェア」ぐらいでも推し活気分や選挙活動気分を味わえたりする。

自分は、いいねシェアボタンを押す行為は、選挙活動とは言えないと思う」と書き方ではいけなかったでしょうか?

なぜ、「推し活気分や選挙活動気分を味わえたり」という、自身で「参入する敷居がものすごく低い」と書いているにもかかわらず、「気分」や「味わえる」という表現しまたか

他人選挙についての関わり方を見下すつもりが無いのであれば即刻改めるべき表現です。

SNS動画にじかにコメントする、という方法もある。なにもコメントが秀逸である必要はない。凡庸コメントでも、論理的破綻したコメントでも、事実関係の怪しいコメントでも、別に構わない。支持する人への応援コメントでも、敵対者への批判非難コメントでも、数多く集まりさえすれば強力なコメントたり得る。どんなにしょうもないコメントでも、200も300も連なれば有意味だ。誰が言ったかや何を言ったかだけでなく、何人が言ったか重要であることを、いまどきのネットユーザーが知らないわけがない。

「どんなコメントであっても、200も300も連なれば有意味になってしまう。論理的破綻したコメントでも、事実関係の怪しいコメントでも、いまどきのネットユーザーにとっては、何人が言ったか重要になってしまう。私はそれを好ましいとは思わない」と言う書き方ではいけませんか?

どのようなコメントであっても数が連なれば有意味になることが好ましくない、もしくは危険だと思うのであれば、そう表現すべきではありませんか?

なぜ、「事実関係の怪しいコメントでも、別に構わない」と許容したのにもかかわらず、「どんなにしょうもないコメントでも、200も300も連なれば有意味だ」として、自分と同じコメントをする人が200や300ある人たちを「しょうもない」と馬鹿にしたのですか?

他人コメントの書き方を馬鹿にする意図が無いのであれば、即刻改めるべき表現です。

それらは従来型のマスメディア機能した帰結でなく、双方向メディアとしてのインターネットが普及し、猛威をふるった結果として起こった。だからインターネットテレビになったというのは不十分な表現で、テレビを超えた、いや、テレビ以外の何かとしてはびこるようになった、と表現すべきだったと思う。

「それらは従来型のマスメディア機能した帰結では無く、双方向メディアとしてのインターネット機能した結果として起こった。だからインターネットテレビになったというのは不十分な表現で、テレビを超えた、いや、テレビ以外の何かとなった」という書き方ではいけませんか?

もしくは「双方向メディアとしてのインターネットは、従来型のマスメディア機能とは異なり、より積極的他人干渉するようになった」というような書き方ではいけませんか?

従来型のマスメディアを超えることによるなにがしか危機感を覚える、好ましく思えないのであれば、それを直接表現すべきではありませんか?

「猛威をふるった」や「はびこるようになった」という書き方に、従来型のマスメディアよりも双方向メディアとしてのインターネット貶める意図が無いのであれば、即刻改めるべき表現です。

特にこの表現は顕著なので注記しますが、「ならばマスメディアが猛威をふるいはびこっていた従来よりも良くなったでは無いか」と返答されるとは、本当に思いませんでしたか

その返答に対して「マスメディアの方が優れていた」以外の回答を持っていますか?もしも持っていないのであれば、それは双方向メディアとしてのインターネットを見下した表現です。

みんな投票選挙活動に参加できて良かったですね

投票率が上がり、選挙活動への参加が増えたことは良いことだ」と言う書き方ではいけませんか?

馬鹿にする意図が無いのであれば「良かったですね」という表現は即刻改めるべきです。

単独文言では無く、前後文脈から、この文章を読み取った相手が「投票選挙活動への参加を馬鹿にされた」と受け取らないと、本当に信じていますか?

「なるほど、コイツインターネット情報収集したり、いいね応援したり、コメントを書いたり、自分で考えて投票した俺を、子ども扱いしているんだな」と受け取られる可能性が無いと思っていますか?

真摯相手人格尊重してなおその表現しか出てこないのであれば、おどけた調子文章を書くのは止め、少なくとも真面目な話題ではビジネス文書のように書くべきだと思います

インターネットも含めた諸々をとおして、投票所により多くの人が足を運んだこと、より多くの人が選挙活動に参加したことだ。それって民主主義にとって基本的必要不可欠なことでしょう?

段落内のおそらく骨子の部分である、この部分はとても良い書き方をしているだけに残念でなりません。

民主主義はタテマエとしてずっと、全員参加を謳っていたし、少なくとも欧米ではだいたいうまくいっていた。 まれに、チョビ髭の伍長のような人物を輩出するとしても、だ。

その前段の、民主主義論に関する部分は私自身の主義主張とは異なるが、それは捉え方の違いだろうと思う。

(「"良い民意"が"悪い民意"に変わってしまうとしたら、民主主義は壊れるのがお似合いではないだろうか」というのは、どのように書き換えてもアリストラティア(優秀者支配制)を意味すると思うが、そこは民主主義の捉え方の違いだろう)

民主主義は、時としてヒトラーのような独裁者を生み出すとしても、全員参加が理念であった」という書き方ではいけませんか?

前段の主張も含めて、文脈からは「民主主義とは、建前としては全員参加だが、本音ではバカは参加しないものとして上手く回っていた。バカが参加して壊れるのは制度限界だ」としか読み取れません。

それ以外の意図を持つ文章として文脈構成しているのであれば、全面的に書き直すべきです。おちゃらけた書き方をしようとするあまり文脈上そう受け取る人がいても非難できないと思います。これよりのちの文章を読む限りではこの読み方をして欲しいと想定するしかないです。

(また、ヒトラーの例えを出しておいて「マスメディアという制御弁が民主主義政体を安定させる効果があったのは、たぶんそうだろう」と書く意図は量りかねますナチ党の躍進にラジオが大きな役割を果たしたことには一定了解があるはずです)

いまどきの民主主義理念を作り上げた人というと、ロックルソージェファーソンといった近世近代思想家を思い出す。ところが彼らが生きていた時、末端の大衆にまで選挙権が行き渡り、末端の大衆選択までもが民意フィードバックされる民主主義想像するのは難しかったのではないか。たとえば、民主主義の始祖たちの眼中に、立花氏がバカと呼んだ人々はどこまで含まれていただろうか?

少なくとも、ジェファーソン名前を出して合衆国独立宣言で最も有名な一節である "We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal,"を無視するのは看過できません。

このall men (すべての人々)に、大衆シロクマ先生の言うところの「末端の大衆」)が含まれていないと推測するのは侮辱でしょう。もしもよく知らないのであれば名前をあげるべきではありません。

トーマス・ジェファーソンが、いかマスメディアに悩まされていたか("nothing can now be believed which is seen in a newspaper. truth itself becomes suspicious by being put into that polluted vehicle")を知らずとも、

ほんの少しでも興味があれば、ジョン・ロックが人はみな生まれながらにして公平であるが、そのままで不都合なので、人の承認のもと政府を作るであるとか、ジャン=ジャック・ルソーが間接民主制すら否定していたことなど、見聞きしたことがあるはずです。

彼らが、貴族選良市民のみを対象として考えていただろう、末端の大衆シロクマ先生が想定するのが、教育を受けていない人、政治に詳しくない人だとすると、当時の農民奴隷犯罪者等)は考えていなかっただろうと想定して枕詞に使うのは、不適切です。

(その後の段落は、シロクマ先生想像や思いが書かれているので、別に問題は無いと思います

個別選挙結果が未来制度設計材料になっていくのも、民主主義のいいところだ。亀のようにゆっくりと、しかし着実に。ただし、こうした民主主義ドタバタを、ほくそ笑みながら眺めている国もあるだろう。未来が明るいといいですね。

この段落でも、その前段の、民主主義論に関する部分は私自身の主義主張とは異なるが、シロクマ先生の考え方を述べている部分なので良いと思う。

ただし、文脈上「全員参加という民主主義の建前を維持したまま、インターネットが深く介在する場合には"悪い民意"を取り除き、"良い民意"を選び取れる制度設計を、末端の大衆ではない我々が行うべきである」としか読み取れませんが、そういう主張でないとすれば記載を改めるべきです。

(私はそれをアリストラティア(優秀者支配制)だと思いますし、良くないものだと思いますが、主義主張の違いなのでそれについて表明することは良いことだと思います

「ただし、制度設計改善される前の現在の良くない状態を、他国が狙っているかもしれない。改めるべき点は早急に改めるべきだろう」と言う書き方ではいけませんか?

「ほくそ笑みながら眺めている国もあるだろう」というのは、陰謀論と何が違いますか?何を意図して記載したのでしょうか。

未来が明るいといいですね。」というのは、皮肉では無く本心からそう思っているのだとすれば、記載を即刻改めるべきです。

また皮肉を書いたつもりであれば、誰を皮肉ったのでしょうか?今回の選挙に参加した誰を馬鹿にする意図をもって表現されましたか

なぜ齋藤知事パワハラと同じである

シロクマ先生の「インターネット民主主義が加速して良かったですね」という記事は、全体としては皮肉めいた、兵庫県知事選挙の結果を受けての現行の民主主義制度への感想でしょう。

これを、面白おかしものとして読む人がいることは否定しません。(私もホットエントリーにあがってきたので読みました)

ただ、それはパワーハラスメントと全く構造が同じです。

パワハラをする側にとって、されたもの右往左往したり泣いたり病んだり職を辞するのを見て愉快だと思うのと同じだという指摘です。

齋藤知事は、「よい県政をしていきたいという中で業務上指導や注意を厳しくした」と表現しています

知事時代パワハラ問題視した人は、この「業務上指導や注意」の「やり方」を問題視したはずです。性根や意図、背景では無く、手法問題があったのだと認識しているはずです。

愛があろうが、心の底から相手のことを思っていようが、パワーハラスメントに該当すれば、それはやはりパワーハラスメントなのだというのが、これから社会での共通認識で合って欲しいと、自分は思います

その意味で、シロクマ先生の「インターネット民主主義が加速して良かったですね」という記事は、インターネットを利用して投票先を決定した人をバカだと呼び、彼らを選挙から排除すべきである、そうしなければ民主主義は壊れる、利するのは他国だ、という記事になっています

そういう意味で書いたつもりでないのであれば、そう読み取れるようにおちゃらけた書き方をするべきではありません。すぐに改めてください。

バカだと呼んだのは立花であるとか、選挙 Permalink | 記事への反応(24) | 13:00

2024-11-06

今日礼拝

はてなー

ブクマカ

増田

誰か一人でも人生に幕を下ろしますように。

日曜は教会に行くので無理 まあ分かる

投票所まで行くと一日がかり バカかよ

自由民主主義法の支配盟主の分際でそれを支えるインフラ整備もせずに、ダラダラ200年前の法律で国のボス決めてる

そこに何の疑問も抱かずに外国を貶す時代遅れアメリカ人こそ死ねば良い。

2024-11-03

また「公正な選挙」が行われたらしいね

どれだけの人がそれを本気で信じているのか、正直理解に苦しむよ。

投票所に行けば普通に投票できる、票がちゃんカウントされる、そして結果は全て国民意思を反映したものだ、なんて信じている人がまだいるなんて、少し驚きだ。

投票用紙がどう扱われているのか、開票所の内部で何が行われているのかなんて一般の目には見えないのに、「透明性が確保されている」なんて言葉を真に受けているのか?

メディアだってこぞって「公正な選挙でした」なんて言ってるけど、彼らの言うことを鵜呑みにしているとしたら、もうそれこそおめでたい話だよ。

要するに、これだけ情報管理されて、操作されている世の中で、選挙けが例外だなんて考えるのは、少し無理があると思うんだけどね。

2024-10-31

anond:20241029192437

誰も指摘してないけどさ、今回、コロナ禍後初のノーマスクの人が大半の選挙だったんだよね。職員立会人ノーマスク

で、選挙3日前に「去年1年間でコロナで3万2千人死亡、ほとんど高齢者」という報道が大きくあった。

高齢者立場になって考えてほしい。職員立会人ほとんどが高齢者から見れば「若手」。自分たちはばたばた死んでるって報道されているのに、若い人はほとんどノーマスク若い人は感染しても死なないかもだが、老人の自分たちにとっては脅威。

なぜわざわざ自分たち感染させて死なせても構わないと考えてノーマスクの若手ばかりの投票所に行くのか?

投票する人の割合も含めれば、自民党支持の基盤は田舎の老人。裏金問題コロナで老人死亡報道投票所ノーマスクで、普段選挙にいくが今回は選挙に足を運ばなかった自民党支持の老人が割といる可能性はあると思っている。

2024-10-30

anond:20241030201006

選挙区内でも投票所別だと俺んとこは落としてるんよ

他の地区の奴らが悪い

anond:20241030165519

現状だって投票所だって思うが思ってるような疑念は完全に払拭できてないぞ

ネット投票できるようにしていいだろ!!!

投票選択肢が増えるだけじゃん!!!

今まで通り投票に行きたい人は投票所に行くだけだし!!!

投票に行く手間がすっごく大変なんだよ!!

選挙に行きたくても行けない人が投票できるようになることになんで反対するの!!!

ネット投票ってそんなに望ましいか

とにかく投票率さえ上げれば世の中よくなるみたいな前提で話している人が多いけど

何度もやり直しができるとか、スマホ簡単投票できるとか、投票ハードルを「過度に」下げてしまうと、

ろくに考えもせず、気が変わればあとで変えればいいやとその時見ていたニュースでのTV映りで投票、みたいな質の低い投票行動が増えると思う。

今でも雰囲気投票コメンテーターに流された投票が多くてポピュリズムの原因になっているのに。

投票所に行き手書きする今の制度は、たしかに面倒かもしれないけれど、その面倒くささのコストを払うだけの価値があると有権者が感じた判断けが集約される。

現状に不満のある人には他人判断馬鹿や操られたものに見えるかもしれないが、少なくとも投票者は本人なりに熟考するプロセスを一度は挟んでいるはずだ。

熟考を挟まない投票が増えると、投票日直前の雰囲気作りだけで簡単に結果を操作できてしまうので、メディアSNS工作の影響力が大きくなりすぎる危険がある。

多くの人を排除しないが、それなりに腰を上げて動く必要があるくらいのハードルがあることは

しろ民主主義健全性を保証してくれていると思う。

2024-10-28

anond:20241027194724

今回、初めて出口調査やってるのに遭遇したので回答できるのかとワクワクしながら投票所から出てきたんだけど、完全に無視された

他の人の対応で忙しいとかそんなこともなく、淡々無視

投票所に入る時にチラッと見た時には老人と話し込んでたな)

出口調査やってる奴も有権者路上ゴミ扱いしてるんだからお互い様だな

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