はてなキーワード: 人外とは
それは「12.3歳くらいの女の子が自慰をしている時はいきなり呼び出したりしないよ」と人外?が言っている意味という解釈を聞いて仰天した
それ以外にも、12.3歳くらいの女子が成人男性と性行為(2-3ヶ月はしてたっぽい)で普通に快感を得てると思われる描写には12.3歳の女子が????成人男性との行為で快感を得る??絶対苦痛しか感じなくない??と大混乱したり
別の女の子が同い年の男の子に一緒に寝ようって誘ってて怯んだりした
男性作者だし(前作品もそのあたりの描写不自然だったし)性別逆転させたらこのくらいの性欲は珍しくもなんともないだろうけど……さすがに女子はこの描写不自然だよね?エロ漫画じゃないからすごく混乱した
それとも自然?もしくはこの年齢ならおかしくても大人になれば普通?
ジョジョ6部でも女性の自慰描写が出てきてけっこう怯んだんだけど
男性は女性もよく自慰をするものだと思っている?そしてそれは誤解ではなく事実?
女の性欲とか自慰ってあまり話題にのることもないからさっぱりわからない
私は生まれて一度も自慰はしたことないし、したいと思ったこともないんだけど、女性の皆さん自慰経験はありますか?あるのが普通ですか?
累計発行部数上位30作調べてみたんだけど
呪術回戦:宿儺の片割れの転生体かと思われたが作者もよくわかっていない模様
? シティハンター:幼少期に死亡
◎はスゴイ能力者でかつその血縁が主人公の能力に深く結びついている父親
×は作品の世界観的にはすごくない父親(佃煮屋やサラリーマンへの職業差別ではない)
?は話には出てくる、もしくは話にも出てこない父親
◎◯が14作品
△×が5作品
まず、意外に「こいつ××の息子だから強いだけじゃん」という作品が少ない
(まぁワンピはこれからの展開次第でDの遺伝子的な謎異伝要素が出てこないとも限らないけど)
問題は?の作品が三分の一もあるし、△と×の場合も出番が極端に少ないことだと思う
これって要するに
めっちゃすごい父親じゃない場合は、そもそも父親が作中にほとんど出てこない
んだよね
売れてるジャンプ作品って「スゴイ父親」or「存在感ない父親」の両軸しかない
「すごくはないけど主人公に大きな影響を与える父親」みたいな存在があんまない
ずっと読んでると「出てくる父親は」すげー奴しかいねーなって印象がなるのはしょうがない気がする
一定以上の存在感がある凡庸な父親ってもうちょっと下のランクに出てくる
それもワンエピソードでちょろっと出てくるだけっちゃそんだけだし
あと、こうやって並べてみるとジャンプって青春ものでのヒット作が少なくて
「反発する対象としての(父)親」が出てくる展開があんまないんだなーって思た
バクマンでも漫画家になることに反発する父親とか出てきそうだけど出てこないし
ハーレムラノベ、両親出てこないがち~みたいに揶揄されること多いけど
ジャンプ漫画だって"ノイズ"としての親は出てこないんだなって
作中で主人公の父親が宿儺(ラスボス)の双子の生まれ変わりだったという話になったはずが
ブコメでこの増田BL好きというよりキャラ萌え属性言われてるな。だとしたら敢えてスト重系縛りでおすすめしなくてもよいのだろうか。ちなみにBL作品でもやたら二次創作の多いのは以下の2作品である。(※国産BLのみ。海外産BLは作者と読者の距離が遠いからか、作品が有名であれば二次創作が多く作られるのは当たり前なのである)
『囀る鳥ははばたかない』(ヨネダコウ)
『百と卍』(紗久楽さわ)
漫画の技量が傑出しており漫画としてもシンプルに面白いとも言えつつ、登場人物たちがキャラ立ちしているのでBL外商業漫画の登場人物を愛でるノリでキャラ萌え出来る作品なのである。ただ、前者はノワール系なのでいいとして後者はラブコメなので少年漫画好きにウケるかは疑問。
ストーリーを犠牲にしてもよくキャラ萌えに振っていいなら個人的にはこれがおすすめだなってやつたち。
ストーリーはまじでどうでもいい話なのだがキャラの魅力一本のみで成り立っているある意味すごいBL漫画。頭使わず読めるぞ☆
南の島のゲイ向けの娼館を舞台とするロマンスで、微妙にサスペンス要素が混じっている。謎がいい感じに深まったタイミングで休載してしまった。
作者は攻めをどの作品も似たようなキャラに描きがちな人なのだが、本作品では今までにない朴訥で誠実な人柄でありつつ並々ならぬ情熱と執着の持ち主として描いている(まあ執着攻め自体は作者の十八番なんだけど)。という攻めにつられる様にか受けも個性的な人物として仕上がっている。
凡人オブ凡人な弱々高校1年生が、一つ年上のヤンキーグループの中心人物である秋山くんに惚れてしまうも、秋山くん一味に拉致られ酷い目に遭わされるという衝撃のオープニングから始まるラブコメ。
フェティッシュな魅力のある秋山くんを、後にじわじわとその異常性が明らかとなる主人公の柴くんが圧倒していく様が面白い、(とか書くとサイコホラーみたいだが)どこまでもふわふわとした少女漫画チックなラブストーリーである。
倫理上の観点からはてなーには1話切りされそうな内容ではある。
大体ストーリーのみに注力するかキャラに全振りするか己の欲望に忠実にフェチを極めるかという三つの極振りのどれかをやっている作者には珍しく、上記の三つの要素をバランスよく表現された作品。
主人公が1話でいきなり殺害され人外として生き返った背景に何があったのか? という謎めいたサスペンスでありつつ極上のBLラブロマンスでもある。
ハゲ・ヒゲ・メガネと三拍子揃ったサイコパスという負の要素しかないキャラクターを「世界一かわいい受け」として描写しきる手腕が素晴らしい。
『辺獄のカレンデュラ』(ハジ)
少年漫画が好きな人にはもっともウケそうな作風。少年漫画風といってもGファンタジー系で、今風ではなく00年代風のちょっと懐かしい感じ。厨二病罹患者の好む要素全部載せである。
作者が重度の設定厨であり、ハジワールドとも呼べる広大な世界観のなかでそれぞれの作品がゆるく繋がっており、本作品の登場人物の親戚が別の作品に登場していたりする。
そのせいかなんなのか、キャラと世界観を描いて何かしら事件が起き一悶着あって解決したらいきなりストーリーが終わってしまいがち。だが本作品は比較的物語がいい感じの尺に纏まって終わった。
相互に関連してるだろ
っていうかすべての根源である4ベースで個別事象が1,2,3に分類されるだけじゃねえの?
もたない奴もいなくはないけど、ATフィールド還元されてLCLになるみたいに液状化したヤリマンに収束していく運命にある
「人として」とるべき態度から逸脱した失礼な奴も多いし、個人的には気に入らないけど子宮を持つ性として当然のあり方だとも思うわけ
んでたまたま自分に嫌悪感見出さない女(つまり4が成立しない女)と、かつ1,2,3が「例外的に」どれも当てはまらない女とだけ、「例外的に」付き合ったりセックスできたりするってだけで
普通に生きてて女から自分への嫌悪感を微塵も感じたこと無い奴は女の感性を測るアンテナがぶっ壊れた異常者って言いきっていいと思う
だって男が女に話しかけるときは「まず自分に嫌悪感を持ってるのが当然だ」って前提からスタートしてその嫌悪感をいかに魅力で中和していくかって作業にしかなんないじゃん
これ言われても共感できない奴、男として女と向き合ったことが人生の中で1回もないか、人外レベルのイケメンとか、本当に才能だけで女とコミュニケーションできるとか、単純にメチャクチャ頭悪いとか自己分析したことないとか、何か特殊な理由あると思う
導入したのは今年に入ってからだ。仕事で使えないかと思って、まずは触ってみて勘所を覚えようというところから始めた。
ただしStable Diffusionの画像生成はエロと切っても切り離せない。調べればエロに当たるのだ。やむなくそっちに行ってしまう。
それで、今となっては使える時間の9割をエロ画像生成に費やしている。
Stable Diffusionを性的に消費してみて、しかしこれがなかなか良い社会をもたらす存在になるのではと考える。
すなわち①ユーザーの創造性の促進と、②マイナージャンルの救済だ。
これは絵を描けない人でも自分の思い通りの絵を作れるようになることだ。
俺は増田の前はとしあきだったのだが、あそこで時々立つ「立ち絵スレ」が好きだった。
エロゲーのキャラクター画像と背景画像を組み合わせるという、あまり労力を介さない編集で生成される画像なのだが、正直これがなかなか悪くないのだ。
要するに、性的な対象となるキャラクター、格好、場所の視覚情報が揃えば、あとは想像によって性的な興奮を得ることができる。
このキャラクター画像と背景画像の組み合わせを学んでから、私は一人で行う性生活が充実しだした。
まわりくどくなってしまったが、私はこの概念の延長線上に、画像生成AIがあると捉えている。
ようするに画像生成AIを使い、自らが考える理想のシチュエーションを画像にするのだ。
ここまでだと創造的ではないと思うかもしれない。しかし、この画像生成のステップとして妄想の言語化が行われる。ここが重要だ。
ただ与えられるだけだった性的コンテンツを消費するのではなく、万人が自ら考え、具現化する。
これまで絵が描けなかった、文章を書けなかった層が創造する社会だ。
「あんなこといいな、できたらいいな」の実現だ。ドラえもんの足音は着実に近づいている。
既存の性的コンテンツの課題として、ニッチなものは供給が少ないことが挙げられる。
インターネットによってマイナー愛好家同士がつながる機会も増えたが、人気ジャンル(作品ととらえても良し)の供給と比較すると物足りないと感じる諸兄は少なくないだろう。
私もこの点で本当に救われた。
20年近く供給のなかった作品のエロコンテンツが、自らの手で、しかも入念にプロンプトを調整すれば高品質なものを手に入れられるようになった。
興奮より感慨深さが先にくる。
なお個人的には二次元でしか再現できなかったシチュエーションが、実写系の画像(現在は短い映像も)で見られるのにも感心している。
また現実にはありうるジャンルも、AIを使えば他者を傷つけずに性的なコンテンツを得ることができる。
一昔前なら同性愛者、現在なら未成年だ。(なお私はいずれの性癖も有していない)
未成年のポルノは海外では非実在でも保有していたら罰される例もあるが、否が応でもその性癖を持ってしまった人は抑圧される以外に選択はないのか、という点の課題解決につながってくれないかと願っている。
なお未成年関連は、過去に武勇伝的にその性癖をさらけ出す人がおり、そういったコンテンツが両手を振って溢れていた時代の反動があるとも思っている。
それから人にはそれぞれnot for meなコンテンツがあることも知っている。
架空のコンテンツでも商用として流通するのがNGであっても、個人でこっそり楽しむ権利をAIが提示してくれれば、それは私が思う良い社会だ。
権利関係は、黒に近いグレーという印象だ。露骨に特定のアーティストの画像から学習したデータが平気で流通している。
あえて同列に語るが、WinMXやYouTubeが出回ったころと雰囲気が似ている、と感じている。
このふたつをあえて並べたのは、画像生成AIの動向は今後どうなるかわからない、と言うためだ。
あまり潔癖やリスク回避で触らないのは機会損失だと思う。一方でルールが定まってないからと好き勝手すると身を滅ぼす未来もある。
制作したイラストは、原則個人で利用するに留めるのが望ましいとは思う。
ただ、他人がAIで生成したイラストは多分に自分の創造性を刺激するから、個人の消費に留めるのもまたもったいないとも思う。
近年、日本国内の一部男性のあいだで、「メスとして可愛がられたり、責められたりする音声を聴きながら、乳首オナニーで“メス”のように喘ぎ、ペニスに触れずに射精する」「サキュバスのペットとして甘サドな責めを受ける」「ふたなり女性にアナルを“オマンコ”として犯されながらエネマグラと乳首刺激だけで連続絶頂を味わう」など、男性側が“女性的役割”を演じて被受動的に快感を得る性表現が大きな注目を集め、数多くの関連コンテンツ(音声作品・同人誌・アダルトゲームなど)がヒットしている。本来はニッチな性的倒錯と思われていたこれらのシチュエーションが、いまや数万人〜数十万人規模の市場を形成し、日常的に消費されるまでに至っているのはなぜか。
本稿では、この現象を「メスイキ」というキーワードを軸に整理し、以下の諸点を検討する。
このアプローチを通じて、単なる「変わった性趣向の流行」で片付けるのではなく、現代日本社会が抱えるジェンダー観やストレス環境、表現文化の特性などを総合的に捉え、ひいてはその社会的・歴史的意義に迫ることを試みる。
「メスイキ」という言葉は元々BL(二次元のボーイズラブ)文脈などで使われ始めた俗称で、男性が女性的な快感を得る状況を指す。一例としては、アナルや乳首など“男性にとってはサブ性感帯”とみなされがちな部位のみで絶頂に至る、いわゆる“ドライオーガズム”や“ノーハンド射精”である。それ自体は医学的にも「前立腺オーガズム」という可能性が示唆されており、必ずしも架空の概念ではない。
しかし、単に身体的な前立腺や乳首への刺激以上に、“女性的役割を演じる”ファンタジーが欠かせない場合が多い。すなわち、「男性であるにもかかわらず、女性のように可愛がられたり、喘いだり、“メス”として扱われる」心理的興奮が「メスイキ」の本質に含まれる。作品中では、下記のような演出が典型的である。
こうした要素が組み合わさることで“男性性からの逸脱”がより鮮明となり、結果的に「普通のオナニーにはもう戻れない」「自分はメスとして淫らにイキたい」といった強度の快楽イメージを打ち出す。
具体的には、以下のような状況が作品やプレイ実例として語られる。
「サキュバスの甘い囁きで毎晩乳首オナニーをさせられ、ペニスは触っちゃダメと言われるまま禁欲→限界に達し“メスイキ”させられる」
「ふたなりの姉さんキャラがアナルを穿つ音声を聴きながら、エネマグラ・両手による乳首刺激だけで連続絶頂に至る」
「サキュバスが襲来し、男性を“メス奴隷”に仕立て上げるシチュエーションで、男性はひたすら甘サドな責めにより何度も射精するが、いずれ自我も奪われてしまう」
「ふたなりキャラを用いた逆アナルもの。男性は自分のアナルを‘オマンコ’として使われ、女のように喘ぎまくる」
かつてであれば「かなり特殊な倒錯」と見られたこうした表現が、音声DLや同人誌マーケットで1万〜数万ダウンロードを記録するヒット作を次々と生み、隠れた大衆的支持を獲得しているという現実は、今日の日本社会におけるジェンダー観・性表現観の変化を如実に示している。
江戸時代の春画には、男女の交合や同性愛、豊満な性描写などが豊富に描かれ、多くの庶民や武士に愛されていた。公序良俗の名目で厳しく取り締まられていた時期もあるものの、実際には十分に流通しており、“性”を愉快に捉える庶民文化が存在していた。
武家社会では年長の武士が若い少年(若衆)を愛する男色の慣習が知られ、文化的にも一定のステータスを備えていた(衆道)。この風習の中で、受け手となる若衆の“女性的役割”が一定の様式として認知されていた可能性がある。また寺院などでも同性間の関係が容認される余地があり、“男性が被受動的立場を担うこと”への抵抗感が、キリスト教文化圏ほど強固でなかったと指摘される。
歌舞伎の女形文化は、男性が女性のしぐさや姿態を美しく表現する芸能として発展した。「男性が女性を演じる」ことは芸術的に認められ、現代の“男の娘”や“女性役を演じる男性キャラ”の系譜と捉えられる面もある。これら江戸以前の文化からも、日本にはもともと「男性=常に支配/攻め」の固定観念が絶対視されず、多様な性表現を“芸能”や“風俗”として許容する土壌があったと推察される。
近代国家形成とともに、西洋の性道徳や刑法の導入により、一定の規制(わいせつ罪)が敷かれた。一方で戦後の復興期にかけてアンダーグラウンドなエロ文化やストリップ、ピンク映画などの分野は逞しく生き延びる。さらに、実写AVに対する“モザイク修正”が長年法制度上定着したことにより、直接的な生殖器描写の回避策として、触手や人外キャラ、ファンタジー設定が豊かに発展する下地を作った。
1970〜80年代以降のアニメ・漫画の隆盛、1980年代〜90年代の同人誌文化の爆発的成長が、二次元における極端な性表現を加速させた。
これらの歴史的・文化的脈絡が集約した結果、「男性がメスとして扱われる」コンテンツがファンタジーの枠内で多彩に展開され、自然と受容されていくという経路が形成されたとみなせる。
日本はOECD諸国の中でも長時間労働やサービス残業が常態化しており、過労死やメンタル不調が問題化している。そうした社会的圧力下で多くの男性が「仕事では常に責任を負わされ、強さを求められる」状態に置かれ、プライベートで“逃げ場”を欲する。被受動的な性的快感は、その逃げ場として大きな魅力をもつ。サキュバスやふたなりキャラの“圧倒的支配”を受けるファンタジーは、日常の疲れを洗い流すカタルシスを提供するのだ。
近年、恋愛や性行為に積極的でない「草食系男子」という現象が頻繁にメディアで取り上げられてきた。こうした男性たちは、そもそも“男性が攻める/リードする”という役割に強いモチベーションを感じていない。草食化は、男性性を誇示しなくてよい新しいライフスタイルを指向する動きとして捉えることができ、メスイキや被受動的性行為をファンタジーとして消費するのは、彼らの価値観と自然に合致する面がある。
逆に、依然として「強くあるべき」「稼ぎ・リーダーシップ」を社会・家庭から強要される男性も多い。その反動として、「せめてプライベートの性の場面くらいは、自分が支配される側になりたい」「女性的立場に没入したい」という欲求が生じるパターンも指摘される。“甘サドな責め”や“徹底的にメス扱いされる”シチュエーションは、過度な責任感から解放される手段として歓迎されやすい。
ここ数年、YouTubeやニコニコ動画を中心にASMRブームが起き、耳かき音や囁き声などの癒し系コンテンツが人気となった。この流れがアダルト方面に波及し、“サキュバス責めASMR”や“乳首オナニー誘導音声”などが同人販売プラットフォームで人気化する現象が起きている。
DLsite等の大手プラットフォームでは、同人音声・漫画・ゲームが簡単に購入でき、購入者はレビューやコメントで感想を共有する。こうしたコミュニティの存在が、「メス化するのは自分だけじゃない」と気づく機会を与え、“暗黙の同志”が多数いることを可視化する。結果として、さらに関連作品を漁るユーザーが増え、新たな作品が生み出されるという好循環が生まれる。
男性が実際にアナル開発を行い、“メスイキ”をリアル体験する人が増え、経験談をネットに投稿→さらに興味を持つ人が増える。
VR空間内で自分視点が女性化キャラになるものや、ふたなり相手にアナル責めされるシミュレーションなど、より没入度の高い次世代コンテンツの登場も指摘される。
メスイキ嗜好が大きく受け入れられている事実は、「男性は常に強く・攻める立場でなければならない」という従来のステレオタイプが揺らいでいることを示唆する。しかし、フィクション上で男性が“メス化”することと、現実社会で男性が女性的立場を尊重したりジェンダー平等を実践したりすることは必ずしも直結しない。
一見、サキュバスやふたなり女性による男性支配は“女性の主導権”を肯定しているようにも見えるが、実際は「男性にとって都合の良い女性上位ファンタジー」だという批判もあり得る。
日本では、歴史的に「創作と現実を分ける」風潮が強く、男性がメス化するような過激な二次元表現が広まっても、現実社会でジェンダー平等が急進するわけではない。この乖離が“自由な表現市場”を守ると同時に、“現実の制度や意識の変革”には直結しないというねじれを生んでいる。
欧米では実写ポルノ規制が緩やかな一方、コミックやアニメに対しては厳しい風潮があったり、宗教的道徳感から「悪魔・淫魔」要素が強く忌避されることもある。一方日本は、モザイク規制や現実の同意年齢の議論など、実写への規制は独特に厳しいが、二次元のファンタジー領域では極めて寛容である。この対照性が「サキュバス責め」「ふたなり」などを日本発で世界に広める要因になっていると見られる。
個別ユーザーの嗜好に合わせ、AIがリアルタイムでサキュバスやふたなりキャラを生成・ボイス指示するような“フルカスタム・メスイキ体験”が一般化するかもしれない。
日本の同人音声やアダルト漫画が海外にも翻訳され、海外ファンを取り込む動きが活発化。文化的差異を越えて受容されるか、あるいはローカルな好事例に留まるか注目される。
フェミニズム団体や保守団体による表現批判、あるいは国際的な法規制強化との軋轢が起こり、これまでのような自由度が維持できなくなる可能性もある。
そんな声が聞こえてきたら中に居るのは人外の化け物確定なんで逃げるけどなぁ
これはHoYoFairの同人作品といってもおそらく準公式みたいなもんで、公式からディレクションがいくらか入ってるはず
サフェルは黒猫
ファイノンはたぶん青いたてがみの白馬2頭が曳くチャリオット、兵というより馬の方だろうか
ファイノンはバッドエンドのエンドロールで役名が??になっていたのでこの絵面が彼の本質の暗喩になってる可能性がある
人外の中で黄色い目を持つ青黒いゴーレムは暗黒の潮により狂気に侵されたタイタンの尖兵と捉えていいだろう
地から天へと昇っていく不死鳥も黄金裔の一人だとすると、公開されてる8人のうち、一致しそうなものはヒアンシーくらいだろう
天へ昇っていく途中でおそらく「天空」のエーグルにロックオンされ、反応した尖兵に握りつぶされた
この流れはオンパロスPVのヒアンシーパートで白い鳥が矢に散らされるシーンとも一致するので多分そう
そうするとアナイクスだけが登場していないことになるが、疑わしいのは全体を通して傍観者ポジションにいる、黒いローブを被った灰色髪の少女か少年
螺旋の蛇あるいは絡む小枝のような意匠がローブに見られるのでケリュケイオンの印つながりで
この子がアナイクスに関連するのかもしれない、青っぽいグレーの髪色も一致している
また歌詞から、ローブ少年は不死鳥を希望として見いだしていて、送り出しているようにも見える
全体を通して映像の中心にあるのは浮遊する巨樹で「理性」のサーシスの象徴のように思え、アナイクスもサーシスの一派だと思われることと繋がりがある
最後のシーンでモーディスとトリノン?が墜落しつつ(死の予告?)も、サーシスを象徴してそうな巨樹が折れ、火種が落ちてきている
ここからこれは未来、サーシスが殞落する場面を描いていると受け取ることができる
ただ英雄たちがサーシスを殺したというより、尖兵ゴーレムっぽいのがサーシスを攻め、混乱の中こうなったように見える