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「リベラリスト」を含む日記 RSS

はてなキーワード: リベラリストとは

2025-02-21

リベラリストとしてキモいを見るのがもう疲れた

はてな界隈や他のSNSで長年にわたって気軽に他人キモいとかキショいという

リベラルの人や

文系学者さんや

フェミニストの人や

反差別の人を見すぎたのは本当にメンタルヘルスにもリベラリズムへの信用にも良くなかったなあと改めて思ってる

それでもリベラリズムが他よりはまだマシだと、今でもそう思いたい

2025-02-19

あおやまです

人間思想属性スペクトラムは多様で当たり前ですが、私という個人脈絡もなく攻撃する意図を持つ属性とはなんなのでしょうか?

彼らに共通してるのはアカデミックな知性が欠けてる点です

私はそのことを非難しませんが、そうした属性の方々がなんの目的で私に攻撃してるのか推測してみます

例えば私がTwitterにいる似非フェミニストのような思想家で犬笛を吹いていると勘違いしているとか?

そんな暇はないのでありえないのですがそうした勘違いをしているのかもしれないですね

断っておくと私はネット右翼似非フェミニスト、無学な自称リベラリストたちのどれにも汲みしていませんし、そのような方々の一切に興味は持っていません

2025-01-27

anond:20250127132950

はいこいつバカ

抽出機に引っかかった君にプレゼントfor you

リベラリズム洗脳されたバカプレゼントfor you

特定価値観が他を否定するわけじゃない

でもリベラリズム、反対の価値観を求めてんだ

「男はこう」「女はこう」古典主義否定する

その中でリベラリストが主張を作り出す

でも考えてみ、個人意見は他を排除しない

「男はこう、女はこう」そんな考えでも問題ない

けどリベラリズムは違う視点で見て

他の価値観否定し、何を持つか決めて

多様性を掲げて、排外排除

でも実はそれが排除リベラリズムの隠れたプログラム

悪人理屈自己正当化してるだけ

言ってることはきれいでも、その実態は反対のレッテル

多様性って言葉に隠れた排外的な矛盾

リベラリズムはどうやっても逃げられないその自分の中の分裂

言葉は響くけど、実際はどうなんだ?

多様性」なんて結局、制約の裏返しなんだ

君にラップをfor you

anond:20250127125346

はいこいつバカ

抽出機に引っかかった君にプレゼントfor you

その考え、リベラリズム洗脳されてるよ

なら言うけど、

何か特定価値観を持つことは他の価値観否定ではないですよね?

しかし、他の価値観否定する事で成立しているのが、自分の言うリベラリズムという事です。

そのままだけど、男は、女は、かくあるべしという古典主義の考えが他の価値観否定しているというのがまさにリベラリストが作り出した主張なわけです。

しかし、あくまで一例だけど、男は、女は、かくあるべしという考えを個人が持つこと「自体」が、それ以外の否定項を必要としていますか?

していないでしょ。

なのに、リベラリズムという価値観を持つこと自体は、そのような価値観否定項としているわけです。

から一見多様性を認めているように見えて、実質的排外主義リベラリズムの方だったと言っているんです。

そのような多様性とは、排外的思想を持つリベラリスト言い訳悪人自己正当化理屈にすぎないわけです。

リベラリズムは他の価値観否定する。

例えば、男は、女は、かくあるべしという考えを古典主義とする。

古典主義リベラリズムの持つ価値観否定はしないのに、リベラリズム古典主義否定する。

リベラリズムは、古典主義が多様な価値観を認めない排他的ものであると主張するが、古典主義別に自他の価値観否定している訳ではない。

殊更、多様な価値観を認めると宣言する訳ではないが、かといって特定価値観否定項にする訳でもない。そもそも価値観について特定判断を持たないのだろう。

一方、リベラリズム否定項を必要とする。それ自体では何も持たないからだ。結局、古典主義依存して成り立っているのがリベラリズムであり、唯一肯定するものがあるなら、価値観を持たない価値観だ。彼らは、価値観のある人間を認められない。そこで、ある特定価値に対して、いつも否定意味合いをくっ付けることで、自分存在意義を確かめようとするのだ。投稿者自身アンチである場合があるから注意が必要だが、何でも否定するアンチとは、そういう者のことなである。この意味で、リベラリストとは、他ならないモンスタークレーマーのことであり、民主社会における余剰である

排他主義リベラリズムの方であったといえる。

2025-01-02

理系池澤夏樹世界文学全集をほぼ全部読んだから五段階評価する③

【前】anond:20250102172643

2-01「灯台へ/サルガッソーの広い海」ヴァージニア・ウルフ 鴻巣友季子訳/ジーン・リース 小沢瑞穂訳★★★★★/★★★

ヴァージニア・ウルフ灯台へ家族旅行あるあるみたいな感じ。ちょっとした会話のささいなことで不機嫌になったり、いろいろと期待してしまったりする。そして、年を取ってから家族の思い出の場所を訪れたりすると、あのとき気づかなかったことがわかる。

基本的ヴァージニア・ウルフがすごい好きで、上みたいな家族の何気ない感情や小さな苛立ちがきれいに救い上げられていて、それらがシームレスに別の人の感情に繋がっていくのがカットの切り替わらない映画みたいでとにかくきれいで、「意識の流れ」とかそういう文学用語を抜きにして、ひたすら浸っていたい。大体、プルーストとかジョイスとかも同じ言葉カテゴライズされるけれども、資質全然違う。同じ理屈で「ダロウェイ夫人」も大好き。最高。神保町で買った「波」はちょっとしかった。

ジーン・リースサルガッソーの広い海」は「ジェイン・エア」の二次創作というか、正気を失ったモンスターとして出てくる、つまり人格を持って主人公と関わらない、ロチェスター夫人の背景の話(当時の精神病への偏見が見えるね)。ロチェスターってひどいやつだな、何でこんな奴がモテるんじゃいみたいな気持ちになる。

ところでこの作品原典の「ジェイン・エア」って、叔母にいびられたり闇を抱えたイケメンが出てきたりと、なんとなく女子受けするフィクションというか、ある種の朝ドラプロット女子向けラノベ何となく似ている気がするのだが、それらをろくにきちんと見聞きしたわけじゃないのでエアプと偏見であるし、以前に別の作品をこういう女子受けという論点から語ったところ増田ではものすごく叩かれたので、うかつなことは言えない。ついでに叩かれたせいでその作品にまつわる十代の思い出まで汚してしまったような気がした。増田に常駐していると若干煽るような表現をしてしまうようになるので、いい加減に別のSNSへと移住する潮時かもしれない。

あとはそうだな、ロチェスターがイド、ジェイン・エア自我、リヴァーズが超自我ラストロチェスターがおとなしくなったイドなんじゃないかって、初めて読んだときに思ったのだが、これはフロイトの本を斜め読みした僕の偏った知識解釈だと思う。独学って現在の潮流を知らないから偏るんだよ。

2-02「失踪者/カッサンドラフランツ・カフカ 池内紀訳/クリスタヴォルフ 中込啓子訳★★★/★★★

フランツ・カフカ失踪者をはじめ、彼の長編は大体未完成で、しかもとにかく主人公が訳も分からないままひどい目にあい続けるのだが、例えば女性と恋に落ちる場面があってもさらなる不幸への入り口に過ぎないのである。性欲を見せたら罰を受ける世界観だなって感じた。カフカ短編を読んで気に入ったら長編を読めばいいと思う。未完成だし。威圧的な父の陰/社会不条理規範から抜け出せない人におすすめ。いい作品、心を打つ芸術って苦しんだ人間から生まれる。その点共産圏ではすごいいい芸術が生まれているんだけれど、こういう背景を知っていると喜べない。

あとクリスタヴォルフカッサンドラね。古典パロディ基本的に好き。知っていること前提でどうずらすかってのは、原作を知っている映画を観に行く楽しみに似ている。とはいえ作品としてはそこまで面白いとは感じなかった。この小説神殿で犯され、捕虜となって異国の地で殺される運命を知っているカッサンドラ視点で語られる、フェミニズム的再解釈で、ギリシア神話の通説とは異なり、ギリシア方のアキレウス英雄性を否定し、彼を暴力的なけだものと終始さげすむ。一方、トロイア方のアスカニウスやアイネイアス女性理解を示す理想的コミュニティを築いているのが、なんというか、安直善悪対立みたいで面白くなかった(僕がトルストイをあまり高く評価しないのもそれが理由)。結局カッサンドラがどんな澄んだ心境に至っても、結局は異国で無残に殺される運命は覆らないしね。

ところで、フェミニズムについてはいろいろ話すと長くなるが、僕は女性への不当な扱いや尊厳を奪う暴力には激しい怒りを覚えるし、平等教育選挙権被選挙権感謝しているし、きちんと耳を傾けなきゃと思う一方で、フェミニストには一定数のとても失礼な人がいるのでどうしても印象が良くならない。リベラリズムを気に入っていてもリベラリストには疑いの目を向けているし、愛国心があっても愛国者を名乗る人は警戒してしまうのと理屈は同じだ(思想が好きで人間が嫌いってことか?)。

ただし、アンチフェミニストにも倍ぐらいヤバい人がおり、つまるところ自分の大嫌いな人や対立する価値観と向きあい続けて正気を保つのは難しいってことなのかもしれない。日常的に他人を見くだしたり嘲笑したりするのは、風刺有効文学上のレトリックであるとはいえ、その末路がどうなるかは目に見えている。なので、僕も嫌いな人たちの実例を挙げるのはやめにする。右にも左にもいっぱいいるけれどね。そうするとこのエントリの長さが倍になるし、本筋からも離れてしまう。

しかし、やっぱりジェンダーをめぐる歴史面白いなとも思う。時折SFファンタジー女性だけの政治的な力を持つ集団が出てくるんだけど(たとえば上橋菜穂子守り人シリーズ「虚空の旅人」)、これは女人禁制クラブを裏返しにしたものなのかなとか、イロクォイの社会モデルなのかなとか考える。他にも、ミノ文明はチグリス・ユーフラテ起源現代文明と違って、壁のない開放的平和な「女性的」文明だったとか、面白い仮説があったりする(ただし戦国時代だって城壁が無かった点には注意するべきだ)。否定されたものを含めて仮説を知るのは、先人が知恵を振り絞って、どう考えてきたかを一緒にたどれる思いがする。どのような誤りをしたかは、時代による制約と、文化による偏見を反映しており、それをどうやって乗り越えたか筋道をたどるのは楽しいし、自分の考えの偏りにも気づく。

それに、右や左の極端な意見をいう人は、今の社会で辛い思いをしていたり、正しいとされている価値観から救われなかったりしたか暴走している面もあるので、彼ら・彼女らの不寛容を叩けば解決するもんでもない。

2-03「マイトレイ/軽蔑ミルチャ・エリアーデ 住谷春也訳/アルべルト・モラヴィア 大久保昭男訳★★★★/★★★★

エリアーデ幻想文学全集も読まなきゃと思って読めていない。

ミルチャ・エリアーデ「マイトレイ留学先の(それともホームステイ先だったっけ?)インドお嬢さんに恋をする話なんだけれども、相手文化を読み誤って結局結ばれずに終わる。「え、これはしていいのにこれはタブーなの? なんか地雷踏んじゃった!」「両親から仲を祝福されていると思ってたのに全然違うじゃん? どうなってんの?」みたいな。

それにしても、失恋して「何もかも破滅だ」って気分になって、遠くまで旅に出るってパターンは万国共通なのね。懐かしい。恋が実らなかった僕は大学夏休み中何キロ不毛なほど東京都内を歩き回っていた。(ただし僕の場合つきあって振られたのではないので、「それは失恋とさえ言わない」と説教してきた同級生がいた。ひどい)。

アルべルト・モラヴィア軽蔑は前にも書いたけれど、妻の心離れを察した夫が、「どうすれば僕のことをまた愛してくれるの?」と情けないくらいに相手の顔色をうかがったり、腕力に頼ろうとしたり、嫌いな相手の前にみっともなく頭を下げたりと、一番やっちゃいけないことを繰り返して、とうとう上司寝取られお話。で、これは実際に妻と別れた夫が書いた小説なんだけれども、ラストで寝取った相手と妻がひどい結末を迎える。どんだけ妻を恨んでたんだよ。でも、こういう小説からしか得られない快楽というのは確かにある。僕も「愛してよ愛してよ」という飢えが丸見えだったと思うし、だからまったくモテなかった。チクショー。

ところで、(BSS「僕が先に好きだったのに」を含めた)寝取られについてだけれども、文学では読めるくせに寝取られ系のエロ本はまったく興奮しないし、嫌悪しか感じない。

文学を読んでいる時には、「どうせ自分は愛されないんだ、もうダメだ」という観念をもてあそんでも心はそこまで傷つかないというか、屈折した自己愛にじくじくと浸っていられるのだが、パンツを脱いでいるとき自分は男としてダメなんじゃないかって考えをいじくりまわすには僕は繊細過ぎたというか、裸になってそんなことを認めてしまっては、理想からかけ離れた自分に対する嫌悪と、現実社会の中で何とか自分機能していくための自己愛の、微妙バランスが崩れてしまう。知的文学という鎧をしているときと、本能丸出しの全裸ときとでは、股間パンチを受けたときダメージが違うのだ(増田本音を徒然書いて叩かれるとしんどいのもそれ)。

結局のところ、海外文学という幻想に逃げていて、同世代人間普通にセックスしていることが受け入れられなかったし、高校生セックスしていると考えると嫉妬に狂いそうになっていた。倒れそうなほど空腹なのに目の前でご馳走を食べる人を、指をくわえてみているような痛みだった。十代の激しい性欲を受け止めてくれる誰かがいる空想自分をさいなんだ。今にして思えば、セックスをしているからと言って、良好な関係であるとは言えないとわかる。なんであれだけ文学を読んできたのに、それがわからなかったんだろう? 手に入らなかったものがとても素晴らしいものに見えるからだろうか? 

大学生の僕は文学サークルの後輩カップル普通にセックスしていることを聞いても、上野動物園一角獣がうろついていることを考えるほうがまだリアリティがあった。こういう人間が、幸せカップルが出てくる真っ直ぐな十代向けのフィクションを読めると思うか?

三十代になってから中高生の頃に現代文先生が教材として使った石田衣良4TEEN」やその続編で「6TEEN」を読んだのだが、主人公美少女と知り合い、幸運なことに彼女処女卒業したがっていると聞いてそのままラブホ直行してベッドインし、童貞卒業するシーンを見つけ、とにかく馬鹿馬鹿しい気持ちになり、なぜこんなものを読まなきゃならんのかと腹が立ってしょうがなかったのである

ウワァァ━━。゚(゚´Д`゚)゚。━━ン!! それ以外は男子友情を描いた割といい作品だと思う。

こんなJ-POP歌詞ポカリスエットCMのような感傷マゾに浸っていた僕が(どれくらいの感傷マゾヒストだったかっていうと、カラオケではポルノグラフィティ失恋ソングばかり歌っていたし、深夜までネットをしてて、さすがに寝ようかという前に、EOEの「Komm, süsser Tod」、「雲のむこう、約束の場所ED「きみのこえ」、坂本真綾tune the rainbow」を聞いてすごく感傷的になって布団に入る習慣だった。新海アニメのなかでヒロイン名前を呼んでくれるシーンがあって、それで情緒をぐちゃぐちゃにされていたのである絶対ラブプラスをやっちゃいけない人間だったと思う)、何でラノベを読まなかったのかというと、ライトノベルではどうせエロイベントがあっても本番はしないだろうと思い込んでいたからだ。そうやって背伸びをし続けた結果良くも悪くも今の自分がある。

とはいえ、今にして思えば、普通に現代小説を読んでおけばよかった気がしないでもない。

続く。

理系池澤夏樹世界文学全集をほぼ全部読んだから五段階評価する①

1-01「オン・ザ・ロードジャック・ケルアック 青山南訳★★

確かこれが初めて読んだビートニック文学の一つだった。車でアメリカ大陸の各地を巡っては行き当たりばったりの旅をする話で終わりも尻切れトンボ、「なんだこりゃ」とひっくり返りながら読んだ。だが、こいつら一生そのまま放浪するんだろうなという感じがあっていい。ちなみに、これ以降も細部には触れないとはいえネタバレガンガンかましてくので嫌な人は読まないでほしい。あと、この文章は半ばが自分語りというか、酔っ払いが管を巻いているようなものだと思っていただきたい。そもそもこの感想だってほとんどが曖昧記憶と印象を頼りに書いているのであり、いたっていい加減なものだ。そもそも、僕は正規文学教育を受けていない、一介の理系アラフォーおっさん文学少年崩れに過ぎないのである

ところで、これを薦めてくれた友人は「ブローティガンを読むといい」と教えてくれた。文学サークル村上春樹世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の幻想パートをもとにした小説を書いていた僕に、その元ネタの一つだと言って手渡してくれたのが「西瓜糖の日々」だった。妙な世界なんだけれども向こうは完全に常識だと思っている語りがすごく好きだし、こちらの世界存在する物事がいくつか欠落しているのもなんだかいい。

なお、厳密には池澤夏樹文学全集ではなく文庫版で読んだのだけれど、訳者が同じだったのでここに記載する。そもそも全部順番に読んだわけじゃないしね。

1-02「楽園への道」マリオバルガス=リョサ 田村さと子訳★★★

年端もいかない少女同棲したり酒を飲んでだらしない生活をしたりするゴーギャンとその祖母過激派フェミニストの二人を主役に据えたお話。この二人が現実に同じ一族から出ているのがまず面白いのだが、自分が生きたいように生きたというかそういう風にしか生きられなかった点ではよく似ている。型どおりに生きられないのよね。

このゴーギャン祖母フローラトリスタンは、作中ではどこにでも出かけては結婚制度有害さで一席をぶったり、関係ないときにも社会改革の話をしたり、貴族の子弟が幼い少女の性を慰み者にしたと突然告発したりと、かなりアグレッシブな人のようにも書かれているのだが、当時の人権状況はそれ以上にヤバかったってのは頭の中に入れて置かないといけないし、彼女キャラは作中の誇張もあるだろう。余談だけど作中で言及されるフーリエ空想的社会主義って輪廻転生や数万年後の未来史を含んでいて結構オカルトっぽいのね。

1-03「存在の耐えられない軽さ」ミラン・クンデラ 西永良成訳★★★★★

タイトルがまずかっこいい。

プラハの春ソ連侵攻前後チェコ舞台にした四角関係小説なんだけれど、いろんな人の現実に向き合う態度が批評されている。その中で全体主義に埋もれてしま人間の弱点を指摘しているのだけれども、真摯というよりもどこか軽やかというかシニカルだ。ドイツことわざにいわく、「一回やっただけではやったことにならない」。しかし、人生は一度きり。さて、それでは本当に生きることってできるのか? 屁理屈のようだが、深刻な問いだ。

時系列が入り組んでいるし、作者がちょくちょく顔を出してスターリン収容所で死んだ息子とか関係なさそうな話をするもんだからちょっとややこしいんだけれど、浮気者外科医政治の嵐で一介の窓ふき職人として暮らしているっていう設定の恋愛劇、面白そうでしょ?

ちょくちょく出てくる作者の言葉、これは政治批判というよりも、人間の弱さや神の不在に対する諦念に近い。でも、例えば美しい理念に酔って自己満足に浸る「キッチュ」な態度をはじめとして、クンデラ作品でうまく言語化されていることは多い。個人的純文学は基礎研究だと思っていて、みんな知っているけれども名づけていない(しばしば望ましくない)感情名前を与えることがその役割の一つだ(余談だが、僕は政治的にはかなり左寄りなんだが、リベラルの人が正しさ競争というか、自分がどれだけアンテナ意識が高いかを鼻にかけてしまう瞬間に気づくことがあり、そんなときにたいそう居心地が悪いし、無数の人が実際に正しいかどうか自分の中で検討せずに「価値観アップデート」していくのがプロパガンダみたいですごく怖い。まず自分価値観内面をどうするかは完全に個人問題なのに、価値観思想にまで触れてこようとするのが見知らぬ他人ベタベタした手がどこからともなく伸びてくるみたいだし、何も考えずにアップデートした人たちはバックラッシュが起きたときに結局それに流されて、下手すりゃ前よりも悪化してしまうだろう。たぶんリベラリズムが好きでもリベラリストはそうでもないんだ。閑話休題)。

作者の顔が割と見えるというか、虚構虚構であると割り切っているところがあるのがクンデラメタフィクション風の長編なのだけれど、芥川龍之介の「煙草悪魔」を読んで以来、こういう語り口がすごく好きなのだ。そういうわけで、某創作講座でメタフィクションを書いたら「言い訳しながら小説を書くな」「このままでは一生成功はおぼつかない」とボロクソに貶されたことがある。悲しい。

あとは、登場人物普通にモテるので、そういうのが気に食わない人にはあまりおめしない(というか、クンデラ小説キャラってときおり人生における性的快楽の総量を最大化しようと行動している節がある)。僕がテレビドラマを見ないのもそれが理由だ。自分よりも顔のいい男がモテているのを、労働ですり減って帰って来たあとに見る気にはなれないし、ではモテていなければどうなるかと言えば、自分不器用な振る舞いを指差して笑っていると感じるのである笑。

それはさておいてクンデラ面白かったので何冊か買ったし、再読もした。

1-04「太平洋防波堤/愛人 ラマン/悲しみよ こんにちはマルグリット・デュラス 田中倫郎・清水徹訳/フランソワーズ・サガン 朝吹登水子訳★★/★★/★★

これは読むタイミングがあまりよくなかったなと感じている。というのも、この本を読んでから数年後に、経済的には困っていないか経済的には困っているのだけれども事態解決しようとしない自堕落貴族金持ちの話を読むのが猛烈に好きになった時期があるのだ。たぶん金に困らない奴がうだうだする話が好きになったのはプルースト失われた時を求めて」以来だ。「人間は暇になると恋愛遊戯に走るか、虚飾にまみれた儀礼を作るか、格付けや番付を作り始める」という趣旨磯田道史「殿さまの通信簿」か何かの記述を思い出す。あらすじを調べると、上の感想とはかなり懸け離れてるのだが、読んだ内容と心に残していくものは若干ずれているものだ。

1-05「巨匠とマルガリータミハイル・ブルガーコフ 水野忠夫訳★★★

この話は基本的には悪魔が魔術・幻術で社会をひっかきまわすドタバタなのだが、冒頭の首ちょんぱがお好きならハマる。背景のイエス・キリスト実在とか彼の処刑にかかわったピラトの救済とか(を描いた劇中劇)はわからなくてもいい。勢いがすごい。ブルガーコフはこういうドタバタが多い。強烈なのは犬の心臓」で、これは犬を手術で人間にしたらガラの悪い野郎になって人間権利侵害するようになるんだが、これはどう見ても革命に乗じてやりたい放題やっているならず者風刺である。「運命の卵」は確か放射線かなんかを当てた卵からかえった動物が巨大化して街を襲う怪獣大行進である

自分悪魔の話が好きだ。ゲーテファウスト」のように際限なく願いを叶えるのも好きだし、アシモフ小悪魔アザゼル18の物語」のように、悪魔契約を忠実に守るが穴があり、うまくいか皮肉な結果になったりするのも好きだ。こういうアイロニーというか、破滅運命を避けようとして逆にドツボにハマるのは、ギリシア神話シェイクスピアマクベス」なんかでも見られ、好物だ。

昨今の情勢からロシア文学が好きだとは言いづらいのだが、自分はまちがいなくロシア文学に命を救われている。ドストエフスキーの、激重感情で身が今にもはち切れそうな人々や、自分狂気を強烈な理性で押さえつけてはいものの今にもバランスを崩してしまいそうな人々の存在が、自分のことを受け入れることのできなかった二十代の自分を救ってくれていた。世界平和が訪れたら、サンクトペテルブルク流れる白夜のネヴァ川沿いを歩いてみたい。……とここまで書いて気づいたのだが、ブルガーコフキー出身ゴーゴリと同じくウクライナ文学に分類されるじゃないか! 知識が古いままだとうかつなことが言えない。

1-06「暗夜/戦争の悲しみ」残雪 近藤直子訳/バオ・ニン 井川一久訳★★★/★★

残雪「暗夜」カフカが好きな僕は楽しんだ。基本的に何かが欠落したよくわからない世界で、よくわからない理由翻弄される人間の話が好きだ。これは偏見だが、共産圏映画を含めてこういう不条理作品がひたすらうまい現実が同じくらい不条理からかもしれない。それが理由で、共産主義時代東欧文学映画にハマった時期がある。当時は自分の周りのあらゆることが不条理に感じられていたのだ。とはいえカフカのところでも述べるが、これだけ人が苦しんだということは胸が痛い。当時の僕は自分の悩みと痛みのことしか考えられず、不条理ものを求めて東欧に接近していたのである

バオ・ニン「戦争の悲しみ」はよくわからなかった。これを読んだのが二十歳を迎えるかどうかの頃で、戦争で傷ついた女性がなぜ相手かまわず性交渉を行うようになるかが作品から読み取れなかった。ただ、自分文学から女性の性について学ぼうとし始めた遠因かもしれない。なんで文学から学ぶんだよというツッコミはしないでほしい。他に学ぶルートが無かった。だから偏ったサンプルばかりで、ある程度バランスの取れた、ハッピーな性生活を送っている人はどうなのかが全然からない。だって極端な人じゃないとフィクションにするのって難しいからね。

続く。

2024-12-17

2024年に読んで良かった10冊の本

anond:20241214160546

便乗して5冊挙げようとしたけど絞りきれなかったので倍プッシュした。2024年は1/1から今日までのあいだに315冊読みました。ちなみに、いま読んでる途中なのは上橋菜穂子香君』(2022年)と飛浩隆鹽津城』(2024年)、それに教養系の新書数冊。

ウィリアム・シェイクスピア十二夜』(1600年)

今年はアプリリリース3周年を迎えたウマ娘に突如シーザリオ実装されるというサプライズが起きて、仮にウマ娘化されるとしたら絶対男装の麗人キャラだろうなと思っていたら本当に男装の麗人だったので全俺が歓喜したし、オフザリオの声が可愛すぎませんか……? 俺はああいう透き通ったというか透明感があるというか鈴を転がすようなというか、とにかくそんな感じの声に弱いのだ。身体きもいいしなグヘヘ。シナリオではずっとイチャイチャしてて最高すぎる。俺の嫁Tier最上位です。引けてよかった……! ちゃんと「シーザリオ英雄譚」の称号もゲットしました。チャンミは優勝できなかったけどな! ところで俺は『ハムレットしかシェイクスピア作品を読んだことがなかったので、良い機会だということでシーザリオ名前元ネタになった『十二夜』を読んでみることにした。男装の麗人、すれちがう恋心、よく似た兄妹の人違い、と来てお前女だったのかからハッピーエンドで終わる、まあテンプレ通りのラブコメだったんだけどひょっとしてこれがラブコメテンプレになったやつだったりします? 偉大すぎでは。っていうか「十二夜」って、古代ローマのサートゥルナーリア祭をもとにした公現祭エピファネイア)のことだったんだ……。ほかにも『リア王』『マクベス』『リチャード三世』『お気に召すまま』『ジュリアス・シーザー』『夏の夜の夢』を読んだんだけど、いちばん好きなのは十二夜』です、はい。「僕は僕が演じているものではありません」っていう台詞すき(小並感)。

ところでシェイクスピアといえば、古河絶水『かくて謀反の冬は去り』(2023年)というラノベシェイクスピアパロディなのね。『リチャード三世』をパロった1巻を読んだときにはまったく気づいてなくて、あとがきを読んで「これシェイクスピアだったんだ」となり、元ネタを読んだらめっちゃからさまだったし、今年出た2巻はもう露骨に『マクベスオマージュで、さら二・二六事件三島由紀夫割腹自殺などのネタも盛り込まれていて非常に楽しく読めた。古代日本風ファンタジィ(e.g. 沢村凜黄金の王 白銀の王』)とか、近代日本モチーフミリタリもの(e.g. 佐藤大輔皇国の守護者』)とかはよく見かけるけど、人名とか文化とかが古代日本風なのにテクノロジが近代風な政治劇というのはなかなかなかったように思うので新鮮というか、「その手があったか!」という感じだ。笑いとシリアスバランスが良く、裏の裏をかくサスペンスが繰り広げられて、続きが非常に楽しみな作品なのですごくすごいオススメです(語彙力トプロ)。そういえば春先にはちょうど前年に文庫落ちしたホルヘ・ルイス・ボルヘスの『シェイクスピア記憶』(1980年)も読んだんだった。俺の中で今年はシェイクスピア元年ということで。

ジョン・ステュアート・ミル自由論』(1859年)

自分ではリベラル派のつもりなんだけど、実はちゃん原典を読んだことがなかったので読んでみた。日本でいうと幕末に書かれた本なのに「そうだよ~~~それだよ~~~!!!1!」と同意するところが非常に多かったので、自分は根っから自由主義者なんだと再確認。みんなも(本来意味での)リベラリストになろうぜ。リベラリズム関連だと、ほかに井上達夫リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』(2015年)を読んだ。ラディカルだが筋が通っている。ところで著者がアメリカ留学してたときに「なんで日本人がリベラリズム研究を?」って言われたというエピソードがちっともリベラルではなくてドン引きしたというか、あいつらひょっとして自由主義人類普遍原理ではなく西洋文化かなにかだとでも思ってんの? 人類普遍原理じゃないならなんでヨソの文化圏に押し付けてもいいと思えるんだ。非西洋自由主義者としては不愉快

ノーラエレングロース『みんなが手話で話した島』(1985年

もんのすごい面白い。話には聞いていたマーサズ・ヴィンヤード島の手話についての本。この島ではかつては高確率で聾の子供が生まれたため、島のほぼ全員が手話を身に着けていて、ときには聴者どうしが手話で話すこともあった。したがって耳の聞こえない人たちも完全に社会統合されていて、社会的な不利益を受けることはなかった。この島では聾であることはただの様々な個人の特徴のうちのひとつであって、それが重大な意味を持っているとはみなされていなかった。たとえば以下の会話のように。

「アイゼイアとデイヴィッドについて、何か共通することを覚えていますか」

「もちろん、覚えていますとも。二人とも腕っこきの漁師でした。本当に腕のいい漁師でした」

「ひょっとして、お二人とも聾だったのではありませんか」

「そうそう、いわれてみればその通りでした。二人とも聾だったのです。何ということでしょう。すっかり忘れてしまうなんて」

島の出身者にとって、彼らはまずもって漁師であり、聾であることは、そういえば耳が聞こえなかったね、という程度のものしかなかったということだ。この本を読むと、なるほど障害社会モデルは正しいのだなぁと納得してしまう。手話共通語として存在した共同体のあり方をインタヴューと文献調査によって復元していく社会史的な面白さに加えて、途中では島民の聾の起源近世イングランドにまで遡って明らかにしていくという謎解きの面白さも味わえる。まさか手話の本読んでてジョージダウニングダウニング街の由来)とかサミュエル・ピープス日記を遺したことで有名)とかの名前が出てくるとは思わないじゃん。そしてこの「手話楽園」が徐々に崩壊し、終焉へと向かう過程寂寥感にあふれている。今年読んだノンフィクションでは一番ですわ。超オススメ

綾辻行人十角館の殺人』(1987年

まだ読んでませんでしたテヘペロ最初読んだときは「衝撃の一文」の意味がわからず、ああ、あれって襲名制でこいつは先代なんだ、って一瞬勘違いしちゃったんだけど、独白が始まるにつれて鳥肌立った。お、お前~~~~~~!!!1!! 小説としての出来は正直言って荒削りで、お世辞にも上手いとは言いがたいのだけれど、謎解きとしての衝撃は絶大ですわ。なるほどこれが新本格の先駆けか……。そういうことでちょぼちょぼと館シリーズを読み始めてます。いま人形館の途中。

うそう、本作がきっかけで○○○○○○の『○○殺人事件』(1929年)も読みました。タイトルだけ読んで中世ヨーロッパ舞台にした歴史ミステリなのかと思ってたら全然違ったわ。あなたの「○○」はどこから? 僕は、『電脳山荘殺人事件から! っていうか本作を読んで学生時代に読んだ米澤穂信インシテミル』(2007年)のなかで意味がよくわからなかった一節の意味をようやく理解した(岩井読書マウント取るシーン)。『○○殺人事件』のあとがきとか「読者への挑戦」とかそういうコーナーで作者が自己紹介する文があるものだとばかり思ってたけど、本作を指してたのかよ!

サイモン・ホロビンスペリング英語史』(2013年

英語への解像度が上がった1冊。英語スペリングに悩まされ、「俺は日本から出ないか英語は要らない!」と高校時代放言しておきながらいまは英語をそれなりに使う仕事をしている者からすると、かつて味わった理不尽の謎解きという意味ですごく面白かったし、何というか、あの理不尽の背後にはこんな歴史があったのか……と知ることで、英語への愛情のようなものが増した気がする。「世界共通語」とか呼ばれて出羽守から持て囃される帝国主義的な覇権言語としての英語は相変わらず好きになれそうもないが、しかし、ヨーロッパの片隅にある島で数奇な歴史を辿ってきた言語としての英語のことは割と好きになれる、そんな本だった。

菅浩江放課後のプレアデス みなとの星宙』(2015年

アニメを見た直後に読んでおけばよかったシリーズ。名作ジュヴナイルSFアニメ放課後のプレアデス』のノベライズなんだけど、キャラクタの掘り下げが完璧すぎる。みなとという謎めいた存在に丁寧に肉付けして、彼がプレアデス星人出会って闇堕ちしすばるに救われるまでの過程説得力をもって再構成していてすごくすごい(語彙力)。主題歌引用タイミング完璧すぎるだろ(「Stella-rium」は名曲からみんな聴こうな)。そして、あおい、ひかる、いつき、ななこといったキャラクタの名前漢字が当てられていくところは本当にゾクゾクした。これオリジナル設定ってマ? 佐伯昭志リリカルアニメを『永遠の森』『そばかすフィギュア』の菅浩江ノベライズするなら、そんなのもう心が洗われるような名作にしかならんわけで。読み終えたあとにまたアニメを見たくなる、そんな素敵なノベライズだった。大好き。

ジェリー・Z・ミュラー『測りすぎ』(2018年

数値の測定は大事なことだが、それが濫用された結果どうなるのかという事例が色々と挙げられていて、この本末転倒感は日本でよくあるやつだ……! と思ったらだいたいアメリカの事例なので人類を滅ぼすしかない。この問題で難しいのは適度な測定には意味や意義があることで(たとえば、論文の本数が重視されるようになった結果薄っぺら論文が量産されるようになるのはよくないが、ちっとも論文を書いていないひとに多額の研究費が配分されるのはおかしい、というお気持ち)、測定なんて意味がないとは言い切れないことだが、本書の著者は最後に「測定のまっとうな使い方」のための指針を提示していて、この増田で挙げた本のなかでは一番実用性が高い。「測定は判断の代わりにはならない。測定は、判断要するものだ」という金言政策決定にあたるひとたちには噛み締めてほしいなと。

白鳥士郎りゅうおうのおしごと!18』(2023年

こっちはJ. S. ミルじゃなくてJS見る。5巻くらいで読むのやめてたシリーズなんだけど読むの再開したらすごく面白くてハマってしまった。人工知能によって将棋が終わってしまったという夜叉神天衣と九頭竜八一の抱く絶望と諦念を、雛鶴あいと神鍋歩夢というそれぞれのライバルねじ伏せていく、めっちゃ骨太将棋小説じゃん……。ただのロリ小説と思わせておいて、いや実際にロリ小説でもあるんだけど(ロリホームって何だよ)、AIという最新のテーマに向き合って「解」を提示してみせる胸熱将棋小説でもあるというギャップが俺を狂わせる。すげー面白いっすわ。

ところで、さんざ褒めておきながら将棋の定跡とか全然わからんのは秘密だ。ひ、『ヒカルの碁』も盤面わかんなくても読めてたし……(震え声)

米澤穂信『冬期限定ボンボンショコラ事件』(2024年

小市民シリーズの完結編。ずっと追いかけてきたシリーズの終わりが見れて感無量すぎる。読み始めたの高校の頃とかだからマジで20年越しなんだよな。『春期限定いちごタルト事件』の序盤で示唆された、小鳩くんが出しゃばって不興を買ってしまった過去事件が描かれていて、20年越しの伏線回収が嬉しすぎる。

「なあ。おまえ、鬱陶しいよ」

これってこういう文脈でのことだったのか~~~~~とか、互恵関係! 互恵関係きた! これで勝つる! とか、〈小市民シリーズ過去が明かされていく展開を味わって読んでいたらそれが小鳩くんの遭った事故と徐々に繋がっていく過程は流石のよねぽだった。本作で〈小市民シリーズは綺麗に完結したわけだけど、これ短編集もう1冊くらいいけるんじゃないですか? という気持ちになってしまう。読みたいよ~~~~小鳩くんと小佐内さんの物語もっと読みたいよ~~~~~~~~!!!1!!

かまど&みくのしん『本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む』(2024年

オモコロ話題になってたみくのしんの読書録。一文一文を噛みしめるように丁寧に読んでいてすごい。国語の授業が苦手だったみたいなこと言ってるけど、マジで正統的な国語の授業みたいな読み方してるのすごすぎるでしょ。そしてこの本を読んで「一文一文を噛みしめることなくただ数だけを積み上げてきた俺の読書とは空虚ものではないのか……」という敗北感に囚われていたところに次の文がすっと差しまれてくるのです。

本が読めないと尻込みしていた男を「正しい読み方なんてないから」と、訳知り顔で励ましておいて、いざ自分のこととなると、ちっぽけ呼ばわりなんて本末転倒じゃないか

本書はみくのしんの読書追体験であると同時に、本好きへのエールでもあると感じた。本には色んな読み方の可能性があって、すごく自由ものなんだということ。それを思い出させてくれる、とても良い本だった。ありがとう

2024-12-11

はてブになんでベトナム人クルド人ブクマカいないの?

コンビニバイトとかベトナム人だらけなのになんではてブはいないのか?

ブクマって多様性が大好きなリベラリストばっかりなんでしょ?

なのになんで人口構成より明らかに移民労働者が少ないの?

本当は排他的な人たちばっかりだったりする?

2024-11-16

内心ではフランス料理が振る舞われている。カトラリーが並んでいて外側から順番に、リベラリストなら内側から順番に使っていく。でも実際はどのフォークをいつ使ってもよくて、スプーンで肉を切ったっていいんだ。

環境から物理的で強烈なストレスを与えられていない限り、自分の心が傷つくのは自分ナイフで切っているからだ。

例えば自分で設定したプライドを、自分の心の中で勝手に踏みにじったりして被害者面してる。もっと大きく構えろ、ナイフで小さく切り分けろプライドを。

もちろんプライド向上心のもとになるわけだから、そういうふうに使いたきゃそう使える。

心の中のフランス料理はどう食べたっていい。キッチンに殴り込んで出されてもいないデザートを食うくらいの大胆さを見せろ。

2024-11-05

リベラル」の意味教えて

検索して出てくる「自由」「自由主義」とかそういうのじゃなくて、

所謂揶揄されがちな「リベラル」「リベラリスト」ってどういう事を言うのか知りたいんだ。

教えてくれたらエッチ画像うpする。

2024-10-08

NTUYのSEGAWASHIN、中国でのBL人気に無言を貫く

「中国に帰りたいと思うこともあるけど、日本にいればBLが読める…」重く響く言葉。(日本の月はまるく見える)【漫画小ネタ集】

中国、厳しい検閲下でBLブーム 日本や欧州、世界に進出

検閲があってもBLを描く真摯創作者がいるように、本邦でも著作家の恥を知らずな者もいる。

だいたい日本に中国並みの検閲があったところで今の我々の創作がどの程度不自由被るのよ?

自分コメント責任ももてないこの男はナチス親衛隊歴史修正主義 パウルカレル擁護した小林源文賞賛したり大阪戦術核を落としたいと述べるなどネオナチトランプ支持者のごときレイシストだ。

id:segawashin 一切の文脈無視するなら、これぐらいの歳の大御所が変に萌えに媚びるよりはこれぐらい分からず屋であってくれた方がまだ好感が持てる。もちろん若い世代は大いに反発すればいい。

id:hhasegawa #ところで艦これ厨は滅ぼされねばならない #艦これ亡国ストパン天魔ガルパン無間とうらぶ国賊 事例。相変わらず、どんな内容に対しても判で押したように萌え絵をくっつけねば気が済まない連中がいるわけである。

なお長谷川氏はドイツ関連の学者である。嫌いなものを叩くためならナチス擁護

こんな男が左派だのリベラリストとして語られるのが恥ずかしくてならない。

自称蝦夷末裔らしいが、それが真実なら彼は陸奥ウヨとか蝦夷ナチとでもいうのが正しいだろうか?

2024-08-16

anond:20240816183850

はてサ

はてなサービスを利用する左翼思想

大きなカテゴリで下位カテゴリにはてフェミやはて共も含まれ

穏当左翼も少なくないが声の大きい急進左翼が悪目立ちする

共通項として反自民党の傾向がある

はてフェミ

フェミニストと言えばフェミニスト

女性権利の拡大のみにしか興味がなく男性蔑視にまで走ってしま場合もあり、「フェミニズムはヒューマニズム」という声を聞こえないふりしている

最近ははて共と仲が良く、都知事選蓮舫支持で共闘していた

はて共

はてなサービスを利用する日本共産党支持者

穏当左翼言論にぬるっと乗り入れては日本共産党を持ち上げる傾向にある

最近は「日本共産党リベラル」と発言したり、「日教組連合から抜けろ」と主張したり、立民の泉と野田も気に食わない、野党共闘激推しする

はてサ(穏当)

はてサの中では一番人口が多いと思われる層

立憲民主党に期待を寄せるものの、はてサ(穏当)自身が「えっ・・・なんで・・・?」と呆れる行動を取る立民に困惑する日々を送る

連合に関しては是々非々で語る傾向があるものの、正直言って最近の立民の言動を見れば連合対応理解できなくはないと思ってる

野党共闘やっぱりダメじゃん」という意見が主流化しつつある

はてサ(IT)

情報技術に詳しいインターネット左翼

オープンソースソフトウェアなどが大好きでMicrosoftAppleバカにするのが趣味、古いコンピュータ過去ネットワークコミュニティにも詳しい

元来は社会政治思想に詳しいわけではないので新しい世代はてサに押され気味、基本的にはリーナスRMSっぽいことを喋る

はてなコンピュータに詳しそうなのにMaciPhoneを茶化しているのは大体この層

「こいつらリベラリストじゃなくてリバタリアンなんじゃないか?」と言われてしまうこともある

絶滅危惧種である

2024-07-27

はてサ、はてフェミ、はて共、はてサ(穏当)、はてサ(IT)

はてサ

はてなサービスを利用する左翼思想

大きなカテゴリで下位カテゴリにはてフェミやはて共も含まれ

穏当左翼も少なくないが声の大きい急進左翼が悪目立ちする

共通項として反自民党の傾向がある

はてフェミ

フェミニストと言えばフェミニスト

女性権利の拡大のみにしか興味がなく男性蔑視にまで走ってしま場合もあり、「フェミニズムはヒューマニズム」という声を聞こえないふりしている

最近ははて共と仲が良く、都知事選蓮舫支持で共闘していた

はて共

はてなサービスを利用する日本共産党支持者

穏当左翼言論にぬるっと乗り入れては日本共産党を持ち上げる傾向にある

最近は「日本共産党リベラル」と発言したり、「日教組連合から抜けろ」と主張したり、立民の泉と野田も気に食わない、野党共闘激推しする

はてサ(穏当)

はてサの中では一番人口が多いと思われる層

立憲民主党に期待を寄せるものの、はてサ(穏当)自身が「えっ・・・なんで・・・?」と呆れる行動を取る立民に困惑する日々を送る

連合に関しては是々非々で語る傾向があるものの、正直言って最近の立民の言動を見れば連合対応理解できなくはないと思ってる

野党共闘やっぱりダメじゃん」という意見が主流化しつつある

はてサ(IT)

情報技術に詳しいインターネット左翼

オープンソースソフトウェアなどが大好きでMicrosoftAppleバカにするのが趣味、古いコンピュータ過去ネットワークコミュニティにも詳しい

元来は社会政治思想に詳しいわけではないので新しい世代はてサに押され気味、基本的にはリーナスRMSっぽいことを喋る

はてなコンピュータに詳しそうなのにMaciPhoneを茶化しているのは大体この層

「こいつらリベラリストじゃなくてリバタリアンなんじゃないか?」と言われてしまうこともある

絶滅危惧種である

2024-07-10

anond:20240709224906

思想じゃ無くてプレイヤーを見てるから見限るとか見限らないとかいう発想になる。

自称リベラルあんな輩だからといってリベラリズムを見限る道理は全く無く、従って自称リベラルあんな輩であることは己がリベラリストであることに何ら影響を与えない。

2024-07-07

勝てない候補者投票する意味(ワイの場合

anond:20240707165151

2024-06-29

anond:20240628220617

好きなSSの一節

かつて、ダーシャは良識派軍人を「自由の敵と戦うことが自由主義。平和の敵と戦うことが平和主義」と評した。今の同盟に当てはまる言葉だ。他者自由尊重する者ではなく、自由の敵を憎む者がリベラリストを名乗る。争いを嫌う者ではなく、平和の敵を憎む者が平和主義者を名乗る。同胞を愛する者ではなく、異端者を憎む者が愛国者を名乗る。伝統を愛する者ではなく、伝統に従わない者を憎む者が保守主義者を名乗る。何かを愛することではなく、何かを憎むことが信念の表明になってしまう。

2024-06-21

都知事選に変なヤツが多いことを歓迎しないのは時代遅れ

女装して生活したい人とか同性愛者なんて「常識からしたら変でしかないし

精神的な障害を抱える人に非常識な人がたくさんいるし、

障害の枠組みに当てはまらない非常識な人もたくさんいる。

そういうのを認めて受け入れましょうってのが多様性のある社会であって

問題のある人も排除せずにコストをかけて受け入れてきましょうってなってるわけじゃん?

お利口なリベラリストさんはテンプレに当てはまる変な人だけ考えてれば気が楽なのかもしれないけど社会はそうじゃないし

空飛ぶスパゲッティ・モンスター教を掲げて立候補しようと多様性であって

都知事選に変な政治的主張をする人が増えたなら喜ぶべきなんだよ。

ハッキリ言って、君たちが真面目でお硬い人だけが政治家になるべきってのアンコンシャスバイアスだからね?

ゴミみたいな人格と経歴だろうと国民民主的に選ぶことが全て。

インテリぶってる人は根本的なことを勘違いしてる。

2024-05-18

anond:20240518221259

お前の勤めるブラック企業のことは知ったことじゃないが

うちの部下(男)は1年育休取ってて(進行形保育園次第じゃ最大3年とかぬかしてたぞ

JTC系列でこれなんだからお前の常識日本のクソブラック非常識だろ。

正直ワイに仕事負担のしかかって迷惑しかないけど

リベラリストのワイとしては認めるべきだから普通に休んでていいに決まってる

2024-03-16

憎悪と分断の連鎖、そんなに悪いことなのかな

一部の属性に向けてリベラリストフェミニストが発した激しい言葉収集して、そのままの内容でSNSで発信してる。

そしたら、社会憎悪と分断の連鎖をあおるな!と怒られた。

てか世の中をよくするための言葉なのに(少なくとも元の発言者はそれを意図してるはず)、発信して怒られる筋合いが分からない。

あえて憎悪と分断を連鎖することでガラガラポンするやり方、もっと認めて欲しい。

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