はてなキーワード: ビジネス書とは
本文
中3の公民、バカにしちゃいけない。ここには「社会のしくみ」が詰まっている。
憲法、税金、選挙、三権分立、社会保障…。大人になってからこそ、「あの制度ってそういう意味だったのか!」と膝を打つこと間違いなし。
特に「権利と義務」「民主主義」「国際社会」の章は、現代社会を生き抜くための教養の宝庫だ。
これを理解してない奴は中学卒業の資格なし。つまり義務教育を履修してないも同然。三流日本人だ。
ポイント: ニュースや政治に振り回されない“思考の土台”ができる。
DNA、細胞、免疫、代謝、進化…。日常の裏側にある“命の仕組み”を理解するだけで、自分と世界の見方がガラッと変わる。
コロナ禍でおきた様々な陰謀論、それによって生物学的な基礎知識の低さが明白になった。
お前ら勉強し直してください。マジであなた達の生物学教養は終わっておりました。マジで勉強しろ。
ポイント: 哲学書よりも人間理解が深まる、究極のサイエンス読本。
小6国語には、名作・名文がズラリと並んでいる。太宰治、宮沢賢治、新美南吉、寺田寅彦…。文章を“読む力”と“感じる力”を育てるのは、この時期の国語に勝るものなし。
読解力、想像力、表現力…すべての土台はここにある。ビジネス書を100冊読むより、小6国語を読み返したほうが確実に賢くなる。
小5未満は簡単すぎる。中1以降は+αや落穂拾いの意識が強すぎる。
「小学校卒業までに絶対読んで欲しい!!!だけど子どもの読解力が育つまで待たなきゃ!!」というジレンマの果てに選ばれた名作が詰まっている。
ベスト3には入れなかったが、「地味すぎて誰も注目してないけど、読んでおくと人生が整う」そんな教材がある。
それが、小学校低学年向けの 算数ドリル と 漢字ドリル だ。
「いまさら足し算引き算?」「漢字の書き取りなんて小学生レベルでしょ?」と思ったあなた。甘い。
数字感覚の基礎中の基礎。「10のまとまり」「繰り上がり・繰り下がり」をナメていると、家計簿も確定申告も迷子になる。
出来て当たり前、じゃあ100マス計算何秒で出来ますか?そのスピードがそのまま計算力の土台になるし、そこでかましたミスがそのままミスの土台になる。
簡単なようでいて、実は現代人の語彙力の半分はこのあたりにある。「道」「早」「明」「会」…日常の言葉を“正しく書ける・読める”だけで、文章力と思考力が変わる。
簡単な漢字の書き順を間違えてるやつは全ての漢字の書き順を間違える。そして会議中に「クスクス……うちの子が出来ることも出来ないんだ……」と笑われるのだ。
絵を描く能力もストーリーを考える能力もないのに、漫画家として成功した自分を想像することがある。
プログラミングもできないのにITで成功してTEDで講演しXで老害(と見做されている著名人)を論破したり、弱者を切り捨てる発言を堂々と言い切る自分を想像することがある。
作曲はおろか楽器すら触れないのに、シンガーソングライターになって武道館で大勢の観客の前で自分で作詞して作曲した歌(ミセスか髭男の歌)を歌って歓声を浴びる姿を想像することがある。
宇宙に関する歴史に残る発見をして、ノーベル物理学賞を受賞してスピーチをし、子供向け教育テレビでサイエンスコミュニケーターをする姿を想像することがある。
医者になってプロフェッショナルに出演する自分の姿を想像することがある。
上記の想像は仕事に向かう電車の中、帰りの電車の中、布団の中などで行われる。
その瞬間はとても楽しく日々の苦労と虚しさを忘れられる瞬間だ。
俺は田舎に生まれ地元公立小学校・中学校を卒業した。近所で学校名を言えば誰もが「すごいね」と言ってくれる県立進学校に進み、旧帝大・上位国立理系・慶應を除く大抵の人が「すごいね」と言ってくれる私立大学の法学部を卒業し、大手メーカーに入社した。
昔は自分のことが大好きだった。
頭が良くて、足が速くて、ドッジボールが得意で、サッカーも上手で、人気者の自分が大好きだった。
小中学生の頃、休み時間にイラストを描いているクラスメートをよく馬鹿にしていたし、自分は彼らが嫌いで見下していた。
高校時代、バンドをやってる奴らは本当はサッカーや野球で活躍して女の子にモテたいのだと思っていた。
それ以外の奴らもそうだ。
パソコンやアニメや科学の世界に逃げ込んで自分たちの世界に閉じこもって生きているのだと思っていた。
理系学部はカッコ悪いと思っており、医学部は学力的に無理で、かと言って文学部は人生終わりだろと考えていた。
だから母校の政治経済学部と法学部、慶應義塾大学の経済学部と法学部を受験した。
自分のことを好きじゃなくなったのは大学2年の終わり頃だった。
先輩たちが就活に励み話を聞く中で、自分も来年に向けて備えようと本屋に行き、参考書コーナーと漫画コーナー以外のコーナーを初めてまともに散策した。
ビジネス書のコーナーでイーロン・マスクを知り、そこからマークザッカーバーグやビルゲイツの存在ややってきたことを知った。
彼らの持つ技術や功績、名声が自分の能力では手に入らないものであると知り、自分にコンプレックスを持った。
就活が本格的に始まると、自分が見下していたMARCHや日東駒専の文系学生と自分の間に何らの格差もないことを知った。
英語、国語、世界史だけで入れる大学とそこで学ぶものにはなんの価値もないことがわかった。
そこに何の価値も見出すことができない。
価値は存在するのだろうが、あまりにも細分化されすぎており、一つ一つの作業工程に価値を見出すことができない。
こんなことをしないと生活費を稼ぐことができない自分が恥ずかしい。
自分が惨めだ。
俺があんなにも見下していた人たちが持っている技術や知識、経験が羨ましくて仕方がない。
大学時代、俺が彼女にはできないプレイをするために手懐けていたサークルの同期のセフレがいた。
その子は俺のことが好きだと何度も言った。
俺の彼女になりたいと何度も言った。
俺はそう言われる自分のことが大好きだったし、彼女のことは見下していた。
彼女は俺が無価値な人間であることに気がついたのだ。だから何の未練もなく他の、もっと有能で価値のある男を選んだ。
そう思うと、自分が惨めになる。
今交際している自分の彼女まで、無価値な男を選んでいる無価値な女に見える。
みんなと同じことをしていても価値がない。
俺はサッカーが得意だったが、所詮は田舎の公立中高で1年生からミッドフィルダーとして試合に出られるくらいのものでしかなかった。
それで生きていくことはできない。
大多数の人が目をつけていない、やっていないことに対して目をつけ、人より早く始めてこそ、凡人とは違うスキルを身につけて人生を豊かにすることができる。
春の雨が止んだ夕暮れ、就活帰りの芽衣は傘をたたみながらマンションの前で深呼吸した。二十四歳の兄・俊と二十二歳の芽衣は、この四月から一緒に暮らしている。きっかけは単純だった。東京での部屋探しに行き詰まった芽衣が「お兄ちゃんと住めば安心だよね」と漏らし、俊も「俺も一人よりは助かる」と応じた。
けれど本当の理由はもっと根の深いもの――幼い頃から続く、互いへの依存だった。
両親は共働きで家を空けがちだった。小学三年生の夜、芽衣が高熱で泣きじゃくったとき、俊は水枕を作り、額に貼る冷えピタを薬箱から探し出し、朝まで横に座っていてくれた。芽衣の記憶に焼き付いたのは、熱と寒気より、そのとき握り返された手の温度だった。それ以来、芽衣は何かあれば兄を呼び、俊は呼ばれずとも飛んできた。
進学で一度は離れたものの、電話やメッセージで毎日状況を報告し合い、些細な決断――夜食のカップ麺を選ぶ程度のことすら相談してきた。だから同棲は自然の成り行きに思えた。
だが生活が始まってみると、ふたりの「自然」は常識から外れていた。芽衣は朝、俊が淹れるコーヒーの香りでやっと目を覚まし、俊は芽衣が帰るまで晩ごはんに箸をつけない。スーパーの特売日にふたりの予定が噛み合わず買い物へ行けないと、冷蔵庫が空になってもインスタント食品を買おうとはしなかった。
居間の壁に掛かったホワイトボードには、緻密なタイムテーブルが書かれている。起床、出勤、帰宅、入浴――歯磨きの時間までびっしり。同じタイミングで同じことをし、同じシーンで笑い、同じ場所が好き。予定の空白はふたりの不安を刺激するから、徹底的に埋められていた。
五月初旬、俊の職場で飲み会があった。「二次会はどう?」と誘われた俊は時計を見た。芽衣が面接で遅くなる日だから、帰宅時間は二十二時を超える。ホワイトボードの「二十一時・再集合」に間に合わない。
結局、俊は一次会で席を立った。彼のスマホには芽衣からの「着いたよ。緊張で吐きそう」というメッセージが届いていた。俊は駅まで走り、改札口で妹を見つけると、背筋が緩んだ。芽衣も兄の顔を見てやっと笑う。互いの不安を打ち消すのは、相手の存在だけだった。
けれど社会はふたりの都合で動かない。六月、俊は大手クライアントとの打ち合わせを命じられた。地方支社で二泊三日。部長は「滞りない進行には君が一番」と微笑んだが、俊の心臓は縮む。出張当日の朝、芽衣は無理に笑顔を作り「お土産、黒豆饅頭でいいよ」と言ったが、声は震えていた。
新幹線がトンネルに入るたび、俊のスマホは振動した。家事の手順、ゴミの分別、炊飯器のスイッチ――芽衣からの質問が止まらない。返信しなければ妹が泣く気がして、商談の資料に視線が定まらない。結局、俊は二日目の夜に発熱し、上司に許可を得て一日早く帰京した。マンションの玄関に崩れた俊を抱きしめながら、芽衣は「ごめんね、私が弱いから」と嗚咽した。
事件は七月に起きた。芽衣の内定先から「配属先は名古屋支社」と連絡があったのだ。面談室で通知を受けた瞬間、芽衣の視界は真っ白になり、そのまま過呼吸で倒れた。搬送先の病院に駆けつけた俊は、点滴台のそばで涙を拭う妹に「大丈夫。辞退しよう」と囁いた。
ところが医師は「お兄さんも一緒に暮らしているの? 少し病的な依存があるね」と指摘し、心理カウンセラーを紹介した。俊は反発した。自分たちは家族だ、助け合っているだけだ、と。しかし芽衣はベッドで顔を覆い「私たち、普通じゃないのかな」と震えた。
カウンセリングは八月から始まった。最初の面談で、カウンセラーは白紙のメモに縦線を引き、左に「俊くんの人生」、右に「芽衣さんの人生」と書いた。
セッションでは宿題が出た。「週に一度、互いに相談せず決断してみる」。芽衣は美容院を予約し、俊は映画をひとりで観に行った。初回はどちらも胸が締めつけられ、スマホを何度も開いたが、二回目、三回目と回数を重ねるうちに、未知の風が入り込む感覚が芽生えた。
九月の終わり、俊は職場の同期・沙織に誘われて、趣味のランニングサークルに参加した。芽衣は週末に同僚と鎌倉へ日帰り旅行に出た。リュックに兄の分の水を入れなくてもいい身軽さと、砂浜を歩きながら響く潮騒が、彼女の胸を満たす。夕暮れ、集合写真を撮る頃には、兄に報告しなければという焦りが少し薄れていた。
一方、俊のスマホに届いたのは芽衣の「海の写真だよ。お兄ちゃんも走るの頑張って」。文章の終わりにハートマークはなかった。それを見て、俊は短い安堵を覚えた。
秋が深まり、マンションの壁に貼ったホワイトボードは半分が空白になった。芽衣は自室の本棚に就活で読んだビジネス書を並べ、俊はキッチンに好きなミュージシャンのポスターを貼った。カウンセラーは「良い変化ですね。境界線は線ではなく、ゆるやかなグラデーションでいい」と微笑んだ。
相変わらず同居は続いている。ただ、食卓の椅子は向かい合わせではなく、斜めに配置した。視線を逸らせる角度が必要だと気づいたからだ。
十二月、ベランダに出た兄妹は凍る夜気に肩を寄せた。街のイルミネーションが遠くで瞬く。「来年、名古屋に行ってみようかな」と芽衣がぽつりと言う。胃の奥が冷たくなる感覚に俊は怯えたが、すぐには首を振らなかった。
それが、自分の言葉として驚くほど自然に出た。芽衣は小さく笑い「まだ怖いけど、そう言ってくれると少し平気」と答えた。
ふたりはまだ完全に自立したわけではない。深夜に悪夢で目覚めれば、どちらかの部屋の灯りがつく。だがドアをノックし、一拍置いてから入るようになった。ささやかな境界が、互いを守るフェンスになっている。
年明けには、またボードを更新する予定だ。今度は空白を恐れず、余白のまま壁に残すつもりだと俊は言った。芽衣も頷く。余白には、ふたりそれぞれの未来が描き込まれるはずだ。
兄妹で同棲することにした――その選択は、依存の檻にも、再出発のアパートにもなり得る。どちらにするかは、これからの彼ら次第だ。
そんなあなたに寄り添い、価値観や自分自身を見つめ直す助けになるような本をいくつかご紹介します。
1. 『愛するということ』エーリッヒ・フロム
金銭的なものではなく、“どう人を愛するか”、“本当に人とつながるとはどういうことか”を深く掘り下げた本。友情や愛情における本質的な価値観を見つめ直すきっかけになります。
2. 『やさしさを忘れぬうちに』川上未映子
繊細な心の揺れ動きや、人間関係の複雑さに丁寧に向き合う短編集。今のあなたの「言葉にしづらい気持ち」を代弁してくれるような物語が詰まっています。
変化していく人間関係を、どう受け入れて、自分の心を穏やかに保つかを考えさせてくれるエッセイ。「変わっていく相手を否定しない。でも自分を犠牲にしない」そんなバランスを探している方に。
一見ビジネス書ですが、「本当のつながりとは何か」「お金や成功とは何か」について著者の実体験を通して描かれていて、自分の人生の軸を再確認するヒントになります。
誰かと一緒にいられなくても、自分を丁寧に扱って生きていく姿勢を静かに教えてくれる本。孤独を恐れず、でも人を大切にする心は忘れない、そんなバランス感覚が伝わってきます。
「人と違っても、自分らしく生きるってどういうこと?」という問いに向き合う一冊。シンプルで読みやすいけれど、芯のあるメッセージが込められています。無理して他人に合わせず、でも人を大切に思うあなたにぴったり。
7. 『傷つきやすい人のための 図太くなれる禅思考』枡野俊明
人間関係で心がチクチクする人におすすめ。禅の考えをもとに、「今のままの自分でいい」と思えるようになる、気持ちを整えるための本です。金銭的な違いに悩む彼女の“罪悪感”や“孤独感”をそっとほぐしてくれます。
「お金」というものが人間関係にどう影響するか、価値観の違いが生まれたときにどう受け止めるかを、やさしい言葉で綴っています。あなたの後ろめたさ”や“申し訳なさ”を少し軽くしてくれるかもしれません。
作家・森鴎外の娘である森茉莉が描く、何気ない日常をいとおしむ贅沢な感性。お金はなくても、感性や美意識で豊かに生きる彼女の姿勢に、「一番高いコースじゃなくても素敵な時間は作れる」と思えるはず。
少しファンタジー要素のある小説。静かで切なくて、美しくて、読後に不思議な温かさが残ります。変わってしまうもの・手放すことへの寂しさを、やさしく物語の形で受け止めたい人に。
なんかこう第二次性徴あたりの連中に「俺だけはこの良さが分かる」みたいに刺さりそうな雰囲気だけはあるけどさ。
散々盛り上げてからドカンとバッドエンドを叩きつけることで逆方向のカタルシスを生み出そうって発想がなんていうかこう、あまりこういう作品に慣れてない子供相手にインプリンティング狙ってるなあと。
物語的な主人公補正を最後にいきなりフラっと切り離して、陰鬱な終わり方にすることで「これぞリアル(ニチャァ」ってかましてくるの。
深夜アニメの視聴者層が全体的に高齢化してきて(今の若い子はアニメよりもVに夢中なので)、結果的に疲れたオッサンに「リアルとか辛いよね。幸せな夢に逃げようね」するアニメが増えて廃れていった感じの作劇方法。
まあ結構古い作品だから仕方ないんだけどさ、やっぱこう令和に見ると「うわぁ~~~古典って感じ~~~~」なのよね。
これをやたら持ち上げてるインターネットの人達って最近の本読んでないんじゃないかな?
# 前提条件:
# 実行指示:
{書籍のジャンル}である{書籍タイトル}の書籍を作成するために、
{本の目次}の{今回作成する章}の内容{今回作成する章の内容}を、
[#出力フォーマット]を参考に、{スタイルやトーン}で執筆してください。
各セクションは最低でも{各セクションの最低文字数}文字以上で記述してください。
# 情報:
年齢: 28-35歳
職業: 戦略コンサルタント、投資銀行家、起業家などエリートビジネスパーソン
興味関心: 世界史、地政学、テクノロジー、ビジネス戦略、未来社会
"
職業: 歴史哲学者、科学思想史家、数理生物学者、計算論的精神医学研究所所属
専門知識: 歴史学(世界史、文明史)、地理学、生物学(進化生物学、疫学)、数学(数理モデル、複雑系)、哲学(科学哲学、歴史哲学)、社会科学(政治学、経済学、社会学)、計算論的精神医学(知能モデル)
補足: ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」の議論を基盤としつつ、最新の研究成果と批判的視点を取り入れ、より厳密で多角的、かつ未来志向の文明論を展開する。数理哲学的な厳密さと歴史学的な実証性を重視し人間の知能を問い直す。
"
書籍タイトル="文明の興亡:地理、病原菌、技術、そして社会構造の進化"
ターゲット層="知的好奇心旺盛なビジネスエリート、グローバル企業のリクルーター"
本の目次="
* なぜ今、文明の興亡を再び問うのか?
* 「銃・病原菌・鉄」は何を間違えていたのか?
"
序章と終章以外の各章の最低文字数="2000"
"
# 出力フォーマット:
第{章番号}章:{章タイトル}
{章番号}.{セクション番号1} {セクションタイトル1}
{このセクションが章の中で果たす役割、読者に提供する情報を具体的に示す。}
{章番号}.{セクション番号1}.{小見出し番号1} {小見出しタイトル1}
{小見出しの内容}
{章番号}.{セクション番号1}.{小見出し番号2} {小見出しタイトル2}
{小見出しの内容}
{章番号}.{セクション番号2} {セクションタイトル2}
# 補足:
今日、全男性が標準装備で米津玄師か星野源をインストールしてくれたら世の中ずいぶん良くなると主張したら、友人に「でも男性はアスリートなど肉体的に強い人とかわかりやすい権力の言うことしか聞かないんじゃないか。米津玄師や星野源の凄さがわかるのは女性と若い人だけかも」と言われて唸った
@takowakatendon
ちなみに、これに対し、「全女性が新垣結衣を」という意見がありますが、その発想が男性なんですね。これ、対にならないです。なぜなら「インストール」と言うように、そのものになるのではなく、思考や価値観、スタンスなどを導入するという話なので。そのものならキムスヒョンが良いです
@takowakatendon
価値観をアップデートという話なのに「これだけ稼いでいる人は」とカネの話になる人が男性に多いのは、単純に偏差値や学歴だけでなく、おそらく読書量(ビジネス書啓蒙書以外!)の違いもあるんでしょうね。某旧帝大文学部教授が「非実学にこそ豊かさがある」と言ってたけど、非実用の教養って大事
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米津玄師は発達障害を持ってると公言してるけど、発達障害持ちの男性は弱者男性かモラやDV属性になるのが関の山やで。
それでも、米津玄師になれと?
考えられるのは
いわゆるアスペ。能力は高いけど曖昧なコミュニケーションが苦手なので増田がその特性を理解したうえでうまく導いてやったほうがいい。がんばれ。まずは勉強しろ。
いわゆるお客様ってやつ。聞いたらなんでも答えてくれるはずだし、答えるのが当然でしょと思っている。または、本当は聞く必要がなくても無理矢理にでも何か質問することが良いことだと思ってる。学校だと何もしゃべらない人より質問する人の方が評価されるのでね。
会社や社会というものをよく理解していないと、このように振舞ってしまうことがある。悪気はないのでちゃんと教えてあげよう。
ここは学校ではない。何でも聞いたら答えてくれるわけじゃないし、何かを聞くにも相手に配慮して聞き方を工夫する必要がある。無駄なことは聞いてはいけない。そういう基本的なことを教えよう。新社会人向けのビジネス書などを紹介してあげて望ましい振る舞いができるように導いてあげよう。
新人が行動するのに必要十分な指示を的確に出せてないので、当然質問されてしまう。己を顧みよう。
今すぐできる対策
ぶっちゃけどのパターンかわからないので、対処療法的な対策にしかならんけども。
1.新人を外してくれと上に頼む
手に負えないなら替えてもらうしかないよね。新人も他の人の元でならもっと活躍できるかもしれないし。増田の評価は下がるかもしれないけど背に腹は代えられない。
対面での言葉でのコミュニケーションは声色や表情などノンバーバルな情報を含むので結構疲れる。文章だと無駄な情報がなくなるので処理しやすく疲れにくい。そのとき必ず意図(その質問をした理由)を添えるように命じておけば
的確な答えを一発で返せる確率が上がるので無駄にやり取りを重ねる必要がなくなってさらに負担が減る。
3.オープンクエスチョンを禁止してクローズドクエスチョンで質問するように頼む
これも増田の処理負荷を下げるための方法のひとつ。オープンクエスチョンとはなぜ、いつ、どこに、だれが、なにを、どのように、のように答え方が実質無限にあるタイプの聞き方。どのようにでも答えられるので聞かれた方は色々考えなければならず、とても疲れる。
一方クローズドクエスチョンは「明日の15時までに仕上げればいいですか?」「打合せ場所は第二会議室でどうでしょう?」「○○と××の項目を確認していきますね」のようにYES/NOで答えられる聞き方。これだと答える側の負荷が減るし、質問側の意図や考えがわかるので適切な指導にも繋げていけやすい。
単純にいえば、オープンクエスチョンは答え手に全投げする聞き方で、クローズドクエスチョンは逆に聞き手の腕が試される聞き方。
普通は新人よりも上司の増田が頑張れよとなるところだけども、その新人は優秀らしいからたぶん新人に手綱握らせた方が上手くいくんじゃないかな。
ブコメに返信。
なるほどなるほど。論点が絞られてきた気がするぜ。
"他のホッテントリしてる増田記事も誰一人として指摘してないけど最初の“公益通報者保護制度違反”はどこ行ったんだろうな。おねだりやパワハラの方に尺使いすぎやね。"
"兵庫県知事の件についてこれまでずぅっと沈黙を続けてきましたが、選挙結果を見ての仮説としては、「公益通報者保護制度違反」や「百条委員会の重み」について、制度をきちんと理解できる人って極めて少数なのでは?"
"パワハラの程度や事実かどうかは問題ではなくて、知事が指示して告発者の調査、特定して懲戒処分した事実が公益通報者保護法違反でアウトなんだよな…半沢直樹の大和田常務かよ…"
"ちなみに公益通報窓口に送る前の1発目(3月12日)が公益通報に当たるか微妙ってスジは確かになくはなさそうではある。稲村さんも番組での議論の際△にしてた。とはいえ権力者の振る舞いとして道義的に良くないとは思う。"
"問題は公益通報の告発者の調査と懲戒処分でしょ。これが出来てしまったらパワハラがあったのかどうかなんて簡単に握りつぶせて検証不可能。全部闇の中。誰もリスク犯して通報しなくなって民主主義はなくなる"
"公益通報に関する話は、該当文書が『怪文書』であり、公益通報に該当しない、どう処理されてもやむを得ないという整理が示されているのだと思いました。故にパワハラを取り上げ失敗したという整理ですかね?ははは"
"公益通報者保護制度違反についても3月当初は外部通報で内容も告発というよりは流言飛語(怪文書)の類なので犯人探しを即違法と位置付けるのは難しい。厚生労働省でも検討中だったはず。パワハラと同じで曖昧。"
"トップコメに同意。斎藤擁護者は“公益通報者保護制度違反”に対してまともな答えを持ってない。「あれは怪文書だ、Youtubeでみんな言っている、ネットを検索してみろ、誰でもわかる」ぐらいしかボキャブラリーが無い"
このツッコミが一番多かった。
「最初の怪文書が公益通報に該当するかどうかは弁護士の間でも意見が割れている」という話なので、裁判して決着を付けるべきだったのではないか。
俺の意見は最初に書いた通り、これだけで首長失格、リーダー失格だと思っとるよ~!
"斉藤側がPCの中身とやらを出さなかったのは、 同時に既得権側とやらが出させなかったのはなぜなんやろな(・ω・) 出てないってことは「両方」に出さないインセンティブがあったと感じるまぁ要らん憶測ですが。つか出せ"
"PCの中身の「全面」開示を求めたのは県幹部や知事と距離の近い維新議員団であったことは強く念押ししたい。無関係なプライバシーの暴露を仄めかすって十分脅迫に当たるし、パワハラよりもたちが悪いと思う。"
"市長サイドから局長に「百条委員会を続けるなら不倫の件を公にする」と圧力があって、「一死をもって抗議する(晒し者になるのが耐えられないので自死するが、市長も裁いてくれ)」という流れかなと推測する。"
たしかに、プライバシー暴露をちらつかされたのは脅迫みたいなもんだと思うわ。なるほど悪質だ。
マスコミも議会も世論も全部が味方という状況でも、追い詰められてしまうんだなぁ。警察や弁護士には相談してたのかね。
とはいえ別の増田が書いてたが、斎藤氏自身はこのプライバシー暴露攻撃にノータッチなんだよね。あくまでも「県幹部や維新議員団」が迫っていたという構図。
実際は斎藤もグルでホニャララなんじゃねえのという憶測に基づく因縁は付けられると思うが、これは決めつけられることではないからなぁ。
"内部告発に対して(仮にそれが怪文書めいたものだとしても)内々で調査したりとか恫喝したりとかはかなりひどいレベルのパワハラではないの……?"
"パワハラに関して言えば、斎藤知事がこれらをパワハラだと認めていないことが一番の問題。パワハラを反省しているのであればもう一度チャンスを与えても良いが、パワハラだと認めないのでは改善の見込みがない。"
"嘘八百じゃない文書を嘘八百と記者会見で吊し上げにしたり、退職をさせなかったりってパワハラの最たるものじゃないの?そういう都合の悪いこと書かないのなんで?"
"パワハラの件、行為の程度は議論あるとして、怒った理由や改善点の明示等のフォローしてない(斎藤も自認)のが致命的にダメ。一方的叱責→「理由は自分が考えろ」と突き放すのは典型的昭和脳パワハラで確実に萎縮の元"
"立場が知事なんよね、内部通報の不備もパワハラも程度問題とするのが県民の民意であれば、県内の企業に対しての指導もそのうち「ああいうのは通念上では程度問題なので」ってなるよ"
なるほど、怪文書に対する対応がそもそもパワハラそのものじゃねーかという捉え方な。たしかにそれは一理あると思った。
でも「県内の民間企業」だって、パワハラに対しては「程度」に応じて対応すべきだろ。セクハラでもなんでも、一律で同じ対応の方があり得んと思うわ。
俺が程度問題論で何を言いたかったかというと、「そもそもマスコミはパワハラとおねだりで大はしゃぎしすぎたんじゃねえの」「その反動でこの結果なんじゃねえの」ということ。
でもそこに対するカウンター意識でパワハラレベル3点とか言ったのは我ながらアレだったな。机叩くのは6点くらいはあるよね。
怪文書の作者を特定してPC没収したり記者会見で罵るのはパワハラレベル9~10点かなぁ。
"どうでもいいけど「ソースはTOCANA」な増田は少しヤバいよ。もうちょっとまともなソース探そうぜ。サイトの紹介文こんなだぜ>トカナ|UFO、UMA、心霊、予言など好奇心を刺激するオカルトニュースメディア"
うーん目ざといな。3人入れたくて適当に持ってきただけなんだよね。(例示は2件でも4件でもなく3件が良いとビジネス書にも書いてある)
https://bunshun.jp/articles/-/74417
「実際、ワシントンDCでの当初の評価は「実力でなった副大統領ではない」というものでした。女性で、若くて、非白人だから登用されたと。英語で「Trying too hard」(無理をし過ぎ)という表現がありますが、まさに無理をし過ぎて空回りしているように見えた。側近スタッフが相次いで辞職し、一部メディアでパワハラ疑惑まで報じられた。」
テレワークのテの字も出てこないような、明治、戦前と変わらぬ手垢まみれの商売だ。
ま、AIやロボットが実用化されようと、向こう50年は無くならない仕事だろうけれど。
9時頃に出社して、エクセルを開いたり閉じたりを開始。
11時過ぎには車で飯を食いに行き、13時頃まで昼寝して。
今日やったことといえばネットサーフィンと四川省とソリティアくらい。
本当にヒマだ。
お前にやってもらうことは何も無いよとばかりに、張り切って仕事をしてくれている。
彼らも自分たちの食い扶持と、正社員であるという下らなくも個人にとっては命よりも思いプライドを守るために必死なのだ。
おれが前職のように馬車馬のように働いてしまったら、3人はクビを切れるだろう。
年収は800万。たまにゴルフと飯に食いに行くときは経費に落としているし
車両費やら何やらも会社の経費で落としているからお金は貯まる一方だし、
田舎町あるあるで、若い娘っ子はほとんど嫁いでしまって、あとはおれと同じような引きこもりしか残ってない。
趣味は金のかからないものばかりだし、何か推しているものもない。ギャンブルも飽きた。
それで、何をしたらいいのだ。
仕方なく、本を読む。
今日は何を読もうかな。ビジネス書かな。経営についての有り難い本かな。ラノベかな。
長いんだよ、話が。5時前から何件行くんだろうか。代行予約しとかないと。
思うに、人間ってのは30歳で終わるんだと思う。生物学的に、精神的にも。
シャカリキに勉強して、運動して、馬車馬のように働いて、稼いで、飲んで、遊んで。
ふと立ち止まったときに、あれ、自分もう終わったな、と感じた。そうして田舎に帰った。
そりゃそうだ、江戸時代なら、江戸に丁稚奉公に出て、芽が出なければ30代、40代で死んでいたのだから。
田舎に帰って畑やってても、子どもたちの邪魔になるからと、現世に別れを告げて山に籠もっていたのだから。
終わったんだよ、お前の人生は一度。
結局、貴族みたいな生活と思想だけ作り上げて押し付けて身に付けさせて、あとは知らんぷりか。
幸せでしょ?楽な生活でしょ?誰もが食べられる社会でしょ。飢饉で餓死者なんか出ようもないでしょ?
ってなことで。人生ってそういうもんじゃないのよ。誰かの役に立ちたいのよ。
くだらなくも、ちっぽけなプライドを、誰かの役に立っているという自負が必要なんだよ。
こんな、頭だけ張って責任だけを負うだけの罰ゲームは、誰も望んじゃいない。
政治家と同じだ。誰も彼も、文句をいうやつは言説だけはご立派だ。
矢面にも立たず、能力もなく、努力もせず、自らの権利を主張し、
陰謀論かのように、矢面に立つ人間を悪魔化して回るだけの、分裂病患者ども。
だれか嫁ぎに来ないかな。こんな田舎にゃだれも寄り付かないか。
ああ。退屈な時間が過ぎていく。ただただ、過ぎていく。
何もやっていない自分に嫌気が差す。
わかってる、アタマの中ではわかってる。
何の心配もない。何もしなくても地球は回る。社会は回る、会社も回る。
ボケーっと生きていたって誰かが何とかしてくれる。そういうものだ。
お前はただのお飾りとして、笑顔を振りまいて皆を鼓舞するだけのお人形でいい。道化となれ。
そこそこのお金を掛けてもらって東京に出て、ユーロ圏へ留学もして、好き放題やってきたんだろう。
お前がのほほんと良い教育を受けて、勉強して、いい会社に入って、飽きて地元に帰ったら家業があるなんて
明らかに、おれが受けてきた教育と経験からすれば役不足であることは間違いない。
従業員は路頭に迷うだろうが、60歳手前くらいまでは就職先の手当はつくだろう。
なのに、何でこんなにも心が乾ききっているのだろう。
甘えてるだの、意味がわからないだの、これだから上級国民は、と思われるだけだ。
さて。そろそろハンコ押しでもして出掛ける準備をしようか。
これからの兵庫県は、志ある次世代の若者達に選ばれ続けることが出来るでしょうか。職員達が働いていたいと思う組織であり続けられるでしょうか。いわゆるビジネス書系では、山口周さんの書籍をわりと読んでいます。著書「劣化するオッサン社会の処方箋」という本の中には、“組織は必然的に劣化する”という仮説を人間行動学、組織論、歴史的事実などから論理的に説明しようとされています。組織の劣化はひとえに権力者の取り巻きの劣化が原因である。自分より優秀な者を讒言により権力者から遠ざけ、真実に蓋をし、判断を誤らせる。その組織はどんどんと腐敗し落ちぶれていく。そんな論調です。歪な人事は組織を蝕んでいきます。そして、一握りの者たちが自らの栄達と保身に明け暮れ、気がつけば、権力者の周囲には二流、三流のイエスマンが主流を占めている状況に。権力者は好き嫌いで人を評価します。既に一部の者だけが居心地よい組織になってしまっていたとしたら末期ガンと同じです。余命はあと何年でしょうか。そして、そのような組織の腐敗・内部崩壊も外部にはなかなか伝わりにくく、不祥事、事件の発生といった出来事でようやく世間の知るところとなるのです。いや、これ、兵庫県のことを言ってるのと違いますよ、念のため(笑)
○上に立つものの矜持(出来ているという訳ではないですよ、もちろん)
手柄は譲り、責任は取る
仕事に厳しく、人に優しく
好き嫌いで人を選別するな
人を育てる視点を失うな
信用しない人は信用されない
任せたら、待つ
来る者拒まず、去る者追わず(頼られたら応え、軽視されても怒るな)
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/13337488/web.pref.hyogo.lg.jp/whk01/message/r6_2.html