はてなキーワード: デメリットとは
食品のみを消費税ゼロにする政策と、「一律消費税減税(例:現行10%→8%)」を比較した場合、それぞれに異なるメリットとデメリットが存在します。以下に、特に「飲食店への影響」「公平性」「経済刺激効果」「税収への影響」「制度運用の複雑さ」の観点から比較検討します。
観点 | 食品のみゼロ税率 | 一律消費税減税(例:10%→8%) |
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**飲食店への影響** | ●仕入控除ができなくなり、税負担が逆に増加 ●外食が相対的に高くなり、客離れの可能性 | ◎仕入控除は維持され、全体的なコスト軽減 ◎外食も含めて価格が下がるため、需要減少リスクは低い |
**低所得層への恩恵** | ◎食費の占める割合が大きいため効果大 | △恩恵は消費額に比例するため、高所得者に偏りがち |
**公平性** | △外食と中食・内食の線引きが曖昧で不公平感あり | ◎すべての支出に均等に適用され、制度として公平 |
**経済刺激効果** | ○家計の食費軽減で間接的に可処分所得を増加 | ◎消費全体に効果が及ぶため、より大きな景気刺激策となりやすい |
**制度の複雑さ** | ×軽減税率や仕入控除制限により煩雑 ×インボイス制度との整合性問題も | ◎シンプルな税率変更で済み、実務負担が少ない |
**税収への影響** | △食品関連のみの減税で済むため限定的 | ×すべての取引に適用されるため、税収減は大きい |
🔷 要約と結論
社会的弱者(低所得層・子育て世帯)を直接支援する意図は強い。
ただし、外食産業や飲食店にとっては税制上の不利が生じやすく、経理処理も複雑化。
軽減税率制度と似た問題(線引き・逆進性是正の限界)を抱える。
▪ 一律消費税減税の特徴
飲食店を含む全産業に公平に効果が波及し、インボイスや仕入控除の仕組みもそのまま利用可能。
実務負担も比較的少なく、迅速な景気刺激策としての有効性が高い。
ただし、減税による恩恵が「高所得者」にも大きく及ぶため、再分配効果に乏しい。
外食産業や中小飲食店を守りながら低所得層を支援したい場合は、「一律減税 + 給付(定額・食費補助等)」の組み合わせの方が、現場に負担をかけずバランスの取れたアプローチといえます。
日本死ねの時もそうだったが恒久的な歳出には恒久的な財源が必要・デフレなら赤字国債財源でよいがインフレ下でやるのはデメリット大きいってだけの話がそんなに難しいんだろうかね
恒久的な減税・給付に対して財源を求めたらコロナ給付金や定額減税や五輪万博のような一時的なものを持ち出したりデフレ不況時に国債残高が増えたことを持ち出せば反論になると思ってる馬鹿が多すぎる
圧倒的出費。優良企業による扶養手当でも覆せない絶望的コストが待っている。
いるだけで食費がかかり、子供用の服や家具や玩具が必要になり、そして手間がかかる。
ベビーシッターや幼稚園も当然金がかかり、共働きをしていても引き取りのために残業なんてできなくなる。扶養手当貰ってるはずなのになんか収入減ってるなあというマジックが発生するわけだ。
出費は増えて収入は減る。マジでヤバイ。金がないのに子供が産まれたら赤ちゃんポストに投げ込まない限り人生終了が今の日本だ。
玉無しや同性愛者でもない限りは結婚をした時点で子供を産まれるリスクが発生することから目を逸らしてはいけない。
パートナーが「ゆうて子供欲しいやん」と言い出して止めきれなかった場合は養子を拾ってくるリスクもあるので、「結婚した時点で子供が出来るリスクが発生する」と言い切って良い。
子供が産まれるとか産まれないとか関係なく結婚した時点でほぼ確実に家から出ていく必要がある。
現状においてこどおじ・こどおばをしている人は結婚することで確実に家賃・光熱費・出費が増える。
実家に金を入れているのだとしても、入れていた金は一時的に親の財布に入っていくが、将来的には介護費用や遺産として還元されるわけだから介護貯金のようなものである。
親の介護が必要なり本当に困ったとき、親が「まーちゃん(増田)がずっと入れてくれてたお金があるけえ、安心しい」と言ってもらえるかどうかの差はデカイぞ~~~。
こどおじ・こどおばでない未結婚層の中に結構な割合でいるのが寮生活者・全国転勤である。
寮生活はコスパがいいだけでなく「寮生活に耐えることが出来る人材」という条件があるおかげで本人の能力レベルに対して待遇が高くなることも多い。これは全国転勤も同様だ。
これらの人間が「結婚したので転勤や寮生活は無理になりました」と言った時、それを条件に今いる会社をクビになることは少なくとも、同業他社への転職において条件が下がるリスクは否めない。
パートナーの転勤に合わてジョブホッパーをしたり、パートナーのところの社宅に入ったりした場合、それはジワジワと自分の人生を蝕んでいくことになる覚悟をしたほうが良い。
もちろん、相手にそれを強要する側になった場合、それに伴う責任がのしかかってくることは覚悟しなければいけない。
他にも色々とあるのだが、この辺がとにかくこの3つが圧倒的にヤバい。
「一緒に住めば家賃とかも効率的だよね」→え?子供が産まれてデカイ家に引っ越したりしたら結局結構しますけど?つうか、子供部屋に比べたらシェアハウス状態でも普通に高いっすよ?
「共働きで二馬力だよね」→え?片方の転勤に合わせたせいで今いる地位を失って再起不能とかありますけど?まあ結婚するだけして夫婦別居でもいいですけど、それってもうあんまり意味ないですよね?
「子供がいないと将来介護誰に頼むの?」→え?そもそも自分の子供を介護させるためのケア奴隷として産むんすか?それって労働力を徴収する時期が違うだけで発展途上国が水汲みさせるために子供産んでるのと変わらないのでは?
メリットがあるよ→え?それってちゃんとよく考えて喋ってます? この流れでだいたい終わりなんですよね。
結局、結婚ってのは「それ相応のコストを払ってでもメリットを享受したいかどうかが問われる選択」でしかなくて、「やれるなら絶対やった方がいいこと」ではないんですわな。
三歳児神話では三歳までは母親が育児に専念したほうがいいとか、母親中心がいいとか、母親が中心に育児しないと子どもの成長にデメリットになるとかいうが言うが、これ考え方が逆だよな??
母親の育児負担が増える事で育児の質が低下するとか、育児負担から最悪は児童虐待につながるとかそっちを心配するほうが自然だろう。
仕事で沢山業務を抱えて残業も多い日が常態化していて良い仕事を出来る人がどれだけいるんだ?
核家族化が進んだ時代は子どもを保育園に通わせるのも、育児の質を保つ上では必要なことだろう
「小さいうちから保育園に通わすのはかわいそう」じゃないだろう
あとネットを見ていると赤ちゃんや幼児は専業主婦が家庭でゆったり育児したほうがいいとか言う人がたまにいるが、育児は本来そんなものじゃないだろう。
最初にはっきりさせておくが、私はミステリーが大好物だが、ミステリファンは嫌いだ。
フーダニットだのハウダニットだの身内でキャッキャとしているうちは可愛いものだが、いざミステリーがポピュラーになろうとすると、いつもその芽を潰してきた。
いつもだ。だから衰退した。
都市伝説解体センターのネタバレはしない。CM(ローンチトレーラー)で流れている範囲では触れる。
批評は、基本的には「批評する対象が、批評しようとする空間のどこにあるのか位置付ける」作業だと言える。
ざっくり言えば、「都市伝説解体センターは、河原町通三条下ルですな」のように言うことが批評家だ。
この時、媒体によっては「(京都市中京区)河原町通三条下ルと言える」と書いたり、「注記: 河原町通と三条通の交差点から南側に入った場所」と記載する。
もっと平たく言えば、ファミ通のレビューのように、0〜10の得点のうち、このゲームは9点の位置ですよ、と位置を示すのが批評だ。
これは大いに自由にやるべきだし、自分の信念に従って自分で対象を空間に位置付けるべきだ。
ただ、「これはこうすればもっと得点が高くなる」と言うべきではない。それは批評ではなく改善提案だからだ。
また、「こういう批評をする奴は、こんな奴だ」と言うべきでもない。それは「該当する批評家を批評する」ことだからだ。対象への批評ではない。
ラーメンハゲがラヲタを蛇蝎の如く忌み嫌い批評するのは一貫性がある。
「こんなラーメンを好きなのは、情報を食ってるからだ」と言うのは、ラーメンに対する批評ではなく、ラヲタを正しく批評している(位置付けている)。
概ね以下に集約される
にも関わらず、世間でポジティブな反応が多いのに納得できないというものだ。
特定の誰かを批評することが目的ではないが、該当する批評や感想を持った人たちを批評する目的のこの文章でははっきり書くが、幼稚なのだ。
幼いのだ。未熟なのだ。自他の境界線が曖昧で、自分で世間の中に立って批評できない。
俺がおかしいのではない、世間がおかしいと叫んでるのだ。そして残念ながらその声はある程度、当人たちにも届いてしまう。
都市伝説解体センターというゲームが、面白くなかったのであれば面白くないと書けば良いのだ。
どこが面白くてどこがクソなのか書いて、だからこのゲームはこの位置だと叫ぶのが大人のやることだろう。
「都市伝説解体センターが好きなのは、こういう人物像だろう」という批評も、別にすれば良い。
ラーメンハゲも信念に基づいてラヲタを批評する(ように見える)から人の心に刺さるわけだろう。
「俺の好きなミステリーではなかったから、この作品が好きなやつはミステリー好きではない」と書くのがハッキリと害なのだ。
アドベンチャーゲームについても同じだ。正確に言えばあらゆるゲームについても同じだった。新人を鼻で笑うのではなく、沼に沈めなければならないのに。
俺は誤りとは書いていないというかもしれないが、書いている。
「俺は最後のオチが納得できなかった。だからクソゲーだと思う」と書けば済むところを、
「え?俺以外は絶賛してるの?なんで?俺と同じ人もいるよね、良かった……じゃあやっぱり俺以外の感想を持った奴はニワカなんだな」と書くから変なのだ。
さっきラーメンハゲをわざわざ引いてきたのは理由がある。ラーメンハゲは、なぜどうして情報を食っていると評したのかを明確に示したからだ。
「このラーメンはまずい、それを絶賛するのだからこいつらは間違っている」という論立てをしていない。それは別のものだからだ。
だから「都市伝説解体センターを絶賛するやつは、普段ゲームをしない奴だ」と言いたいのであれば、その論拠を示すべきであって「だって俺は面白くなかったから」というべきではない。
そこが変なのだ。
自由に批評して良いし、クソだと思うものをクソだと言うのも表現の自由だろう。
ただ、その批評も当然のように批評にさらされる。今やってるのがそれだ。
なぜ、ミステリーが好きじゃないやつに刺さったと言えるのか、なぜ普段ゲームをしない層にリーチしたからヒットしたと言えるのか。
「だってヒットしているのだから」と言うのはトートロジーであって、批評ではなく言葉遊びだ。
例えば、以下のような点だ。
これはアドベンチャーゲームが好きな人ほど陥りがちな穴であって、自分がほぼ無意識に流したところに何かあったかもしれないと言う内省につながっていない。
ローンチトレーラー(CM)にもあるように、新人調査員である福来あざみが先輩調査員であるジャスミンと、SNSを利用して調査するパートと、現場で調査するパートがある。
そのいずれも、非常に明快に、既読と未読がわかるようになっている。
そんなの当たり前じゃんと思わずに、思い出してみて欲しい。今まで一度選んだ選択肢がグレーアウトされるアドベンチャーゲームがいくつあったかを。
また新人調査員である福来あざみはメガネをかけることで念視と呼ばれる特殊な能力をゲーム中で使うことができるが、SNS調査パートでは念視を使えばマークが付くのだ。
これは小さなマークだが、思っているよりも目立つので、どこを見たのか一目瞭然だ。
(これは念視を使っていわゆる正解を見つけた場合であっても、不正解であってもマークがつくところが重要である。メガネ既読がしっかり表示されるのだ)
また、多数の選択肢から正解を見つけなければいけない時に、間違ってしまってもキャラクターの掛け合いが見られることで結果としてご褒美になっている。
新人調査員の福来あざみが、真顔で変なことを言って所長にツッコミを入れられるのは、プレイヤーにとってはペナルティではなく微笑ましい会話を読めたご褒美なのだ。
それ以外にも、調査がどの程度進んでいるかは、常に証拠品の数で示されているし、調査が完了すれば次に進めるようになっている。
ゲーム体験が快適になるように、非常に丁寧に作り込まれている。
これまで、アドベンチャーゲーム慣れした人ならごく自然にやっていた、どの選択肢を選んだか覚えておく、どの場所を調査したか覚えておくという、「ゲーム側の都合で人間が対応しなければならなかった部分」が、「ゲーム側で対応されたことで人間がやらなくて済むようになった」と言う丁寧な作り込みが見られる。
これはゲームとしては些細だが本質的なところで、似たような例はシミュレーションゲームでは頻繁に目にする。開発陣が想定していなかったような細かいパラメータの調整を人間に強いていた場合、続編ではそのパラメータがバッサリとカットされることは良くある。ソコを遊んで欲しいわけじゃ無いから止めよう、というものだ。
ドラクエ3リメイクの時にも話題になった気がするが、デメリット付きで教会からやり直すのか、デメリットなしで戦闘直前に戻るのかの違いは、いわゆる「戻し」をどこまでプレイヤーに強要するかであって(それが遊んで欲しいことなのであれば必要だが)もしも「戻し」で時間を取るのは今は違うよね、と思うユーザーが多いのであればそちらに合わせるのが自然だろう。
と、言うように、「なぜゲームに慣れていない人にヒットしたと言えるのか」を説明したいのであれば、それを説明すれば良い。
「ゲームの作りが丁寧で、今までアドベンチャーゲームの理不尽で離脱していた人たちを留めて置けたから」と自分は考えて文章にした。間違っていると思うなら反論すれば良い。
少なくとも、「俺はアドベンチャーゲームが好きだが、このゲームは嫌いだ。だからヒットするならゲームに慣れていないやつに刺さった」よりはマシだ。
自分の楽しめなかったのものを楽しむ相手を格下に見るのは、自己が確立できていないから生じる。
このムーヴは何度もジャンルを潰してきた。先鋭化した果てに新規参入者がいなくなり、ジャンルが無くなる。
ここが良く無いと思った、これは私にはわからなかった、そんなミステリーは読んだことがない、大いに結構。
問題はこれに「だから、これを楽しめるやつはニワカだよね」と傷を舐め合う自称その道のファンだ。
自己が確立できていれば、「これは物理的に無理があるよね、三流」と言うだけで済むのだ。ヒットしても狼狽える必要はない。
なぜならば、確固たる自己があれば、もっと言えば美学があるのであれば世間がなんと言おうと「物理的に無理があり三流のゲーム」だと言えるからだ。
「なぜヒットしているのか」を論評したいのであれば、その論拠を立てないのであれば、空論である。
「なぜアドベンチャーゲームと言えないか」を論評したいのであれば、やはりそれを示す必要がある。マルチシナリオでないからだとか、マルチエンディングでないからだとか、好きに言えば良い。
ただ、言葉にしなければ、反論してもらえないので、いつまで経っても自身の思いは曖昧なままだ。
(Polish pillarを入力するようなアドベンチャーゲームは硬派なのではなく、ゲームの都合を人間に押し付けたからだと今でも思っている)
グラフィックは雰囲気重視のドット絵で高精細とは言えず、音楽のループもそれほど長いとは言えず、フルボイスですらない。
いわゆる最先端のゲーム機の性能を最大限活かしているかと言われると、そんなことはない。
しかし、ゲームを始めて、どうなってしまうのだろう、このゲームを遊べるだろうかという不安に過剰なまでに寄り添うようなゲームシステムは、おそらくゲーム慣れしていない人をほぼ脱落させずに最後まで連れていくに十分な丁寧さを持っている。もちろんゲームに慣れている人はサクサクと気軽に遊べる。本が読めない社会人でもやり通せる良いボリューム感になっている。
ゲームシステムとして都市伝説というきっかけを作っておいて、きちんとアドベンチャーゲームをした上で、ミステリーとしても良くできている。
ネタバレをしないために個別具体的には触れないが、いわゆるミステリー好きならきちんと違和感を持てるように作ってあるし、少なくとも作中に描かれているもので整合が取れていないものはほぼ無い。ミステリー好きなら当然知っているだろうネタについては軽く流され、そうで無い人にも雰囲気で伝わるように作ってあるのは、非常に丁寧にシナリオが書かれているからだと思う。
(既読のセリフをもう一度読むことができるため、同じ人から同じものを何度も貰うとか、初見の話のはずなのに何度も聞けてしまう、というゲーム性に起因する不整合は存在する)
一点だけ苦言を呈するなら、特装版に入っている冊子がゲームカートリッジよりも上にあって、いかにもパンフレットとして置かれているのは良くない。あのパッケージングだと先に冊子をめくってしまう。ゲームをクリアした後でという文言を読まずに中を見るところだった。非常によろしくない。
自分はミステリーには一家言あるぞ、という人には勧めない。お前は小説を読め。売上落ちてんだぞ。
昨今は軟弱なアドベンチャーゲームばかりでというやつにも勧めない。お前は伊勢志摩ミステリー案内 偽りの黒真珠をやれ。やったか?
そうでない人には割と広くお勧めできる昨今珍しいタイプのゲームでもある。よくあるストレスがかかるようなセリフや状況もどうしても存在するが、ツッコミ役が常に入ることでかなり中和されている。
疑う人もいるだろうが、ネガティブな反応も含めて、感想がほとんどクリアした後のものであることをもう一度良く考えてほしい。
映画のように映画館で拘束されて最後までほぼ見ることしかできないような状況とは全く違う、ストレスフルで娯楽の多い現代において、それがどれほどの快挙か。
面白くなるように座組して、面白くなるように作って、ちゃんと面白くヒットすることがどれほどの偉業か。関係者各位に惜しみない賞賛を送りたい。
そして、面白いと思ったそこのあなた、あなたはニワカではありません。
DLsite公式翻訳で自サークルのゲーム作品を中国語(簡体字、繁体字)と英語に翻訳してもらった。
公式翻訳サービスについて、まだサークル側の感想や情報がほとんどなく、使ってみようかどうか検討している方に向けて、実際に使ってみた感想を書こうと思う。
これは本当にありがたいし、最大の強みだと思う。
他のサークルではどのような形か分からないが、弊サークルでは翻訳版の売上から一定数を引いて翻訳料(ロイヤリティ)としていただいた。
簡単な動作テストを行った状態で渡してもらえるので、一からデバッグする必要がなく、サークル側の手間はほとんどかからない。
ただ、そうは言っても動作テストは完全じゃない。いくつか翻訳しちゃいけないスクリプトまで翻訳された結果、動作が軽くおかしくなっているところがあった。それでも許容範囲ではあった。
実質無料でやってくれているので仕方ないことではあると思うが、海外のユーザーから『翻訳文に明らかな誤りがある』『翻訳後の文章が不自然』というレビューがいくつか届いた。しかし翻訳版は制作を委託しているものなので自分の手では直すことができず、どうしようもなかった。
・アップデートに対応できないことがある。その結果ユーザーが非公式パッチの方に流れてしまう
翻訳後、ゲームに対して何度か修正やシナリオ追加のアップデートを行ったが、翻訳はアップデート全てに対応していただけるわけではない。
基本的にアプデをすると翻訳版も作り直しになるので、実質無料で作業してもらうのに「アプデ分も作ってほしいです」ともなかなか言えないのが本音。
海外の感想を見る限り、「公式翻訳ではアップデートで追加されたシナリオが読めないから、日本語の方を買って第三者が配布してるパッチを入れる」という人が多く、結果として翻訳版の売上が日本語の方に吸われてしまっているっぽい。
個人的な結論としては間違いなく便利なサービスではあるが、翻訳の質、アップデートに関するあれこれが少し気になった。それでも無料でやってくれるから文句は言えないけど。
リリース後のアップデートを予定している作品は、アップデートを適用した後に翻訳してもらう形が一番いいかもしれない(それが出る前に非公式翻訳パッチが出回ってしまう可能性もあるけど……)
趣味嗜好や感性が【合いそう】なのが何って考えた時に年代が出てきてるんだと思うが、
昭和から平成中期ぐらいまではまあ±3~5ってのが年代として感性マッチしてたかもしれんが、
今は若者でティックトック見ないやつもいれば、アラフォーでティックトック見てるやつもいるわけよ
相手に求めている具体的な物(感性、経済力、包容力など)があるのに年代ってフィルターで母数を狭めるのはもったいないねえ
年代フィルターをかけたい場合は、感性が~とかじゃなくて、結婚、出産、子育て、老後を考えて、こっから先はデメリットあるからやめとこぐらいで
・犯罪抑止効果がある
・「自由がなくなる」と感じる人がいる
以上。
見て分かる通り、圧倒的にメリットの方が大きい。
それなのに「自由がなくなる!」って一点でヒステリックに反対する人が未だに多いのが謎。
ていうか、「自由がなくなる!」って言ってる人、普段どんな自由を求めてるんだろう?
監視カメラで困る人って、たいてい何かやましいことがある人だけだと思うんだけど。
いまやどこにでも防犯カメラがあるけど、あれで困ってるのって酔っ払って暴れたやつとか万引きしたやつとかじゃん。
あれ、実は昭和の時点で構想されてたんだよ。
なのになぜ導入されなかったかというと、「管理社会になる!」って当時のオジサンたちが大騒ぎしたせい。
いやいやいや、ちょっと待てと。
普通に考えて、国が個人情報をちゃんと一元管理してくれる方がよっぽど便利だし、安全じゃない?
税金逃れも減らせるし、いいことだらけなんだよ。
それを「管理されるのはイヤだ」って、昭和のおじさんの我儘ヤバい。
そりゃプライバシーの話も分かるよ。
でもそれって管理体制の問題であって、仕組みそのものを否定する理由にはならない。
自動車だって事故のリスクはあるけど、だからって「車は悪だ!」とはならないのと同じだ。
しかも最近の技術だと、顔認証にしてもナンバー読み取りにしても、個人を直接追跡するんじゃなくて匿名のデータとして処理するシステムも増えてきている。
つまり「見張られてる」っていう認識は既に半分以上が間違いなんだよね。
ぶっちゃけ、今どきスマホ使ってる時点で行動履歴なんてGoogleに全部バレてるし、SNSに自分から写真アップしてるのに「監視社会ガー!」って言っても「いや、お前が一番情報出してんじゃん」ってなる。
DIY系・ガーデニング系などの界隈でほんの少し話題になったことがあった、カインズの「撒くだけで防草できる人工砂」。
一、二ヵ月ぐらい前にカインズに行った際に、袋に掲載されていた数量(kg)よりも実際はわずかだと思いますが量が少なかったらしく、誤表記(正確には誤数量かな?)された在庫分が特別価格としてシールが貼られて安く売られていたので(今、店頭にあるモノは問題ないと思います)、四袋分を購入してみました。
お墓の掃除の時、いつも苦労していたのは雑草を抜くことでした。春から夏は特によく生えてくるので、100円ショップのダイソーで売っていた「うすめて使うお酢の除草剤」を使い(公営の共同墓地なので効果の強い除草剤は使いたくなかったのが、この除草剤を使っていた理由)、水で薄めて1.5Lのペットボトル約二本分を撒いたりて枯らせていたのですが、茎がしっかり生えたものは枯らせても後に残りますし、撒いたあと一週間や二週間程度は効果を感じるのですが、暑い時期の一ヵ月だとまたすぐに雑草が生えてきたりしていたので、結構面倒でしたし時間もそこそこかかる作業でした。
雑草対策に固まる系の土を導入しようかと考えていたのですが、水はけが悪いとコケが生えたりするデメリットがあるのをネットで調べて知ったので、後々のメンテナンスややり直し作業などで色々と苦労しそうな気がしたので導入を渋っていたのですが、水はけも良いしらしいカインズの「撒くだけで防草できる人工砂」を知って試そうと考えていました。
ただそう思っていた時はカインズの店頭やネットでも在庫を見かけなかったので、その時は買えなかったのですが、たまたま行ったタイミングで安く売られていたので買ってみました。
自分の家のお墓の土の部分には、ある程度の大きさの砂利が敷き詰められていたのですが、一旦それを100円ショップで売っていた「土砂フィルタ」(正確には自分が使ったのはダイソーの「ミニ土ふるい(荒目)約18cm」という商品)で石を選別して回収し、余計な土の部分も数cm分すくって回収。その後、「撒くだけで防草できる人工砂」の袋にも書かれている効果をフルに近い感じで発揮するであろう10cm分程度は盛った後に、回収した石(一応、石を軽く水洗いして土汚れは落としました)を敷き詰めるという作業を、ある程度の目安でブロック分けして繰り返して半日で終わらせました。
買った四袋分をほぼ使い切りました。お墓という限られた狭い範囲だったので約四袋分で済みましたが、そこそこ広い範囲で使用するとなると結構な量が必要となりますので注意が必要です。また砂なので空いた空間の場所では強い風などがあれば少しずつ飛んでしまう可能性もあるので、上に砂利などを敷く必要性もあるかもしれません。
そもそもお墓全体が石や、雑草が生えない感じの対策済みの近年の感じのものなら、こんな苦労はせずに済んだのですが、まあそこそこ古いお墓なので仕方がないところでしょう。
とりあえず一ヵ月近く前に作業をし、数日前に確認したところ、今のところはかなりうまく機能している感じです。
「撒くだけで防草できる人工砂」の上に、回収した石も敷いたので基本的には砂が風で飛ぶことはほとんどないし、雑草が生える為の条件の光(日光)を遮る効果もあるかと。
ただどうしても墓石のカド周りの、土を回収して「撒くだけで防草できる人工砂」を盛ることができなかった、ちょっとしたところには「スギナ」が両手で数えられるぐらいの本数になるのですが、生えていました。
しかしこれは以前と比べたら、全く苦労にならない程度の簡単な雑草抜きの作業で、以前は雑草抜き用にフォークみたいなアイテムや鎌などを使って作業していた頃に比べたら、素手で1分程度で終わってしまう作業に簡略化したことに喜びを感じています。
これから夏に向けてもっと暑くなるし、梅雨の時期も近いので雨による水も豊富になるので、もっと雑草がどんどんと生えてくるかと思いますが、「撒くだけで防草できる人工砂」の効果を期待したいところ。
どうしてもカド周りのところに「スギナ」などが生えてくるのは防げないのかもしれませんが、以前使っていた「うすめて使うお酢の除草剤」を併用すれば、防ぐことは難しいですが対策そのものはできる可能性もありそうです。それに以前よりは除草剤そのもの使う量も大幅に減るかと思います。
本当の意味での効果となると、年単位、下手すると五年後、十年後とかに確認する必要があるかと思いますが、カインズの「撒くだけで防草できる人工砂」という商品の発売が2024年6月頃っぽいので、まだ一年も経過していないようなので使ったユーザーなどからの情報を継続して確認したり、メリットとデメリットを考えて使用するのが良いかと思います。
商品そのものは本当にサラサラした感じの砂なので、車の出入りがある駐車場みたいなところには砂なのでタイヤで巻き上げてしまったりしてしまうのでそのまま使うには不向きかと思われますし、もし使うとしても車一台や二台などある程度の広い範囲での使い方には不向きというか、量も必要になるので(使う量が増えるとお金もかかるので)、対費用効果(コスパ)の面で他の選択肢の方が良い場合などもあるかと思います。
ピンポイントのそこまで広くない範囲での使用には楽なアイテムだと思います。「とりあえず、あそこの部分の雑草を取るのがいつも面倒」みたいに思っていたところに試しに使用してみて、様子を伺うのが賢いやり方かと思います。
30代、独身
流石に生え際の後退が見苦しくなってきて、去年の秋から近所の皮膚科でハゲ薬をもらうようになった
最近やっと効果が現れ始めて一安心していたが、職場の送別会で撮った集合写真をもらったらまだハゲが目立ってて落ち込んでるところ
それはそうと、薬を飲み始めたとたんてきめんにでた効果がもう一つある。
男性ホルモンの働きを阻害してハゲを抑えるらしいから当然っちゃ当然なんだが、本当に勃たなくなった。
前は3日に1回致すくらいの年齢としては平均的な(たぶん)ペースだったが、どうもその気にならないことが多くて、週に1度、下手すると2週間に一度くらい。
それもどうにか気分を盛り上げた上でお気に入りのオカズでやっと半勃ちまで持っていき、しごき倒してトロォ……と出てくるようなレベルだ。
まあ相手もいないし、その分生産的なことに時間を使えばいいだけだからデメリットはないといえばない。
しかし性欲が減退して初めて知ったのは、性欲とは全然別に「オナニー欲」みたいなものがあるらしいということ。
週中になるとどうしても満たされない鬱屈のようなものが溜まってきて、ああシコりたい、シコりたいと思うのだが、肝心の性欲がわかないのでただただエロ動画を眺めたあとで寝ることになる。
どうしたらいいんだろうね。
「作者が嫌って言ったらやめます!」を自己正当化のための免罪符に使わないでほしい
同人は楽しいからやるものだし、原作者に嫌と言われたらやめるのも正しい。
でもね、それが意味を持つのは、同じ趣味の人たちや、同人を嫌いな人たち、そしてなにより原作者に対して思いやりと配慮がある時だけだよ。他者への配慮があってこそ重みを持つ言葉なの。
言ってることはもっともらしく聞こえるけど、結局彼女はずっと一貫して「私は間違ってない」としか主張してきてない。歩み寄る姿勢はあると思う。しかし歩み寄る意思があるかは甚だ疑問。
彼女は自分の言動でジャンル全体や他の二次創作者が迷惑を被ったとしても「コミュニティで考える事」と考えているような発言をしている。
二次創作コミュニティを良くしたいと主張する一方で、デメリット方面に関してはコミュニティへの責任感が一切見えてこない。
自分の成果は自分の物、失敗した責任はコミュニティ全体が負うべきもの?
横の繋がりでしかない趣味のコミュニティで個人が引き起こした事態への責任は、基本的に個人が背負うべきだ。
赤の他人が引き起こした事態を受けてコミュニティのあり方を再構築する必要はあっても、その責任を負うのは個人だよ。
趣味のコミュニティで、失敗した場合の責任の所在を有耶無耶にしつつ、コミュニティの意見も聞いた上で「でもでもだって」を続け、コミュニティ全体に影響を及ぼす可能性のあるリスクを度外視し、メリットの方ばかり見続けて好き勝手やる人と、同じコミュニティで一緒に活動し続けたいと思う?
だいたい「原作者が嫌だと言ったらやめる!」って言葉、本当に原作者の方を向いて言ってる?