はてなキーワード: クタクタとは
政治のことも経済のことも、ぶっちゃけ全然わからん。興味もない。
それでもトランプがいい。
あいつが何かやるたびに、普段偉そうにしてるインテリぶったスノッブどもがさ、顔真っ赤にして右往左往してんの見るとマジで飯が美味いんだわ。あれ以上のエンタメがどこにある?
「お前の生活に悪影響が出るぞ!」とか「無知を恥じたほうがいい」とか言ってくるやついるけど、知ったこっちゃねーよ。
こっちは40も後半に差し掛かった独身で、額面年収315万だぞ。
毎日毎日12時間働いてクタクタになって帰ってコンビニ飯食ってシコって寝るだけ。最近はチンポの勃ちすら悪い。これ以上どう悪くなんだよ?どんな希望があるって言うんだ?
もうとっくに底辺なんだから失うもんなんてたかが知れてる。人生どうでも飯田橋。
人間なんてどうせ全員死ぬんだよ。プーチンもビルゲイツも石破も、50年もすりゃみんな骨だ。
これまで「真面目に努力してきた」とか「社会のために」とか言ってたやつらの築き上げてきたもんが、めちゃくちゃになっていく様を眺めてるの、死ぬまでの最高の暇つぶしだよ。マジで。
予言してやる。
あと10年、いや、もしかしたら5年もしないうちに、日本もアメリカみたいにめちゃくちゃになる。
「もう既になってる」って? 甘いな。今なんてまだ序の口だよ。想像もつかないくらい「そう」なるって言ってんの。
オーバーツーリズム化した秋葉原で働いてるけど座り込みや路上喫煙、ゴミのポイ捨てなんかが酷い。
一年半前くらいは中国語を話す人が7割といった感じだったけど、英語、スペイン語、ドイツ語も耳にするようになってきた。
店舗を出てすぐ脇にビン・カン、食べさしのコンビニ食品、買ってすぐ履き替えられてしまったであろう靴とシューズボックス、クタクタになったリュックとかが捨てられていた。
片付けていろんな言語で注意書きをしたカラーコーン置いてもダメだった。
路上喫煙禁止条例のために巡回してるおじさんたちもガタイの良いタトゥーの入った外国人に声をかけるも気圧されていた。
PCパーツ屋とかヨドバシでも缶ジュースや缶ビールを飲みながら入ってくる。
PCパーツのRTX5090もほとんどが日本語を話せない人達に買われていった。多分みんな中国人。
店舗としては国籍で販売する相手を選べないので金があるなら売るしかない。
この人たちが購入した後に5090がどうなるのかは知らない。
フィギュアショップでも店員が鬼滅のコミックス売ってないかしつこく聞かれてた。
あんまりにもしつこく聞いてたから本屋まで案内しようとしたら英語が通じないようだった。
あげく、どう勘違いされたのか、自分がコミックスをプレゼントしてくれると思い込んでいたらしく、全部よろしく!と翻訳されたスマホの画面を見せられたので、秋葉原アトレの本屋の前でちょっと待っててと言って逃げ出した。
母国語がなんだか知らないけど英語ができない人も沢山いるから、各ショップの店員さんとかが疲れた顔してるのは日常的。
あ、これらは外国人スタッフを雇ってなさそうなショップの話ね。
大量にまとめ買いをして帰る人たちが多いからコーナーの前で友人達に何が欲しいかその場で電話して聞く。
基本的にトレーを使わずに万札を突き出してくることが多いんだけど、持ってる小銭を全てトレーに乗っけててめえで取れスタイルをちょこちょこやってくる。足りてません。お会計は8,980円(税込)ですよ。
秋葉原には小学校があって下校している小学生が旅行客に撮影されてく。
横断旗を持った地域の人は撮影禁止って書かれたビブスを着てる。あんまり効果無いっぽい。
英語だろうが母国語だろうが文字を読んでいないパターン、ピクトグラムが機能してないケースが多い。
どの店も辺鄙な場所でなければまぁまぁ売り上げはあるみたいでありがたい限りだけど、それとは別にすり減る部分があってちょっとつらい。
楽しいってなんだろと自問自答してた
試験終わって開放感、勉強はしなかったが試験会場に来て1日座ってた自分を労うべく
なんか楽しいことを、と思うも
店も多いけどどこもかしこも人で
楽しい、ってなんだろ…と考えながら駅周辺の商業施設をウロウロしてた
弁当として持ってきたパンにコンビニで買った追加のおにぎりを食べており、腹は減ってないし
服…も高いし似合う自分でもなし
猫カフェ行きたいなと思ったが荷物が多く、30分歩くのもなとぐずぐず 家から最寄り駅くらいの距離なら歩いとけよ自分
これは、楽しんでると言っていいのか?
たしかに人混みに出かけた時の座る場所にも困って歩き尽くしてクタクタ、という状況ではなく
駅の近くの商業施設をウロウロしただけでも刺激にはなってるんだけど
気分転換くらいにはなったと思うけど
最近自宅を購入して引越ししてきたんだけど、ちょうどそのタイミングでお義父さんが飼っていた犬を引き取ることになった。
もう15歳になる老犬で、昨日引き取って来たんだけどよろよろ歩く様を見てたら昔飼ってた犬のことを思い出したので少し振り返ってみたくなった。
前飼ってた犬は俺が小学3年生くらいの時に飼い始めたと思う。
飼い始めたとは言ったけど、当時実際に飼っていたのは俺の家ではなく父方の祖父母の家で飼い始めることになっていた。
毛色は黒に近い焦茶色をしていて、初めの頃はマグカップサイズでとても小さかったのを覚えている。
最初の2〜3年は躾をするのが大事だと父親に教わったこともあり、接し方についてはテレビで見た知識や本で学んだ知識などを元に少し厳しく、でもフェリスが嫌がらない程度の距離感で接していたと思う。
ちなみにその頃に弟はまだ小学校1、2年生だったのもあるせいか、かなり乱暴な扱いをしていて、大人になってからとことん嫌われていた(近づくだけで唸り声を上げられる、噛み付く、呼びかけても一切近寄らない)ので、今後犬を飼う予定がある人は注意したほうがいいと思う。
少し背景を説明すると、祖父母の家は京都にあって俺は関東に住んでいた。
祖父母の家には毎年、お盆と年末年始と春休みなどの学校が長期休暇になるタイミングで遊びに行っていた。
また、フェリスを飼い始めたきっかけは、祖父母の家で元々飼っていた犬(フェリスとは別の犬)が亡くなってしまい、祖父母が落ち込んでいたらしい。その様子を俺の父が見かねてフェリスをもらって来たことがきっかけだったと聞いた。ただ、祖父母たちからしたら当時は新しい犬を飼う気分ではないし、そもそも自分達もあと10年生きていけるかどうかと言うタイミングだったらしいので初めはあまり歓迎していなかったらしい。
飼い始めてからはよく「フェリスが死ぬのが先か、ワシらが死ぬのが先か」と言っていたのを覚えている。
なぜ背景を説明したかというと、実はこの犬、超がつくほど甘やかされて育ったのだ。
と言うのも、フェリスがご飯のおねだりをすると祖父母(特に祖父)はなんでもあげてしまうのだ。
それこそ、朝昼夕の食事時はもちろんのことで、デザートや間食の際にも何か食べているとすぐに寄って来て食べ物をもらっていた。(大好物はカスタードのクリームパン)
また、それとは別に犬用のご飯も追加であって、しかもそれがドックフードではなくキャベツと鶏肉をクタクタに煮た物でそこら辺の犬よりもよっぽど舌が肥えていたと思う。
それに加えて散歩も大嫌いな性格をしており、家の前でおしっこやうんこを済ませたら直ぐに帰ろうとするのである。一度引きずってでも遠出の散歩をしたことがあったのだが、本当に引きずって散歩したために肉球がズタボロになって、翌日以降に悲鳴を上げながら歩いていたので、2度と無理やり散歩をしなくなってしまった。
そんな生活を数年続ければまぁ当然肥満体質になるわけで、気づけば体重10キロ以上あるデブ犬となっていた。
とことん甘やかされた生活を送って来てはいたが、俺は前述の通り正しい躾を意識した接し方をしていたので、
家族の中でも俺と父親の言うことだけは比較的聞いてくれていた。
祖母がくも膜下出血で倒れて緊急手術をすることになり、フェリスの面倒を見れる人がいなくなってしまった。
祖父母の家では面倒が見れないと言うことで俺の家で飼うことが決まり、急遽うちで住むことになったのだ。
うちで住み始めてからは上記のような甘やかし生活ではなく、一般的なドックフードがメインとなり、間食も与えずにまともな食生活を送ることになった。
そのおかげかみるみるうちに痩せていき、1年で6キロ以上痩せることに成功した。
動物病院に連れて行った母親から「お医者さんからどうやったらこんなに痩せれるんですか!?って驚かれたわ」と言う話も聞いた。
一緒に生活してからのエピソードで2つほど事件があったのでそれも紹介しておく。
俺が大学生になった頃の出来事。その日は午前の授業がなく、ゆっくり家を出る日だったので朝食の時間になっても直ぐに起きずにいた。すると、母親が突然「ご飯残さずにちゃんと食べろ!!」と言うお叱りで起こしに来たのだ。まだ飯を食い始めてすらいないのに何故残してる扱いされるのだ??とリビングへ向かうと、白米が入ったお茶碗の横に空となった小皿が置いてあった。そしてふと横を見ると口をもぐもぐと動かしているフェリス。そう、俺のおかずを食べられていたのだ。
その日のおかずはメンチカツで、すぐさま「お前〜〜〜〜〜!!!!」とブチギレて口元を抑えると、油まみれの口元で「え?なんですか??」と言うとボケた顔で目線を逸らすフェリスだった。
この事件以降、ご飯の準備する時にはフェリスから目を離さないようにするが鉄則になったのであった。。。
俺が高校卒業して直ぐの頃、平日で朝からずっと自分の部屋でゴロゴロしていた時にパートから帰宅した母親から「チョコレートのゴミはちゃんと捨てろ!!!」と言うお叱りを受けた。
チョコレートなんて食べた覚えがないが?と疑問符だった俺がリビングへ向かうと、床にはからになったチョコレートの箱とビリビリに破かれた銀紙が大量に散らばっていた。
何これ、、、とふとフェリスの方を見るといつもより若干興奮気味に尻尾を振りながらこっちを見ていた。
すぐさま吐き出すように手を突っ込んだりもしたのだが、噛みついてくるし吐く気配がない上に食べてから結構時間が経ってしまっているようで、もう手遅れと言うような状態だった。
ちなみにそう簡単にチョコレートが食べられるような場所に置いてあったのかというと、そう言うわけではない。
一般的な高校生用の手提げバック(チャック付き)の中にしまってあり(弟のバック)、
さらに箱の中に銀紙で包まれた状態で入っていた。(一口サイズの小さいチョコが銀紙で包まれてるタイプ)
匂いとかもバックの中にあるときはそんなに匂わないはずなのに、フェリスはバックを開けて箱を取り出し、箱の中から銀紙で包装されたチョコを剥がして食べたのだ。
その時ほどこいつこんなに賢かったのか?と困惑したことはない。
その後、1日はいつもよりも興奮気味ではあったが、他には特に異常がないところを見て、祖父母に育てられていた時には一体何を食わされていたんだろうと心配になったのであった。
※犬にチョコレートは絶対に食べさせてはいけません。皆さんは犬を育てる際にはチョコレートを与えないようにしてください。
また、もし万が一誤って食べてしまった場合は最寄りの動物病院へ相談に行ってください。
この二つのエピソードは今でもうちの中では鉄板ネタとなっていて、事あるごとにみんなで話している。
そんなバラエティに事欠かない犬だったが、5年前の2020年4月に亡くなってしまった。
ちょうど世間がコロナで騒がしくなり始めた頃だったので、よく覚えている。
亡くなる前日にあれだけ食いしん坊だったフェリスがパタリと何も食べなくなって、衰弱していくのを見て「ああもう長くないんだな」と思ったのを覚えている。それで試しに生クリームを口元に近づけたところ、食い気味にぺろぺろ舐め始めたのを見て笑ったのも印象に残っている。
とにかく食いしん坊でまんまるに太っていて、可愛らしい犬だったなぁ。。。
ちなみにフェリスが亡くなってから一月も経たないうちにうちの父親はまた新しく犬を飼い始めたのだが、それはまた別の話なので違う機会に話すとする。
そんなわけで、愛犬を失う悲しさや寂しさを知っている俺の身としては今から妻のメンタルが心配になっているのだが、二人と一匹でこれからも頑張ろうと思う。
https://www.news-postseven.com/archives/20250406_2033673.html/3
「中学校には通いません」宣言の小学生YouTuber親子が明かす「ゲーム世界大会出場」の夢「1日10時間以上練習しないと追いつけない」
これが色々面白かった
父:Tarouがゲームに初めて触れたのは、3歳の頃でした。親のスマートフォンを勝手に操作し、自分で横スクロールのゲームをダウンロードして遊んでいたのです。そのプレイが尋常でなく上手かったことに驚いて、試しに古いスマホを与えてみたところ、新しいゲームにどんどん挑戦していくようになりました。
気づいたら、
…流石に盛りじゃない?300個は
Tarou:大会上位の選手たちは自分より強い人ばっかりで、その人たちは今でも毎日練習してさらに強くなり続けている。今からその人たちに追いついたり、追い越したりすることを考えたら、一日10時間くらい練習しないと、追いつかないんです。
父:スポーツであれば休憩して、ご飯を食べて、練習時間は科学的に5時間くらいが最適だと言われていますが、ゲームの場合は13〜14時間だって練習できちゃうんですよね。練習するためのグラウンドが使えない、みたいな制約もないので、延々と練習している人もいます。
「フォートナイト」は3億人規模のプレイヤーがいるゲームで、そういう人たちが少なくない中での戦いになります。Tarouの目標は世界大会出場ですが、今その枠を争っているプレイヤーって、本当にトップだとアジアのサーバーで20〜30人いる。その人たちは本当に5〜6年間、毎日10〜12時間を「フォートナイト」に費やしてきているんです。
つまり努力して才能あるやつにやっと勝てるか勝てないかの雑魚ってことじゃん
すごいなと思ったのは、小2の時に28時間ぶっ続けでプレイしてた時ですね。朝10時から始めて、僕が寝る前にもやってて、朝起きたらまだやってるから、「この子すごいな」と。コロナ禍で学校もないので、たまにはいいかと思って止めなかったら、
親の役目とは一体…ていうか漏らしたとか言うな自慢みたいに
──YouTubeチャンネルでは「1キルする度に高級寿司食べてみた」など、“YouTuberっぽい企画動画”も公開されていますが、こういう企画は誰が考えているんですか?
父:
それってもう本人のチャンネルじゃなくてお父さんのチャンネルじゃん。ていうか学校に行く時間は無駄なのに動画撮影する時間は無駄じゃないのねむむむ( ˘•ω•˘ )
歌い手さん用のスタジオをお借りして「うたってみた」を収録しているところ。本人が「やってみたい」と言って挑戦し評判も上々だったという
ここもなんかおかしい。学校に行く時間を減らしてまで練習しなきゃダメなはずなのに歌ってみたやってる場合なのか。ていうか中学行ったら好きなだけ歌ってみた出来ますよお父さん
ここの決めつけが一番ひどい。もうお父さん喋らない方がいい。
いやーひどい記事だった😡
鍋もそろそろ終わりの季節かしら?
最後かもって今シーズン最後かも知れない鍋を鶏肉を水炊きにしてー。
最近さ
白菜の旨味にまた新しい境地というか。
芯の部分、
あれをクタクタにトロトロになるまで煮るのがマイブームだったけど
それが一番美味しいものだと思っていたけれど、
それをそれをよ!
そぎきりにして若干薄く白菜の芯を切って、
比較的まだ芯の白い色、
完全に火入れされると透明な感じになっちゃうぜんぜん手前で止めるの。
そして半生とでも言うのかしら。
なかなか新しい発見というか、
早く食べたいから慌てて鍋の白菜を食べたらそんな感じだったの。
まったくの誤算だけど、
あれ?こっちの方が美味しくて好きかも!って
なるほどねー。
白菜新境地とはこのことね。
あと助かるのは
思わずたくさん買っちゃいがちだけど、
逆に持て余して痛めてしまうこともあるの。
だから1回で消費できる分を買って使う方がロスらないので逆に良いのかもーって
そりゃーみかんの花咲く丘公園前駅の駅前商店街の八百屋さんの大将にいわせたら
白菜は1玉で丸ごと買わないと駄目だね!って怒られちゃうレヴェルよ。
それが一番美味しい白菜だ!って言うのよ。
そうかもしれないけれど使い切れないの。
一番お値段的には割安感は否めないけれど。
浅漬け大量に作ったら、
もうこれいつまで私白菜の浅漬け食べ続けなければいけないの地獄に。
作ってる時は楽しいんだけど
だからもうこれを機にいやチャンスと思って、
白菜は使う分だけ使う量を買った方が一番いいかもしれないわ!ってことに気付いたのよね。
あんまり細かすぎて滅多に見る機会もないけれどみたら絶対にゲットしておきたい
8分の1白菜は1回で使い切れちゃうめちゃくちゃ都合のいい白菜カッツなので
これが便利なのよね。
まあ若干の割高感はあるけれど、
新鮮さの代償と思えば安いものよ。
8分の1カッツの白菜じゃ逆にぜんぜん足りない問題が逆に逆に起こったのよ。
まあ余るよりかは物足りない方がいいから
そうなるとまた次食べたい!って
大量にあってうんざりするよりいいと思わない?
4分の1カッツでは多いかも知れないと思えど
あったら買っているわ。
思い切ってどーんと白菜鍋やんなら1玉買うってのも大ばくちよね!
ちょうどその一玉を使い切るころには春が来るはずよ。
きっとそうね。
一玉白菜買って1枚1枚めくって春の訪れを待ちわびる鍋ってのも情緒があっていいわね。
うふふ。
なんかたくさん欲張りすぎ?って名前だけど
これは美味しいわ。
そんなに豪華なサンドイッチじゃないどちらかといえば質素な定番の感じだけど、
なにか上手いことを言えたような気になるような美味さよ。
ここずーっと作り続けて飲んでいる夜のホッツルイボスティーウォーラー。
朝には飲み頃というかほどよい常温になっているので、
これはこれでゴクゴク飲んで
朝の乾いた身体にしみるわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
NIKKEやることがなくって放置って思いきや、
お話が長くて間にあるタワーディフェンスのミニゲームも充実してて、
先のストーリーに出てくるニケも途中で迎え入れたりすることがあるのよね。
うーん?
この人誰?って
なんでいきなり部隊にいてよく詳細も分からないまま謎のニケがなんの関わりなのかいっぱいいるんだけど、
こうやって過去のアーカイブ進めていくとより理解が深まって侮れないなぁって思ったわ。
なぜこのクラウンっていうニケが国王でチャイムって家臣もなんか理由がよく分かんなかったの。
でもこの話見てみて、
すっかり魅入っちゃったわ。
そんで、
NIKKEには珍しくタロスってロボットに乗ったキロってニケもいるんだけど、
なぞにロボットのニケいるんだけど、
この人何?って謎中の謎だったんだけど、
それもその謎が解けたぐらいにこういうことだったのね!って。
よりお話を深く助ける手がかりになっているの。
そうじゃないのね。
内容はシリアスよ。
ただ本当に戦いながらストーリーを追っていって、
これだけでも凄いボリュームじゃない?
今回のこれは間にミニゲームのタワーディフェンス系のゲームも途中盛り込んであってこれも進めなくちゃいけなくって、
結局何時間やってたんだろう?って
今思い起こしたら、
すっかりスプラトゥーン3やんの1日1勝1ガチャのノルマのこともすっかり忘れていたわ。
なんかここまでお話の内容にジーンときたりボリュームがありすぎて、
これ私無課金でいいのかしら?って誘惑につられそうだけど、
なんか逆に無課金でいいのかしらってちょっと悪い気がしてくるような気もして……。
いや!
ダメよ。
課金はしないってのと、
これから4月の恐らくステラーブレイド発売日1周年に当てて来るであろうと思われる、
ステラーブレイドとNIKKEのコラボ企画で高級部隊チケットを今からコツコツと貯めていかなくちゃ!って魂胆なの。
あとこの今回のアーカイブのラストキングダムで登場してたキロってニケは今はガチャで引き当てることが出来なくって
タロスも四角くてカッコよかったから
いつか引き当てられっかな?って思ってたけど
超限定だったみたい。
うーん残念。
そんでさ、
「OLD TALES」は私その時NIKKE始めたばっかりで右も左も何も分からないまま、
いつシンデレラが部隊に追加したガチャ引き当てたのか全く覚えてなくって。
でもだんだん今分かってきたので、
そう言うことだったのねって。
多分イベント中のガチャで引き当てて部隊に迎え入れてるんでしょ?
「OLD TALES」もめちゃくちゃボリューム大きかったしね。
本編のストーリーの敵やボス今でいうところの巨鯨が倒せなくて進められなくなっちゃって、
困ってたんだけど、
放置している間こうやって過去エピソードのアーカイブを進めてみるのもなるほどねぇって思ったわ。
本当にこれ全部無課金だけど、
ここまで堪能できていいのかしら?って思うぐらいよ。
うふふ。
とてももたないわ。
レモン果汁を入れてみるホッツ白湯レモンウォーラーにしました。
朝のホッツはゆっくり飲んで
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
それまで病欠はほぼゼロで、体の丈夫さが取り柄だったのだが、まず2ヶ月ほどコロナ後遺症というやつに悩まされた。
倦怠感とブレインフォグ、あるいはその両方で、会社にも話して何とか低出力で勤め続けた。
それから2ヶ月半くらいが経過した頃、一度クタクタに疲れてからというもの、疲れが取れなくなった。
家事を犠牲にして8時間、9時間と眠っても体が重だるく、頭も回らない。病院で受けた検査にも異常はなく、コロナ後遺症が再発した疑いが…とのこと。
休み休み仕事に向かったが、コロナ感染時に消化していたこともあり、ここで有給が尽きる。
そして愚かなことに私は貯蓄ができない人間で、加えて手術や引越しで急な出費が重なったこともあり、なけなしの貯金もほぼゼロといった状態。
お金を手に入れてしばらく体を休めたいのが本音だが、そんなことは無理なので騙し騙し遅いペースで働くしかない。
最近は仕事中にも耐えられない倦怠感で休憩を取ったりすることがあり、どうしたものかと思う。
いっそ病名がつくとか、最低限のお金をもらいながら休めるようになりたい。
ブラインド・カーテンが想定していなかっただろう縦の漏れ日が、君の向かって左の肩と僕の右鎖骨下動脈を切り裂く。その無限の延長線は世界を二分するサポートベクトルになっているはずだ。このバカサポートベクトルが一体何と何を分類するのだろうか。僕と君とを分かたないし、最低料金プランの無料雑魚汁AとBとも分かたない。鍋に描かれる格安太極図に泳ぐ魚は灰汁を吐きながら、そもそも乾坤が真逆でありながらも互根であることを囁いている。
バカベクトルはこのクソ狭い古戦場の過剰なロビイングとグレーゾーンのインテリジェンスを分かたないであろう。四方で楚歌が聞こえる。マンダリンで。君の上瞼と下瞼の壮絶な引力を見て、それでもバカベクトルの根っこを探すために後ろへ駆け出すか、日が漏れ漏れのブラインド・カーテンとガラスをぶち破って前進し続けたかった。
雲の切れ間がブ漏れ日を強くした。太極図から生成され続けている無料の偽雲は荘厳に照らされ、それをブチ抜く君は神々しい、というと大げさだが偽神《デミゴッド》ぐらいのスゴみがあった。
日は落ちてラストオーダーが迫る。どうあがいても箸で掬えないもやしや細すぎる菌糸類がクタクタに泳いでいる。目を上げると、雲の行き交う光の筋に垣間見えた偽神《デミゴッド》は僕が生クリームの代わりにアイスクリームで作ったベシャベシャのクレープを笑った。
街中で突然倒れた人を見かけたら、まず声をかけて反応を確認し、必要に応じて救急車を呼ぶ。そして意識がない、呼吸もないといった状況なら、AEDを使って心肺蘇生を試みる。――これは、学校での救命講習や各種啓発イベントなどで何度となく耳にしてきた基本中の基本だろう。わたしも何度か講習を受けた経験があるし、いざというときに手をこまねいてしまわないよう、頭ではしっかり理解していた。実際、その知識が役に立つと思った瞬間があった。まさか、その行為が原因で後に大きな問題に巻き込まれるとは想像していなかったのだが……。
あの日、わたしは会社帰りに駅前の広場を通り抜けていた。残業続きでクタクタだったとはいえ、そこまで遅い時間ではなかったし、人通りも多かった。目の前で、一人の女性がふらふらと歩いていて、そのままバタリと倒れ込んだのだ。最初は何が起きたのかわからず、周囲の人も「大丈夫ですか!?」と声をあげていた。わたしは少し離れた場所にいたが、一瞬で「AEDが必要かもしれない」と頭をよぎった。
近くに設置されているAEDの場所は、駅前の広場にある公衆トイレの壁に設置されたケースの中だったはずだ。わたしは意を決して走り出した。「AEDを持ってきます!」と周囲の人に声をかけると、誰かが「お願いします!」と呼応してくれた。すぐに赤いボックスを取り出し、倒れた女性のもとへ戻った。
女性は目を閉じ、完全に意識を失っているように見えた。周囲には数人が集まっていたが、どうやらCPR(心肺蘇生法)を施せる人はいないらしく、誰も直接触れることができずに戸惑っていた。わたしはできるだけ落ち着いて「誰か救急車を呼んでください!」と叫び、同時に脈や呼吸の確認を試みた。わたしが医療資格を持っているわけではないが、研修で学んだことを思い出しながら、AEDのパッドを貼る準備をした。
そのとき、女性の服装は薄手のブラウスとスカートだった。AEDを装着するには上半身を露出させなければならない。わたしはできるだけ周囲の視線を遮るように上着を掛けるなどの配慮をしたつもりだった。そしてパッドを貼り、「解析中です」という機械のアナウンスに従いながら、電気ショックが必要と判断されたタイミングでボタンを押した。まるでテキストで習った通りの手順だった。
しばらくすると、女性はうっすらと意識を取り戻し、救急隊員が到着。たしかに緊迫した状況ではあったけれど、結果的にはAEDが功を奏したのか、彼女は命を取り留めたようだった。救急隊員が女性を運び出すとき「応急処置ありがとうございました」と言ってくれたのを覚えている。わたしは内心、ほっと胸を撫でおろしたし、自分がやったことが正しいはずだと信じて疑わなかった。
ところが、それから数日後、衝撃的な出来事が起こった。わたしが会社で仕事をしていると、受付から内線が入り、「警察の方が訪ねて来られています」と呼び出しがあった。慌てて応対に出ると、どうやら先日のAEDの件について話を聞きたいという。救助活動に関して事情聴取をすることがあるのは知っていたから、そのときは「あの日の状況説明かな」と思い、素直に協力するつもりだった。
しかし、警察署で説明を受けて初めて知ったのは、「助けた女性がわたしを訴えようとしている」という事実だ。正直、意味がわからなかった。そのときわたしに与えられた情報では、彼女が主張しているのは「不必要に胸を触られた」「身体を晒されて恥ずかしい思いをした」というものらしかった。わたしはAEDを使用するためにやむを得ず、服をめくり、胸にパッドを貼っただけだ。わいせつな目的などあるはずもない。警察の担当者からは「いまはまだ疑いの段階で、詳しく事情を聞かせてください」と言われ、まるでショックで頭が真っ白になった。
訴えられると言っても、すぐに裁判になるわけではない。まずは警察が事実関係を捜査し、検察に送るかどうかの判断が下される。その流れ自体はニュースなどで聞いたことがあるが、まさか自分が当事者になるなんて思いもしなかった。警察の取り調べは冷静で丁寧だったが、いざ尋問されると「AEDが必要だったんです」と言いながらも、自分がきちんと説明できているのか不安でたまらなかった。どんな些細な言葉尻を捉えられて、好ましくない形で記録されるかわからないからだ。
わたしが行った行為は「緊急避難」「正当行為」という文脈で正当化されるはずだ――多くの人がそう言ってくれた。会社の同僚や友人も「むしろ表彰されるようなことだ」「訴えられるなんて信じられない」と口々に励ましてくれた。それに救急隊員も「早い段階でAEDを使ってもらったことが幸いだった」という言い方をしていた。だからこそ、訴えられること自体が理解しがたいし、憤りすら感じる。
当の女性は、倒れたときの記憶が曖昧なまま搬送され、その後で周囲の人から「胸をはだけられていた」「男性が服を脱がせていた」といった断片的な情報を聞いたのだろう。さらにその“目撃情報”の内容が正しく伝わっていない可能性もある。結果として、「あの人に性的な意図で身体を触られたのかもしれない」という不信感が芽生え、誰かの入れ知恵もあって警察に訴えるという流れになったのではないか……そんな推測をするしかない。本人から直接話を聞ければいいのだが、今は弁護士を通じた対応しかできないとのことだった。
その後、警察での事情聴取は何度か続いた。具体的な手順を改めて説明するたびに、「AEDのパッドを貼るために胸を露出させる必要がある」「女性の場合は下着を外す、またはずらしてパッドを貼ることもある」といった、あまりにデリケートな部分の話を繰り返さなければならなかった。担当の警察官は専門知識を持っていて理解を示してくれたものの、自分自身のことをどこか客観視してしまうというか、いつの間にか「本当にやましい気持ちはなかったのか」と自問してしまう始末だった。わかっているのに、言葉を尽くしても、どこか孤独な気分になる。こういうのが"疑われる側"の心理なのかもしれない。
さらに、女性の代理人からは「意識のない状態で胸を晒されたことに強い精神的苦痛を感じている。損害賠償を検討している」といった内容の通告もあったと聞いた。その文言はわたしの耳に「感謝ではなく金銭を要求する」というふうにしか響かなかったが、本人の主張としては、「意図的に身体を見られたかもしれない」「AEDを使わなくてもよかったのでは」とまで思い込んでいるようなのだ。AEDに関する知識が乏しいまま、自分が倒れていたあいだに行われたことを全て悪意として捉えてしまっている可能性が高い。たしかに医療現場の知識を全く持たない人からすれば、ショックも大きいのかもしれない。でも、それでも納得いかないのが正直なところだった。
わたしとしては誠実に説明し、「あなたが助かって本当に良かった」と伝えたい。しかし、直接連絡を取ることは叶わない。救急隊員や目撃者の証言が集められ、また街頭カメラの映像からも、わたしの行為に「過剰さや悪意はなかった」と証明されるはずだと弁護士には言われている。「AEDが必要のない状況だった」という可能性は極めて低いし、第一、現場の判断としては心停止かもしれない、という最悪の事態に備えるのが当然の行動だ。むしろ何もしなければ、そのまま命を落としていたかもしれない。
結論から言えば、結局は不起訴処分で終わった。それでも、女性の代理人が民事での損害賠償請求を取り下げるまでにはもう少し時間がかかった。最終的には裁判所で「わたしの行為は緊急対応として必要不可欠であったこと」「医学的にもAEDの使用は正当な手段であり、やましい意図がなかったこと」が認められ、相手側も引き下がる形で決着した。長い長い時間と精神的な疲労を強いられたが、無事にわたしの"無実"が確定した形だ。
もしかしたら、「AEDの使用で訴えられたらどうしよう」という話は都市伝説のように囁かれていたのを聞いた人もいるかもしれない。わたし自身、その噂程度には耳にしたことがあるが、実際にそこまで発展するのは極めて稀なケースだろう。しかし、可能性としてはゼロではなかったのだ。女性本人のショックや、その周囲の偏ったアドバイス、あるいは金銭的な思惑が絡むと、こんなにもおかしな方向へ転がってしまうのかと痛感した。AEDを使うことが推奨されているにもかかわらず、こうした事例が広がると、いざというときに誰も助けようとしなくなるかもしれない。それが一番怖い。
今回の経験を通じて、わたしはあらためて「いざというとき、人を救う行動をとるのは大事」だと思う反面、「誤解やトラブルのリスクもゼロではない」ことを強く意識するようになった。だからといって、それを理由に救命行為をためらうのは本末転倒だし、AEDの普及や救命講習の啓発に逆行する。実際、わたしももう一度同じ状況に遭遇したら、必ず行動に移すだろうと思う。命を守るために必要な行為が「訴えられるかもしれない」と萎縮されるような世の中になってほしくないし、そうならないように、どうにか制度や理解がもっと進むことを願うばかりだ。
いま振り返ると、一番辛かったのは「そういう意図はなかった」ということを何度も何度も説明し、あたかもこちらが加害者であるかのように扱われる時間だった。無罪を勝ち取るとか、問題なく終わるとか、そういう言い方では表せないくらい、人を救おうとした行為を否定される精神的ダメージは大きい。世の中にはやはりいろいろな考え方があるし、誰もが医学的知識を十分に持っているわけではない。だからこそ、「AEDを使うときの手順や必然性、プライバシーへの配慮」について、もっとしっかりと周知される必要があるのだと思う。
最終的に女性とは直接会話をすることはなかったが、代理人を通じて「結果的に命を救っていただいたことを感謝しています」という伝言だけが届いた。それが真に彼女の本心なのか、あるいは形だけの言葉なのか、わたしには判断できない。だけど少なくとも、彼女が健康を取り戻したという事実そのものは素直に喜びたい。誰かの命を救う可能性があるAEDの存在意義は、決して否定されるべきではないからだ。
この一連の出来事は、わたしにとって大きな教訓になった。AEDの使い方や救命措置の手順を頭に叩き込むのは大切だが、それだけでなく、助ける側も「法的トラブルのリスク」を認識し、適切な配慮をしたうえで行動する必要がある。現場ではなかなか難しい話とはいえ、できる限り第三者の協力や証人を確保する、周囲の目がある場所で行う、といった工夫も大事なのかもしれない。救助者の立場を守るための仕組みも、行政や社会全体で整備されてほしいと切に願う。
結局のところ、人を助ける行為は尊いが、そこに伴うリスクを完全に排除することは難しい。それでも、誰かが命の危険にさらされているなら、迷わず手を差し伸べる世界であってほしい。わたし自身も今回の苦い経験に折れることなく、次に同じ状況が起きたら、やはり躊躇なくAEDを使うだろう。命を救うために必要な行為を、社会として後押しできるような意識とルール作り――それが進んでいくことを強く願っている。
ある日のことだった。私は仕事帰りに最寄りの駅から自宅へと向かっていた。疲れた体を引きずりながら、早く家で休みたいという一心で足を進めていた。その日は特に長い会議が続き、頭も体もクタクタだった。
駅の改札を出ると、前方に小さな子どもとその母親らしき女性が見えた。子どもは興奮気味に大声を出しながら、周囲を走り回っていた。母親は必死に子どもを追いかけ、「〇〇ちゃん、危ないからやめなさい!」と声をかけていたが、なかなか言うことを聞かない様子だった。
その子どもは私の方へと一直線に走ってきた。避けようとしたが間に合わず、ぶつかってしまった。「痛っ!」と思わず声を上げると、子どもは笑いながらまた走り去っていった。母親が駆け寄ってきて、「すみません、本当にごめんなさい」と何度も頭を下げた。私は苛立ちを隠せず、「ちゃんと子どもを見ていてください」と少し厳しい口調で返した。
家に帰ってもその出来事が頭から離れなかった。疲れているところにあのようなことが起き、ますます気分が沈んだ。なぜあの母親は子どもをしっかり見ていないのか、なぜ子どもはあんなに騒ぐのかと、もやもやと考えていた。
数日後、同じ時間帯に駅を利用すると、またあの親子に遭遇した。今度は子どもが駅のベンチに座り、大声で歌を歌っていた。周囲の人々は少し距離を置きながら、その様子をちらちらと見ていた。母親は優しく子どもに話しかけていたが、子どもは夢中で歌い続けていた。
その時、私はふと立ち止まり、その母親の顔をよく見た。疲れと困惑が混じった表情であったが、どこか愛おしげに子どもを見つめていた。その姿を見て、何か胸に引っかかるものを感じた。
帰宅後、発達障害についてインターネットで調べてみることにした。子どもの中には、周囲の状況を認識するのが難しかったり、自分の感情をコントロールするのが難しい子がいることを知った。また、親も日々大変な思いをしながら子育てをしていることが書かれていた。
私は自分の無知を恥じた。あの日、私は自分の苛立ちをあの母親にぶつけてしまったが、きっと彼女も毎日懸命に頑張っているのだと気づいた。
それからは、駅であの親子を見かけるたびに、少し離れた場所から見守るようになった。子どもが楽しそうに歌っているとき、母親がほっとした表情を浮かべる瞬間を何度も目にした。
ある日、子どもが私の方に駆け寄ってきた。前回のこともあり、一瞬身構えたが、子どもは手に持っていた小さな花を私に差し出した。「これ、あげる!」と無邪気な笑顔で言った。驚きとともに、「ありがとう」と受け取ると、子どもは満足げに母親の元へ戻っていった。
母親は少し戸惑いながらも、「すみません、この子が急に…」と声をかけてきた。私は微笑んで、「いえ、素敵な贈り物をいただきました」と答えた。母親はほっとした様子で、「ありがとうございます」と頭を下げた。
その瞬間、私は自分の心の中にあった偏見や誤解が解けていくのを感じた。人はそれぞれ違う背景や事情を抱えて生きている。自分の知らない世界があり、そこには自分が想像もしない苦労や喜びがあるのだと実感した。
それ以来、私は周囲の人々に対して少しだけ優しくなれた気がする。迷惑だと思っていた出来事も、見方を変えれば新たな気づきや学びに繋がるのだと感じた。
久々に炒め物をして、本当に料理が嫌いだということを思い知った。
換気扇の音がうるさい。まずこれだけで割と気が狂いそう。耳栓するときとしない時があるが、今日は耳栓を自分の部屋に取りに行くのがめんどくさすぎてしなかった。
この中で作業をしていく。
キャベツを千切って洗い、火を点ける。
最初から油を入れると過剰摂取になるため、最初は水を入れとく。
これで油が跳ねる恐怖を軽減。
続いてほうれん草を入れる。
しばらくしてニンジンを入れる。
ほうれん草を冷蔵庫から取り出し、千切って洗っている間、水は足りているか、火加減は大丈夫か、キャベツは焦げて無いかを確認しなければならない。気が狂う。
全部入れたら炒めつつ、お酢を取り出す。
お酢の蓋が硬くて開かない。焦る。
火加減を見なければいけないのに、とイライラしながらその辺にあった物でテコの原理を利用しつつ、お酢の蓋がやっとあく。
まぁまぁ多めの量をぶっかける。
火加減に焦りつつ、ツナを取り出し、入れる。
この辺で水気がなくなってくるので少し焦げてることに気づき、パニックになる。
火を弱めつつ、頑張ってかき混ぜる。
しばらくしたら醤油を入れて塩を振る。塩出しすぎたか!?分からん!?
もー!と焦る。
味見したら、何なら味が薄い。
とても腹が立つ。怒りながら、醤油を多めに入れる。
味見したらちょうどいいくらいだった。
これ以上やったら焦げるので火を止める。
やっと野菜炒めができた。
ニンジンが若干硬い。
もう少し火が通ってる方が好みだったかも。
ここまで30〜40分くらいかかった気がする。
料理時間が大嫌いで、少しでも短くしたいのに、こんなにも時間がかかったという事実にまた凹むし、イライラする。
ずーっとパニックだし、ずーっと焦ってるし、その割にめちゃくちゃ美味しいものが出来るわけでもないし…。
頭の中でシュミレーションしている時はもっとスムーズにいくはずなのに、という現実と理想のギャップにもイライラする。
ずっと思い通りにいかない。
料理中、緊張と怒りでほとんどずっと息が止まっている気がする。
すごく疲れる。
終わるといつもクタクタだ。
3日分の作り置きは完成した。これだけ苦労して、3日しか楽できない。
卵焼きなどは別で焼く必要があり、結局ほぼ毎日何かを料理している気がする。
やっぱり鍋の方がまだ楽でいい。あれも、準備段階ではずっとパニックだけど。
料理に向いていないんだろう。
単純作業の繰り返し。
ひょっとすると、毎日こんなにきちんと栄養摂らなくてもいいんだろうか?
みんなこんなにしっかり食べてないんだろうか?
生きるの向いてねぇな、と度々感じる
それでも充実した休日を過ごしているという見栄は張りたい
普段動いてないから休日くらいは体を動かさないと早めに死んでしまう
思ったより寒い。
そもそも徒歩でいったら美術館着くころにはクタクタだ 観賞できるのか?素直に電車に乗るべきでは?
うるせぇなぁ どうせベストコンディションで観たところで良くわかんねぇからいいんだよ 歩け
大体、キース・ヘリングって落書きみたいな奴だろ?カラフルな棒人間みたいなのが組んずほぐれず48手みたいな奴だろ?
んなもん適当に眺めりゃいんだよ
天気が良いので、日向を歩けば丁度良い
だが日陰に入ると手袋が欲しい 耐えつつ歩く
道中、世話になった眼科が取り壊されているのに気が付く
「眼圧高めだからなるべく定期的に来い」とか言ってたくせに。俺を置いて逝くな。まぁリフォームとかかもしれないが。
途中、コンビニで一息つく。
本のコーナーになぜか、オリジナルのアンパンマンの絵本が置いてある。
初めて見たな パラパラめくってみる
アンパンマンは砂漠で飢えている男に顔を食わせて助けていたが、お茶も一緒にあげて欲しい
絵本を棚に戻し、缶コーヒーを買って、飲む。コンビニを出て、さらに歩く。
その後、特に面白いこともなく、無事に美術館にたどり着く。いやー疲れた。
ここまで1万2000歩くらい歩いたらしい。でも思いのほか元気だ。まだやれる
「うわっ、寒っ!」美術館の入り口ですれ違ったオッサンがつぶやいた。なるほど、中は暖房が効いている
なんか誰かと誰かの対談イベントがあるらしいが、定員に達したから観覧は無理らしい。そういわれると見たくなるものだな。
悔しがっても仕方がないので、チケットを買って進む
キース・ヘリング、若くして亡くなってたんだな そしてゲイだったのだな
結構年配だと思ってたのは、アンディ・ウォーホルと混同してたんだろう。まぁアンディがいくつで死んだのかも知らんけど。
ビジュアルは誰かに似てるなぁと思って考えてみたら、バキ童さんだわ
俺が「○○さんは□□さんに似てるよね」って言ってみて賛同された記憶が無いので、おそらくそんなには似てないだろう。だが俺にとってはそう見えた。
あの人も数十年後には時代を代表するアーティストになってるかもしれないな。何やってる人なのか知らんけど。
キースはサブウェイ・ドローイングなるものを考案した?実践した?みたいな解説を読みつつ、「あーこれこれ、なんかどっかで見たヤツ」と思いながら歩を進める
あと、アートで世界を平和にできると信じて活動してたとか。いいヤツだなキース
アンディ・ウォーホルとの合作?コラボ作品?も出てきた 仲良しだったのか?ディズニーは嫌いだったんだろうか
熱心にメモを取りながら鑑賞している人、連れと感想を言い合いながら見ている人、お客さんも色々だった
キースの作品が表紙の「ぴあ」の雑誌とか、招き猫とか、サイン入りのジャンパーが展示されていた
一番、気に入ったのがこのエリアにあったので、撮影が出来ず残念だった。
犬の横にキースが自分の名前をカタカナで書いていて、その文字がなんかめちゃくちゃ可愛いやつ。
何で撮影ダメなんだよ、ケチ。ぴあが許可しないからか?おのれ、ぴあ。
仕方がないので、目に焼き付けたはずだが、もうあまり覚えてない。歳は取りたくないな
今夜は何か温まるものを食べるため、スーパーに寄って帰ることにする。
何が言いたいのかと言うと、みんなもなるべく歩いて健康になろうぜ、と言う話。
お前、何してんだよ。コンビーフと玉ねぎを炒めて、麺つゆで煮て、卵かけて…これが一体、何の料理だと思ってんだ?「玉子をトゥルルってかけて」って、まるで料理のプロがやるような気軽さで言うな。そんな手間かけて、あのコンビーフの油っぽさと甘辛さを出してどうすんだよ。
歴史的に見ても、料理に「シャッと炒めて」なんて手順、無駄にするだけだろ。江戸時代の料理人たちが、どれだけ手間をかけて味を調整してたか知らないのか?「煮る」「焼く」「蒸す」これらの技術を駆使して、味に深みを出すのが料理の本来の姿だろ。
そもそも、麺つゆだのコンビーフだの、安易に「時短料理」を求めるのが甘いんだよ。こんなことで満足してると、江戸時代の名料理人・村田吉三郎がどんな目でお前を見ていたことか。料理は手間をかけてこそ、魂が込められるんだぞ。
それと、「ホカホカの炊きたてごはん」って、いいわけじゃないんだよ。白ごはんを使うのは大事だが、それだけで満足してんじゃねぇよ。歴史上、米を食べることの重要性を理解していた者たちを見習え。天皇や大名の食卓でも、米一粒を無駄にしないよう、心を込めて食べてたんだぞ。
「甘めにクタクタになったのを」って、あれはただの味付けの問題じゃない。自分の手間や時間を無駄にするような食べ方をして、料理をおろそかにしているってことだ。
親ってすごい
自分のガキとはいえ、他人のために金をじゃぶじゃぶ使えるのすげえ
仕事で疲れてるのにガキのために家事してるのやばい。帰ったらクタクタでそんなことできないって
ここまでしてくれるのにそのガキが有難みにしっかり気付くのは何十年も先だし、その間ガキはクソ生意気だし時々親の悪口も言うのに放棄しなかったのすげえ
悪いことしたら普通に叱られはしたけど、育ててやってるから言うこと聞け的なことは一度も言われた覚えないな。すげえよ、自分だったら金使ってやってるのに何してるんだこのガキってちょっとでも思う
ガキが成人して独り立ちしたあともいつでも帰っておいでと言えるのすげえ。ガキのこと気にせずゆっくりする時間とか欲しくないんか
なんか、なんかすげぇなぁ