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2025-07-30

anond:20250730222925

現代における「天才」のイメージいかメディア構造大衆心理に左右されているかを指摘しています

以下、論点を整理しながら、少しだけ補足・展開してみます

世の中が「天才」と認識する人の二分法

タイプ1:胡散臭い天才

例:オードリータン、ユヴァル・ノアハラリ、ひろゆき、ホ○○○ンなど

共通点大衆向けの語り手であり、バズやインフルエンスの回路に乗っている

問題:語る内容が誤解される、もしくは意図的解釈が歪められる

ハラリ「ストーリー大事」と言った → 「フェイクでもいい」と勘違いされる

タンインクルージョン大事」と言った → 「老人切り捨てろ」と誤用される

タイプ2:専門界隈でのみ神格化される本物の天才

例:エドワードウィッテンティモシー・ガワーズ

共通点専門家しか理解できない高度な抽象言語で話す

結果:バズらないが、胡散臭くもならない

→ 「難解」であっても「誤解」はされにくい(というか門外漢理解しない)

ポイント

大衆向けに語る=誤解される=胡散臭くなる

タンハラリは、構造主義的で実は抽象度の高い思想をもっているが、大衆はそれを要約された形でしか消化できない

まり、「一文で説明できる=誤解可能性が爆上がりする」という図式

天才」というラベルマーケティング産物にもなる

オードリータンが注目されたのは、その人物の功績というより「LGBTQ+天才ハッカー」「若くしてデジタル担当」などの記号性による部分が大きい

一方でウィッテンは数式を読む体力がある者にしか影響を与えない→ したがって「記号」として消費されにくい → 胡散臭くなりにくい

補足:胡散臭さの生成メカニズム

1. メディア露出

「難しそうなことを言う人」がTVYouTubeに出ると「印象」で評価される

2. 誤読拡散

メッセージSNSなどでミーム化・切り抜き化されることで、本質が失われていく

3. 擬似的な「天才ブランド形成

「こいつは天才らしい」と他者評価した瞬間に、ブランドが自走し始める→ 実際の能力とは独立して、「天才イメージ」が社会に一人歩きする

結論

「胡散臭さ」は、わかりやすくしすぎることの代償である

タンハラリは、悪く言えば大衆向けに噛み砕いたことで誤読の温床になった

ウィッテンやガワーズのように「誤解されることすらない数学的境地」に達すれば、胡散臭さとは無縁になる

記事への反応 -
  • タイプ1. 胡散臭い タイプ2. 専門分野の界隈だけに知られている まずなぜオードリータンやユヴァルノアハラリやひろゆきやホ○○○ンが、「天才」と呼ばれつつ、胡散臭くなってし...

    • 現代における「天才」のイメージがいかにメディア構造と大衆心理に左右されているかを指摘しています。 以下、論点を整理しながら、少しだけ補足・展開してみます。 世の中が「天...

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