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2025-05-26

わたしにとって、ちょうどいい。

毎週末、私は電車で30分掛けて、とある喫茶店へ向かう。

その店を知ったのは本当に偶然だった。

たまたま』今まで降りたことすらない駅で下車する用事があり、

たまたま』早く着きすぎたので時間を潰せる場所を探した時、

たまたま』一番近い店がそこだったのだ。

グーグルマップを頼りに辿り着いたその店は「普通喫茶店である」という事前情報がなければ、殆どの人が「入ってみよう」とはならない外観だった。

まず地下に続く薄暗い階段入口で、店内の様子が外から全くわからない。

一応、入口にkeycoffeeの看板はある。

よく見れば上に店名も書いてある。

……だが、両隣の店舗が地上にあって目立つ外見をしているし、そちらへ少しでも注意を払ってしまうとまず見過ごしてしまう、そんな店構えだった。

その細い階段を、おっかなびっくり下ってドアを開ける。

すると、まず目に飛び込んだのは柔らかな間接照明に照らされる飴色の壁紙

ゆったりとしたクラシックBGM

店の入口脇には小さな本棚と、古い漫画単行本

ロマンスグレーを形にしたようなマスターと、柔和で人好きのする笑顔が素敵なママさんが切盛りする、そんな喫茶店

絵に描いたような昭和喫茶店が、そこにはあった。

初回の訪問時、『たまたま』小腹が空いていたのでコーヒーハムチーズトーストを頼んだ。

注文した商品提供されるまでの時間何気なく周囲を観察する。

店内に居る客の年齢層は全体的に高め。スマホ新聞を片手に煙草をふかすおじさん達が大勢いる。

……そう、この喫茶店は全席喫煙可。

この喫煙者が疎まれがちな時代に全力で抗うスタイルからこそ、昔から常連らしきおじさん達が多いのかも知れない。

そんな事を考えていたら、コーヒートーストが届いた。

コーヒーも美味しかったのだが、このハムチーズトーストこそ私がこの店に通うようになるきっかけであり、心を捉えて離さな一品だった。

表面をこんがりと焼かれた厚切りパン

その間へハムチーズ、そしてキュウリの薄切りが挟まれたそのトースト

別段お洒落でも、誰もがとびきり美味しいと言いはしないだろう。

しかし、それを齧った時、私の口の中が懐かしさでいっぱいになった。

……遥か昔、祖母が作ってくれたトーストそっくりだったのだ。

私がまだ幼い頃、夏休みの間は祖母の所へ預けられていた。

クソガキだった私の世話を押し付けられていたというのに、祖母はいつでもニコニコ笑顔で世話を焼いてくれていた。

彼女は良く『若い子はおばあちゃん料理じゃ満足出来ないよね』と言っていた。

祖母の作る料理に対して不満など一切なかったし、何か文句を言ったことなどなかった。

だが、彼女彼女なりに孫である私の好みそうなものを作ろうとしてくれていた。

と言っても、戦争経験者であり田舎に住む祖母が作るものである

トーストに何か挟んであれば今風』くらいの感覚で作られたものが多かった。

そんな彼女が作ってくれた食事の中で、私が特に喜んだのがハムチーズと薄切りキュウリを挟んだトーストだったのだ。

カリッとしたパンの食感と、焼かれたパンに挟まれて少しとろけたチーズとほんのり温まったハム

そこへ薄切りのキュウリが歯ごたえを足す。

幼い私が喜んでがっついていたのを、祖母笑顔で見守ってくれていた。

以来、帰省するたびに彼女はそのサンドイッチを作ってくれた。

……そんな祖母が亡くなって早十数年が経つ。

思い出の中に消えたと思っていたそれに、この時再び巡り会えたのだ。

店の名誉の為に言っておくなら、もちろん祖母が作ったものよりも絶対に美味しい。

……だが、味の構成が私にとってものすごい郷愁を呼び起こすのだ。

初めてそれを口にして以来、私はこの喫茶店に週一回は必ず通うようになり、既に2年程が経過している。

週末にこれを食べることが、私にとって1週間の終わりであり始まりなのだ

辛いことや悲しい事があった時でも、「週末になればこれを食べに行ける」と考えれば乗り切れる。

これは私にとってちょうどいい食事であり、忙しい生活の中で心の平穏を保つために必要ことなのだ。

毎回頼んでいたからか、今では席に着くとお冷とおしぼりを持ったママさんに「いつものでいい?」と笑顔で聞かれるようにまでなってしまった。

その笑顔が、亡くなった祖母に重なる。(これも名誉の為に言っておくならば、ママさんは祖母より若い美人さんだ)

単なる行きつけの喫茶店なのに、毎回まるで帰省たかのような気分になってしまう。

いつまで店を開けていてくれるかは分からないが、この店が存在する限り私はこの喫茶店へ通うだろう。

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