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2025-05-14

仕事疲れた夜は歩道橋に向かう

仕事疲れた夜、俺は歩道橋に足を向ける。

群青の空に街のネオンが灯り始める七時過ぎ。

駅を出て、コンビニの灯りを横目に階段を登る。

呼吸はゆっくりと落ち着いていき、心のざわめきが夜に溶け始めるころ、橋の真ん中へとたどり着く。

その場で見下ろす。

黒いアスファルトの海。光の群れが流れている。

赤、白、黄、青。

ヘッドライトとテールランプが音もなく駆け、まるで五線譜に書き込んだ符号エンジェル

首元のネクタイをシュルシュルと解く。

首を絞めていた糸がほどけると、呼吸が深くなる。

隣に置いた鞄から銀色タクトを取り出す。

今夜も夜のオーケストラの始まりだ……

かに腕を上げ、ひと振り。

エンジン音が低音を奏で、信号の点滅がリズムを刻む。

クラクションは不意に飛び出すホルンブレーキ音は長く引き伸ばされたヴィオラの嘆き。

そのすべてが、今夜だけは俺の音楽だ。

終わることのない搾取疲弊、反復とルール、それらすべてに捧げる――資本主義のための鎮魂歌レクイエム

俺は演奏する。

車の群れと、街灯と、俺自身疲労をもって、この無名交響曲を完成させていく。

仕事疲れた夜は、歩道橋に向かう。

東京と呼ばれる狂騒のなかで、ただ一夜の美を奏でるために。

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