三行まとめ
そろそろ「日本政府が大量の借金をしても財政破綻しないのは、対米輸出黒字による米ドル債権保有があるからで、もし米国が対日関税を引き上げて日本の米ドル債権を減らせば、円の信用が低下して財政破綻する」という主張が出てきそうなので、前もって調べてみた。
まず基本的な事実として、日本の公的債務残高はGDPの2倍以上で先進国中でダントツに高い。でも長年にわたって破綻していない。なぜ破綻しないのか、その理由を整理すると、いくつかの要因があることがわかる。
一番大きいのは、日本の国債がほぼ全て円建てだということ。外貨建ての国債を発行していないから、最悪の場合は日銀による通貨発行や金融緩和で債務不履行を回避できる余地がある。この点はギリシャなどとは全然違う状況で、ユーロという自国でコントロールできない通貨で借金していたギリシャと違って、日本は自国通貨で借金しているから支払い不能になる直接的リスクは低い。
次に、日本国債の保有者構成も重要。国債のほとんどは国内の機関投資家・銀行・日銀が持っていて、海外投資家の保有は2023年度末で約13.7%程度にすぎない。つまり国内で資金が循環していて、日銀も大規模な緩和で国債を買い支えている。だから政府債務が増えても長期金利が急上昇せず、「狼少年」論まで生まれるほど安定している [1]。
それから意外と見落とされがちだけど、日本政府も相当の金融資産を持っている。社会保障基金の積立金や外貨準備など。だから表面上の債務だけでなく、資産を差し引いた「純債務」でみると対GDP比は150%程度になる [2]。それでもかなり高いけど、単純な債務総額ほど悪くない。日銀保有の国債も政府と連結すれば実質的に身内の債務だし。
あと日本は長期にわたる低インフレ環境で、金利も抑えられてきた。名目金利より経済成長率が低い状況が続いたけど、金利自体も極めて低かったから政府の利払い負担は重くならなかった [1]。
つまり、自国通貨建て債務、国内資金でのファイナンス、中央銀行の後ろ盾という3つが日本の強みで、これが破綻を免れてきた主因なんだよね。
じゃあ、対外的な要因はどうなんだろう?日本は確かに世界最大の対外純資産国で、対外純資産は令和5年末で約471兆円もある。33年連続で世界一の純債権国の地位を保っていて [3]、外貨準備も2023年末で約193兆円と世界第2位 [1]。この状況が円の国際的な信用を高めている面は否定できない。
円が安全通貨とみなされて有事の円買いが起きるのも、日本の対外資産の大きさが背景にある。巨額の対外資産があるから、何か国際的な危機があっても、むしろ円が買われるという現象が生じる。海外に持っている資産を危機時に本国へ還流させる動きがあるからだ。
でも重要なのは、この対外資産が円の信用を支えているのは間接的な効果だということ。円は変動相場制の法定不換紙幣で、金本位制のように米ドル資産で直接価値を担保しているわけではない。対外資産の役割は支払い能力と非常時の外貨調達力を示すことであって、円建て国債の担保ではない [2]。
研究者も指摘しているけど、対外純資産の多寡が財政危機と直接関係するのは、公的債務が外貨建ての場合に限られるんだよね [1]。日本の場合は債務が円建てだから、対外資産との直接的な関係は薄い。もちろん潤沢な外貨準備は市場の安心感につながるし、万一円が急落した時に為替介入する余力を示すという意味では間接的に支えになっている。
そう考えると、「米国が対日関税を引き上げたら日本は財政破綻する」という論理にも無理がある。確かに関税引き上げは日本の輸出と貿易黒字を減らす要因にはなるけど、近年の日本の経常収支は貿易黒字より第一次所得収支(海外投資からの収益)に支えられる構造になっている。実際、2022年はエネルギー価格高騰で貿易収支が▲15.7兆円の赤字になったのに、海外からの利子・配当などの所得収支が+35.2兆円と過去最大の黒字で、経常収支全体では+11.5兆円の黒字を維持した。つまり「貿易赤字でも経常黒字を保てる」段階に日本経済は進化している [4][5]。
しかも為替レートの自動調整メカニズムも働くはずで、輸出減少→円安圧力→輸出企業の採算改善・輸入縮小というルートで、関税ショックの一部は吸収される可能性が高い。
万一、米国の関税措置で円安が進み、海外投資家が日本売りに走るようなことがあっても、潤沢な外貨準備と債権国という信用クッションがある。仮に国債への信認が揺らぐ局面でも、日銀が国債買い入れを増やして金利急騰を抑え、財務省が為替介入で過度な円安を食い止める余地がある [1]。実際、財務省は「外貨準備は有事の為替介入に備えるもの」という姿勢を示しているし、「米国債売却など極端な対応は控える」方針を明らかにしている [6]。
もちろん長期的な視点では懸念材料もある。日本が恒常的な経常赤字国に転じてしまえば、対外純資産を取り崩すことになり、いずれ「世界最大の債権国」の座も失われるだろう。そうなれば円の安全通貨としての地位も揺らぎ、海外からの資金流入なしに国債を消化できなくなる恐れがある。特に高齢化で国内貯蓄が減少する中、海外投資家の国債保有比率が上昇すれば、資本逃避リスクも高まる。
結局のところ、「日本が財政破綻していないのは対外資産が円を信用たらしめているから」という主張には一部真理が含まれるけど、それが主要因ではない。円の信用は国内経済の安定性と政策当局への信頼に支えられている部分が大きく、外国から稼ぐドルが多少減っただけで崩れるほど脆弱ではない。
「米国頼みの外貨が全て」と考えると本質的な問題を見誤る。日本は確かに外貨建て債務はゼロだが、「自国通貨建てだから絶対安心」という慢心も禁物 [2]。信認失墜による資本流出や通貨急落は現実に起こりうるリスクで、財政・経常赤字の累積によってじわじわ高まる可能性がある。米国の通商政策はその一因に過ぎない。
大事なのは、日本自身が中長期的な財政健全化策を講じつつ、経常収支の黒字基盤(輸出競争力や対外投資収益力)を維持すること。そうして初めて「国債と通貨への信認」を将来にわたって確保できるんだと思う [2]。
極論として「日本はドルをたくさん持っているから大丈夫」も「日本は借金まみれで明日にも破綻する」も正確じゃない。現実はもっと複雑なバランスの上に成り立っている。公的データを冷静に分析すると、日本の財政状況は確かに厳しいけど、すぐに破綻するものでもないし、対米貿易だけで決まるものでもない。長期的な視点で財政再建と経済成長の両立を図ることが本当に必要なことだと思う。財務官僚っぽい結論になったが、そーいうこと。
[1] https://www.cirje.e.u-tokyo.ac.jp/research/workshops/public/paper2025/public0425.pdf
[2] https://www.mof.go.jp/english/policy/budget/budget/fy2024/02.pdf
[3] https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/reference/iip/data/2023_g.htm
[4] https://www.boj.or.jp/statistics/br/bop_06/exdata/data/bop2022a.pdf
[5] https://www.jef.or.jp/journal/pdf/249th_Economic_Indicators.pdf
[6] https://jp.reuters.com/world/us/FHK2PFAGTFKTVNU3XGIKAACMEM-2025-04-09/