転職回数10回以上、社会不適合者、そんな私がありがたいことに専業主婦にしてもらえた。
結婚というのは福祉以上に福祉の側面があり、私のような社会に馴染めない女性が生きていくための救済措置の機能もあると思う。
料理好きの旦那は毎日料理をしてくれるので、私のやる家事は主に洗濯と食器洗いだけ。
なんてありがたい環境だろう。
それでもやはり肩身は狭い。
旦那に働くことを求められてはいないものの、こんなのは形だけの専業主婦で実質無職ではないか、しかし社会に出るのも苦しくて苦しくて仕方無い、肩身が狭いと思いつつも今日も今日とて旦那の庇護のもと専業主婦(という名の無職)の身分に甘える、そんな私は社会不適合者ではあるものの運だけはその辺の人よりだいぶ良い。
こんな私と旦那は何故結婚したのか、何故この状況を許すのか、それを昨夜聞いてみた。
「家事が100点で夜の生活が0点でも困るし、家事が0点で夜の生活が100点でも困る。増田はどちらも50点だし、これで家庭は回っているからそれでいいかなって」ときた。なるほど。
私の周りの男性達は、彼女や奥さんが夜の営みの最中に何もしないことや積極的でないことを嘆いていた。
その点、私ときたらエロの知識は主にエロゲなのでお掃除フェラまでお手の物だ。
後に知ったが、お掃除フェラはその道の仕事の人くらいしかしないらしい。
「ちんこをしゃぶったくらいで労働が免除される生活が手に入るのか」と思われるかもしれない。
旦那の反応を見てどういう舐め方が今の旦那に刺さるのかを確認する、舐めるべきか、吸うべきか、強さはどのくらいか、私は旦那のちんこに熱い探究心を持っている。
でも、できれば家事も免除されますようにとはちゃっかり思っている。
こんな内容をネットに書く時点で自分が社会不適合者だと改めて思い知らされる。
まともな人はこんなことをネットといえど書かないのだ。
はたから見たら、「あそこの家の奥さんは働きもしないで家事もほとんどやらないで、普段何しているんだろうね」と思われているだろう。
かろうじて残った私の社会性が、「ちんこをしゃぶって旦那を癒しています!」と叫ぶのを思いとどませる。
同時に、「私はこんなに旦那のちんこをしゃぶっているのに何もしていないと思われるなんて!」と肩身が狭くなる。
どうか世の男性はちんこをしゃぶられることで、いかにストレス発散になるか、明日の仕事をやる気になるか、それらを声高に叫んでほしい。
そうすれば普段ほとんど家事もせず、仕事を全くしていない私も少しだけ生きやすくなるのだ。
自分のことをほんの少しだけ許せるのだ。
かと言って、現状を開き直れるほどの強さも無いのだ。
この文章がふざけて見えるだろう。
リアルに泣いた。
生きづらくて仕方無い。
私がちんこをしゃぶることで旦那は癒される、私は仕事を免除される、皆幸せだ、もうこれでいいじゃないか。
誰か「これでいいじゃないか」と言ってくれ。
私に開き直る力をくれ。
童貞ですが、愛情表現としてちんちんをしゃぶってくれる女性が世の中にいると思うだけで たとえその対象が自分ではなくても世界に希望を持つことができます
自分ができることとちゃんと向き合ってて増田は偉いと思います。 私にはもう夫はいないけど、自分ができることを頑張ろうと思いました。