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2025-02-21

電脳フィルター

電脳フィルター」が実用化されてから世界はより快適になった。

人々の視界には、それぞれの思想や嗜好に合わせた映像が映し出される。

過激表現が嫌いな者はそれを除外し、理想の世界をその目に映すことができるのだ。

社会全体の争いを減らし、精神的安定をもたらす技術として歓迎され、多くの人々がこぞって導入した。

 

カナもその一人だった。彼女フェミニストとして活動し、ジェンダー平等推し進めることを生涯の使命としていた。

電脳フィルター機能の一つ、「ジェンダーバイアス修正モード」をオンにしたことで、彼女の視界から性差別的な表現がすべて削除されるようになった。

女性身体を過度に露出させた広告も、男性中心の権威的な映像も、すべてが適切な形に修正される。

 

街を歩くと、彼女の目に映るのは洗練されたデザインポスターだけだった。

コンビニ雑誌コーナーに並ぶグラビア誌も、政治家発言を伝えるニュースも、すべてのコンテンツが公平で中立な形に変換されている。

彼女世界は、理想に満ちたものになっていた。

 

だが、ある日、彼女は奇妙な違和感を覚えた。

街角電子看板に映し出されたCMを見たときのことだった。そこには、彼女がよく知るブランドの新作スーツが映っていた。

モデルは、確かに女性だったはずだ。だが、彼女の目には、男女の区別がつかない曖昧人物が映っていたのだ。

おかしい……」

フィルター適用されすぎて、女性らしさも男性らしさも薄められてしまったのかもしれない。

気になって電脳フィルターの設定を確認しようとした。しかし、エラーが表示され、設定画面にアクセスできなかった。

 

彼女さらに周囲を見渡した。店員、通行人ポスターに映る人物——どれも性差のない、均一化された存在へと変わっていた。

声すらも、どこか人工的で、抑揚のないものに聞こえる。

まるで、この世界に「女性」も「男性」も存在しなくなってしまたかのようだった。

恐怖を覚えたカナは、急いで自宅に戻り、電脳フィルターオフにしようとした。

しかし、解除ボタンはすでに消え去っていた。画面には、ただ一言、表示されている。

 

適応完了——あなたの望んだ世界です」

 

彼女は息を呑んだ。これは自分の望んだものだったのか?

その問いに答えを出せぬまま、彼女は無音の世界に取り残された。

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