令和のスーパーカブに、新興企業の1人乗りEV人気-受注トヨタ超え
高橋ニコラス-
充電5時間で100キロ走行、広島のKGモーターズが年1万台量産へ
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走行性能や維持費の低さに強み、群雄割拠の小型モビリティで勝機
電気自動車(EV)の普及が一向に進まない日本で、広島県のスタートアップ企業が開発した1人乗りの超小型EVが受注を伸ばしている。環境意識の高まりや高齢化などで移動手段のあり方が激変する中、開発者は日常の足として広く受け入れられる国民車に育てたいと意気込んでいる。
KGモーターズ(広島県東広島市)が開発したEV「mibot(ミボット)」は全長約2.5メートルで全幅約1.1メートル、重量は430キロと小ぶりながら家庭用コンセントで約5時間で充電が完了、100キロメートル走行できる。税込み価格は110万円となっている。
現在は車の量産に必要な型式指定の手続きを進めている。同社によると2027年6月までに納品を予定している3300台のうち既に2200台を超える注文を受けた。これはトヨタ自動車が昨年に日本で販売したEV販売台数(約2000台)を上回る。
人気の背景には最近の法改正などでミボットが分類される「第一種原動機付き自転車」(ミニカー)の使い勝手が高まっていることがある。ミボットは屋根付きで最高時速60キロメートル、二段階右折が不要など原付バイクにないメリットがある。それにもかかわらず車検は不要で自動車税も二輪車並みに安いため維持費が低く抑えられる。
環境意識の高まりから世界の大手自動車メーカーは走行中に二酸化炭素(CO2)を排出しないEVへのシフトを進めてきたが、価格や充電時間、航続距離などの課題が解決されず、近年は販売鈍化の傾向が強まっている。車の性能を必要最低限に落としてコストを下げることで多くのユーザーを取り込むKGモーターズの取り組みが成功すれば、EVの新たな価値を示すことにもつながる。
ジープ、ポルシェ規模
KGモーターズは今年10月から東広島市内の新工場で生産を開始する予定。来年度から本格的な量産に乗り出して早期の黒字確保のめどもついており、28年6月期に年間1万台の生産を目指すという。昨年の国内での輸入車登録台数との比較ではジープやポルシェなどに近い規模だ。
車のカスタムパーツを扱う会社を起業した経験を持ち、22年にKGモーターズを設立した楠一成最高経営責任者(CEO)は、ミボットの利点について車と原付バイクの「一番おいしいところ」を取れる点にあると説明。利便性の高さで戦後の日本で人気を集め、累計生産台数が1億台を超えるホンダの二輪車になぞらえて「令和のスーパーカブ」を目指したいと述べた。
道路運送車両法や道路交通法上の車両区分見直しなどに伴い、最近は電動キックボードやペダル付き電動バイクなどさまざまな小型モビリティが登場している。消費者の志向も多様化しており、ミボットが従来の乗用車やバイクのように広く普及できるかは不透明だ。楠氏によると、既存の超小型四輪EVの大部分は2人乗りで軽乗用車として扱われるため、車検や税制面での優遇は得られないとしている。
高齢化や若者の都市への移住などによる労働力人口の減少で鉄道やバス、タクシーなど地方の公共交通機関の縮小傾向が続く中で、移動が困難になる高齢者も増えている。楠氏はKGモーターズの本社がある広島も含め地方では公共交通機関が「壊滅的」になっている現状があり、「車がないと本当に生活できない地域が増えている」と実感しているという。
マルチパスウェイ
収入も伸びない中で家計にとって車の維持費は大きなインパクトがあり、利便性と低コストを兼ね備えるミボットには競争力があるとの見方を楠氏は示した。
国内最大手の自動車メーカーであるトヨタは「マルチパスウェイ」戦略を掲げ、EV一辺倒ではなくハイブリッド車や燃料電池車、ガソリン車まで幅広く開発を進める戦略を取っている。EV展開では欧州メーカーなどと比較して慎重な姿勢だ。
市場の方でもEVの受け入れに時間がかかっており、ブルームバーグNEF(BNEF)によると、23年の日本の総車両販売台数に占めるEVの割合は約3.5%と世界平均の18%を大幅に下回った。
楠氏も日本ではEVに対しての拒否反応が大きいと感じると認める。EVだけではないとする「トヨタが言ったことが正しかった」としてEVが普及することはないと本気で思ってる人たちも多いが、自身は「全くそうは思っていない」と断言する。