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「秘密」は薄い壁の向こうに 資格者と無資格者が混在した結果起きた「漏えい」

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社会部デスク 高沢剛史

 「秘密」は壁一枚隔てた向こうにある。だからきちんと区分けして管理する必要がある。そう実感する出来事があった。

秘密のベールに包まれた部屋

 「これから皆さんを秘密を取り扱う区画に案内します」。海上自衛隊の担当者がそう口を開き、秘密のベールに包まれた部屋への案内が始まった。海自の艦艇や潜水艦、航空機を指揮する自衛艦隊(司令部・神奈川県横須賀市)の心臓部ともいえる「第1作戦室」が6月27日、報道陣に初めて公開された。

報道陣に初めて公開された自衛艦隊の「第1作戦室」(2024年6月27日)
報道陣に初めて公開された自衛艦隊の「第1作戦室」(2024年6月27日)

 作戦室が入る建物の総工費は約400億円で、2020年に完成したばかり。地上6階、地下2階の鉄筋コンクリート造りで、白亜の外観が印象的だ。自衛隊の秘密保全管理規則により、作戦室へのスマートウォッチやスマートフォン、パソコンの持ち込みは禁止されている。待機場所の会議室にこれらの機器を置いていくように念を押され、ボディーチェックを受けた後、エレベーターで地下に降り、作戦室に足を踏み入れた。青を基調とした室内は明るく、天井は高い。テニスコート4面分もの広さがあり、最大百数十人の隊員が勤務するという。足元に「台湾及び南西諸島周辺図」と書かれた大きな地図が置かれ、海自がこの地域の情勢を注視していることがうかがえた。

作戦室の床に置かれていた沖縄や台湾周辺の地図
作戦室の床に置かれていた沖縄や台湾周辺の地図

 報道公開の間、通常業務は中止されていたのだろう。壁のモニターに作戦情報は表示されていなかった。しかし、部屋の中にパーティションで区切られた一角があった。海自の担当者によると、作戦室は24時間体制で動いており、隊員はそのパーティション内で勤務しているという。情報保全の観点から、パーティションを乗り越えての撮影は固く禁じられた。きちんと区分けされているとはいえ、薄い壁の向こうで日本の安全に関わる機密情報がやり取りされているのだろう。そう思うと緊張した。

特定秘密の「漏えい」

 自衛隊で安全保障上の機密情報にあたる「特定秘密」がずさんに扱われていた問題が発覚し、計119人が処分された。特定秘密は、防衛やスパイ防止などの4分野で特別に秘匿が必要な情報である。中でも海自では艦艇38隻で「漏えい」が確認された。2014年施行の特定秘密保護法では、資格を持たない隊員が特定秘密を見聞きしなくても、知りうる状態に置かれただけで「漏えい」と判断される。この解釈が徹底されていなかったため、艦船の航跡情報などの機密情報がコンピューター画面に表示される護衛艦の「戦闘指揮所(CIC)」に無資格の隊員が立ち入っていたケースなどがあり、問題視された。

 狭い艦内では特定秘密を取り扱う隊員と、取り扱わない隊員がいっしょに活動せざるを得ない。それでも海自がCICに入る全隊員に資格を取得させなかったのは、特定秘密に触れる隊員を絞り込むためだったという。もちろん現場では一定の保全措置が講じられていた。例えば資格を持った隊員は、無資格の隊員がCICに立ち入った際に、特定秘密が表示される端末には近づかないように注意していた。CIC内での秘密情報を含んだ会話はヘッドセットを通じて行い、不特定多数に聞かれないようにしていた。

ソマリア沖・アデン湾での海賊対処任務に派遣された護衛艦「あけぼの」。CICでミサイル関連情報を表示したことが特定秘密の「漏えい」と判断された
ソマリア沖・アデン湾での海賊対処任務に派遣された護衛艦「あけぼの」。CICでミサイル関連情報を表示したことが特定秘密の「漏えい」と判断された

 だが、ちぐはぐな運用の不備は、危機的な状況のさなかに露呈した。2023年11月、アフリカ東部・ソマリア沖アデン湾で、沿岸国のイエメンから米艦に向けて弾道ミサイルが発射される事件が起きた。この時期、同じ海域で海賊対処任務にあたっていた護衛艦「あけぼの」の艦長は、自艦も攻撃される恐れがあり、「部下たちの命が危機に (ひん) している」と判断。CICに詰めていた全員で情報を共有するため、ミサイルに関連する特定秘密を大型スクリーンに表示させた。しかし、CICには1人、無資格の隊員がおり、この件も「漏えい」として数えられてしまった。

同盟国の信頼損なう

 今回の問題で、自衛隊外部への情報流出は確認されていないという。いわば実害がない「形式犯」のように見えるが、同盟国や同志国との信頼関係を揺るがしかねないという点で影響は大きい。

 特定秘密の不適切な取り扱いをしていたうちの6隻は、弾道ミサイル防衛の中核を担う「イージス艦」だった。その名はギリシャ神話に登場する悪を払う「神の盾」に由来している。海自では、潜水手当の不正受給や、川崎重工業による金品の提供などの問題も発覚しており、規律の緩みに対し国民が注ぐ視線は厳しい。海自は国民を守る盾であって、その盾に力を与えるのは国民の信頼であることに疑いの余地はない。不正受給は論外だが、特定秘密の問題の背景には、艦艇部隊の慢性的な人員不足も見える。緊迫する東アジアの情勢を考えれば、態勢の立て直しには一刻の猶予もない。

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プロフィル
高沢 剛史( たかさわ・つよし
 社会部次長。2003年入社。横浜支局などを経て05年に社会部。警視庁や防衛省を取材し、21年5月から社会部デスク。防衛大学校の修士課程や防衛研究所で安全保障を学んだ。

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