タイトルからわかるとおり、オラフ・ステープルドンの『最後にして最初の人類』(および『スターメイカー』)を下敷きにしたアイドル小説。
原型になったのは『ラブライブ!』二次創作小説「最後にして最初の矢澤」だというが、SFとして高く評価された。小川一水の選評にいわく、
「現代日本のアイドルを目指して死んだ少女みかが、グロテスクな怪物になって復活し、時空の果てる先までアイドル活動を続ける。美少女が聖なる怪物と化す話は昔からあるが、その人生を地球環境の崩壊や壮大な宇宙進出と一体化させて、とことんまで描いたこの話は、まぎれもなく今回のどの作品よりSFだった」
東浩紀もこれに最高点をつけ、「いわゆるバカSFだが、文章のテンポがよく楽しく読ませる。宇宙論やニューラルネットなどの設定も魅力的で、巷のアイドル論への痛烈な皮肉も効き、多才を感じさせる」と絶賛している。
一方、神林長平は、そもそも小説になっていない(大意)と批判し、「正直、本作が最終選考の羽にあるのはなにかの間違いではないかとぼくは思った」と手厳しい。
実際に読んでみると、絶賛できる部分もある一方、(この分量の中篇としては)同人誌ノリが過ぎる面も。
とはいえ、「ラブライブ!」とステープルドンのマッシュアップというのは、ネタ的には最強。
クリーチャー造形では、『キャッチワールド』『地球の長い午後』『フューチャー・イズ・ワイルド』『マン・アフター・マン』『皆勤の徒』などを参考にしている。もしも拙作がコミカライズされたり、アニメ化することがあったとすれば酉島伝法さんにクリーチャー原案を頼みたい。哲学分野においては、デイヴィッド・チャーマーズの『意識する心』をヒントにしている。
とのこと。最後に読者へのメッセージをと乞われて、草野原々いわく、
わたしは専業SF作家にならなければならない。他に道はない!! 親にそう言ったら、三十歳(二〇二〇年)までに年収百万円を達成できれば良いが、ダメであれば就職せよ! と指令が下った! 精神が非常に弱いわたしが就職すれば、精神状況が悪化してSFが書けなくなるだろう。SF界はこの悲劇に一丸となって立ち向かわねばならない!
SF系新人賞を受賞した短篇を独立した電子書籍版としてリリースする試みでは、東京創元社の創元SF短編賞が先行する。伝え聞くところによると、2015年の同賞受賞作、宮澤伊織「神々の歩法」は、7000ダウンロード以上を記録し、東京創元社の電子書籍で最大のヒットになっているらしい。
はたしてこの記録を越えて、年収100万円の壁を突破できるか。新人SF作家・草野原々の今後に注目。
その最新受賞作が、青羽悠『星に願いを、そして手を。』。
中学生最後の夏を過ごす4人と町立科学館をめぐる青春小説だが(小説すばる12月号に抄録。単行本は2017年2月刊行予定)、話題を集めたのは、著者のプロフィール。2000年、愛知県生まれの16歳、高校2年生。なにしろ「受賞の言葉」の書き出しにいわく、
「二百万円という賞金に、僕よりも友達の方が目をギラギラさせています。学園祭の打ち上げでクラス全員に焼肉を奢らされそうになりました」
この高校生らしさは、贈賞式のスピーチでも変わらず、
「担当の方に『2分ぐらいここでしゃべれ』と言われて、『マジか!?』と。こんな大人の方に囲まれて高校生が何をしゃべればいいんだと悩みました。
と切り出す。もっとも、最後は作家らしく、
「この小説を簡単に吹き飛んでしまうようなものにしてたまるかとずっと思って書いてきた。それが伝わったのならうれしい」と語り、「未熟さも含めていただけた賞なのかと思っています。すこしずついろんなことをがんばって----まずは受験をがんばらないといけないですが----面白いものを書いてきたいと思います」
メジャーな文学賞を高校生以下で受賞したと言うと、過去に、文藝賞の堀田あけみ「アイコ十六歳」、綿矢りさ「インストール」、羽田圭介「黒冷水」、三並夏「平成マシンガンズ」などの例があるが、小説すばる新人賞ではこれが初めて。
『星に願いを、そして手を。』の刊行と、青羽悠の今後の活躍が楽しみだ。
(11/18 帝国ホテル東京にて)
(大森望)
]]>1カ月後の6月24日、ホテルオークラ東京別館アスコットホールにて、新潮文芸振興会が主催する第29回三島由紀夫賞・山本周五郎賞、第42回川端康成文学賞(川端康成記念会)の贈呈式が行われた。受賞者挨拶のため、壇上に立った蓮實重彦氏は、
「こうして聴衆を前にしてマイクを握ると、何を口走るかわかりませんので、あらかじめ準備しておいた文章をごくしめやかに読み上げさせていただきます」
と前置きして会場の笑いをとったあと、「自分の気に入ったこと」として受賞作を執筆した経緯について述べ、最後に、
「この授賞式が『自分の気に入ったこと』でないのはいうまでもありません。それは、どこかしら『他人事』めいており、この場は『どこでもない場所』を思わせもします。
しかし、あたかもそれが『自分の気に入ったこと』であるかのように振る舞う才覚は、わたくしにも多少はそなわっております。そこで、審査員の皆さまを初めとして、このテクストをわざわざお読み下さったすべての方々に、複雑な思いのこもった感謝の言葉をさしむけさせていただきます」
と語って、ふたたび場内を笑いの渦に包み込んだ。さすがの貫禄。
今年で第50回を迎える吉川英治文学賞(吉川英治国民文化振興会主催・講談社後援)は、エンターテインメント系の小説界でもっとも大きな賞のひとつ。直木賞をまだ受賞していない新鋭を(実質的に)対象とする吉川英治文学新人賞が併設され(純文系では、同じ講談社が後援する野間文芸賞と野間文芸新人賞の関係に相当する)、小説以外の文化的活動を広く顕彰する吉川英治文化賞と同時に贈呈式が行われる。
これまでは吉川英治3賞と呼ばれてたんですが、今回新たにもうひとつの賞が加わった。その名は吉川英治文庫賞。
賞の対象となるのは、前年度に「シリーズの5巻目以降が一次文庫で刊行された小説のシリーズ作品」(ただし、すでに吉川英治文学賞を受賞している作家の作品は除く)。
この賞ができると伝わったときは、文庫書き下ろしの時代小説シリーズを想定した賞じゃないかという観測がもっぱらだったが、蓋を開けてみると、単行本やノベルスで出たあとに文庫化されたシリーズも含む、非常に範囲の広い賞になっている。公式サイト(http://yoshikawabunkoshou.kodansha.co.jp/index.html)に発表された第1回の候補作を見れば一目瞭然。
赤川次郎 「三毛猫ホームズ」シリーズ (光文社文庫)
綾辻行人 「館」シリーズ (講談社文庫)
上田秀人 「百万石の留守居役」シリーズ (講談社文庫)
内田康夫 「浅見光彦」シリーズ (各社)
今野 敏 「東京湾臨海署安積班」シリーズ (ハルキ文庫)
佐藤賢一 「小説フランス革命」シリーズ (集英社文庫)
堂場瞬一 「アナザーフェイス」シリーズ (文春文庫)
西村京太郎 「十津川警部」シリーズ (各社)
畠中 恵 「しゃばけ」シリーズ (新潮文庫)
誉田哲也 「姫川玲子」シリーズ (光文社文庫)
三上 延 「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズ (メディアワークス文庫)
和田はつ子 「料理人季蔵捕物控」シリーズ (ハルキ時代小説文庫)
さまざまな分野の錚々たる顔ぶれが並んでいる。歴史の長いシリーズも多く、「三毛猫ホームズ」は50冊以上、「浅見光彦」は100冊以上、「十津川警部」にいたっては300冊以上あり、選考のために全作読むのはとても不可能。そもそも選考会が成り立つのか? と疑問に思うところですが、この賞に関しては、他の吉川賞とは違う方式を採用。公式サイトの説明によれば、「50名程度の選考委員に選考を委嘱し、候補作の推薦および受賞作の選出投票をお願いする方式です」。
今回の選考委員50人の内訳は、文庫を持つ出版社14社の代表各1名と、書評家22名、書店員14名。本屋大賞と同じく2段階投票システムで、最初に全選考委員がそれぞれの推薦するシリーズを10作ずつ挙げ、上位12作が今回の最終候補に残った。二次投票は、その12作の中で、50人の選考委員がそれぞれ3作を選び、1位から3位まで順位をつけて投票。そのポイント数で決まるので、何が受賞するのか、文字どおり蓋を開けてみるまでわからない。
開票の結果、記念すべき第1回吉川英治文庫賞を射止めたのは、畠中恵 「しゃばけ」シリーズ。第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞して2001年に出た著者のデビュー長編『しゃばけ』を皮切りに、現在までに14冊を刊行(うち外伝1冊。文庫で出ているのは13冊)。病弱な若だんなと、彼に仕える妖(あやかし)たちの日常を描く時代ファンタジーだが、各巻ごとに趣向を凝らし、手間暇かけて、毎回新たなスタイルにチャレンジしているのが特徴。テレビドラマ化も実現し、シリーズ累計700万部を超える大ヒット作となっている。
「(新人賞以外の)文学賞を受賞するのはこれが初めて。自分には縁がないと思っていたのでたいへんうれしい」と語る畠中さん。吉川英治文庫賞が定着すれば、これまで顕彰される機会が少なかったタイプの小説に光をあてる、ユニークな賞になりそうだ。
(大森望)
]]>ということで、4月11日深夜、代官山・蔦屋書店の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』発売カウントダウンに行ってきた。福田和也氏をゲストに招いた「深夜の読書会」もやってたそうですが、折しもこの日は吉川英治賞の贈賞パーティ。
吉川英治文学新人賞を受賞した伊東潤さんと月村了衛さんのお祝い会を二次会三次会とハシゴしていたら23時半を回っていて、あわてて日比谷線銀座駅にダッシュ。中目黒駅からタクシーを飛ばして蔦屋書店に駆け込んだのは23:58。
カウントダウン会場は、地上波テレビ各局および新聞・雑誌のカメラマンと取材記者でぎゅうぎゅう詰め。版元(文藝春秋)の編集者たちや、「王様のブランチ」の取材でやってきた市川真人氏がなんとなく集まっている売り場のほうから遠目に眺めてたんですが、なにしろ人が多すぎて、なにをやってるのかさっぱりわからない。
イベントを仕切る蔦屋書店のカリスマ書店員・間室道子さんの声もほとんど届かず、「さん、にい、いち、ぜろ!」という声がかすかに聞こえてきたと思ったら、もう発売になってました。いやいやいや、テレビ的にももっと盛り上げないと! ていうか、文春の某役員まで、「え? まだだろ? いまのは練習だろ?」とか言ってました(笑)。
列の先頭に並んで最初に『多崎つくる』を手にした大学生がTVクルーに囲まれて取材を受けるとか、お約束の光景とはいえ、村上春樹の新作でねえ......と思うと感慨深い。
列の最初のほうに知人(元早川書房のイケメン編集者)が並んでて、いちはやく購入したのを見せてもらい、iPhoneでパチリ。TwitterとFacebookに写真を上げたときにはすでに00:07になっていた。
折悪しく4月中旬とは思えない寒さだったんですが、外の列に並んでいる人には、併設のスターバックスからコーヒーがふるまわれるサービスも。早速、店内の椅子にすわって読みはじめる人、ノートPCで原稿を書く記者、購入者に取材するTVレポーターなどなど、店内の熱気はその後1時間ばかり続いた。
文春関係者のみならず、敵情視察だか祭り見物だかにやってきた他社編集者の姿もちらほら。整理券をもらって並んでいる人たちの列が途切れたところでレジに並び、00:37ごろに私も無事購入。店員から「何冊ですか?」と訊かれるのが新鮮でした(いっしょに並んでた某紙の女性記者は6冊購入)。
当然、もう電車はないので、併設のスタバでカフェラテ飲みつつ、書きかけの原稿を1本仕上げてから、おもむろに『多崎つくる』を読みはじめる。おお、色彩がないってそういう意味だったのか。。んで、ゴレンジャーからハブかれた主人公が16年後にその真相を探りはじめる、と。しかも名古屋かあ......。
蔦屋書店は午前2時閉店なので、恵比寿までぶらぶら歩いて駅前のマクドナルドでハルキ読書の続き。午前5時まではドリンクとポテトのみの営業で、おまけに1階の窓際カウンター席は隙間風が入ってきて寒いので、半分まで読んだところで腰を上げ、すぐそばの築地とと兵衛・恵比寿駅前店に移動。80年代歌謡曲の有線放送をBGMに二色丼(ネギトロと中トロ)を食べつつ続きを読むも、「それだけひっぱっといて真相がそれかよ!」と脱力し、後半どんどんスピードが落ちてゆく。
残り100ページで店を出て、日比谷線恵比寿駅ホームのベンチ、始発電車の車内、東西線茅場町駅のベンチ、車内と読みつづけ、西葛西駅のホームで午前6時に読了。楽しいハルキ祭りの夜でした。これで小説がもうちょっと面白かったら完璧だったな。
(大森望)
]]> トップバッターは、第123回(2000年上半期) の町田康(「きれぎれ」)。記者会見で、芥川賞受賞の喜びを「アフロでファンキーなビート」と形容、各紙がいっせいに飛びついて見出しに掲げ、ちょっとした流行語になった。
もっともこれは、「いまの気持ちを音楽にたとえると?」という記者の誘導質問から、無理やり引き出されたものだったらしい。ウカツなことを言うとあとあとまで祟ります。
同じく受賞の気持ちを聞かれて、「ま、めでたいな、というくらいです」と答えたのは、第128回(2002年下半期)の大道珠貴(「しょっぱいドライブ」)。4度めの正直(3回落とされたあとの受賞)だと、このくらいが正直なところかも。
同じ質問に対して、「芥川賞は足の裏に付いたご飯粒みたいなもの」と、まるで謎かけのような答えを返したのは、同じく4回目で受賞を果たした絲山秋子(第134回「沖で待つ」)。そのココロは、「とれないと気持ちが悪いが、とっても食べられない」だそうで、なるほどごもっとも。とはいえ、芥川賞をとると、かなり長いあいだ、食っていくことくらいはできそうです。
ちなみにこの受賞会見後、選考委員との懇談の場で、絲山秋子が山田詠美に向かって「あんただれ?」と言ったという伝説がありますが、正しくは、詠美さんではなく(同じく選考委員の)髙樹のぶ子さんが相手だったらしい。しかも実際は、「おめでとう!」と近寄ってきた高樹さんに対し、「どなたですか?」とたずねただけだという話。
もっともこの後、絲山×山田間でひと悶着あったのは事実らしく、「おぼえてろよ」と捨てぜりふを吐いた詠美さんに、絲山さんが「おまえもなー」と返したという伝説もある。女性の芥川受賞者ではダントツの勇者かも。
勇者とは反対の方向に強くアピールしたのは第130回(2003年下半期) 「蹴りたい背中」の綿矢りさ(当時19歳)。受賞会見のとき、膝小僧にバンドエイドかなんかを貼っていて、記者が「その膝は?」と質問したところ、めちゃくちゃ恥ずかしそうに手で絆創膏を隠しながら、そのときだけ京都訛りで、「いやぁ、やっぱりわかるか......」とつぶやき、そのあと消え入りそうな声で、「すみません、自転車でぶつけて」と謝った。芥川賞受賞会見史上、最萌の瞬間。
しかし、受賞会見史上最大のパフォーマンスといえば、その次の第131回「介護入門」のモブ・ノリオにとどめをさす。
会見場に入ってくるなり、「ごめ〜ん」と叫びながら、6本のマイクがきちんとセットされていたテーブルに向かって思いきりダイブ。テーブルごとぜんぶひっくり返して、会場はシーン......。
各メディアの音声担当者は、無表情のまま無言でテーブルを直し、マイクを拾ってもとどおり再セッティング。さらに、仕切り直しではじまった会見のモブ・ノリオ第一声は、
「どうも、舞城王太郎です」
同じ回に「好き好き大好き超愛してる。」で候補になっていた舞城王太郎が覆面作家で、素顔を見せない(第16回三島由紀夫賞の受賞会見・贈賞式にも顔を見せなかった)ことを踏まえたギャグだが、これまた会場はシーン......。
まったくみごとな滑りっぷりで、これまた芥川賞の歴史に名を刻んだ。
勇者といえば、第137回(2007年上半期)「アサッテの人」の諏訪哲史もはずせない。
こちらは受賞会見ではなく、贈賞式の受賞者スピーチでの話だが、登壇してマイクの前に立つと、
「群像新人賞の授賞式で『舟唄』を歌ったところ、会場が思いきりシーンとしてしまいまして、あれだけは絶対やめろと親戚・友人一同から言われたんですが、今日はそのリベンジをやりたいと思います。ただし『舟唄』は暗くなることがわかったので、ここは細川たかしさんで行きたいと思います。『演歌は譲れないのかよ!』とお思いでしょうが、そこは譲れませんね。ではみなさん手拍子をよろしく」
......というハイテンションな前フリに続いて、「心のこり」を熱唱。「わたしバカよねぇ」の名調子に、会場は爆笑と喝采と微妙な空気に包まれた。
その夜の二次会では、受賞者みずからタンクトップ一枚になり、締めの挨拶では、だいたひかるネタのどうでもいい話(「どうでもいいですよ」と歌ってから始まるやつ)を披露。はては東京都政にまで言及する暴走ぶり。歴代受賞者の中でも指折りの勇者だろう。
こうして見てくると、西村賢太、田中慎弥も、芥川賞の伝統の継承者。このふたりが会見のハードルを上げすぎたんじゃないかと危惧する声(豊﨑由美)もあるが、新たな勇者が次々に登場することを願ってやまない。
(大森望)
]]>さて「道化師の蝶」がどういう話かというと、まあ、だいたいのところ、「着想を捕まえる虫取り網で、お話の素を捕まえる話」です。着想は蝶の姿でひらひら飛んでいるので、それを捕虫網で捕まえようという、たいへんほほえましい設定。
題名の"道化師の蝶"とは、作中に出てくる、「アルレキヌス・アルレキヌス」(arlequinus-arlequinus)という学名の架空の蝶のこと。学名なのでラテン語ですが、イタリア語だとアルレッキーノ、フランス語だとアルルカン、英語だとハーレクイン。つまり道化ですね。どういう姿の蝶なのかは、著者が去年の4月にブログ(tumbler)に貼り付けている画像のとおり。ええと、これ(http://enjoetoh.tumblr.com/post/5009093308/arlequinus-arlequinus)。
これをクリックすると、ナボコフが描いた蝶の絵を特集した記事に飛びます。キャプションによると、この蝶のイラストは、ナボコフが最後の長編『道化師をごらん!』を出したとき、妻のヴェラ宛ての献辞のページに自分で描いたスケッチなんだそうて。
「道化師の蝶」のV章に登場するのがまさにその本。ということは、本を見せびらかす鱗翅目研究者の老人は、ウラジーミル・ナボコフその人でしょう(奥さんにプレゼントした本をどうして自分で持ってるのかはともかく)。
ちなみにナボコフは蝶の研究家として論文も発表してたんだそうで、その一端は、京都大学大学院生命科学研究科分子代謝制御学分野の研究紹介ホームページで紹介されています(→「Vladimir Nabokov の蝶」http://www.lif.kyoto-u.ac.jp/labs/plantdevbio/memb_araki_lep_N1.html)
ナボコフといえば蝶、蝶を捕まえるには捕虫網、網といえば編み物、という具合に着想がつながって、「道化師の蝶」という小説が編み上げられていったわけです(たぶん)。
ナボコフはロシア語と英語の両方で小説を書き、自分が英語で書いた小説をロシア語に翻訳したり(あるいはその逆)した人なので、そういう側面もこの小説に取り入れられています。
また、ナボコフの代表作『ロリータ』の主人公はハンバート・ハンバートですが、「道化師の蝶」に友幸友幸(トモユキ・トモユキ)という奇妙な名前の作家が出てくるのは、それが元ネタじゃないか----というのはナボコフの翻訳者でもある沼野充義さんの説。もっとも、そもそも円城塔という名前自体、円城=塔だと考えると、おなじものの二重化なので、作者自身の投影とも言えるでしょう。
......と、前置きはこのぐらいにして、「読んだけどさっぱりわけがわからない」「この本を買ってからよく眠れるようになった」という人のために、小説のあらすじ(ちゃんとストーリーはありますよ)をまとめてみましょう。思いきりネタバレなので、未読の人はくれぐれも注意してください。
さて「道化師の蝶」は、IからVまで、5つの章で構成されています。
Iは、東京--シアトル間の飛行中に起きる出来事の話。語り手の"わたし"の隣席にすわった事業家のA・A・エイブラムス氏は、銀糸で編まれたミニチュアの捕虫網をポケットからとりだし、「わたしの仕事はこうして着想を捕まえることだ」と語りはじめる。
「旅の間は本を読めないものですしね」と相槌を打った"わたし"の頭に、エイブラムス氏はいきなりその網をかぶせ、「話をきかせてもらいましょうか」と要求する。
エイブラムス氏が銀の網で捕まえたのは、「旅の間にしか読めない本があるとよい」という着想。その後、エイブラムス氏は、このアイデアをもとに、『飛行機の中で読むに限る』に始まる一連の『~で読むに限る』シリーズを出版し、大ヒットを飛ばす(もっとも、『飛行機の中で読むに限る』はじつは豪華客船の中で読むのに最適で、『バイクの上で読むに限る』ドイツ語版は、太平洋横断旅客機の上で読むのに適している----という具合に、シリーズ各タイトルの各国語版を読むのに最適な場所を探すゲームが大流行したのが成功の理由だったらしい)。
Iの最後は、エイブラムス氏が1974年にスイスに向かう飛行機の中で架空の蝶を(砂糖水と帽子で)捕まえたときのエピソードで締めくくられる。氏は蝶をモントルー・パレス・ホテルに運び、居合わせた鱗翅目研究者(=ナボコフ)に披露して、「アルレキヌス・アルレキヌス」と学名を教えられる。
----というIの内容は、すべて、"希代の多言語作家・友幸友幸"が無活用ラテン語で書いた小説『猫の下で読むに限る』(のほぼ全訳)だったことがIIの冒頭で明らかになる。それを翻訳したのがIIの語り手である"わたし"。実際の(というか、この章で語られる)A・A・エイブラムスは、友幸友幸の追跡に情熱を燃やす女性実業家で、家賃未払いの部屋の中から『猫の下で読むに限る』の原稿を発見してからほどなく、飛行機の中でエコノミークラス症候群により死亡したという。
"台所と辞書はどこか似ている"という一文で始まるIIIは、モロッコのフェズで現地のお婆さんからフェズ刺繍を習っている"わたし"が語り手。
最後でやや唐突に、Iで語られた"シアトル--東京間の飛行の間の出来事"が(隣同士の席にすわった女性二人のおしゃべりをそばで聞いている第三者の"わたし"の視点から)語られる。
そして"わたし"は、自分がいつかその小さな捕虫網を編み、それが過去の人物に拾われて骨董屋で売られ、機内の女性の片方(A・A・エイブラムス)がそれを買うことになると直感する。どうやら、この章の"わたし"こそ、問題の友幸友幸その人らしい。
IVの語り手は、IIと同じ、『猫の下で読むに限る』の翻訳者である"わたし"。この章では、"わたし"がエージェントとしてA・A・エイブラムス私設記念館に採用され、友幸友幸に関する報告を定期的に提出して、それで生計を立てていることが明らかになる。サンフランシスコの記念館にやってきた"わたし"は、カウンターにいる年配の女性にレポートを提出したあと、胸ポケットから小さな網を取り出し、彼女の冗談(ミスター「友幸友幸」という呼びかけ)を気まぐれに捕まえる。
そのレポートを受け取った記念館の係員がVの"わたし"。「手芸を読めます」といってA・A・エイブラムス私設記念館に採用された"わたし"は、IIIの語り手と同じ人物、すなわち友幸友幸のようだ。その"わたし"のもとに、大きな捕虫網を持った老人(たぶんナボコフ)が訪ねてきて、ある特殊な蝶を捕まえるための網を編んでほしいとリクエストする。「思いつきを捕まえる網を君が編み上げてしまったのがそもそもの発端(のようなもの)なんだから責任をとれ」というのが老人の言い分。
"わたし"が編みはじめると、物語はIの最後、エイブラムス氏とナボコフとの対面シーンに戻り、ナボコフがエイブラムス氏に"着想を捕らえる網"を手渡す。解放された"わたし"(雌のアルレキヌス・アルレキヌス=道化師の蝶)は、ひらひらと宙を舞い、Iの冒頭の"わたし"の頭に卵を産みつけ、それが「旅の間にしか読めない本があるとよい」という着想になって孵り、小説はぐるっとひとまわりして最初に戻る。
時間が円環構造をなして、どこが出発点なのかわからなくなるというのはタイムトラベルSFにはよくあるパターンですが、この小説の場合、円環は微妙にねじれていて、エイブラムスは男なのか女なのか、彼/彼女は着想を捕らえる網をどうやって手に入れたのかなど、章によって書いてあることが違う。ひとつの出来事が小説になったり翻訳されたりして変わってくるんだけど、どれが正しいのかはよくわからない。五つの章を重ね合わせて透かし見ると何か見えてくる----みたいなことを著者は言ってますね。
この小説の所属ジャンルについていうと、小説がSFになるかどうかはたんに語彙の問題でしかないというのが著者の立場なので、科学の語彙のかわりに手芸の語彙を使った「道化師の蝶」は、すくなくとも狭義のジャンルSFではありません。しかし、人間だと思っていた登場人物が平気で蝶になったり、あっさり時間を遡ったりするので、幻想小説には分類できるでしょう。こういうタイプの作品を広義のSFに含める立場もあるので(たとえば、本編の先祖のひとつと言えなくもないボルヘス「円環の廃墟」は、ジュディス・メリル編のアンソロジー『年刊SF傑作選6』に収録されています)、「今回はSFが芥川賞をとったね」などと言う人がいたとしても、そんなに無茶ではありません。
じゃあいったいこの小説のテーマはなんなのか。
作家がしじゅう訊かれる質問に、「アイデアはどこから思いついたんですか?」というのがありますが、「道化師の蝶」は、"アイデアの起源"を真剣に考察した小説です。そう、アイデアは蝶が産みつける卵だったんですね。その蝶がどこからやってくるのかは、この小説をじっくり読めばわかる......かもしれません。
結果的には、「寝るときにしか読めない本があるとよい」という着想から生まれた『寝床で読むに限る』小説として大成功を収めたようですが、副次的なテーマとして、小説の実用的な価値が考察されているので、新たに発見された"睡眠導入効果抜群"という効果は、本編のもうひとつの勲章になるかもしれません。これから読む人は、ぜひともいろんな場所で読んで、この小説がどんな環境に最適なのかを発見してください。
(大森望)
]]>「わたくしはデビューして今年で5年目になるんですけれど、ほぼ同時期にデビューして、3年前に亡くなった、伊藤計劃というたいへん力のある作家がいました。その伊藤計劃が残した冒頭30枚ほどの原稿があります。それを書き継ぐ----といっても、彼のように書くことは無理なんですが、自分なりに完成させるという仕事を、この3年間、ご家族の了承を得てやってきました。そろそろ終わりそうです。『なぜおまえが』という批判は当然あるでしょうが、次の仕事として、やらせていただければと思っています」
この会見は「ニコニコ生放送」で生中継されており、視聴中の伊藤計劃ファンから大きな反響があった。会見の模様は、いまもニコニコ動画で視聴できる(会員登録が必要)。「屍者の帝国」に関する発言は、右のURLから。http://live.nicovideo.jp/watch/lv76739590?po=news&ref=news#2:43:20
伊藤計劃『屍者の帝国』は、河出書房新社編集部の求めに応じて伊藤計劃が病床で執筆していた書き下ろし作品。完成すれば第四長編となるはずだったが、冒頭部分(400字詰原稿用紙にして約30枚分)だけを残して、著者は2009年3月20日に死去した。
残された原稿はSFマガジン2009年7月号の伊藤計劃追悼特集に掲載され、その後、同じ河出書房新社のオリジナル・アンソロジー『NOVA1』(河出文庫)に収録。さらに、『伊藤計劃記録』にも再録されている。
『屍者の帝国』の背景は、ヴィクター・フランケンシュタインが開発した死体操作技術が広く欧州に普及し、死者が労働力として活用されている、もうひとつの19世紀。遺稿では、《ホームズ》シリーズでおなじみのワトソン博士が語り手を勤め、『吸血鬼ドラキュラ』のヴァン・ヘルシング教授も登場する。ジャンル的には改変歴史SFに属し、最近流行の"スチームパンク"にも分類できるだろう。
円城塔と伊藤計劃の縁は、両者がともに2006年の第7回小松左京賞に初長編を応募して、ともに最終候補に残ったときにまで遡る。両者ともに落選の憂き目を見たが(この回の同賞は受賞作なしに終わった)、ふたりはネットを通じて連絡をとりあい、ともに翌年、応募作を改稿した作品を早川書房のSF叢書《ハヤカワSFシリーズ Jコレクション》から上梓して、相次いで作家デビューを果たす。
この2作は、2007年の日本SFを代表する傑作として高く評価され、デビュー作であるにもかかわらず、「ベストSF2007」国内部門では、伊藤計劃『虐殺器官』が1位、円城塔『Self-Reference ENGINE』が2位となった。その後も、この2作は、ともに2007年度の第28回日本SF大賞候補作となり、ともに落選するなど、何かと縁が深い。
作家同士は、トークショーや対談などで同席する機会も多く、同じヴィジョンを共有する"盟友"とも呼ぶべき関係だった。
両者の"合作"には、ハヤカワ文庫SF版のウィリアム・ギブスン&ブルース・スターリング『ディファレンス・エンジン』解説(と題する短編小説)の例があるが、『屍者の帝国』は、伊藤計劃が残した遺稿とプロットを円城塔が引き継ぐかたちになる。
伊藤計劃の没後、さほど時をおかずにスタートしたプロジェクトだが、作風がまるで違うだけに執筆は難航。何度か暗礁に乗り上げる局面もあったようだが、いよいよ完成が間近に迫っているらしい。
伊藤計劃と円城塔。現代SFを代表するふたつ才能の融合がどんな長編に結実したのか、『屍者の帝国』を読む日が待ち遠しい。
Project Itoh goes on.
(大森望)
]]>石田 千(いしだ・せん)「きなりの雲」(群像10月号)
円城 塔(えんじょう・とう)「道化師の蝶」(群像7月号)
田中慎弥(たなか・しんや)「共喰い」(すばる10月号)
広小路尚祈(ひろこうじ・なおき)「まちなか」(文學界8月号)
吉井磨弥(よしい・まや)「七月のばか」(文學界11月号)
候補作で目を引くのは、《新潮》掲載作が1本もないこと。
このところ芥川賞では《新潮》勢が圧倒的に強く、第141回(磯崎憲一郎「終の住処」が受賞)以降の受賞作4作は、すべて《新潮》初出の作品が占めていた。前々回は、《新潮》掲載の2作(朝吹真理子「きことわ」と西村賢太「苦役列車」)がW受賞、受賞作なしに終わった前回も候補作6作のうち半数の3作が《新潮》初出だったが、今回は一転して《新潮》抜きのレースとなった。
各候補作の詳しい内容については、すでに、「書評家・杉江松恋が読んだ! 第146回芥川賞候補作品、ほんとうに凄いのはこれだ!」という記事が「エキレビ!」に掲載されているので、当欄では受賞作予想を中心に5作を検討してみよう。
本命は、136回「図書準備室」、138回「切れた鎖」、140回「神様のいない日本シリーズ」、144回「第三紀層の魚」に続いて5度目の候補入りを果たした田中慎弥。この間に川端康成文学賞と三島由紀夫賞を受賞し、いよいよ機は熟している。
今回の候補作「共喰い」は、17歳の少年を主人公に、暴力的な父親や生まれ育った土地とのどうしようもないしがらみを生々しく描いた作品。田中慎弥らしさを維持しつつも、迫力満点のクライマックスを用意して、芥川賞向けにチューンナップされてきた感がある。
それを追うのが、ともに前回に続いて候補入りを果たした円城塔と石田千。
候補作の出来だけでいうなら(私見では)円城塔「道化師の蝶」が今回の5作の中でダントツに見えるが、前回候補作「これはペンです」を強力に推した池澤夏樹が選考委員を退任したのが大きな不安材料。前回、円城作品の評価が真っ二つに割れたいきさつは、以前当欄でも報じた通りで(「賛否両論の芥川賞落選作、円城塔『これはペンです』単行本化」)、今回も否定派が肯定派に転向することは考えにくいため、受賞可能性は低いと言わざるを得ない。
なお、この「道化師の蝶」を表題作とする単行本が、2月21日に発売予定。
石田千「きなりの雲」は、アラフォー女性の生活と恋愛をやわらかなタッチで描く、280枚の(芥川賞候補としては)大作。「道化師の蝶」にも主要モチーフのひとつとして登場する編み物が軸になるから、この2作は、手芸対決とも言える。受賞可能性は「きなりの雲」のほうがまだ高そうだ。こちらは1月27日に単行本発売が予定されている。
《文學界》初出の2作、広小路尚祈「まちなか」と初候補の吉井磨弥「七月のばか」も、それぞれ独特のユーモアが楽しいが、では受賞するかというと、どうも決め手に欠ける感は否めない。もっとも、前回の当欄予想は大はずれだったので、ぜんぜん当てにはなりませんが......。
ちなみに、MSN産経ニュースの記事によれば、芥川賞選考委員でもある石原慎太郎東京都知事は、定例会見で今回の候補作について訊かれ、「バカみたいな作品ばかり」と述べた。いわく、「(作品に)心と身体、心身性といったものが感じられない」「見事な『つくりごと』でも結構ですが、本物の、英語で言うならジェニュインなものがない」などなど。
「バカみたいな作品ばかり」の中で、はたしてどれが受賞するのか。いちばんバカなのはだれかを決める(違います)選考会は、1月17日、築地・新喜楽で開かれ、午後7時−9時ごろ受賞作が発表される。選考委員は、石原慎太郎、小川洋子、川上弘美、黒井千次、島田雅彦、高樹のぶ子、宮本輝、村上龍、山田詠美の9氏。
今回もニコニコ動画で、受賞作発表の瞬間と受賞会見が中継される予定(http://live.nicovideo.jp/watch/lv76739590)。放送は当日午後6時から。また、大森望・豊崎由美による「文学賞メッタ斬り!スペシャル」第146回芥川賞・直木賞予想編は、ラジオ日本「ラジカントロプス2.0」(http://blog.jorf.co.jp/)で15日(日曜)深夜24時から放送される(ポッドキャスト配信あり)。
(大森望)
]]> 伊東潤『城を噛ませた男』(光文社)
歌野晶午『春から夏、やがて冬』(文藝春秋)
恩田陸『夢違』(角川書店)
桜木紫乃『ラブレス』(新潮社)
葉室麟『蜩ノ記』(祥伝社)
真山仁『コラプティオ』(文藝春秋)
今回の顔ぶれは、6人のうち4人までが初候補。
経験者2人のうち、恩田陸は、133回の『ユージニア』、134回の『蒲公英草紙 常野物語』、140回の『きのうの世界』につづいて、3年ぶり4度目の候補入り。
葉室麟は、140回『いのちなりけり』、141回『秋月記』、142回『花や散るらん』、145回『恋しぐれ』に続いて5度目。
直木賞待機のベテラン2人が、初候補の4人を迎え撃つ格好だ。
初顔の中で台風の目になりそうなのが、発売以来、口コミで話題が広がり、静かなブームを呼んでいる桜木紫乃『ラブレス』。北海道・標茶の開拓小屋で生まれ育った少女・百合江と、対照的な性格の妹・里実の波瀾万丈の人生と、現代を生きるそれぞれの娘たちの人生を重ね合わせ、力強い物語を紡ぎ出してゆく。
しかし、大本命はやはり、葉室麟の時代小説長編『蜩ノ記』だろう。7年前に起こした事件がもとで、10年後に切腹することを申しつけられ、それまでの日々を山村に蟄居して黙々と家譜(藩の歴史)の編纂に励む男、戸田秋谷。その監視役を命じられた主人公・庄三郎は、秋谷の清廉潔白な人柄と優秀な能力に次第に惹かれてゆく......。
前4回の候補作とくらべても、今回がいちばん可能性が高そう。時代小説では、伊東潤の短編集『城を噛ませた男』も面白いが、さすがに葉室麟をさしおいていきなり受賞する可能性は低いだろう。
対する恩田陸の『夢違』は、夢を映像として記録する技術が確立された近未来(推定2030年代ごろ)を背景にしたSFサスペンス。夢の記録映像"夢札"を解析する"夢判断"を職業にしている野田浩章は、ある日、死んだはずの女性を図書館で目撃する。そのころ、各地の小学校で奇妙な出来事が起きていた。教室でとつぜんパニックを起こし、泣きわめく子供たち。ある女子児童は、「何かが教室に入ってきた」と説明する。どうやら集団白日夢らしい。浩章は、子供たちの夢札を分析する仕事を受け、現地に赴く......。
いかにも恩田陸らしい(彼女にしか書けない)小説だが、これまで近未来SFが直木賞を受賞した例がないことを考えると、ハードルは高い。
残る『春から夏、やがて冬』と『コラプティオ』に関しては、いくら文藝春秋の刊行作品とはいえ、受賞確率はかぎりなく低そうな気がするが、なにしろ直木賞なのでなにが起こるかわかりません。
受賞作が決まるのは、1月17日の夜。今回もニコニコ動画で、受賞作発表の瞬間と受賞会見が中継される(http://live.nicovideo.jp/watch/lv76739590)。放送は午後6時から。ナマで見られない方は、タイムシフト予約をお忘れなく。
なお、これまた恒例の、大森望・豊﨑由美による「文学賞メッタ斬り!スペシャル」第146回芥川賞・直木賞予想編は、ラジオ日本「ラジカントロプス2.0」(http://blog.jorf.co.jp/)で日曜深夜24時から放送予定です(ポッドキャスト配信予定あり)。
(大森望)
]]>同日午後6時からは、初の試みとして、第32回日本SF大賞および第7回日本SF評論賞(日本SF作家クラブ主催、早川書房後援の公募新人賞)の選考発表会が、ジュンク堂書店池袋本店4Fカフェにて一般観覧者にも公開するかたちで開催、ニコニコ生放送でも生中継された。
冒頭、日本SF作家クラブの新会長に就任した瀬名秀明氏が日本SF作家クラブ50周年記念プロジェクトに関する発表をおこなったあと、日本SF評論賞の受賞作を発表した。
正賞は受賞作なし。優秀賞は渡邊利道(わたなべ・としみち)「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」、選考委員特別賞に忍澤勉(おしざわ・つとむ)「『惑星ソラリス』理解のために----『ソラリス』はどう伝わったのか」がそれぞれ受賞。発表会に駆けつけた受賞者が喜びの声を語り、記者の質問に答えた。
日本SF大賞の発表には、選考委員の5氏(冲方丁、貴志祐介、豊田有恒、堀晃、宮部みゆき)が顔を揃え、選考委員を代表して豊田氏が選考経過を説明し、受賞作を発表。それに続いて各選考委員が選考会の感想を述べ、最後に受賞者・上田早夕里氏と横田順彌氏が会見した。
発表会は立ち見も出る盛況。ニコ生の来場者数も1万を超え、初めての発表イベントは大成功を収めた。
(大森望 )
]]> 旧〈ハヤカワ・SF・シリーズ〉は、〈ハヤカワ・ミステリ〉(通称ポケミス)の姉妹叢書として1957年に創刊された。第一弾は、ジャック・フィニイ『盗まれた街』とカート・シオドマク『ドノヴァンの脳髄』。以後、フレドリック・ブラウン『火星人ゴー・ホーム』、レックス・ゴードン『宇宙人フライディ』、リチャード・マシスン『吸血鬼』......と続き、1974年11月のハリイ・ハリスン『殺意の惑星』まで、全318冊を刊行している。
その後、銀背の本格SF路線は、ハヤカワ文庫SFの"青背"に引き継がれ、ポケット版のSF叢書は長く途絶えていたが、今回の〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉で37年ぶりに復活することになった。
背の色は旧シリーズと同様、伝統の銀色。本の小口天地は、これまた旧シリーズと同じく(1冊1冊、手塗りで)茶色に彩色され、背のSFマークや扉のデザインも旧シリーズを意識したものとなっている。ただし、ビニールカバーは、現在のポケミスと同様のつるつるバージョン。旧版そのままの復刊というより、「〈ハヤカワ・SF・シリーズ〉が今も続いていたらこうなっていたんじゃないか」的なデザインだ。
創刊第一弾の『リヴァイアサン』は、2010年度のローカス賞とオーリアリス賞をそれぞれヤングアダルト部門で受賞したスチームパンク巨編。遺伝子改造した奇怪な生物たちを兵器に改造するダーウィニストと、二足歩行メカや巨大飛行メカを擁するクランカーとが鎬を削る(パラレルワールドの)第一次世界大戦を舞台にした少年少女の痛快冒険娯楽SFだ。
題名のリヴァイアサンは、クジラを改造した巨大飛行船。要は「サクラ大戦」の世界大戦バージョンだと思えば当たらずといえども遠からずか。これが三部作の第1作で、残る2冊、『ベヒモス』『ゴリアテ』も〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉から続刊予定。第3部ではいよいよ日本も参戦し、リヴァイアサンは東京へと向かう......。
〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉は、いまのところ、全10冊の刊行がアナウンスされている。〈リヴァイアサン〉三部作のほか、『ねじまき少女』で今年の翻訳SFの話題を席巻したパオロ・バチガルピの第一短篇集『第六ポンプ』、2047年のインドを舞台にしたイアン・マクドナルドの連作短編集『サイバラバッド・デイズ』、今年度ヒューゴー/ネビュラ/ローカス賞の長編部門トリプル・クラウンを達成したコニー・ウィリスの二部作『ブラックアウト』&『オールクリア』、フィンランド生まれの新鋭、ハンヌ・ライアニエミの第一長編『量子怪盗』、SF賞5冠に輝く『都市と都市』の邦訳が今月刊行されるチャイナ・ミエヴィルの最新SF長編『エンバシータウン』、クリストファー・プリーストの《ドリーム・アーキペラゴ》シリーズ最新作『アイランダーズ』......というラインナップ(詳細は早川書房の公式ページ http://www.hayakawa-online.co.jp/ginze/参照)。
37年ぶりに復活した"銀背"がはたして今の読者にどう受けとめられるか、楽しみだ。
なお、来る12月10日(土)15時から、〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉創刊記念トークショーが、東京・秋葉原の書泉ブックタワー9Fイベント・ホールにて開催される。出演は、早川書房の塩澤快浩編集部長と清水直樹〈SFマガジン〉編集長および大森望。
入場無料。当日店頭で『リヴァイアサン』もしくは『21世紀SF1000』(大森望/ハヤカワ文庫JA)を購入すると入場できる(詳細は、http://www.hayakawa-online.co.jp/news/detail_news.php?news_id=00000490 参照)。なお、書泉ブックタワー8Fでは、〈SFマガジン〉バックナンバーフェアおよびサイン本フェアも開催中とのこと。
(大森望)
]]> 第31回横溝正史ミステリ大賞を『消失グラデーション』で受賞した長沢樹氏は、
「受賞後、高校時代につきあっていた彼女から出版社宛てに手紙が届いた。18歳のときにフラれてから24年ぶりの連絡で、正直、横溝正史ミステリ大賞を受賞したときよりうれしかった」と述べ、場内を爆笑の渦に包んだ。
第18回日本ホラー小説大賞は、堀井拓馬『なまづま』が長編賞、国広正人『穴らしきものに入る』が短編賞をそれぞれ受賞。
堀井氏は、「緊張のあまり、てのひらがヌメリヒトモドキみたいになってます」と前置きしてから、「私には人に愛される才能があります。いろんな人が私を愛してくれています。その私がつくった『なまづま』がいろんな人に愛される機会をつくっていただけて、たいへんうれしく思います」と喜びを語った。
(大森望)
]]>同賞は、読売新聞東京本社と清水建設が主催する公募新人賞。受賞作は後援の新潮社から単行本化される。恩田陸、森見登美彦の活躍や、畠中恵『しゃばけ』(第13回優秀賞)がドル箱シリーズに成長したこともあって、このところ注目度が高い。
応募総数695本の中から栄冠を射止めた今回の大賞受賞作、勝山海百合『さざなみの国』は、一匹の猫を連れて村を旅立った"さざなみ"という男の子の冒険を描くチャイナ・ファンタジー。馬を愛する王女・甘橘(かんきつ)に、剣の腕が立つ美少女・桑折(そうせつ)と、女性キャラが魅力的。
著者の勝山海百合(かつやま・うみゆり)は、1967年、岩手県生まれ。2006年、「軍馬の帰還」で第四回ビーケーワン怪談大賞受賞。2007年、「竜岩石」で第二回『幽』怪談文学賞短篇部門優秀賞受賞。著書に『竜岩石とただならぬ娘』(MF文庫ダ・ヴィンチ)、『玉工乙女』(早川書房)がある。
優秀賞の日野俊太郎『吉田キグルマレナイト☆』は、バイトでヒーローショーのスーツアクターをやっていた京大生(推定)が、鞍馬山を本拠とする着ぐるみ劇団に入って舞台に立つ話。吉田山の麓(映画村(吉田スタジオパーク)がオープンしたという無理やりな設定がすばらしい。
著者の日野俊太郎(ひの・しゅんたろう)は、1977年、東京都八王子市生まれ。京都大学文学部卒。この『吉田キグルマレナイト☆』がデビュー作となる。
選評(http://www.shinchosha.co.jp/prizes/fantasy/23/selection.html#contentAnchor1)は意外と手厳しいが、ともに一気に読める快作だ。
選考委員を代表して贈賞式に登壇した萩尾望都は、大賞受賞作について「漢方薬のようにじわじわ効いてくる小説。水墨画のようなシーンが印象に残る」と評し、優秀賞受賞作については、「京都風の育ちのよさが感じられるのに、京都的なトゲがない。プロフィールを拝見したら、滋賀県在住ということで納得した」と笑わせた。
なお、11月25日(金)19:30〜20:30、ブックファースト新宿店・地下2階にて、今回の受賞者ふたりと、第13回日本ファンタジーノベル大賞受賞者の粕谷知世(新刊『終わり続ける世界のなかで』発売中)をゲストに、「作家になること、書き続けること」(http://www.book1st.net/event_fair/event/page1.html#a_407)と題する大賞決定記念トークショーが開催される(入場無料・先着40名・自由席)。西崎憲、沢村凛、里見蘭など既受賞者も来場予定。ファンタジーノベル大賞ファンはお見逃しなく。
(大森望)
]]> 主人公はヌメリヒトモドキの研究所に勤める"私"。最愛の妻を2年前に亡くし、失意のどん底にあったが、職場での研究を通じて、ヌメリヒトモドキが人間そっくりに〝進化〟しうることを知り、妻を甦らせようという夢を抱く。
"私"は1体のヌメリヒトモドキをこっそり捕獲し、自宅の浴室に閉じこめて飼育し、毎日少しずつ妻の遺髪を与えながら、妻の思い出を語って聞かせる。
個々のヌメリヒトモドキは不定期に女王(ビルほどもある巨大な不動の個体)と融合し、情報を統合・整理する。
融合をくりかえすたび、少しずつ本物の妻へと近づくヌメリヒトモドキ。悪臭に耐え、粘液にまみれて献身的に尽くすうち、"私"の中に愛が芽生えてゆく......。
同じ日本ホラー小説大賞長編賞を受賞した飴村行『粘膜人間』にならって言えば、さしずめこちらは"粘液女房"か。強烈な個性では、『粘膜人間』にも引けをとらない。
とはいえ、あっと驚くどんでん返しも用意され、隅々まで意外によく考えられている。シリーズ化の構想もあるようなので、次作が楽しみだ。
ホラーといってもぜんぜん怖くないので、ホラーが苦手の人も安心です。
日本ホラー小説大賞は次回19回から短編賞・長編賞の区別がなくなり、中編~長編(400字詰め原稿用紙150枚~650枚)に一本化されるが、短編賞最後の受賞作となったのが、国広正人「穴らしきものに入る」。
主人公が日曜日に洗車をしていると、ふとした拍子にホースから指が抜けなくなる。いくらひっぱっても抜けないので、試しに押し込んでみると、手首までホースに潜り込む。腕が入り肩が入り頭が入り、気がつくとホースの反対側に抜けていた......。この突拍子もない発端から、次々にいろんな穴をくぐる奇天烈な挑戦が始まる。
この受賞作を表題作にした短編集、『穴らしきものに入る』も、『なまづま』と同時に角川ホラー文庫から刊行された。
骨が黄金だったことから骨拾いの現場で骨肉の争いが勃発する話とか、抽籤に当たると赤ん坊の缶が出てくるジュース自販機の話とか、表題作と同じくらい奇天烈な書き下ろしの新作短編4編を併録する。
こちらも、いわゆるホラーの枠からはずれた短編集。へんてこな短編が好きな人はお見逃しなく。
(大森望)
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