トランプの外圧で自衛隊を「ふつうの軍隊」に 週刊プレイボーイ連載(643)

トンランプ政権の関税措置では、日本は無茶な言いがかりをつけられているという報道があふれています。たしかに、日本に24%の追加関税を課す根拠となった計算式はいい加減で、経済学者らからの批判を受けて、アメリカ側は説明を放棄してしまったようです。

しかし個別に見ていくと、トランプの指摘にももっともなものがあります。

コメについては、日本が700%の関税をかけているという主張が荒唐無稽だとされました。とはいえこれは、農水省が2005年にWTO(世界貿易機関)と関税率を交渉したときに、自ら778%と説明した数字です。その後、13年に280%に修正されましたが、直近では、国際的なコメ相場から単純計算した実質関税率で400%強になるとされます。700%はたしかに大袈裟ですが、それでも海外のコメに異常に高い関税を課していることは間違いありません。

コメの価格が大きく上昇したことで、石破政権は備蓄米を放出するなどの対応に追われています。しかしこの問題には、もっと簡単で効果的な解決策があります。トランプが求めるようにコメの関税を撤廃すれば、輸入米の価格が大きく下がって日本の消費者も喜び、ウィン―ウィンになるでしょう。

非関税障壁としては、「日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の不平等な競争環境」が指摘されています。

かんぽ生命では2019年に、ノルマに追われる郵便局員が、高齢の契約者に対して詐欺まがいの営業を行なっていたことが明るみに出て、郵便局に対する信用が失墜しました。さらに24年には、かんぽ生命の保険商品の勧誘に使うため、ゆうちょ銀行の顧客155万人の情報を同意を得ずに不正にリスト化していたことも明らかになりました。

金融機関としてはあり得ない不祥事が常態化しているのは、小泉政権の郵政改革が中途半端に終わったからです。ゆうちょ銀行とかんぽ生命は解体するか、郵政グループから切り離し、完全民営化して金融庁の監督下に置くべきでしょう。

さらにトランプは、「われわれは日本を守らなければならないが、日本はわれわれを守る必要がない」と述べて、日米安保条約に対する不満を繰り返しています。

日本側は関税交渉が安全保障問題に「飛び火」することをなんとしても避けようとしているようですが、そもそも石破首相自身が、安保条約は「おそらく世界で唯一の非対称双務条約」であるとして、安保条約と地位協定の見直しをセットで行なうことを主張してきました。「対等な地位協定」は「対等な同盟関係」からしか生まれないのですから、これはきわめて理にかなっています。

石破氏は憲法9条を改正し、自衛隊を軍法や軍事裁判所をもつ「ふつうの軍隊」にすべきだというまっとうな主張をしてきました。残念なのは、トランプの「外圧」によって、長年の理想を実現できる絶好の好機が到来したのに、それをむざむざ捨てようとしているように思えることです。

石破首相はいまこそホワイトハウスに乗り込んで、トランプと堂々と安全保障問題について議論すべきです。そうでなければ、なんのために首相になったのかを問われてもしかないないでしょう。

参考:石破茂、倉重篤郎『保守政治家 わが政策、わが天命』講談社

『週刊プレイボーイ』2025年5月26日発売号 禁・無断転載

エピジェネティクスは遺伝学の常識をどう変えたのか

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2020年4月9日公開の「「胎内で飢饉を経験したひとは肥満になりやすい」 後天的な遺伝情報(エピジェネティクス)の発見によって 細胞が遺伝子をコントロールしていることが分かった」です。(一部改変)

Billion Photos / Shutterstock

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一卵性双生児は「Identical Twin(まったく同一の双子)」と呼ばれるように、ひとつの受精卵が分裂(多胚化)し、同じDNAを共有してこの世に生を受けた。そのため最新のDNA検査でも、どちらのDNAかを特定できない。

ミシガン州の立体駐車場で女子大生が深夜にレイプされた事件では、膣内に残っていた精子のDNAが36歳のアフリカ系アメリカ人のものと一致することがわかった。男は以前、大学の陸上競技のコーチを務めていたが、別の犯罪で収監されたことがあり、このときにDNAサンプルを提出していたのだ。

事件はこれで一件落着と思われたが、じつは男には一卵性双生児の兄弟がいた。この事件が大きな話題になったのは、警察がどちらが犯人かを特定できず(DNA以外の証拠はなかった)無罪になったことと、この兄弟のどちらにも隣人である10歳と12歳の少女への性的暴行の前科があったことだ。

これは、一卵性双生児がよい意味でも悪い意味でもものすごくよく似ていることを示している。なぜならまったく同じ遺伝子を共有しているから――。

きわめてわかりやすい説明だが、そうなると次のようなケースはどう考えればいいのだろうか。

ドロシーとキャロルは57歳になる一卵性双生児で、身長はどちらも173センチだが、体重には27キロの差がある。40代の頃、キャロルは初期の更年期障害で体重が57キロから70キロに急増したのを機に民間療法の栄養士を訪ね、グルテンフリー(乳製品と小麦製品をいっさい摂らない)食事療法を指導されて体重は60キロまで戻った。一方のドロシーは食事制限の必要を認めず、体重は87キロまで増えた。

この謎を解くのがエピジェネティスクで、後天的に遺伝情報が変化し、表現型(遺伝の現われ方)が異なることをいう。

ここでは、リチャード・C・フランシス『エピジェネティクス 操られる遺伝子』( 野中香方子訳/ダイヤモンド社)とティム・スペクター『双子の遺伝子 「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける』(野中香方子訳/ダイヤモンド社)に拠りながら、遺伝学を大きく変えつつあるエピジェネティクスについてまとめてみたい。なおフランシスは神経生物学と行動学の博士号をもつサイエンス・ライター、スペクターはロンドン大学の遺伝疫学教授で、双生児研究の権威でもある。 続きを読む →

「表現の自由」とは自分が不愉快だと思う表現を受け入れること 週刊プレイボーイ連載(643)

インターネット上に性的な広告があふれるようになって、子どもの保護の観点から規制を求める声が高まっています。料理レシピのサイトを運営する会社が、「子宮」などの表現を含む性的コンテンツが表示されたとして謝罪する事件も起きました。
日本の刑法には「わいせつ物頒布等の罪」の規定があり、なにが「わいせつ物」にあたるかはこれまでも裁判で争われてきました。

1950年代にはイギリスの作家D・H・ロレンスの『チャタレー夫人の恋人』やマルキ・ド・サドの『悪徳の栄え』がわいせつだとして翻訳者・出版社が起訴され、70年代には永井荷風作とされる『四畳半襖の下張』を雑誌に掲載した有名作家が起訴されたことで、社会的な議論を巻き起こしました(最高裁で罰金刑が確定)。

これらの裁判では、「わいせつ物」は「性欲の興奮・刺激」「性的羞恥心の侵害」「善良な性的道義観念への違反」の三点で判断され、その基準は時代の価値観によって変わり得るとされました。実際、文章表現のわいせつ性は問題とされなくなり、現在はロレンスやサドも無修正版がふつうに流通しています。

ここで押さえておくべきは、国家が「わいせつ物」を取り締まることに強く反対してきたのがリベラルな知識人やメディアだということです。ところが現在は、そのリベラルが国家に表現の規制を求めるという皮肉な事態になっています。

「表現の自由」とは、自分が不愉快だと思う表現を受け入れることです。誰も不快に思わない「表現の自由」なら、北朝鮮にだってあるでしょう。

もちろん、「法に反しないならなにをしてもいい」ということにはなりません。

広告を掲載する側は、どのようなコンテンツなら許可し、どれを許可しないかを決める権限を有しています。どの媒体も、広告収益と社会的評価(読者・視聴者の評判)を天秤にかけて、この判断をしています。

さらには、「エロ本」や「エロビデオ」への批判が高まったことで、業界が自主規制を行なうようになりました。ビデオレンタル店ではアダルビデオのコーナーをカーテンなどで隔離し、エロ本は書店でビニールカバーをかけるか、自販機で売られました。こうしたゾーニングによって、表現の自由と「見たくない権利」はなんとか折り合いをつけてきたのです。

ところが非中央集権的なネットの世界では、海外の業者も含め誰でも広告を出せるため、自主規制の主体となる業界団体が存在しません。また、合法・違法を問わず膨大な量のコンテンツが流入することで、投稿管理(コンテンツ・モデレーション)が機能していないという実態もあります。

このような現実を見れば、国家にできるのはプラットフォーマーに対処を求めることくらいで、法による規制は難しいでしょう。そもそも海外のサイトでは、日本では「わいせつ」として禁じられているコンテンツが簡単に見られるのです。

けっきょく、サイトは不適切な広告が掲載されないように、ユーザーは不愉快な広告が表示されないように、できるかぎりフィルタリングするしかないのではないでしょうか。納得しないひとはたくさんいそうですが。

『週刊プレイボーイ』2025年5月26日発売号 禁・無断転載