数年前から、中国で上野千鶴子さんの著書がベストセラーとなっている。2022年に中国の書評サイト「豆瓣(どうばん)」で、この年の「輝く作家」1位となり、『往復書簡 限界から始まる』(鈴木涼美との共著)は、「ブック・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。「19年の東京大学入学式の祝辞が中国語に翻訳され、SNSでバズったことに端を発した動き。そのブームは今も冷めることがない」と北京大学副教授の古市雅子さん。古市さんが、現在の中国の女性たちを取り巻く環境について解説する。
「上野本」は中国女性たちの必読書に
2025年に入っても、上野千鶴子ブームの熱は冷めていないどころか、上野さんの本は中国の女性たちの必読書として浸透してきたようにも感じる。また、中国の婚姻数が近年急速に減少し、24年には1980年以降で過去最低を記録したというニュースを目にした方もいるかもしれない。中国社会で女性たちは今どのような環境に置かれているのだろうか。
そもそも、フェミニズムに関する注目は19年以前から少しずつ高まっていた。それが表面化したのは、2010年代。まさに高度成長期にあった中国経済が、新型コロナウイルスによって足踏みを余儀なくされ、そのまま停滞していることが大きな原因にある。経済成長のただ中にいる時にはある程度目をつぶっていられたけれど、一旦立ち止まると、それまで感じていた悩みや違和感に目を向けざるを得なくなった。ではその悩みや違和感とは何なのだろうか。
まず、当然ながら経済発展により結婚せずとも生活できる女性が増えたのが大きな背景としてある。そうした女性はほとんどが都市部で生活する高学歴女性だ。そこに、中国政府の政策の変化が起こった。
今、社会の最前線で活躍している20代から40代は、いわゆる「一人っ子」世代である。1979年以降、第1子しか出産が許されていなかったが、2013年から段階的に緩和され、16年には第2子の出産が全面的に許可されて、21年には第3子まで産めるようになった。婚姻を選択できる経済力を手にし、出産もある程度自由になって、人生の選択肢が増えたのだから迷うのは当然であるし、一人っ子であるがゆえに、性別関係なく大事にされて育ってきた女性たちが、産む性である女性としての自分に改めて向き合う気持ちになったのは必然だといえる。
しかしながら、第2子、第3子を出産する女性は多くはないし、出産自体しない決断をする女性も増加している。その大きな理由は、社会が過酷な競争社会になってしまっていることにある。いい大学を出れば苦労せずいい人生を送れるという学歴信仰が進んだ結果、「生まれた瞬間から大学受験へのカウントダウンが始まる」といわれるほど過酷な受験戦争を戦わなければならなくなった。