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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
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富士子編  54 逃避行とは・・

 


 シーン54 逃避行とは・・


 


  エレベーターに乗った富士子が右手で涙を払うと、富士子の心の宮殿に住む心の友ブルーが話しかけて来た。『ふじちゃん』ブルーは泣いていた。富士子は笑顔を向け『心配ご無用』浮子の口調を真似まねる。ブルーは泣き腫らした赤い目で富士子を見上げ『大丈夫⁇』と聞く。『もう寝なさい。大人の時間ですよ』と1人になりたくて、富士子はそう言った。



 ブルーに『大人の時間て、なに?』と聞かれ、『えっと、、子供は遊べない時間のこと。うーん、違うわ。寝なさいってこと』と説明したが、富士子にはそれが正しい答えなのかがわからない。『そうか、大人の時間。ふじちゃんは1人になりたいんだね。おやすみ』と言ったブルーに、『おやすみ』と返す。富士子はブルーの方が大人だと思いながら、正面玄関を目指して走るように歩く。一刻でも早く外に出たかった。忘れたかった。



 病院の外壁に背中を預けて息を切らしながら、右手のトートバッグを下において、息を整えようとしゃがみ込んだ。そこに、やみからヌッと抜け出して来たかのように要が現れ、要は富士子がそこに居て座っていたとは思わず、富士子の前でたたらを踏んだ。



 黒皮コンバースを見た富士子は見覚えのあるつま先から、緩慢かんまんに視線を上げていく。要は富士子の右がわに左膝をついてしゃがみ、飛びきりの破壊力満点笑顔で「綺麗なお姉さんはランニングですか?」と聞く。その笑顔は今の富士子にはとんでもなくまぶしく、受け止めきれない富士子はゆっくりとハイヒールに視線を落した。



 ベージュのハイヒールの側面を右手の人差し指ででながら「このハイヒールで 、どこまで逃避行ができるかためしたのです」いまだ空気を欲しがり、はずみがちになる声を富士子は小さくしてこたえた。



 左奥歯を噛んで内耳モニターをOFFにした要は「逃避行といえばお供が必要です。僕でよければいつでも付き合います」と言いながら、体育座りしている富士子の瞳を覗き込む。富士子の目に涙が溜まっていた。見られたくない富士子は下唇を噛み、どんどん下を向いてゆく。上を向かせて下唇を救出し、こぼれ落ちる前に涙を拭いてやりたかった。だが、要はしんしんと両手を握りしめて我慢する。



 富士子は要の誘いにうなずきそうになるのをえていた。せつかれる夜のせいにして頷きたかった。枯れ葉が風に舞うように流されて頷きたかった。この人と…逃避行できたら……どんなにか、しあわ…せ…か…。



要を見る為だけに富士子は顔を上げる。



 座り込んで見つめ合う2人に制服警備員が駆け寄りながら「大丈夫ですか?⁈」と声をかけた。要はサッと立ち上がり、富士子に左手を差し伸べ、無自覚に要の左手に右手をかさねた富士子は立つ為では無く、ふところいだかれて泣きたいと要の手を取ったと気づく。富士子は自分の心にたじろぐ。要は一瞬、このまま走り出そうかと思った。チラリと富士子を見る。富士子は固まっていた。その姿を見て分別がく。何処までも、自制を求める自分の矯正された素行と思考を知った要は無表情になり、されど富士子の手を離さず、警備員に「大丈夫です 。すみません」と言った。富士子と要は同時に頭を下げる。警備員にでは無く、逃避行を考えた不実を、世間に対して謝罪するかのように深く頭を下げていた。



 富士子は胸を焼く想いに、笑みが込み上げてくる。すさむ気持ちがクスクスと笑い出す。警備員と要にチラリと見られ、笑い声を引っ込めようと左手で口をおおうが、止まらない。富士子は自らの墓穴に沈む。



 警備員が立ち去って、ホッと息をついた要は富士子に振り返って「笑わない」と笑う富士子に言い、口に左手をあてても笑っている富士子に、要は「ヤケを起こしてはいけない。あなたらしくない」と言った。まるで自分に言い聞かせているようにも聞こえた要は舌打ちしそうになる。富士子の左肩から下がる書類鞄に視線を移した要は「持ちます」と言って右手を差し出し、富士子はうつろな瞳で要を見上げていたが「大丈夫です」と即答した。要に「心の整理が付くまで」と言われた富士子は、何も言えなくなって「ありがとうございます 」と左肩のショルダーを左手に持ちかえて差し出した。



 尾長さんの右手はまた、私の左手から遠い所を選んでショルダーを掴んだ。右肩にショルダーを掛けた尾長さんが「少し早いですが、行きましょう」と言った。その声はわずかにり、かすれていた。今日の…も、か……私は…人を怒らせる態度ばがり……取っている…。



 要はうつむく富士子を見つめていた。これから安全と引き換えに不自由を抱えて富士子は生きてゆく。液体デイバイスの開発をやめない限り、富士子のそれは続く。僕の身がどうなろうと…1日でも早く、富士子を元の日の当たる場所に返す為に…、いち早く対抗してみせる。



 出待ちしているタクシーに、いさぎよく要は左手を上げた。




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