研究の全体像と評価

論文の主要主張

高木氏の論文は個人情報保護法の法目的を根本から問い直し、その真の意義を探った研究

⭐ 個人情報保護法は「データ保護」を実現する法律

⭐ 核心的保護利益は「個人データ処理による個人に対する評価・決定の適切性確保の利益

⭐ データ保護の中心に「関連性の原則」がある

研究の強み

📌 実証的基盤:情報公開請求で入手した立案過程資料を精査

📌 歴史的・国際的視点:1960年代からの概念発展を追跡

📌 概念の精緻な分析:「容易照合性」「個人情報ファイル」などの真の意義を解明

📌 体系的理論構築:「意思決定指向利益モデル」という統一的枠組みの提示

意思決定指向利益モデル
関連性の原則(非差別)
体系的決定の適切性確保

研究プロセスの発展

発見の軌跡

研究の段階的発展

🔍 初期段階:日本の立法過程の内部資料を分析し「容易照合性」や「個人情報ファイル」概念を解明

📚 転換点:Jon Bingの論文などの海外資料の発見により、「意思決定指向利益モデル」と「関連性の原則」の理論的裏付けを獲得

🧩 確立期:法概念の起源を1960-80年代の欧米の議論まで遡り、完全な理論体系を構築

研究は「データ保護法制が本来は決定指向でデータ処理を対象としていた」という仮説から出発し、段階的に証拠を積み上げていく過程が見られる

国内法研究から国際的文脈へ

国内法の経緯から調査を始めたことには方法論的意義があった:

📝 日本法の概念が正確に理解されていない状況を発見したからこそ、その起源を海外に求める必然性が生じた

📝 国内資料の実証的分析から始まったことで、単なる理論的推論ではなく、具体的な証拠に基づく議論を展開できた

続編の予想される内容

次号予告 📣

📘 学説状況の包括的整理:日米欧の比較分析

📝 法制度の具体的改正提案:関連性原則の導入案

🔮 AI・機械学習時代のデータ保護:現代的課題への対応

🌏 国際的調和と日本の独自性:日本発のデータ保護モデルの可能性

課題提起への回答

主要な課題提起への対応

論文冒頭で掲げられた課題にどこまで答えているか

「容易に照合することができ」の解釈問題

課題 II章2節・3節・4節で問題提起

解決 IV章5節で昭和63年法の立案過程の開示資料を分析し、「提供元基準」の実質的意義を解明

深化 VI章で個人識別性の真の意義への考察を通じて理論的に補強

「容易に照合」と「照合」の違い

課題 II章6節で問題提起

解決 IV章6節で「処理情報的照合性」と「散在情報的照合性」という2層構造として説明

深化 VI章4節で令和3年改正との関係も示す

端末IDの保護

課題 I章で課題として言及

解決 X章4節「個人情報・個人データ」で理論的解決を提示

→ 決定利用目的で構成されたデータセットの「選別手段」として機能する全ての識別子(端末IDを含む)は個人識別性があると解釈

「個人に関する情報」の範囲

課題 II章1節で問題提起

解決 V章で空間的範囲を画定する要素として詳細に検討

成果 統計情報は「個人に関する情報」に含まれないことを明確化

個人データ保護の法目的

核心的保護利益

個人データ処理による個人に対する評価・決定の適切性確保の利益

👉 個人データに基づいて下される決定が、その決定の目的に照らして、正確で(広義の正確性)公平な(fairness)ものとなることの確保

意思決定指向利益モデルとは

「データ保護」は、自分に影響を与える可能性のある決定(decisions)において、自分の個人データが使用される際に個人が持つ様々な利益の保護

妥当性の利益
関連するデータのみで評価・決定
秘密保持の利益
不必要な情報拡散の防止
開放性の利益
データ利用の透明性確保

関連性の原則と非差別

関連性原則は本質的には非差別原則であり、憲法14条の平等原則と構造的類似性がある

👉 決定の目的に対して関係ないデータ項目を用いた決定は不当な差別となる

👉 どのような種類のデータ項目であっても、決定の目的に対して「無関係な(irrelevant)」データ項目を用いた決定は差別的となる

「AIはすべてのものを関連性のあるものにすることができる」(Wachter, 2022)という問題は、データ保護法の関連性原則に元から組み込まれている問題である

解釈と法改正の必要性

現行法の限界と可能性

高木論文の提案する解決策は「現行法の解釈で対応可能な部分」と「法改正が必要な部分」に分けられる

現行法の解釈で対応可能な部分

個人情報・個人データの概念解釈:操作の体系的実施に用いられるものかどうかで判断

容易照合性の提供元基準:すでに政府解釈として確立済み

目的外利用の例外としての統計目的利用:決定利用に当たらないため禁止対象外と解釈可能

個人情報ファイル・データベース等の解釈:操作の体系的実施が可能なものと解釈

法改正が必要な部分

⚠️ 関連性の原則の導入:日本法はOECDガイドライン第2原則の「関連性」要件を導入していない

⚠️ 開示・訂正・利用停止請求権の再構成:「関連性」の観点からの請求権が存在しない

⚠️ 要配慮個人情報の規律の再設計:取得制限ではなく収集制限として設計し直す必要あり

⚠️ 統計目的等に対する適用除外の明確化:決定利用を予定しない場合の義務の合理的な適用除外

GDPRとの比較

項目 高木論文 GDPR
法的基盤 「個人の権利利益の保護」(抽象的) 「基本的権利としてのデータ保護」(明示的)
アプローチ 意思決定指向利益モデル リスクベースアプローチと説明責任
関連性原則 非差別原則として再構築 データ最小化原則(5条1項c)
自動決定 人手介入含む「体系的決定」 自動化された決定に限定(22条)

GDPRの再解釈への影響可能性

🔄 理論的基盤の強化:GDPRが暗黙に前提としていた理論的枠組みの明確化

🔄 非差別原則としての関連性概念:データ最小化原則の新たな解釈可能性

🔄 自動決定規定の適用範囲拡大:22条を「体系的に実施される決定全般」へと拡張する根拠

🔄 制度監督の理論的基盤強化:データ保護機関の「関連性」評価機能の重要性

憲法学との関係

憲法的基盤の再構築

自己情報コントロール権説との対峙:プライバシー権ではなく、データに基づく決定の適切性確保という異なる法的利益を中核に据える

非差別原則と憲法14条との連関:データ保護の核心的保護利益は憲法14条の平等原則と構造的類似性を持つ

形式的平等の実現手段としてのデータ保護

個人データ処理における決定の適切性確保と、法の下の平等には構造的類似性がある:

👉 形式的平等の本質は、区別に用いられる特徴の区別の目的に対する関連性の問題

👉 データ保護の核心は、決定に用いられるデータ項目の決定の目的に対する関連性

日本における憲法的位置づけの再検討

高木論文の示す「意思決定指向利益モデル」は、データ社会における個人の尊厳と自律性を確保するための理論として、憲法学に新たな視点をもたらす可能性がある

👉 個人情報保護を単なる情報管理ではなく、公正な社会的意思決定の実現という憲法的価値に関わる問題として捉え直す視点