7月4日、サントリーの新商品「頂」のWeb用PR動画が公開中止になった。性的なものを連想させる言葉や描写に「不快」「卑猥」の批判が集まったためだ。
繰り返される企業のWeb動画の炎上。今回のケースを含め、炎上の多くは、女性の表現に関するものだ。
「男性の感覚で作られているからでは?」と非難されることも多いが、企画から公開までのあいだに女性の目が一切入らないことは考えにくい。単に男女の分断より、個々人の感覚の違いも大きいだろう。
プロジェクトが進行する中で、危うさを感じた人がまったくいなかったということもありえない気がする。どこかで引き返せなかったのだろうか。
「これは、燃えます」。公開前のWeb動画の危なさを社内で訴え、炎上を回避した経験がある――そんな女性に話を聞いた。
「私がしたことは間違ってなかった」
「当時は『厳しく見すぎたかな』と若干罪悪感もあったのですが、今回のサントリーの件を見てあらためて、私がしたことは間違ってなかった、防げてよかったと思いました」
あるメーカーに勤めるAさん。自分の部署ではない、新製品のPR用のWeb動画を目にしたのは偶然の出来事だった。
動画は、複数人の女性が入れ替わり登場し、製品の長所や特徴をアピールするもの。明らかに性的な連想をさせる表現、胸や足を強調するセクシーなシーンがサービスショットのように使われていることに「おいおい、今の時代にこれは……と思いました」。
「下ネタやセクシーな表現を否定するわけではなく、個人的にはむしろ好きな方。でも、これを会社としてやるのはリスクが高すぎると感じました」
自分が関わっていたプロジェクトでなく、一社員として公開の可否を決める権限もない。それでも直感的な危険信号を信じ、身近な男性上司に「これは炎上しかねないと思います」とやんわりと相談したという。
「上司が私の意見を真摯に聞き入れ、周囲の女性にヒアリングしてくれました。『別にいいんじゃない?』『気持ち悪い』両方の意見があったようなのですが、社内でも信頼が厚い40代の女性の意見が決め手になったようです」
「うちの部の女性社員から、品がないという意見が出ています」。Aさんの上司は、一言添えて経営上層部に判断を委ねた。最終的には経営判断として、該当の部署に公開を取りやめる指示が降りた。
女性の目が足りなかった?
部外者であるAさんが目にした状態ではすでに動画は完成していた。それまでに、社内で警鐘を鳴らす人はいなかったのだろうか。
「プロモーション部は3〜4割が女性ですし、この件に限って言えば『女性の目が足りなかった』が原因ではないと思います」
「でも、自分も内側にいたら言いにくかったかもしれません……。あくまで個人の感覚ですし、プロジェクトが走り出していたら余計に。自分が当時ブランドイメージに関わる部署にいたこともあり厳しめに言わなくては、と気持ちを奮い立たせました」
Aさんの会社では、TVやWebのCM、車内広告、雑誌広告程度であれば、通常は役員会議などにはかけず、プロモーション部の決裁で公開が決まるという。
社内に限って言えば、Web広告はチェックが甘くなるわけではなく、意思決定のルートに大きな違いはないようだ。
「燃えそう」を察知する仕組みを
自身の経験を踏まえて、部署を横断したチェック機構が社内にあれば、このような事態は防げるのでは? と提案する。
「CMや雑誌広告も含め、広く社外に出すものについては、多様な角度から表現が妥当かどうかをチェックするプロセスが必要ではないでしょうか。年齢・性別・国籍を可能な限りバラバラに、10〜20人に意見を募るような」
「その委員会で、例えば8割がOKであれば通すという基準を設け、それを下回ったら反対意見とともに社長を含む役員会議にかける。意見が割れたものは、最終的に社長が決める。“炎上”は企業イメージ自体の毀損につながりますから、それくらいしていいと思います」
Aさんのように、自社内で「これはちょっと」と引っかかる案件があった時はどうすべきだろうか。
「私の場合は違いましたが、上の立場にいる人の頭が固いケースもあるので、難しい問題ですね……」
「『周囲に見せたところ、このような意見がありました』と否定意見をいくつか積み上げて、可能な限り決裁者に近い人に届けること。私だけがヒステリックにギャーギャー騒いでいるわけじゃないんです、を示す必要があると思います」
「このなんでも炎上しがちな世の中において、わざわざ企業がリスクを背負って危ない表現をする必要はあるのでしょうか? ないと思います」
Aさんが、当時上司に進言した言葉だ。
「炎上を恐れて無難なものを作ればいいというわけではない」「世の中にはいろいろな考えの人がいて、賛否両論あるのは当たり前」「とはいえ、本当にその表現でなければ伝わらないのかは考えるべき。批判も覚悟した表現であれば、炎上しても構わないけれど、今回はきっと違う」
上司とはそんな議論をしたという。
数百万円かけて作ったものが、自分の一言を発端にお蔵入りになる。その重みがわかるからこそ、批判的な意見を口にするのはプレッシャーだったと率直に語る。
「それは悩みましたよ……。面白く思わない人もいたと思います。実際、社内で名指しで非難されたこともありました」
「でも、止められてよかったです。今は心からそう思います」
Webはテレビよりゆるい? 代理店のチェック体制
制作側には規定はないのだろうか? 広告代理店に勤めるBさんに聞いた。

Bさんの会社では、テレビCMの場合、社内では法務部、そして倫理チェックをする表現コンサルタントによるダブルチェック、さらに局ごとの厳しい考査を通す必要がある。
Web動画やバナーの場合、ヤフーなどの媒体に出稿する場合はそれぞれに考査があるが、それ以外のケースは必ずしもダブルチェックのプロセスを踏む必要はない。
「オウンドメディアや自社キャンペーンの場合は、担当チームによって対応が異なります。今回のサントリーの件も、チェック体制がゆるかった可能性はあると思います」
「センシティブなことより、バズを」
「周りの案件を見ていると『センシティブなことに気を揉むよりはバズを狙いたい』という山っ気が、炎上につながっているように感じます」
同じく広告代理店に勤めるCさん。自身の案件で炎上の経験はないが「危なかったと思うことは何度も」と振り返る。
「テレビCMよりもWebの方が燃える。これが今の製作サイドの共通認識だと思います。昔はCMでできないことをWebでこそこそやるようなイメージでしたが、完全に逆になりましたね」
広告制作は仕事の特性上、機密性が高く、公開まで外部の目に晒されずに進んでいく。
プロジェクトが進むに連れ、客観性が欠けていき「ちょっとどうかな?」「でも、ずっと見ているからそう思うのかも」とそのままにしてしまうことは少なくないという。
「決裁者がオジサンばかりだから、という声もありますが、スタッフに女性がいることは多いですし、それは問題の一部でしかないと思います」
公開前に、外部の目でチェックを入れることも少なくないが、そこにも落とし穴が。
「そういう時、見せる相手は広告が想定しているターゲット層。その層にはOKでも、年代や性別が違う人にとってはまったく違う見え方をするかもしれない」
「炎上のきっかけになりえる“ターゲット外”の人の視線をどう意識するか――今後はそのあたりのチェック体制が、より強化されていくのではないでしょうか」