2023年の夏、NTTは京都大学大学院文学研究科の出口康夫教授と一般社団法人京都哲学研究所を設立。趣旨に賛同した日立製作所、博報堂、読売新聞といった企業も同研究所の研究活動に参画している。
なぜ総合ICT事業を標榜する通信企業のNTTが先頭に立って京都哲学研究所を始めたのか。
二人いる共同代表理事のうちの一人、NTT会長の澤田純にインタビューした。
もう一人の共同代表理事の出口康夫は、設立の趣旨について「哲学はいま再び、社会に向き合い、社会にエンゲージしなければなりません」と言っている。
※インタビューは4回にわたって掲載する。最終回は、研究所設立の起点となったIOWNの進展について。
今興味があるのはアフリカの哲学
——京都哲学研究所は今年、2025年秋に「京都会議」を行うと聞きました。
澤田:第1回は2025年の9月です。2~3年に1回はやりたいです。
——誰でも参加できるのですか。
澤田:いえ、研究者や産業界のリーダーを招待する形になります。オンライン配信もしないと思います。
京都会議では哲学、世界の課題について議論する予定です。それ自身が価値多層社会の実現へ向けての営みです。
インドとアフリカの哲学者も招待しようとしています。当研究所にも関わっているマルクス・ガブリエル教授、出口教授とインドに行く予定です。
アフリカの哲学には日本と同じように自然、利他的な概念があると聞いています。
——哲学のテーマとして澤田さんが関心を持っているのは何ですか?
澤田:時間が面白いと思っています。
——時間というのは?
澤田:ニュートン物理学ではどこにいても時間は一定の法則で流れるとしています。
アインシュタインの相対性理論では時空間は変化するとなっている。
そして量子力学では、量子は粒々の集まりなので確率でしか言えない。時そのものも粒々の集まりとなっています。
西田幾多郎がどう言ったかといえば、過去はいろいろある。将来もいろいろある。
現在は過去と未来の間にある一点である。時間は粒々になっていて、つながっていない。それを100年前に言いました。
——なんとなく分かります。
澤田:最新の物理学の、ループ量子重力理論では、時(とき)はないと言っています。
——ない、のですか?
澤田:はい。時(とき)は、人間は流れているように感じているけれど、ない。
人が現在を思ったとたんに、それはもう過去になってしまう。未来も未来を考えた瞬間にそれは現在にずらりと並んでいるものになってしまう。哲学的な議論です。
つまり、時(とき)が先にあるのではなくて、今のループ論というのはループというネットワークが先にあるという。ちょっと訳が分からないような気がしますが、それが最新の議論のようで、しかし、それは西田が言っていたこととほぼ同じです。
——分かりました、と言っておきますが、よくわからないので勉強します。さて、NTTのIOWNの進展について、教えてください。哲学についてはまた京都会議の時にでもお話を伺います。
澤田:IOWNの開発は着実に進んでいます。まず最初のステップです。半導体のパッケージ間を光電融合の装置でつなぐのは2025年、商用化は2026年です。実物は今年の大阪万博で見ていただくことになります。
半導体のなかのチップ間を光電融合の装置でつなぐメンブレン(薄膜)型についてはパートナーと共同開発しています。これが実用化するのは2028年です。
2032年を目標にしているのは半導体内の回路を光にするものです。
パートナーも多いプロジェクトですけれど、確実にIOWNが社会に浸透して、定着していくと思っています。
——半導体以外のIOWNの進展はどうなっていますか?
澤田:光ファイバーのIOWNは2023年、実用化されました。データセンター間に使う、あるいは距離が離れたところに導入して遅延がないシステムとして使おうということは始まっています。特にAIを分散でデータセンターに置く場合に非常に有効なネットワークになっています。これはトヨタとの協業の中にも入っています。
——京都哲学研究所の起点はIOWNだとおっしゃっていました。
澤田:はい。新しい技術の導入には新しい哲学が必要というのが起点です。
(文中敬称略。完)
野地秩嘉(のじ・つねよし): 1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』『高倉健インタヴューズ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』など著書多数。