過去最も多い9人の候補が名乗りを上げた2024年の自民党総裁選。決戦投票では石破茂・元幹事長が、高市早苗・経済安全保障担当大臣を破り、新総裁に選出されました。
今回の選挙の特徴の一つが、各候補がSNSを駆使した“空中戦”を展開したことです。選挙戦では演説会・討論会に加えて、X(旧Twitter)やYouTubeも主戦場となり、全候補者が動画コンテンツに力を入れていました。
前回、2021年の総裁選では「文字から動画」への過渡期でしたが、今回の選挙では動画を通じた政策議論やキャラクターアピールが積極的に行われました。
それぞれの候補は、どのプラットフォームで、どのような戦略で「SNS戦争」を戦ったのでしょうか。決選投票に残った2氏に加え、特に独自色の強いSNS戦略をとった候補について、データを交えて分析していきます。
高市氏:XとYouTubeで圧倒的存在感
高市氏は、今回の選挙戦ではインターネット動画を多用して党員への浸透を図りました。特に、XとYouTubeでは圧倒的な存在感を示しました。
下の図は、期間中におけるYouTube視聴数の増加を表したグラフです(計測期間は9月12日〜26日、告示日を0とカウント)。
高市氏はこの期間中、YouTubeでトップの視聴数約400万再生数で、他の候補を突き放しています。連日投稿した最大60秒の「ショート動画」では、約60万回再生された動画もありました。
前回の総裁選では、高市氏のYouTubeの一日あたり視聴数は、約15万再生でしたが、今回は約28万再生と2倍近く伸ばしています。
加えてXでは、公示からのフォロワー増加数を表したグラフをみてもフォロワーを伸ばしたことが分かります。
また、投稿の「いいね」数では、1投稿あたり2万3000いいねを獲得。投稿がどれだけ拡散されたかを示すXのリポスト数でも、3500回と他の候補を圧倒していました(いずれも計測期間中9月12日〜26日の中央値を使用)。
「教えてサナエさん!」政策・人柄アピール
高市氏は前回の総裁選以降、記者会見や政策発信をYouTubeで地道に続け、支持基盤を拡大してきました。
YouTubeの「高市早苗チャンネル」は、9月28日時点で登録者数が36万人を超えており、「【自民党総裁選】政権公約 『現在と未来の命』を守る!『令和の国土強靭化計画』」などのタイトルで政策動画を発表しました。
高市氏のSNS戦略は、主にYouTubeとXを中心に展開し、政策を伝えるプロモーションビデオと短尺動画が特徴的でした。「教えてサナエさん」などの幅広い種類の短尺動画を通じて政策や人柄を簡潔に紹介し、生配信でも支持者との距離を縮める戦略をとりました。
高市氏は政治姿勢として保守的な政策を明確に打ち出し、国家安全保障や経済政策に関する具体的な提案を行い、他の候補者との差別化を狙いました。
さらに朝日新聞の報道(9月27日付)によると、2024年7月の東京都知事選に出馬し、都知事選では得票数2位の支持を集めた石丸伸二・前広島県安芸高田市長を支援した民間スタッフ約50人が、SNS上での拡散に寄与したとのことです。
このように、高市氏の戦略にも石丸氏と同様に、ネットでの地道な活動とリアルでの接点の融合を目指しました。今回の総裁選の1回目の投票で1位だった高市氏の躍進は、これまでの地道な継続的な発信と、ネット上での高い人気や支持の広がりが大きく後押しした面もあるのではないでしょうか。
石破氏:オーソドックスに「安定感」示す
総裁選で勝利した石破氏は、オーソドックスなスタイルで一貫したPR発信を行いました。
他の候補者たちが流行りに乗って積極的にSNS戦略を展開するなか、石破氏は活字のブログメディア「note」やブログも活用し、自論を展開しました。
ブログなどでは「防災省(仮称)」「深圳市の事件など」などのタイトルで、信頼性、誠実さ、安定感を打ち出すスタイルを重視しました。
YouTubeチャンネル「【公式】石破茂」の登録者数は約1万6000人(9月28日現在)。
また、石破氏のショート動画では、「函南&浜松での1日」など活動報告や現地訪問を中心に、人柄が伝わる「大好きなラーメン」「大好きな鉄道」などのコンテンツも展開し、視聴者の親近感獲得を狙った戦略も展開しました。
小泉氏:InstagramとFacebookで「刷新感」
ここからは、特徴的なSNS戦略を繰り広げた3候補について分析します。
第1回投票の国会議員票でトップとなったものの、決選投票には進めなかった小泉進次郎・元環境相は、InstagramとFacebookを制し、動画投稿の視聴数やリアクション、シェア数で他の候補者を圧倒していました。
下のグラフをみてください。小泉氏のInstagramでの投稿動画(Reels)の1投稿あたりの再生数・中央値は12万回で、2位の高市氏の3万回を大きく上回っています。
またFacebookのリアクション数も1投稿あたりの中央値が803回と、2位の林芳正・官房長官の294回を突き放しています。
小泉氏のSNS戦略は質の高い拡散用バナー画像とショート動画を駆使し、視聴者の興味を引くアプローチを展開しました。
特に、小泉氏は国民的人気を背景に、自民党政治の立て直しを目指した「刷新感」のイメージを強調しました。
また小泉氏は堀江貴文氏、中田敦彦氏、落合陽一氏など著名人やインフルエンサーとの積極的なコラボレーションを通じて、幅広い層から支持の取り込みも目指しました。
小林氏:YouTube投稿数でトップ
小林鷹之・前経済安全保障相は、YouTubeでの投稿数が最多で、SNS戦略が際立っていました。
YouTubeの投稿数は169回で、2位の小泉氏の58回の約3倍でした。その多くが60秒以内の「ショート動画」が締めています。
生配信を含む多様なコンテンツを投稿し、双方向コミュニケーションを展開していました。
特にカジュアルなテーマを取り入れたショート動画は、視聴者に親近感を与えることを目指した戦略といえます。
加藤氏:「娘」が運用するユニークなSNS
加藤勝信・元官房長官は、SNS戦略において加藤氏の娘が運用するというユニークなアプローチを取りました。
YouTubeのチャンネル名は「お父さんは元官房長官【加藤勝信】」。家庭的な側面を強調しました。これにより、視聴者に親近感や信頼感を生み出し、投稿数は少ないものの視聴数が多い動画がいくつもありました。
家庭的な要素を取り入れることで、温かい印象を与え、政治家としての信頼性を高めることを狙ったものと思われます。
SNSによる“空中戦”にはマイナス面も
2024年自民党総裁選では、党員票の獲得を狙った候補者たちがSNSを活用し、イメージの差別化を図る姿勢が目立ちました。討論会などの地上戦、メディア露出とSNS戦略の融合が、候補者の支持拡大に直結する重要な選挙手法として認識される時代になってきています。
一方でSNS戦略の課題も浮き彫りになっています。
特にショート動画の活用など、視聴者の関心を引き、短時間で支持を集める手段として大きな効果を発揮した一方で、視覚的インパクトが重視されるあまり、政策論争や候補者の資質が軽視されるリスクがあります。
ショート動画やSNS投稿は情報を簡潔に伝える利点がある一方で、候補者の深遠な政策やビジョンを十分に解説できないことがしばしば見受けられます。その結果、意図が正確に伝わらず、発言の一部が切り取られて拡散され誤解を招く事例も散見されます。
この事態に対処するためには、ファクトチェックや正確な情報提供が不可欠であり、小泉氏のようにファクト専用ページを設置する候補者が現れるなど、信頼性の高い情報発信への取り組みが加速しています。
このような対策は、ネット上での誤った情報の拡散を防ぎ、有権者に信頼性のある情報を提供するために今後も必要不可欠です。
また、ユーザー自身も情報の真偽を見極める力が求められるでしょう。単に目にした情報を鵜呑みにするのではなく、裏付けを取り、情報源を確認する習慣がより重要になるでしょう。
次期衆院選においては、SNSはどのように活用されるでしょうか。デジタル時代の選挙戦は、新たな段階へと進化し続けています。