女性の子宮頸(けい)がん予防を目的としたHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンは、国が積極的な呼びかけを停止していたことで、接種の機会を逃した女性たちが数多く存在する。そんな女性たちが無料でHPVワクチンを接種できるのが、「キャッチアップ接種」だ。
実は今、そのタイムリミットが迫っている。
署名は3万筆超、等身大の声が国を動かす
「結局、自分たちが声をあげたって意味がないじゃないか」。選挙が終わるたびに私のSNSのタイムラインは、同世代の女性たちが無力感をつぶやく投稿で埋め尽くされる。
確かに、未来に期待すればするほど、つらい瞬間が訪れるかもしれない。
だが、私たちの等身大の声が政策を変えることもある。 2021年11月、女子大学生たちの声が政策として実現された。子宮頚がんの予防が期待できるHPVワクチン接種の積極的勧奨が再開され、キャッチアップ接種の実施も決まったのだ。
HPVワクチンは、子宮頸がんや中咽頭がんなどの原因となるHPV(ヒトパピローマウイルス)の感染を予防することができるワクチンで、2013年4月に小学校6年~高校1年相当の女子を対象に定期接種が開始された。しかし、当時は副反応についての情報が大きく取り上げられ、同年6月に厚生労働省は接種の呼びかけを控えるという判断を下した。その結果、多くの女性がワクチン接種の機会を逃し、日本のHPVワクチンの接種率は1%を切ることになった。接種率の低さはWHOからも批判された。
この間、有効性や安全性に関するさまざまな研究が積み重ねられていったにもかかわらず、日本の政策は変わらなかった。 そのような状況下で、HPVワクチンを無料で接種できる小学6年生から高校1年生の期間に打つことができなかった女子大学生たちが、2020年5月に声をあげた。
「もう一度、HPVワクチンを無料で打てるようにしてほしい」という声を厚生労働大臣に届けるため、署名活動を開始したのだ。署名は3万筆を超え、2021年3月に厚生労働大臣に手渡された。
その署名で訴えたHPVワクチンをもう一度無料で接種できるようにする「キャッチアップ接種」は、2021年11月にHPVワクチン接種の積極的な呼びかけの再開が決まるのと同時に、政策として実行されることが決まった。
9月までに1回目のワクチンを
2022年4月以降、国や自治体によるHPVワクチン接種の呼びかけが再開され、キャッチアップ接種も始まった。現在では、誕生日が1997年4月2日から2008年4月1日の女性は、2025年3月までの期間なら、無料でワクチンを打つことができるようになったのである。
私はまさに、「キャッチアップ接種」の署名を提出した女子大学生の1人だった。
無料で接種できる期間をすぎてから打ちたいと思っても、ワクチンが高すぎて打てない人がいる、という私が見聞きしてきた事実をまっすぐに伝えてきたつもりだ。それでも、大臣に署名を手渡している時でさえ、私たちの声が政策として反映してもらえるのか半信半疑だった。
だからこそ、政策が実現した時は驚いたと同時に、声をあげることの可能性に希望を感じた。 繰り返しになるが、女子大生たちが声をあげて実現された「キャッチアップ接種」の政策の実施期限は、2025年3月までだ。
HPVワクチンは日本では半年にかけて3回の接種が必要であることから、無料で3回接種するには、2024年9月までに1回目を接種する必要がある。
多くの自治体や大学が接種率向上の取り組みを行っており、たとえば私が在籍する東京大学では、キャンパス内の保健センターでワクチンを接種することができる。
女性の健康を取り戻すため、バトンつないで
厚生労働省が2024年にHPVワクチンの接種対象者本人と保護者を調査したところ、「キャッチアップ接種」を知らない対象者は48.5%を占めていた。
この文章を読んでいるあなたの近くにも、対象年齢にもかかわらず情報を知らない人がいるかもしれない。同年代が声を上げたことで生まれた選択肢を、9月のタイムリミットまでに、より多くの方に届ける必要があるだろう。
そして子宮頸がん検診等の選択肢や、信頼できる情報を知った上で、ワクチンが自分に必要だと思ったら、ぜひこの機会を利用してほしい。
私たち女子大生の署名活動は、日本におけるHPVワクチンの状況を大きく変えるターニングポイントとなった。だが、この変化は私たちの声だけでは実現されなかった。署名を書いてくださった方、信頼できる情報を発信してきた医師の先生、正確な医療報道をしてきた記者の方……さかのぼれば、女性の健康を自らの手に取り戻してきた先人たちの声のバトンが、この政策を実現させたのだ。
私たちの声は無意味ではない。必ず、そのバトンは目に見えて意味ある瞬間に向かってつながっていくはずである。
江連千佳:2000年東京生まれ。2021年、ショーツをはかないリラックスウェア「“おかえり”ショーツ」の販売会社としてEssay社を起業し、代表取締役に就任。2024年に当該事業を売却し、同社を非営利株式会社ピロウに変更。現在は東京大学大学院 情報学環・学際情報学府でフェムテックの社会的影響について研究する傍ら、科学・技術の社会実装におけるジェンダーギャップの解消を目指し、女性・ノンバイナリーの社会起業家コミュニティDOHYOUやピロウシンクタンクを運営している。