みなさんは日々、どうやって情報収集をしていますか? 仕事に役立たせるため、あるいは自分のスキルアップや教養を身につけるために、書籍や雑誌を読む、勉強会に参加する、専門家の話を聞く、インターネットで調べる、YouTubeなどの動画を見る……など、情報収集の機会はたくさんあるでしょう。
仕事を通じて学ぶことをOJT(On the Job Training)と呼ぶのに対して、これら仕事外から学ぶことをOff-JT(Off the Job Training)と呼びます。
しかし、そうやってせっかくOff-JTでインプットした情報も、しばらくすると「あれ、まったく覚えていない……」。あなたもそんな経験はないでしょうか。
そこで今回は、Off-JTで学んだことをきちんとスキル化し、あなたの仕事の“引き出し”を増やすための方法論についてお話ししたいと思います。
1万3000人調査で受けた「衝撃」
今から20年前の2000年、私は責任者として、1万3000人のビジネスパーソンを対象にした大規模調査を実施しました。当時はインターネット調査がほぼなかったため、戸別訪問によるアンケート収集。1軒あたりのコストは謝礼も含めて1万円、実に総額1億3000万円という大掛かりなものでした。
約100問の設問の中には、「過去1カ月に仕事に関する学びをしましたか?」と、社会人の学びについて尋ねる設問もありました。
今では当たり前になったインターネットでの情報収集ですが、2000年当時はまだ未発達。しかしそのことを割り引いても、アンケートで過去1カ月に「学びをした」と答えた人の割合はわずか17%と、驚くほど少ない結果でした。
17%というと、およそ6人に1人。つまり逆に言えば、6人のうち5人(83%)は過去1カ月に仕事に関する新たな情報収集を一切していないということです。私はこの結果に驚愕するとともに、社会人がいかに学んでいないかを思い知らされました。
6人のうちの「学ぶ1人」と「学ばない5人」には、どのような違いがあるのだろう。そのことに興味を持った私は、学歴、年齢、業種、会社規模など、さまざまな切り口からデータ分析をしてみることにしました。
その結果分かった事実——それは、どの切り口で分析しても、「学ぶ1人」は「学ばない5人」よりも収入が高く、役職が高く、仕事への満足度も高いということでした。
考えてみればそれも道理です。収入が高い、あるいは役職が高いということは、「学ぶ人」の方が「学ばない人」よりも会社から認められているということに他なりません。結果、会社から承認されているので仕事への満足度も高まります。
学ぶ習慣があったから収入や役職が上がったのか、収入や役職が高いから学ぶようになったのか、両者の因果関係は定かではありません。しかしいずれにしても、「学び」と「収入・役職・仕事への満足度」には強い相関があったのです。
もちろん、なかには「収入や役職が上がることには興味がない」という人もいることでしょう。しかし、「ならない」と「なれない」には大きな違いがあります。その気になれば収入を上げられる、役職を上げられるという、選択肢が「ある」ことが重要ではないでしょうか。
学んだことをスキルとして定着させるには?
このアンケート結果を見て、自分は6人に1人の「学ぶ人」でありたいと強く思った私は、定期的なインプットとして毎年100冊、月平均8冊以上の本を読もうと決めました。この時の決意を20年間継続できているのは、あのデータ結果に触発されたからということもありますが、Off-JTで学んだことをスキル化する仕組みを作ったことが大きいと考えています。
その仕組みとは、私が「InERS(イナース)」と呼んでいる方法論です。学んだことをすぐに仕事で実践し、それを振り返ることでスキルとして定着させるサイクルを表す、次の4つの単語の頭文字をとって名付けました。
- Input:良質なインプット
- Execution:仕事での実践
- Reflection:振返り(内省)
- Skilling:スキル化
InERSは、良質なインプットをした直後に、その内容から「学んだこと」を1つでも(可能であれば24時間以内に)仕事で「実践」し、1週間で「振り返り」を行うことで、あなたのスキルとして習得できる、というものです。具体的にどういうことか、以降で詳しく見ていくことにしましょう。
良質なインプットは「最初の3冊」が決め手
InERSを実践する際のスタート地点は、「良質なインプット」です。
私はリクルートに在籍していた29年間で10度ほど大きな異動を経験しました。そのたびに新しい分野に関する情報取集をする必要に迫られたこともあり、どうすれば効率的に質の良いインプットをすることができるかを徹底的に研究しました。
その結果たどり着いたのが、新しい分野について学ぶ際には「関連書籍を10冊読む」というもの。こうすることで、その分野の全体像が把握できるようになります。
「10冊も読めば誰だって分かるだろう」と思われるかもしれません。それはそのとおりなのですが、どんな本でもいいわけではありません。効率的に学ぶには、特に最初の「3冊」の選び方が重要です。
1冊目は全体像が分かるものを、2冊目は歴史が分かるものを、そして3冊目は最新動向が分かるものを選びます。この3冊を読んで、特に重要だと感じたキーワードについて深く学べる本をあと7冊選んでください。
もし本選びに迷ったら、古典(刊行から時間が経過した現在でも売れている本)をお勧めします。時代を超えて読み継がれている書籍には、原理原則が書かれている可能性が高いからです。
なお、人によってはテキストによるインプットより話し言葉によるインプットの方が得意という方もいるでしょう。そういう方には動画でのインプットがお薦めです。MOOC(大規模公開オンライン講座)やTEDなど、良質なコンテンツが揃っているサービスをのぞいてみてください。関心のあるテーマの動画が見つかれば、効率的なインプットが期待できます。
「知っている」と「できる」は大違い
「良質なインプット」の次は、「仕事での実践」です。インプットをした状態はいわば「知っている」だけ。でも本当に大切なのは、「できる」ようになることです。
仕事ができない人の大半は「知っている」ことと「できる」ことを混同しがちです。つまり、ある事に対して「知っている」のだから「できる」のだ、と思い込んでしまうのです。一方で、仕事ができる人は、決して両者を混同することはありません。「知っている」と「できる」には大きな差異があることを理解しているからです。
「『知っている』と『できる』にはそんなに大きな違いがあるの?」と思われた方のために、順を追って考えてみましょう。
まず、「知らない」という状態からスタートします。対象が何であれ「知らない」と何も始まらないので、まず「知る」という状態にする必要があります。しかし、「知っている」からといって「理解している」とは限りません。内容を「理解している」うえで「実行する」、つまり実際にやってみることが必要です。そして、実行してみた結果として「できる」という状態になるわけです。
さらに言えば、実際に「できる」ためには、「いつでもできる」という状態にする必要があります。そのためには、場合によっては何度も実行と振り返りを繰り返す必要があります。それが、InERSの図で言うところの「仕事での実践」→「振り返り」の部分です。
「24時間以内」と「1週間後」
前述のとおり、InERSは良質なインプットをした直後に、その内容から「学んだこと」を1つでも(可能であれば24時間以内に)仕事で「実践」し、1週間で「振り返り」を行うことで、あなたのスキルとして習得できる、というものです。良質なインプットができたら、今度は次の2つを実行することが重要です。
(1)24時間以内に何をするのかを決める
(2)1週間以内に振り返りをする
下図をご覧ください。これは「エビングハウスの忘却曲線」と呼ばれるもので、ドイツの心理学者のヘルマン・エビングハウスが行った記憶に関する実験をもとにしたグラフです。
一般的に、エビングハウスの忘却曲線「人は学んだことを次々に忘れてしまう」という文脈で使われることが多いようです。しかし正しくは、「どのタイミングで復習すると記憶に残るか」を示したものなのです。
ここで、前述した「24時間」と「1週間以内」が登場します。1日後(つまり24時間後)に短時間の復習をすると、記憶は100%に戻ります。1週間後に短時間の復習をすれば、記憶はまた100%に戻ります。つまり、1日後と1週間後というのは効率が良いタイミングなのです。しかも、学んだことを24時間以内に「実践」するのですから、頭だけでなく身体でも覚えます。こうすることで、インプットした内容のスキル化を促進できるのです。
その際に、毎週振り返りをする習慣をつけると「(2)1週間以内に振り返りをする」を忘れずに済みます。前回ご紹介した「振り返りフォーマット」や「グループコーチング」の手法などを活用するのも効果的です。これらのツールをうまく使いこなして、Off-JTでのインプットをぜひスキル化してみてください。
次回は、私があらゆる仕事で意識している、ある理論についてご紹介したいと思います。
※この記事は2020年3月20日初出です。
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。「旅工房」、「LIFULL」、「ZUU」社外取締役、「LiNKX」非常勤監査役、「博報堂テクノロジーズ」 フェローも兼任。新著に『「本当に役立った」マネジメントの名著64冊を1冊にまとめてみた』がある。