福島県双葉町のとある古民家。ここは、期間限定でホテルとして解放されていた。宿泊者に手渡されるのは、一枚のカードだ。カードに書かれているのは「キウイ畑で開催する古着市を思い出に残したい」というお題。
その名も「Hotel Quest -浜のでいりぐち-」(以下Hotel Quest)は、旅行者でありながら地域の一員としてさまざまな「クエスト」に参加するホテルだ。
キウイ農園をお手伝い
今回オープンとなったHotel Questは、龍崎翔子さんが手掛けるプロデュースカンパニー・水星と、映画 『14歳の栞』や『クリープハイプのすべ展』などを手がけるCHOCOLATE Inc.のプロジェクト「Draw in Futaba」の一環だ。2024年秋には、CHOCOLATE Inc.主催のクリエイターによるアイデアキャンプが開催され、ホテル構想の他、双葉町の新たな章を彩るアイデアが次々と生まれた。
その一つが、クリエイティブディレクター/コピーライターの高橋祐司(CHOCOLATE Inc. )が考案した、キウイ畑でのクエストだ。内容は撮影係として古着市の運営に携わるというもの。会場となった大熊町にあるキウイ農園は、新しい特産品としてキウイを盛り上げようと2人の大学生が移住・起業してできた農園だ。
苗木は2024年春に植えたばかりで、実がなるまでの3年の間の使い道を模索していたタイミングだったという。そんな中で生まれたのが「キウイとイルイ」という古着市だった。
ボランティアの形も、一緒に手足を動かすという意味では似たような手段ではあるが、体力的にも参加できる人が限定的だ。一方で、移住となると、そのハードルはかなり上がる。だがHotel Questでは、親子で参加できるクエストもあるという。
より手軽に、そして自分ごとのように地域に参加できるのは、旅行者という名目があるからこそではないだろうか。
時計の針を取り戻した町で、何ができるか
2011年3月11日の東日本大震災、そしてそれに続く原発事故。双葉町全域に発令された避難指示は、この町に11年という長い停滞をもたらした。
2022年8月には一部避難指示解除となり、現在、町の中心には、交流センター、ファミリーマート、そして震災の記憶を伝える東日本大震災・原子力災害伝承館が並んでいる。2026年にはカンファレンスホテルも建設予定だ。200人もの町民が戻り、かつての賑わいを少しずつ取り戻しつつあるものの、町並みは依然として寂しさが漂う。
双葉町と隣接する大熊町などを含む浜通りエリアには、多くの遊休不動産が存在する。築100年の歴史を誇る登録有形文化財の映画館「朝日座」、震災から1週間後の日付で返却日が止まったままの図書館、隣接する町民グラウンド。人々の営みの記憶が刻まれたそれらの場所を巡ると、ここが何もかもを失った場所ではなく、何者にでもなれる可能性を秘めていることに気づく。
アイデアキャンプに集った新たな章の語り手は、龍崎さんのほか、主催側のCHOCOLATE Inc.のクリエイター、建築家、編集者、ゲームクリエイター、など業界で活躍するクリエイターたちだ。参加者たちは、この何者にもなれる場所を見てまわり、思い思いに未来予想図を描いていった。
その中で生まれたのが、冒頭のHotel Questの構想だった。発表から2カ月足らず、2025年1月にホテルはプレオープンとなった。