「『ChatGPTを契約してもパイロット(試験的な導入)で終わってしまう』という話を聞く」
こう話すのは、楽天グループ(以下、楽天)の専務執行役員であり、楽天モバイルの代表取締役共同CEOなどを兼務する鈴木和洋氏だ。
鈴木氏は、法人向けの生成AIサービスが数多くある中で、それらのサービスが実際のビジネスシーンで使われていない現状を指摘する。
理由は「現場で働く従業員が使いやすいと感じるようなサービスになっていないから」と鈴木氏。そこで楽天モバイルが1月29日に提供開始したのが、法人向け生成AIサービス「Rakuten AI for Business」。手軽に使える「テンプレート機能」によって、社内でのAI利用を後押しする。
AIになじみがなくても使いやすい機能
Rakuten AI for Businessは、従業員が入力した質問(プロンプト)に対し、AIがチャット形式で返答する法人向けサービスだ。2024年8月に開催された楽天グループのイベント「Rakuten Optimism 2024」においてリリースが予告されていた。
議事録の文書化や翻訳、業務マニュアルの作成、商談がうまく進むようなトークスクリプトやメールの作成など、活用の幅は広い。しかし、「プロンプトは慣れないと意外にうまく使えない」と鈴木氏は語る。
そこで、AIにあまりなじみがなくても使いやすいテンプレートを用意した。職種を選ぶことで、それに応じたプロンプトのテンプレートが表示され、手軽に利用できる。例えば「人事/総務」を選ぶと、「採用候補者へのスカウト文章作成」といったテンプレートなどが表示される。
サービスの導入ハードルも下げた。導入のための新たな環境構築は不要で、初期費用はかからない。料金設定も1ライセンス10万文字まで月額1100円(税込)と、シンプルだ。
セキュリティー面では、入力した情報がAIの学習データとして無断で活用されることはない。また、社内の機密情報をNGワードとして登録しておけば、AIへの送信をブロックできる。
なお、Rakuten AI for Businessで使うLLM(大規模言語モデル)は、国内のデータセンターで動いているのかという質問があった。詳細は非公表に留まったが、鈴木氏は「セキュアな環境を確保している。日本ですべてコントロールができるようになっている」と説明した。
自社で培った知見をコンサル的に提供
Rakuten AI for Businessは、楽天グループの社内で使っていたAIを社外にも提供するという発想のサービスだ。
楽天は、OpenAIとの戦略的提携による生成AIモデルに加え、自社開発のLLMを活用。楽天の三木谷浩史会長は、「楽天の社員はほぼ全員、AIを使っている。毎日AIを使って業務をしている人は8000人になった。年末までにこの数は3万人になる」と手応えを示す。
これまで自社でAIを使ってきた実績を活かし、Rakuten AI for Businessでも、知見やノウハウに基づく研修やコンサルティングを提供する。「SIer(会社のシステムを設計から運用まで請け負う会社)のようなことはやらない」(鈴木氏)が、AIを社内に浸透させるためのアドバイスなども提供するという。
「私どもの経験をもとに、どうやったら(AIの利用を)全社に広げられるか、あるいは広げる際のKPIの設計をどうしたらいいのかというところまで、きめ細やかなコンサルティングを提供する」(鈴木氏)
「楽天市場」「楽天トラベル」の顧客もAIの活用事例に
様々な企業が自社のAIサービスを外部提供する中で、楽天が持っているユニークなポイントが、各種サービスで培ってきた顧客基盤になる。
「楽天は実は取引先が非常に多く、今は63万社くらい」と鈴木氏は語る。
例えば、ECサイト「楽天市場」に商品を出品している事業者や、旅行予約サイト「楽天トラベル」でオンライン予約に対応しているホテル・旅館、サロン予約「楽天ビューティ」を活用している美容院など、「そういうところを入れるとものすごい数になる」(鈴木氏)。
鈴木氏は、「AIの活用事例は、既存の取引先ごとにある程度整理されてくる。そしてそれが、小売業やホテル・旅館など、産業別のテンプレートになっていく」と期待感を示す。
営業戦略では、まず楽天モバイルが抱える1万8000社を中心にアプローチを進める考えだ。「(大企業と比較して)AIを活用してDX化を進める伸びしろがある」(鈴木氏)中堅・中小企業を中心に、楽天モバイルの携帯電話回線とあわせた契約を提案するという。
楽天モバイルが法人ビジネスを本格スタートしたのは、2年前の2023年1月。3年目となる今年、「石の上にも3年という言葉があるが、法人ビジネスの飛躍の年にしたい」と鈴木氏は意気込みを語った。