第四話
「まずはすまなかった。聖女殿を金で買うみたいなやり方をしてしまって、あんたの尊厳を傷付けたと思う。俺も領民たちも、聖女を失っちまって……ジルトニア王国からの打診があったとき、渡りに船だと思ってしまったんだ」
先程まで野菜作りについて語っていらしたオスヴァルト殿下は突然私に深々と頭を下げます。
王族の方が頭を下げるなんて……それも隣国から来たばかりの女に……私には信じられない光景に見えました。
それにしても、ジルトニア王国から打診があったと仰ってますけど、やはりユリウス殿下の方からパルナコルタへの聖女の譲渡の話をされたのですね。私がミアとの結婚の障害になるから――。
「故郷に残してきた家族や大切な人も居るだろう。俺たちは決してあんたには不自由をさせねぇと誓っているが――それだけでその埋め合わせが出来るなんざ思ってねぇ。都合のいい言い方しか出来ないけど、いつかこの国を愛して貰えるように努力する。あんたがここに来てくれた心意気に応えられるように、精一杯な。そんじゃ、パーティーを楽しんでくれ」
この国を愛してほしい――それがオスヴァルト殿下の願いでした。
そういえば、私は故郷を愛しているのでしょうか……。生まれ育った場所ですし、守ってきた場所でもあるのに……愛するという気持ちが分かりません。
妹のミアは大好きですし、愛おしく思えるのですが、ジルトニア王国に対して同様の感情というのは持ち合わせてないのかもしれないです。
愛するという気持ちを素直に持てないから私は愛して貰えなかったのでしょうか……。
とにかく愛する云々は置いておいて、こちらで暮らす以上、聖女としての役割は果たすつもりです。
「オスヴァルト殿下は隣国から聖女様を金品を使って譲り受けることに最後まで反対されていたのです。しかし、魔物の巣である山に囲まれた我が国にとって聖女が居なくなるということはまさに死活問題。第一王子であるライナルト殿下と激しく口論になりましたが、最終的にはフィリア様を迎えることに同意されました。ですから、彼にはあなたに対しての罪悪感があるのかもしれません」
ヨルン司教はこの国の状況を教えてくれました。
確かにこの国を訪れたとき、大きな魔物の巣の気配を幾つか感じました。パルナコルタ王国は地理の関係上、ジルトニアよりも資源が豊富で裕福な国だと思っていましたが、治安はあまり良くなかったのですね。
歓迎パーティーは恙無く終了して、私はパルナコルタ王が用意したという私の家に馬車で送ってもらいます。
思えば、物心がついてからユリウス殿下と婚約するまで私はほとんど実家にいませんでした。
母が私はアデナウアー家の長女だから早くから教会で修行すべきだと言って、そちらで暮らしていたからです。
そして、その日から寝る間もほとんど与えられずスパルタ教育を施されました。
妹には私が自ら望んで教会で暮らしていると説明していたみたいです。
両親がなぜ私にだけここまでさせたのか未だにわかりません。ただ一つ言えることは自分の存在が邪魔だということを幼心にも何となく理解していたことです。
だから、殿下と婚約して実家に戻ったとき――ここが自分の家という実感があまりありませんでした。
「ここが、今日からフィリア様がお住まいになられるお屋敷です」
「――えっ? こ、こんなにも大きいのですか? 私、一人なんですけど――」
目の前には実家の二倍以上もある大邸宅があります。
ちょっと待ってください。これはいくらなんでも大きすぎるのでは――。
「フィリア様の生活をサポートするために執事やメイドをそれなりに常駐させることになりましたから、この大きさになりました。もちろん、ご友人など出来ましたらお気軽にお招きください。もしも、足りないものなどありましたら何時でもご連絡して頂ければ用意いたします」
オスヴァルト殿下の不自由をさせないという言葉の意味を私はこのとき初めて理解しました。
何ということでしょう。こんなにも待遇が今までと違うなんて……。
ここまでしてもらわなくても私はサボったりするつもりはないのですが、この国の方にとって恐ろしいのはまさに私のやる気が無くなってしまうという点なんでしょう。
ありがたいと思う反面、プレッシャーが凄いです――。皆さんの期待に添えなかったらと思うと……怖いと思ってしまいました。
しかし、この日は移動などの疲れもあり少しだけ眠りが深かったです。
そして、翌日の早朝……日が昇る前――私はいつもどおりの時間に目を覚まします。
「フィリア様、こんなにも早くにどちらへ……?」
「……仕事ですけど?」
普段通りに仕事に出かけようとしたら、執事やメイドの皆さんに驚かれました。
仕事がそれなりにありますから、日が変わるまでに終わらせるには、これくらいの時間から活動せねば間に合わないのですが、何かおかしいのでしょうか――。