第三十一話
本日2回目の更新です。
「突然呼び出して、申し訳ない。親父殿がどうしてもフィリア殿に会いたいと言い出してな」
パルナコルタの王宮に呼び出された私は迎えに出ていたオスヴァルトに声をかけられました。
この国の国王、エーゲルシュタイン・パルナコルタ――彼が私に会いたいと仰せになられたらしいのですが、どんな用事でしょう。
「私、何かまずいことをしたのでしょうか? 破邪魔法陣の影響で動くことが出来なくなっておりますし……」
聖女としての仕事が激減してしまってる上に、ユリウス殿下が私のことで面倒をかけているので、陛下はお怒りなのかもしれません。
その上で最近は故郷のことにばかり気を揉んでいましたから、怠慢な態度だと取られても文句は言えません。
「んなわけねーって。親父殿がフィリア殿に文句でも言おうものなら、俺が一発ぶん殴ってやる」
「止めてください。手を出しても何も始まりません」
「そりゃそーだ。それでもな、感情を優先したくなるときもあるってことさ。俺はフィリア殿の心を傷付けられることが堪らなく許せないんだ」
物騒なことを仰るオスヴァルト殿下に自重をお願いすると、彼は私の心を大切にしたいと仰せになりました。
感情を優先……ミアを助けたいという衝動はそういう気持ちからなのでしょうか。今まで、こんなに胸の熱さに突き動かされることがなかったので戸惑ってしまいます。
「でしたら、私は殿下を全力で止めます。自分のせいで殿下の立場が悪くなるのは耐えられませんから」
「それはフィリア殿の感情からか? それとも理性からか?」
「……どうでしょう。常識と照らし合わせて考えて、陛下に手を上げるなど言語道断だと思いますから……後者ではないかと」
「はは、あなたらしい答えだ」
らしい答えだと、上機嫌そうに笑うオスヴァルトと共に謁見の間に入る私。
目の前には精悍な顔付きの初老の男性。この国の国王であるエーゲルシュタインその人と私は初めて対面しました。
「おおっ! 聖女殿、ようこそ。挨拶が遅れてすまなかったな。ワシがパルナコルタ王国の国王、エーゲルシュタイン・パルナコルタだ。稀代の聖女……フィリア殿が我が国へ来てくれたこと、国を代表して感謝の意を示す」
陛下は私の顔を見るなり笑顔を向けられました。先ほどまでの厳格そうな態度は一変し、親しみやすい表情になられたので私は少しだけ驚きます。
この雰囲気はオスヴァルト殿下に似ているような気がしますね……。
「あなたの話は愚息共から聞いておる。大陸全土の国々が対策に追われる大災害とも呼べる事態を、よくぞ真っ先に察知し最善の策を実行してくれた。聖女フィリア殿の功績は未来永劫、この国で語り継がれるだろう」
陛下はとにかく私を持ち上げてくれました。それはもう、聞いているだけで恐縮してしまうくらいです。
私としては当然の行動をしただけなのですが、ここまで評価されるとは全く思いもよりませんでした。
「その功績に報いねば、ワシは国王として笑い者になってしまう。遅ればせながら、フィリア殿……あなたの望みを可能な限り叶えようと思うのだが……」
私の望みを何でも可能な限り叶えてくれると言葉を放つ陛下。
望み……と言わましても、この国にとって無関係なことくらいしか……。
「隣国……ジルトニア王国に残した妹君を助けたくはないのかね?」
「…………?」
な、何を仰せになっているのでしょう。陛下は私がミアを助けたいと願っていることを存じておられる……?
オスヴァルト殿下からお聞きになられたのでしょうか。
助けたいと尋ねられれば、私は――。
「た、助けたいと思っています。彼女もまた聖女としての責務を果たそうと懸命に戦っていますが、あまりにも事態は深刻なので……。もしもの時を想像すると、堪らない気持ちになるのです」
しまった……。なぜ、私はそんなことを国王陛下に……。
ミアを助けたいことは事実です。何としてでも救いたいと思っています。
ですが、国家の長たる陛下にこのようなことを申し上げるのは――。
「申し訳ありません。聖女失格です。私は自分の欲を口にしました。先程の発言は――」
「取り消さぬで良い! そなたの純粋な想い、しかと聞かせてもらった!」
「えっ……?」
私が自分の発言を取消そうとしたその時……陛下は大きな声でそれを制止しました。
そのあまりの胆力に思わず私は退きそうになってしまいます。
「そもそもの発端は我が国が聖女を欲したことにもある。フィリア殿の願いを叶えることはパルナコルタ王室の急務じゃ。安心なされ、そなたの想いに我らは全力で応える準備をしようではないか」
「へぇ〜、親父殿もたまには良いことを言う」
「黙れ、道楽息子。お前はフィリア殿の力になることだけを考えよ。ライハルトにもそう伝えておく」
オスヴァルト殿下の先ほどの冗談にも取れる発言――それは自分の父親なら私を助けようとすると信頼してのものだったのでしょうか……。
まさか、陛下まで私を助けてくれようとしてくれるなんて……。
「だけどさ、ちょっと困ったことになっちまって。あちらさんの王子様はパルナコルタ騎士団を受け入れられねぇってさ」
「ふむ。そうか……。ユリウス殿は我が国の軍事力が自国に不利益をもたらすと判断しおったか。両国の信頼関係を築けなかったのは口惜しいな……」
やはり、ユリウス殿下はパルナコルタ騎士団の受け入れを拒否しましたか。
現在の彼はこの混乱に乗じてジルトニアの実権を握ろうと考えています。ならば、パルナコルタ騎士団を邪魔だと考えることは必然。
しかし、ミアが今――。
「オスヴァルト殿下、わがままが許されるのならば……騎士団をジルトニアの国境近くに待機させて頂くことは可能ですか?」
「フィリア殿? そ、そりゃあ、そんくらいのことは問題ねぇけど」
「近い内にジルトニアの国家情勢は必ず変わります。ユリウス殿下は失脚し、おそらくジルトニア国王は騎士団を受け入れるはずです」
あのミアが決意を固めてユリウス殿下を排斥しようと動いているのです。
身内びいき無しでも優秀な彼女のこと……きっとそれを成し遂げるでしょう。
ならば、私のすることは彼女の成功を信じて……その後の手助けをすることだけです。
「何か確信してることがあるんだな。任せろ。近い内に騎士団をジルトニア王国付近の砦に集合させる」
オスヴァルト殿下は力強い返事をされて、朗らかな笑顔をこちらに向けました。
彼の自信のある表情を見るとこちらも何故か安心してしまいます。
「ありがとうございます。これで故郷は救われます」
「だが、フィリア殿。魔物の話だからあなたの方が知っているとは思うが……。このペースで魔物が増えると……数日後には騎士団が加勢しても抑えられるかどうか分かんねぇ……」
私がオスヴァルト殿下に礼を述べると、彼は真剣な表情となり、魔物の増加率について私見を述べました。
彼の目算は正しいです。ジルトニアが国家としての体裁を保てるかどうかのデッドラインは迫っています。
魔物の数は指数関数的に増えている――。
おそらくユリウス殿下と周りの文官たちはそれに気付いておらず、知っているミアの意見は黙殺しているのでしょう。
「一つだけ、全てを救う手段があります。グレイスさんの力を借りられれば、という前提条件になりますが……」
「「――っ!?」」
古代術式についての資料を読み漁り見つけた解決方法。今から準備するのはかなり際どいですが……グレイスの手を借りられれば、この手段が最適解となるはずです。
ジルトニアが滅亡してしまうまで、残りの日数はあと僅か――。
時間との戦いが始まりました――。